そのたびに彼の足元から木の根のように亀裂が広がっていく。それは生き物のように床に、壁に、天井にまで広がっていく。明らかに、物理法則を超越した何かが目の前で広がっていた。
僕はただそれを唖然としながら見ていた。目の前に何が起こっているか、さっぱり分からない。
僕が呆然としていると、亀裂が「開いて」いく。自動ドアが開閉するように、左右に広がり亀裂の幅を広げていく。
その亀裂から、何かが僕目掛けて飛び出してきた。
「う、ぇええぇっっ!!??」
驚きタタラを踏む僕に、飛び出してきたそれは甘えるように纏わりつく。
それはニ本の緑色の線だった。素早く僕の腕を捉えたそれは生きているかのように動き、可愛らしいリボン結びを僕の右手首に生み出す。
「可愛いリボンは魔法少女の証。常に優しさで満ちているお前には、グリーンがお似合いだ」
「………う、うす……」
キメ顔でそう言う彼(彼女)に、僕は戸惑う事しか出来ない。なんか
呆気に取られている僕は、突如としてじんわりとした光に包まれている腕のリボンに目を落とす。
直後。凄まじい熱が、リボンを通して僕の腕に流れ込んできた。
「ぉおっ!?」
熱は腕の血管を通して体全体に。足に、お腹に、脳に。全身の血管にグツグツの熱湯を入れられた気分だ。
そして熱は全身を巡った後胸に集まって、心臓の鼓動と共に再度全身を駆け巡る。
全身がポカポカする。お風呂上がりのスッキリした気分によく似た感覚だ。
「このリボンは、お前の能力を向上させる。……筈だ」
「筈!? 推定なの!??」
「仕方がないだろう、初めて使うんだから」
僕の体大丈夫かな。
気分いいけどさ、この気持ちが人為的なモノだと思うと途端に不安になるんだけど。
「ゲェエエェッッ!!」
不安に思う僕の耳に、幾度となく聞いたカエル鬼の鳴き声が聞こえてきた。
慌てて体を音の方向に向き直させる。味方の行動がインパクト強すぎて敵の存在を忘れていた。
カエル鬼は頬袋を膨らませる。水弾を放つ為のチャージの動作だ。
「ヒュ“ッッッ!! ビュッッ!!」
慌てて斜線上から逃れようと足に力を込めるが、間に合わない。視認出来る速度を遥かに超えた水の弾丸。それが射出される音を鼓膜が捉えた。
衝撃に備え、腕を交差させ目を瞑る。
轟音、そして振動が僕を襲う。
しかし痛みも衝撃も無い。
目を開ければ、真紅のドームが僕らを守るように包んでいた。
「喚くな。新必殺技の解説シーンは、黙って聞くのが鉄則だぞ」
よくよく目を凝らせばドームは大量の赤いリボンの束で構成されている事が分かる。
沢山のリボンで編まれた防壁は、放たれる水弾の衝撃を柔軟に受け流し、僕らをしかと守り抜く。
しかし水弾は止まらない。まさに五月雨のように、衝撃が絶え間なく襲ってくる。
うめき声と共に
「ぐっ………。しまったな、このリボンへのダメージは少ないが俺に還元されるらしい。長くは持たない。……
「そんな事言ったって、そんな都合よく攻撃が途切れる訳もないし……!」
「ふっ、忘れたのか? 俺達には仲間がいるだろう」
「ビュッッッ!! ビュッっっ!! ……グェぇっ!!?」
瀑布のような音を立てながら攻撃音の最中だけど、僕の耳は確かに一つの破裂音を捉えた。
それと同時に水弾の音が止まる。ドームが解けていく。
「人のダチにチマチマチマチマ、何してんじゃーーーーーーっっっ!!!!」
全身全霊で床を蹴り飛ばす。
尋常じゃない速度だった。リボンから伝わってきた熱が足に集中している。
一歩一歩を踏み出すたびに、僕は加速していく。
カエル鬼が突き出た目玉を更に見開いて僕を見る。
拳を僕に振おうとするが、もう遅い。
僕は前のめりになりながら、カエル鬼の胴体をトンカチでぶん殴った。水を含んだポリタンク、あるいは大きめのゴムタイヤみたいな感触だった。
全力でトンカチを振り抜く。グシャリと音がして、カエル鬼の胴体に穴が空いた。そこから、パラパラと臓物の色をした紙吹雪が零れ落ちる。
「グェエエエェエぇエエッッッ!!」
「
そう言われ、地面に足を突き刺す。それくらいしないと勢いがついた今の僕は止まれなかった。
後ろを振り向けば、僕の右手首から伸びたリボンが途中から枝葉のように分かれ、カエル鬼を締め付けている。
カエル鬼の向こうでは、
濡れ羽色の少女の周りには淡い蛍のような光が纏わりつく。酷く神秘的な光景だが、それと同時に凄まじい力が渦巻いているのを肌で感じる。
「横に飛べ!! デカいのを一発打ちかます!!」
「りょーかい!!」
カエル鬼も僕と同じように真横に移動しようとするがそれは出来ない。蛇のように
「グェエェエエエ………っっ!!」
「………っっ!!」
リボンが千切られる。そのたびに
しばらくの硬直の後、カエル鬼が一際大きく吠えた。
「グエエぇッッッッッ!!! ビュッっっ!!」
「アグぁあっ……!」
カエル鬼の、自傷をも躊躇わないリボンへの水弾攻撃。放たれた水弾はカエル鬼の脚の肉ごとリボンを引き裂いた。
その瞬間、カエル鬼は跳躍した。
脚の肉が引き裂かれていたせいだろう。不恰好なフォームで、飛距離も大した事がない。しかし
カエル鬼の口角が僅かに上がったかのように見える。
次の瞬間、カエル鬼の姿が消えた。
消えたと言っても僕の視界から完全に消えた訳じゃない。カエル鬼は着地した場所から跳躍した場所に瞬間移動していた。
まるで動画のスキップボタンを押したのかのように、カエル鬼は微動だにしないまま数mの距離を移動したのだ。
呆気に取られる僕ら。
カエル鬼は何度もその場所から動こうとするが、動いては動いては元の場所に戻っている。
「化け物は俺が押さえておく! テメェはさっさとデカいのをブチかませ!」
校舎の二回から、
……アイツ、何を縮めてるんだ? ………まさか。
空間そのものを「縮小」させて瞬間移動させてる?
嘘だろ、そんなのインチキだろ。
いやでも、僕らが助けに来るまで
カエル鬼は僕らと
カエル鬼は頬を膨らませ、
普段なら何とかして
カエル鬼の頬に開いた穴から、ボロボロと大量の水が溢れているからだ。
「ぐ、グエっっ?? グエェっ??」
カエル鬼は自身に何が起こっているか理解出来ない様子で、何度も頬に水を溜めようとするがその度に頬の穴から水が溢れていく。
今のカエル鬼はレンコンのように穴だらけ、最早水弾は使えない。
「ゲゲケェエっっ!!」
カエル鬼が一際大きく鳴いた。断末魔のようだった。
そしてそれを掻き消す、鐘楼の音がグラウンドに響き渡る。
濡れ羽色の少女が金色に染まり切った魔法陣をカエル鬼へと向けた。
「——アルス・マグナぁああっっっ!!!」
魔法陣から射出された、極大の光の柱がカエル鬼を飲み込んだ。
鳴り響く鐘の音と共に現れた力の奔流は、敵対者の最後の抵抗すら許さない。
咆哮と共に放たれたそれは、まさに必殺技。主人公にのみ許される、逆転を可能にする一撃だった。
数秒の蹂躙の後、最早破壊する物はないと悟ったのか光の柱はゆっくりと消えていった。後にはえぐれた地面だけが残っている。
完全にカエル鬼がチリ一つ残さず消し飛ばされたのを確認したのと同時に、僕の首筋にあるアザが青い光を放つのが分かった。戦いの終わりを示す光が僕を包み込んでいく。
つまり、完全勝利だ。
「………おおおおっっしゃあああぁーーーっっっっっ!!!!」
勝利を確信した瞬間、僕は吠えた。全力で吠えた。勝利の美酒を全力でかっ喰らった。
熱が、高揚が僕の全身を包み込む。
何処からか聞こえてきたケロケロという鳴き声が、僕を祝福していた。
▷▷▷
「で、結局あれ何??? 何あのビーム???」
戦いが終わった後、僕らは
かくいう僕も気になって仕方がない。なんだよあのリボン。なんだよあのビーム。マジで。
おら、説明しろ。早く。
「あのビームは、アルス・マグナと言ってだな。『魔法少女ナイトゴーン』の主人公の必殺技で……」
「いやそれも聞きたいけどさ、何で急にビーム出せるようになったの?? あのリボンと何か関係があるの??」
「……何というか、だな。アルス・マグナを出せるようになったのは………。何というか、そう、お前達に俺が心を開いたからだと思う」
「心?」
「そうだ。あの時、
「うん? その言い分だと、元々リボンもビームも使えたけど使わなかったって事か?」
「いや、そうじゃない。あのリボンは俺の心そのものというか……。あー、俺達の容姿は、俺達の好みによって変わるだろう。……多分だけど、俺達の力の本質は願望の具現化……俺達の願望を元にした、「現実の塗り替え」なんじゃないか?」
現実の塗り替え。
確かにそう言われると、何故かしっくり来る気がする。
「俺が自分を曝け出す決心……。自分の願望に素直になる事が出来たから、出来る事が増えたんだと思う」
出来る事が増えた。
ふと、
僕らが変身する時に出る青い線が、足元を伝って床や壁にまで広がっていた。
……能力が、進化している?
塗り替えられる対象が自分から、近くの物体にまで広がったって事なのか……?
「あの現象……そうだな、性癖全開とでも名付けようか」
「え?」
「は?」
ひっどいネーミングセンスだ。
思わず
え。マジ? いや、え? どんなセンスしてんだコイツ。
「……いや、自分の心の内を明かす……というか、あのリボンはおそらく俺の心の内の具現だ。心の内を全開にするという意味で、性癖全開。……分かるだろう?」
「分かんないけど?」
………あー、性癖って確か心の性質というか、心理上の癖……。つまり性格とかの事を指すのが本来の意味なんだっけ。
……。
いやでもなぁ。
「正直どうかと思う」
「えぇっ」
逆にかっこいいとでも思ってたの……?
「……」
「……」
「……」
「……」
僕ら四人の間に、絶妙な沈黙が漂う。
「……聞きたい事も聞き終えたし。今日は解散、するか」
「そうだね」
そんな感じで、勝利の後の熱は何処へやら。
何とも言えない空気の中、僕らは解散した。
▷▷▷
「いやあ、凄いですね。スイキ、やられちまいました。一人は胚を開くまでに至ってる……。中々優秀な子達ですねぇ」
『どうした? なんか声が硬いじゃん、じじい』
「いやね、ちょっと気になる奴がいて……今から写真送りますね」
『……これは……』
「お知り合いだったり、しますかい?」
『……いや、覚えがないね。……ネッソスの血を使え。コイツの中身を暴いてこい。
「了解。明日、しかけます」
▷▷▷
「ハッ、ハッ、ハッ……………」
目を開ける。見慣れた天井が目に入って、今までの事は全て夢だったのだと悟る。
思い出せ。思い出せ。
何処からが夢で、何処からが現実だった?
「き、昨日は、カエル鬼を倒して………」
昨日はカエル鬼を何とか撃破して。
そして、そうだ、
それで僕らはちょっと不機嫌になった
僕はその後、普通に家に帰って、ご飯を食べて、風呂に入って。
そして、そして、そして——。
「うう、うぷっっ………」
思い出した夢の内容に吐き気が込み上げる。
そうだ。あれは夢、の筈だ。そうじゃなきゃいけない。そうじゃないとおかしい。
夢の中ではクラスメイトが、
みんなみんな、死んでいた。
死体の山だった。一人残らず死んでいた。
絞殺だった。
刺殺だった。
射殺だった。
毒殺だった。
撲殺だった。
惨殺だった。
十人十色、それぞれ違うやり方で殺されていた。鏖殺だった。
………マジで何だったんだ。
意味が分からない。何が、どうしたらあんな夢を見るんだ……?
ベットから体を起こす。
体を動かすと、下腹部の辺りに違和感があった。
何だか、体が重い。パンツの中が、冷たい。
嫌な予感がする。嫌な予感がする。嫌な予感がする。
しかし僕の指は止まらない。
ゆっくりと、ズボンに手をかけ、パンツの中を覗き見る。
「は?」
白濁色の液体が、ぬらぬらとそこにあった。
「オェっ、」
吐き気がする。
気分が悪い。
何が起こっているのかさっぱり分からない。分かりたくもない。
頭の中がぐるぐるする。僕は何をしなくちゃいけないんだっけ?
「えっと、学校行かなきゃ」
着替えをしなきゃ。遅刻をしてしまう。
そうなったら困る。
……何で困るんだっけ?
何で学校に行きたいんだっけ。何で遅刻したらダメなんだっけ?
「ぼ、くは。………出会いが、欲しくて」
僕は、そうだ。
高校で彼女を作りたかったんだ。
その為に勉強も頑張って。この学校の事も調べて。
調べて。調べて。調べて。調べて。
………何の。何の確信があってこの学校を選んだんだっけ。
「ぁ、え?」
何でこんなに頑張ってるんだっけ。
わざわざ姉ちゃんに頼み込んでまで春橋高校に通ってるんだっけ。
何でこんな苦労をしてるんだっけ。僕は本当に僕なんだっけ?いつから僕なの?
本当は全部分かってる癖に。
「あ、ぅえっ」
気分が悪い。
気分が悪い。
気分が悪い。
カエルの鳴き声が聞こえる。
カエルの鳴き声が聞こえる。
ケロケロという鳴き声が、僕を見つめている。
見下している。ケロケロ。ケロケロ。ケロケロ。ケロケロ。
こんなの僕じゃない。
こんなの僕じゃない。
こんなの僕じゃない。こんなの菫コ縺倥c縺ェ縺??螟ァ荳亥、ォ縺?繧域ッ阪&繧灘ソ??縺励↑縺?〒縲縺薙l縺ァ縺セ縺溷?騾壹j
▷▷▷
「うーっす、おはよー姉ちゃん」
「おはよーさん。ご飯出来てるよー」
寝ぼけ眼な
今日の朝ご飯はちりめんトースト。料理をしっかりするのがダルい時はこれに限る。
料理を食卓に並べ、椅子に座る。
ウチの正面に
「……そいえばさー、さっきあんたの部屋から物置がしたんだけど。何かあった?」
「ん、いやぁ? 特に何も無かったけど?」
ウチの質問に、心底不思議そうな顔をしながら
その顔は嘘をついているようにも見えない。
「んー、寝ぼけてベットから落ちたとか?」
「いやいや、僕ベットで起きたって」
そう言ってウチを覗き込んでくる
……まぁ、ケガとかしてないんならいいや。
ウチはそう思いながら、淹れたてのコーヒーに口をつけた。