1月11日は野々原渚の誕生日。
 プレゼントは何が良い?

《transparent》
 愛情たっぷりの手料理? 気持ち一杯の工芸品?
 お前への心の底からの思いを、丁寧に丁寧に包装して、一生モノになるギフトを贈ろう。
 喜んでくれるよな?
《/transparent》


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 本日1月11日はヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないCDの最初のヒロイン、野々原渚の誕生日です。
 と言う訳で性懲りもなく気持ちのままに書き連ねてみました。
 お納めください。


拝啓、愛しの妹へ

 

 ある日を境にお兄ちゃんがいなくなった。捜索願を出しても、まだ見つかっていない。

 靴底が擦り切れるまで探し回ったこともあったけど、結局何の成果も挙げられないまま、一か月、二か月と時間だけが過ぎていく。

 学校から帰ってきたら夕飯を作って、お兄ちゃんの帰りを待ちながら、結局一人で食べ終わっちゃって。二人分作って、捨てるのも忍びないから二人分食べて。そんな生活を続けているせいで体重は増える一方――かと言えばそうでもなく。寧ろ心配されるくらいには窶れていって。周りには大丈夫心配しないでと壊れたテープのように同じ言葉を繰り返す。

 そんなある日の夕食後の事だった。

 宅配便が届いた。あたし宛てに。お兄ちゃんから。日時を指定していたらしい。去年の十一月十三日に送られたものだった。疑問と戸惑いと嬉しさと悲しさが色々と入れ混じった感情の中で封を開けて、丁寧に包装された封筒の中に畳まれた便箋をひらいて目に入った最初の一文が“これ”だった。

 

“もしこの文章を渚以外が読む場合はこれ以上読まずに渚に渡す事。読んでもいいけど、その後どうなっても一切の関与も補償もしないので悪しからず。

 もし渚が読んでいるのなら、これ以上は声に出さず、誰の眼にもつかない場所で読むこと。

 続きを読みたければ二枚目へ移ること。”

 

 体中から血の気が引いて、言葉を失った。この字は間違いなくお兄ちゃんの字だ。読まないという選択肢はもう頭から消えていて、食器を洗うことも後片付けもせずあたしの部屋にこもって続きを読み始めた。

 

“この文章をお前が読んでいるということは、多分きっともうお前のお兄ちゃんはこの世にはいないだろう。亡き両親からの遺産相続云々等と言った面倒な手続きはもう代理人を手配してある。何かの奇跡が起きて、何もなければ、この手紙は他ならないお兄ちゃん自身の手で揉み消されるから、その辺の心配はしなくていい。”

 

 心臓を鷲掴みにされたような気分だった。同時に、そんなことを心配しているんじゃない、とも。こんな手紙を書いたお兄ちゃんが消息不明ということはつまり、そう言うことなんだろうと、なんとなく察してしまうが心が拒否し続ける。お兄ちゃんがしたためた現実を認めたくなかった。冷汗が止まらない。

 続きを読む。

 

“さて、予定通りならお前がこの手紙を読んでいる今日というこの日は一月十一日であり、お前の誕生日の筈だから、先に謝っておこう。この手紙を書いているのが十一月十一日だから、丸二か月後、来年のお前の誕生日を一緒に祝ってやれそうにない。ごめんな。”

 

 手紙を握りしめそうになる両手を、歯と唇と食いしばって堪える。こぼれそうになる涙を何とかして抑える。紙が皴だらけになったら、文字が滲んだらもう二度と読めなくなる。視界が霞むのは今この時も、これからもだろうけど、お兄ちゃんが遺した文字はきっとこれっきりだろうから。お兄ちゃんの最期の遺品を、あたしが壊すわけにはいかない。

 続きを読む。

 

“一応、もうプレゼントは用意してある。初めての手作りだから少々不格好なのしか出来なかったのが心残りではあるのだが、それはそれで記念になるだろうと言い訳をしつつ。お兄ちゃんの部屋の、机の一番下の引き出しの中に、手提げ金庫が入っている。八桁の暗証番号は、お兄ちゃんの生年月日の西暦表記だ。左から年・月・日で数字を合わせれば鍵が開くようになっている。誕生祝のメッセージカードも添えてあるから、そっちはそっちで読んで欲しい。プレゼントが気になるならそっちを先にするといい。此処から先はまた別の話だから。心配しなくても、何もなければ当日の夜にお兄ちゃんが手渡ししてたから、気にするなよ?”

 

 飛び起きるように、しばらく入ることが出来なかったお兄ちゃんの部屋に駆け込む。あの日を境にドアを開けることが出来なかった。物理的ではなく、精神的に。誰も居ない部屋を見てしまったら、もう二度とお兄ちゃんに会えなくなるのだと心で、魂で理解してしまうだろうから。そんなことを認めたくなかったから。

 ドアを開ける。デスクの引き出しの、一番下。古びた手提げ金庫には0が八つ並んでいた。一つ一つ、ダイヤルを回していく。手が震えて数字が合わない。指が滑って数字がずれる。頭に思い浮かべた数字を入力するだけなのに、こんなにも時間がかかる。焦りと不安が押し寄せてくる。あたしがお兄ちゃんの生年月日を忘れるはずがない。思い出せないわけがない。間違える理由がない。やっとの思いで数字を揃えると、蓋が開いた。

 中には畳まれたメッセージカードと、毛糸で編まれた……マフラー? ところどころ端がほつれているし、編み目もちょっとガタついている。売り物だとしたら、よっぽどの不良品だ。つまり、手紙通りこのマフラーはお兄ちゃんの手編みと言うこと。嬉し涙と悲し涙が混ざって零れ落ちそうになる。折角のプレゼントが汚れてしまってはお兄ちゃんも悲しむし、あたしも嫌だ。

 一旦マフラーを横に置いてメッセージカードを読む。

 

“誕生日おめでとう、渚。近年益々寒さが厳しくなって、学校指定の制服じゃ辛かろうと思い、丹精を込めて編んでみました。大学受験の勉強も本腰を入れはじめ、体調管理に一層の気を払わなければいけないこの時期だから、寂しい首元を温めて欲しい。お前にはきっと、目の覚めるような朱が似合うだろうから。

 優しくてカッコよくて、ちょっと雰囲気に流されやすいお兄ちゃんから、恋しい妹へ愛をこめて。”

 

 膝から崩れ落ちるような感覚だった。次から次へと涙があふれてきて、手紙とマフラーを汚さないよう、天を仰いで手で顔を覆うことしか出来なくなっていた。気が付けば声も漏れていた。そこから先は堰を切ったように、恥も外聞もなく一段と泣き喚いた、と思う。記憶があまりない。気が付いたらお兄ちゃんの部屋で一晩を明かしていた。今日――と言っていいかはわからないけど、手紙を読んだ次の日がたまたま休みで良かった。こんな状態で学校へはとてもじゃないけどいけない。

 あんなに泣いたのは、お父さんとお母さんの葬式以来だったかな。いや、やっぱりそれ以上かも。そう言えば、お兄ちゃんは泣いてなかったっけ。それ以前にあたし、お兄ちゃんが泣いてるところ見たことあるのかな。

 ――違う。

 あたしが泣いていたから、泣けなかったんだ。葬式の時は。これ以上あたしを悲しませないよう、“強いお兄ちゃん”であることを演じていたんだ。

 知らなかった。泣くのを我慢するのがあんなに辛いことだったなんて。

 気づけなかった。泣きたいのに涙を流すわけにはいかないのがあんなに苦しいことだったなんて。

 ごめんなさい。お兄ちゃんが泣くことを許さなくしてしまって。

 ごめんなさい。お兄ちゃんから涙を奪ってしまって。

 ごめんなさい。お兄ちゃんの分まで勝手に泣いてしまって。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 

 

 冷たい雨が降っている。

 朝食を作る気力も沸かないまま、手紙に続きがあったことを思い出す。

 

 

 

 手紙の続きを読む。

 

 

 

 そこには

 

 

 

 

“なにもない。”

 

 

 

 

 夢を見ていた。しばらく見ていなかった、お兄ちゃんと過ごしている夢。

 包丁を研ぐ。

 お兄ちゃんに手料理を振る舞うあたしと、それを食べているお兄ちゃん。首が寒い。痒い。

 包丁を研ぐ。

 厚焼き玉子、人参をこっそり入れたオムライス、研究に研究を重ねた最新作のロールキャベツ、漢方薬を擦り込んだ唐揚げ、八宝菜。首を掻き毟る。痒い。痒い。

 包丁を研ぐ。

 お兄ちゃんの部屋、砕かれた足、血塗れの服、先の丸いフォーク、お揃いのスプーン、包丁。首に爪が食い込む。寒い。痒い。

 包丁を研ぐ。

 やかんから甲高い音が聞こえる。悲鳴のように響く沸騰の合図。あたしの頭の中と一緒。

 包丁を研ぐ。

 お玉でかき混ぜている鍋の中身は空っぽだ。あたしと同じ。

 包丁を研ぐ。

 寒い。痒い。寒い。痒い。

 

 日が暮れる。夜になる。雨はまだ止まない。

 ケジメはつけないと。

 ちゃんと、お兄ちゃんを弔ってあげないと。

あたしだけでも、お兄ちゃんの葬式をしてあげないと。

 喪服はそれっぽいのが無かったから、お兄ちゃんの学ランを拝借した。いつも着ている学校指定の制服だと色合いが明るすぎて葬式の雰囲気に合わない。

 全身を黒で固めて、式場へ向かう。この場合は何葬になるんだろう。火葬でも土葬でもないし。そこまで考えて、放り投げた。あたしだけが挙げるんだから宗派も流儀も、あたしがやりたいようにすればいいんだから、これ以上考える必要はない。

 斎場は柏木園子、お兄ちゃんが最後に会った、あの女の家。

 うつつを抜かしたように上機嫌な顔であたしを迎え入れるこいつを背に、式の段取りを反芻する。あたしの頭で出来ることはそうそうないけど。計画だけは何があっても冷静に進められる謎の自信があった。

 この女の言葉を聞くだけで吐き気がするけど、ここは我慢我慢。逃げ場を塞いで、邪魔が入らないようにしておかないと。最初の狩りは慎重に、追いつめる時は大胆に。悪趣味なインテリアにも目を瞑る。隙が出来るまで、こいつの好きに泳がせておけばいい。

 自慢げに観葉植物を紹介している、今だ。

 肩を突き、足を払い、押し倒す。反撃の暇なんて与えない。シャベルにのばしかけた手を抑えつけ、胴体ごと足で挟んで山乗りになる。隠し持っていた包丁を取り出し、振り上げる。

 このままこいつの胸に刃を突き立てれば終わり。

 

 終わり?

 

 ――持っていた包丁を握り直す。

 刃の方を手に、包丁の柄を、この女の顔に向けて改めて振り下ろした。

 刺してしまえば一瞬で終わってしまう。あるいは失血と死への痛みと恐怖で気絶されて逃げられてしまう。

 そんなことがあっていいわけがない。

 鼻っ柱を折る。

 この程度で泣くな。お兄ちゃんはもっと痛かったんだ。

 頬骨。

 この程度で喚くな。お兄ちゃんはもっと辛かったんだ。

 前歯。

 この程度で死ぬな。お兄ちゃんはもっと苦しかったんだ。

 初めての筈なのに何故か手馴れている自分がいて。そんな感傷に浸る間もなく次から次へと作業を進めていく。葬式は恙なく進行しないとね。

 何か命乞いみたいな言葉が聞こえるけど無視をする。道徳に訴えるような説得をしているみたいだけど関係ない。どれもいずれ不細工な、豚の様な悲鳴に変わる。ほら、変わった。

 そう言えば綾瀬さんはピアノをやってたんだっけ。だったらあたしも負けないように目の前の楽器を力いっぱい弾いて演奏しなきゃ。教会やお寺にあるような鐘のように、叩けば叩くだけ大きい音が鳴るから、空にも届くように頑張らないと。

 聞こえてる、お兄ちゃん?

 これがあたしからお兄ちゃんへ捧げる、葬送曲だよ?

 

 

 

 式が無事に終わって、帰り道は傘の中で鼻歌交じりに浮足立つ。曲はお兄ちゃんのお気に入り。

 ついついにやける顔を隠すために、ずり落ちた真っ黒なマフラーを鼻先まで覆うように引き上げ、空を見上げる。

 真っ黒な空しか見えなかった。

 冷たい雨が目に入る。

 不思議と寒さは感じなかった。

 







 破棄されたデータが一件あります。
 復元しますか?



         はい  >いいえ



 いつからだろう。何を食べても味がしない。
 いつからだろう。世界が色を失った。
 やっと見つけた目標も、これまでしてきた努力も、これから訪れるであろう未来も、何もかもが全て台無しになる。
 もうこれ以上賽の河原に居続けることに耐えられない。
 何も見たくない。何も聞きたくない。何も食べたくない。何も知りたくない。
 妬ましい。羨ましい。疎ましい。恨めしい。
 もう何もかもがどうでもいい。
 だからもう
    なにもない。










        >はい   いいえ




 【規制済み】の手により【削除されました】は【検閲】。
 【コンプライアンス違反】は【諸事情により自主規制】だから【黙秘権の行使】ように。
 くれぐれも渚は【データ破損】の【復元不可能】を【閲覧権限がありません】でくれ。
 お前が幸せに生きることがお兄ちゃんの【    】だから。

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