悪  /役令嬢   作:負け狐

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クレイジードミノ

 話が逸れたが、当初の目的は禁呪の調査だ。気を取り直し、エドワードにそれを告げると、彼は悩むことなく了承した。では早速とエリーゼは彼の対面に座り、彼を見やる。その拍子にさらりとハニーブロンドが揺れ、彼女の魅力が溢れんばかりとなった。

 

「そういえば」

 

 そんな状態の彼女を見ながら、エドワードは別段なんてことのないように言葉を紡いでいた。マリィが好き、という部分が当然大部分なのであろうが、エリザベス相手にそういう感情を持たなかったということもあるのかもしれない。あるいは、持たないように努力したか、だ。

 知ってか知らずか。彼の呟き、エリーゼもまたなんてことのないように言葉を返す。

 

「どうかしたかしら?」

「髪型は、やはりそのままなんだね」

「ええ。こればかりは、変えられないわ」

 

 それもそうか、と彼が苦笑する。先程のやり取りでもそうであったが、その口ぶりは懐かしさと親しみが滲み出ていて、もはやわだかまりなど感じられない。元々処刑された当の本人であるエリーゼがそこまで気にしていないので、それも当たり前なのかもしれないが。

 ともあれ、調査の中での軽いやり取りであるそんな中で、ベスはふと気になっていたことを問い掛けた。そういえば、と口を挟んだ。

 

「髪型を変えなかったってのは、何か理由あんの?」

「おや、知らないのかい?」

「うん。エリーゼからは聞いてない……と、思う」

「言わなかったかしら」

 

 こてん、とエリーゼは首を傾げる。別にそこまで重要なことでもない、というのが彼女の認識なので、言った言わないはそこまで記憶にないのかもしれない。

 そしてベスも、そんな彼女の反応でそこまで大したことではないのかと何となく理解した。昔からの癖で、くらいなのかな、と予想した。大したことないならいいや、とは言わず、そのまま答えを促した。

 

「昔、言われたのよ。わたくしのこの長い髪が素敵だ、と」

「それ割と重要なやつじゃないの!? え? 誰? 初恋? 恋バナ?」

「俺は人伝に聞いただけだけれど。その時の会話は確か、『俺はリザのその長い髪は素敵だと思う。きれいで、好きだ』だったかな」

「エロ王子じゃねーか!」

 

 衝撃の真実。一瞬だけ浮かび上がった素敵な思い出があっという間に塗り潰されたことで、ベスはそのままマジかと頭を抱えた。そのままグラグラと揺れたので、人の体で奇妙な動きをするなとエリーゼに咎められる。渋々ではあるが、ごねても無理矢理押し込められるだけなので、ぶうぶうと言いつつ彼女はそのまま奥に引っ込む。

 引っ込むが、しかし。それはしょうがないだろうとベスはぼやく。エリーゼがその思い出を大事にして髪型を変えていないのならば、つまりはそういうことなのだと思ったからだ。散々あれだけ言っておいて、結局最初からラブラブなんじゃねーのかよ。そう思ったからだ。

 

「何を勘違いしているか知らないけれど。ベス、わたくしはその当時フィリップを異性として認識などしていませんでしたわ。正直今も怪しいけれど」

「じゃあ何でそこ拘ってんだよ」

「……わたくしの淑女としての嗜みは、与えられた課題を乗り越えて出来たもの。そこにはわたくし以外の要素が詰まっているわ。でも、あの時の、髪型だけは」

「あーはいはい自分で決めたそれを認められたのが嬉しかったんですね。へーそーなのかー」

「食い気味に聞いた割には投げやりだねベス嬢」

「……いざ聞いてみるとむず痒かった」

「うん、同感だ。だから正直、あの時殆ど関わっていなかった俺の方に婚約話が来た時は驚いたよ。この二人正気か、って」

 

 少なくともエリザベスの方は正気だったのだからたちが悪い。やれやれと肩を竦めたエドワードは、視線を再び彼女に向けると、それで何か分かったのかなと彼女に問うた。

 話を急に元に戻された、少なくともベスはそう思ったが、エリーゼはそのやり取りの中でもきちんとやることはやっていたらしい。ふむ、と顎に手を当てていた。

 

「残滓は見えるのだけれど、薄いわ。時間もそれなりに経っているものね」

「確かに、そうだね。……ベス嬢、貴女ならどうかな?」

「はえ? あたし?」

「これまでの話を聞く限り、現状、貴女は禁呪そのものといっても過言ではない存在だ。禁呪同士ならば、あるいは」

「そうね。ベス、ちょっと見てみて頂戴」

 

 二人から要請されたものの、そんな事言われてもとベスは眉を顰めた。が、やらないという選択肢を出すことは勿論ないわけで。じゃあちょっと主導権もらうね、と完全に表に出た彼女は、濃さを増した左目の黒い瞳でじぃっとエドワードを見詰め続ける。どことなく真剣な表情でありながら、知っているものとは全然違うそれに、エドワードは小さくではあるが口角を上げていた。

 

「んー、っと? エリーゼの言ってた残滓って……この、何かその辺漂ってる文字みたいなやつのこと?」

「わたくしにそこまでの視認は出来ないわ。お手柄ね、ベス」

「いや待って。文字みたいなのがあるのは分かるけど、それが何かは分かんないんだけど!」

「何を言っているの? 書き写せばいいでしょう」

「簡単に言いやがって……!」

 

 ちくしょー、と少し涙目になりながら、ベスは用意された紙に必死でメモを取っていく。何だか分からない謎の文字らしきものを、意味も分からず間違えないように書き写すのは中々にしんどい。人の周囲を漂っているのだからどこからどこまでか分かり辛いというおまけ付きだ。たっぷりと時間を掛けながら、途中途中でエリーゼの文句も聞きつつ、エドワードの茶化しも耳にしながら、ベスはひたすら頑張った。頑張って頑張って、それを写し終わる頃には色々と限界が来ていた。

 昼食の時間は、とうに過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

「それで、これがその『文字』か」

「そうらしいわね……」

「成程……文字、か」

「んだよ、しゃーねーじゃん! あたし転生者だぞ! この世界の特殊文字とか分かるわけねーよ!」

「確かにそうだね。ベス嬢はよくやってくれたと思うよ」

「おい」

 

 所変わって、第一王子の執務室。エドワードに残っていた禁呪の残滓をメモしたそれを皆に見せたところ、フィリップとグレアムにそういう反応をされた。ベスには何が書いてあるのか分からないが、二人にもぶっちゃけ何が書いてあるか分からなかった。元々多少の覚えしかない特殊文字だ、ここまで崩れていては分かるはずもない。とはいえ、普通に考えて知りもしない謎文字が人の周囲をグルグル回っている状態をメモったところでまともなものになるわけがないのは自明の理なので、そういう意味では、エドワードの言う通りベスは頑張った方だろう。

 それはそれとして。と、フィリップがそのタイミングで待ったをかけ対面の人物を全力で睨み付けた。何だ何だ、と皆が彼に視線を向ける中、むしろお前ら何で平然としているんだと言葉を続ける。

 

「明らかにいては駄目なやつがいるだろう」

「誰のことだい? 兄上」

「お前だ」

 

 勢いよく、ズビシィと音がせんばかりにエドワードを指差す。対する指を差された方は平然とした調子で、事情を知らない者でないのだから問題ないだろうと返した。グレアムは傍観者を貫く方向らしい。

 

「大体、お前は今謹慎中で」

「別に王宮を出てはいないよ。その程度の自由は許されているはずだけど」

「だとしてもだ。この件に関しては、お前はこちら側に来る資格はない」

「かも、しれないね。でも、ならば何故俺にわざわざ事情を説明したのかな? 禁呪の残滓を調べるだけなら、秘密裏にやればよかったはずだ」

 

 エドワードの言葉に、文句を言っていたフィリップも口を噤んだ。それはその通りで間違いなく、フィリップはそもそも最初から眼の前の弟が言っていたようにやるつもりであった。だから彼の応答に反論が出来ない。

 なにせ、真正面から堂々と調査する許可を出したのも、他でもないフィリップだからだ。そして、そう考えていたにも拘らず手の平を返した理由といえば。

 

「リザが、不満そうだったから……」

「兄上、馬鹿なんだね」

「ほんと何でヒロインが逆ハー作るやつみたいな知能の低下してんのエロ王子……」

「待て、誤解がある! というかベス嬢は分かっているだろう」

「そりゃね」

「ああ、勿論、俺も分かっているよ」

「こいつら……っ」

 

 暴れるエリーゼを止める手段がないので、ある程度自由を許した。それだけである。被害を出来るだけ少なくした結果である。責められる謂れはない、とフィリップは声を大にして言いたいであろう。

 勿論、惚れた女には弱い、という部分もあるので、本来ならば強くは言えない。グレアムは勿論、その場にいなかったエドワードもそれは承知である。だから発言通り、分かっていてやっているのだ。

 タチ悪い。

 

 

 

 

 

 

 そんなひたすら兄をおちょくる発言をしていたエドワードであったが、どうやらただ単にからかい目的で執務室の乱入者になったそわけではないらしい。

 こちらに来た理由がきちんとあるのだと、飄々とした表情を変えることなく彼は言葉を続けた。

 信用出来ん、と当然のように即答したフィリップが目を細める。信用がないな、とそんな兄からの視線を受けた彼は肩を竦めた。

 

「まあ、確かに。俺としてもこっちはマリィに会えないのに兄上がエリザベスといちゃつくのは腹が立つ、というのはあるけれどね」

「永遠に会えなくさせかけた奴が言うことか?」

「再活動しているから言っているのさ」

 

 言い合いながら、お互いに睨み合う。そこで一度言葉を止めると、どちらからともなく顔を背けた。そんな光景を見ている限りでは、この二人の仲が良いとはお世辞にも言えない。

 そうは思ったが、実際どうなのだろう。ベスはその辺りが気になったので聞いてみることにした。喧嘩するほどなんとやら、という感じなのか。それとも、特に何かあるわけでもなく、ただただガチで仲悪いのか。

 

「エドワードは、元々あまりこちらと関わってなかったからな」

「兄弟なのに?」

「兄弟だから、とも言える。王族というのは、そういうしがらみがある」

「ふーん」

 

 返ってきたグレアムの回答には納得出来るような、そうでもないようなという反応をする。そのまま、それで結局どうなのと遠慮なく問うた。察しろ、という彼の気遣いは無駄になった。

 

「わたくしの感想は、似た者同士、ですわね」

「……あー、そうかも」

『どこが!?』

「そういうとこやぞ」

 

 エリーゼの答えに納得してしまった彼女の呟きに同時に叫ぶ王子兄弟。その反応を見て、ベスは思わずツッコミを入れてしまった。ちなみに、彼女が納得した理由の大部分は性癖である。

 ともあれ。こほんと咳払いを一つすると、ベスは机のメモに視線を戻した。それで、結局その『文字』はどうなんだ。そんな彼女の問い掛けに、同じ体なので同じように視線をメモに向けたエリーゼが言葉を返す。

 

「正直見るに堪えない汚さだけれども、一応認識は出来ますわね」

「そこ蒸し返すの!?」

「事実は事実。もっとも、視認出来なかったわたくしが言う資格があるとは思えないけれど」

「じゃ言うなよ」

 

 不満タラタラなベスのツッコミをスルーしつつ、エリーゼは文字を手でなぞる。禁呪の管理を行っていた家系だからといって、その全てを識っているかといえば当然答えは否。だが、全く知らないということも勿論、あるはずがない。それを使わずとも身を立てると決意したのならば、余計に。知識の無さはつけ入れられる隙となるのだから。

 

「お祖父様はそれも気に入らなかったのでしょうね。きちんと身に付けた上で、頼らないことを選んだのだもの」

「まあ、前当主としては面白くないだろうな」

「伝統に喧嘩売ってるみたいな感じなのかもね」

「でも、だからこそマクスウェル公爵はそれを行った。これまでの過去を乗り越えるために」

「それを見たマクスウェル翁の選択の一つが、リザを死体に変えることか……。度し難いな」

 

 吐き捨てるようなフィリップの言葉を聞いて、まあお前はそうだろうな、とグレアムもエドワードもベスも思う。もっとも、目的のために跡取りを死体にして操るという選択に理解が出来るというわけでもないので、結局感想としては同じであるが。

 

「それで、どうなんだ? リザ、君の禁呪の知識の中にあるのか?」

「そうですわね……恐らくだけれど、これは人の心を操る類のものね」

 

 予想は付いていたでしょうけれど、とエリーゼは肩を竦める。予想が確信に近付いただけでも進歩としては及第点。グレアムはそんなことを言うものの、彼女としてはそういう考えは好きではなかった。だから、ミミズがのたくったようなそれらをじっと見詰めながら、彼女は尚そこにある内容を探り続ける。せめてもう少し、その指向性くらいは。

 

「……ベス、ちょっといいかしら」

「なんじゃい」

「ここの部分なのだけれど。これは繋がっているの?」

「いや分かんないし。……んー、っと。えっと……多分、繋がってた、はず、かな?」

「そう。なら、この『文字』の意味がもう少し細かく分かるわ」

 

 口角を上げ、すぅ、っと該当部分をなぞる。そこに書かれていた内容を心中で繰り返しながら、考えたな、とエリーゼは机をコツコツと叩いた。息を吐き、集中していた気分を落ち着かせる。

 あまりにも強く操ってしまうと、後々に影響が出る。そして、足がつく可能性が高くなる。だから読み取ったこれは、実際の禁呪としては軽過ぎるほど弱めてある。精神操作や洗脳というより、むしろ思考誘導に近い。

 

「これそのものは、とても微弱なものよ。それでも、わたくしを断罪する舞台を整えたのね、あの糞爺は」

「どういうことだ?」

「わたくしの性格、学院という場所、雌豚の成長、そしてエドワードの恋心。その他にも、小さな原因を積み重ね、それらをほんの少しだけ押す。そうして出来上がったのが」

「あの、断罪劇か」

「ドミノかっつーの……」

 

 小さな一つ一つがパタパタと倒れていくうちに、いつのまにか大きな結果を引き起こしている。相手はそういう方法を取ったのだ。そして問題なのは、これはそのための起爆ですら無く、途中の、駒の一つであるということ。

 

「それはつまり。この証拠だけでマクスウェル翁を攻めることは」

「無理ですわね。せめて後二つ、ある程度繋がりのありそうな禁呪の文字を回収したいわ」

「そうは言っても、他に該当してそうなのは――」

 

 ううむ、と腕組みをして悩んでいたフィリップがふと動きを止める。思い付いたそれを確認するように視線をエリーゼに向けると、彼女も笑みを浮かべながらコクリと頷いた。成程、それは丁度いい。そんなことを考え、視線で会話をしながら、彼も同じように笑みを浮かべた。

 そのやり取りで察したのか、グレアムもエドワードも、ベスですらそういうことかと頷いている。

 

「よし、じゃあ俺が行くよ」

「おい愚弟。お前は謹慎だろうが」

「何を言っているんだい愚兄。マリィの危機なんだ、行くのは俺に決まっているだろう?」

「行くのはリザだ。俺が同行者に決まっている」

「寝言は寝てから言いなよ兄上」

「その言葉、そっくりそのままお前に返してやる」

 

 そして突如おっ始まった兄弟喧嘩。あぁ? とお互い睨み合う王子兄弟を眺めていたエリーゼは、よし決まりだとゆっくりと席を立つ。喧嘩に夢中な兄弟二人と違い、きちんと気付いたグレアムがひらひらと手を振る中、彼女はそれに小さく手を振り返した。

 もはやすっかり慣れ親しんだ出入り口。エリーゼはスタスタと窓に向かうと、ゆっくりとそこを開け、窓枠に足をかける。

 

「んで? 学院行くの?」

「ええ。ひょっとしたら、あの禁呪で少し面倒なことになっているかもしれないもの」

「面倒?」

「あの糞爺のことだから、わたくしが禁呪に気付くのを何かの引き金にしかねませんわ。いえ、そもそも、わたくしを操れなかったと判明した時点でとっくにそれが動いているのかもしれないわね」

「え? それマリィちゃんヤバくない?」

「多少はそうかもしれないけれど」

 

 窓から飛び出した空中で、エリーゼとベスはそんなことを述べる。先程は言わなかったそれは、しかしフィリップ達も想定外というわけでもない予想の一つだ。だから、今更ではある。

 そう、今更なのだ。だから、まあ、とエリーゼが楽しそうに口角を上げた。心配するほどのものではないと述べた。

 

「今の雌豚ならば、わたくしが行く前に片付けてしまうかもしれないわね」

 

 へー、とベスが間抜けな声を上げるのと、その体が地面に着地するのが同時であった。

 

 

 

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