学院の敷地を駆ける。とろけるような蜂蜜色の金髪を揺らしながら走る少女、エリーゼに向かい、その体の中にいるベスは同じ口で問い掛けた。そんなことをすれば体力の消費が激しくなるが、現在の彼女は死体、そういうものとは無縁である。もっとも、そうでなくともこの程度では疲れることなどないだろうが。
「あの二人、置いてきてよかったの?」
そんなわけで。ベスは主導権を貰っていない状態ではそんな心配一切無用ということもあり、大分呑気である。エリーゼはそんな彼女に、わざわざ分かりきったことを聞くなと返答していた。一応言っておくが、別に彼女も余裕である。
「ヒョロガリはあれでも筆頭魔導師の跡取りよ。実力もあるわ」
「お、珍しいね、エリーゼが普通に褒めた」
「比較対象が論外だからですわ」
「……あれは酷かったっすね」
普通逆だろ、というのがその場に辿り着いたベスが抱いた感想だ。この間の勝負で分かってはいたものの、改めて目にするとなんというかもう、溜息しか出てこない。彼女の結論はそれである。エリーゼは語るに値しないと切り捨てていた。
「まあどちらにせよ。ここは任せろだなんて一人前の言葉を言ったのだから、多少は評価してあげてもいいでしょう」
「あたし的にはめっちゃ死亡フラグなんだけど、まあ、大丈夫か」
ちょっと死ににくい、というか既に死んでるので倒しにくいごろつきの成れの果て程度にやられるほどの雑魚でもあるまい。うんうんと頷いたベスは、話題を切り替えるようにそれじゃあ、と言葉を紡いだ。本来の目的に行こうかと述べた。
「マリィちゃん、どこにいるんだろう」
「人払いがされている以上、その範囲内なのは確かね」
「大分広いけど。適当に走り回ってたら日が暮れるよ」
「そうね。ならベス、あなたが調べなさい」
唐突な無茶振りである。は、と間抜けな声を上げたベスに対し、エリーゼはそういうのは得意でしょうと口角を上げた。勿論ベスにとっては初耳である。知らん知らん、と全力で抗議をしたが、当然のように跳ね除けられた。
「わたくしの、アンデッドとしての部分を司っているのはあなたよ、ベス」
「だからなんだよ」
「今この周辺にはアンデッドが闊歩している。そうですわよね?」
「だからなんだよ」
「ここまで言っても理解出来ないほどあなたの知能は腐敗したのかしら?」
「あたしが何か言ったら、自分で言い出したからってやらせるのが目に見えてるからだよ!」
「別にあなたが言わずともやらせますわよ」
「…………ですよね!」
投げやりになったベスがうがぁ、と叫ぶ。人の体でみっともないことをするな、とエリーゼは割と本気の文句を述べたが、しかし主導権は奪わなかった。つまりはそういうことなのだ。彼女の考えが分からないほど、ベスも馬鹿ではないわけで。
ああちくしょう、と愚痴りながら左目に意識を集中させた。黒いその瞳が、自身を中心に何かを視るように視界を広げていく。
「さっき来た方向に何かある、のが……あ、消えた」
「どうやらヒョロガリはきちんと始末したみたいね」
「じゃあまあいいか。んで、あれと同じのを探せばいいのかな、っと――」
出来ちゃったわ、と若干げんなりしながら、目線だけをぐるぐると動かす。そうして見付けたのは、とある校舎。そこに視線を向ければ、当然ながら同じ体のエリーゼもその場所を視界に入れるわけで。
そこですわね、とエリーゼは呟いた。それと同時に止めていた足を再び動かす。一気にトップスピードになった彼女は、目の前の校舎へと一気に突撃した。
「あ、ごめ。違う、もうちょい先の校舎!」
「紛らわしい!」
階段を上がりかけた足が止まる。思い切り舌打ちしながら、エリーゼは眼の前の扉を蹴り飛ばさん勢いで、というか蹴り飛ばして直線状にある別の校舎へと向かっていった。
その途中。あ、そういえばとベスが再び世間話モードに入ったかのように声を上げた。何かしらとそれに付き合う態勢に入ったエリーゼに向かい、ここの世界って魔法の杖ないんだ、と彼女は続ける。
「はぁ……あなた、本当にこの世界を舞台にした物語を読んでいたの?」
「いや、だってプレイした乙女ゲーにはその辺の詳しい説明なかったし。……そもそも、あたしもうそこら辺は触れないようにしてるから」
似たような顔と名前と立ち位置の人物がいる全然微塵も乙女ゲーと関係ない異世界、そういうことにしようと心がけている。そんなベスの思考を察したのか、まあいいわとエリーゼはその辺を打ち切った。
「基本的に、魔法を使うには触媒が必要よ。ああいった腕輪が一般的ね。それ以外もあるけれど、杖を使う人は今はもうあまりいないのではないかしら」
「マジかー。まあ最近は杖もコンパクトになってるイメージだし、そんなもんか」
うんうんと一人納得しつつ、じゃあさ、と彼女は言葉を続けた。以前聞いた限りでは、確かエリーゼは全てにおいて高レベルのはず。だというのに、魔法を使う素振りがまったくないのはどういうことだ、と。
ベスのその質問に、エリーゼは暫し沈黙する。そのことで、おや、とベスが首を傾げかけたタイミングで、呆れたように彼女が溜息を吐いた。
「ベス。わたくしはついこの間まで罪人に仕立て上げられた死体だったのよ?」
「うん」
「そんなものに、魔法の触媒を付けると思って?」
「……そっすね」
高位貴族のお嬢様の葬儀ならば、その遺体も着飾られ、場合によっては生前使っていた魔術触媒を添えられたかもしれない。だが、エリザベス・マクスウェルは断罪され処刑された悪役令嬢。きちんとした死装束こそ着せられたが、それ以外の装飾品などあるはずもないのだ。それは蘇っても同じ。現在の彼女の服装はフィリップが用意した、動きやすく整えられた、彼の趣味が大分入っているドレス姿だ。
「エロ王子の用意したコスプレ衣装に、そんなもんあるわけないってことか」
「言っている意味はよく分からないけれど、フィリップはちゃんと触媒の用意はしてくれましたわ」
「へ?」
体を見渡す。腕輪の類は身に付けておらず、ポケットにもそれらしきものは何も入っていない。どこにそんなものがあるのか、と彼女は怪訝な表情を浮かべ、首を傾げた。
そんなベスを見て、エリーゼは小さく笑う。
「いいこと? ベス。先程わたくしは言いましたわよ、触媒は基本的には腕輪だ、と。話題に出した杖もその一つであるし、特化仕様のものも存在する。ヒョロガリのモノクルなどがそうね」
「あ、そういやあれも魔法なのか。……んん? 何か今の話関係あるの?」
「さて、どうかしらね」
そう言ってエリーゼは髪を掻き上げる。サラリと美しい髪が流れ、それに隠されていた耳に付いているイヤリングが軽く揺れた。
あ、とベスが声を上げる。耳に手を添え、そこのイヤリングに触れる。キン、と何か澄んだような音が聞こえた気がした。
「ひょっとして、これ?」
「ええ。わたくしはこのタイプの触媒を好んで使っていたの。だからフィリップも似たものを用意したのでしょう。生前使っていたものには当然及ばないけれど」
「へー……」
水晶のようなもので作られているそれを指で弾きながら、ベスがそんな間抜けな声を出す。疑っているのかしら、というエリーゼの問い掛けにはそういうわけじゃないと返し、ただどうやって使うのかが気になっただけだと続けた。
足は止めていない。目的地である校舎はこの次の建物だ。その道中、ベスはあれ、と声を上げる。視線を横に向けると、特に目的を持っているわけでもなさそうなごろつきだったものが見えた。
「もしかして、あなたの言っていた反応ってこれのことなのかしら?」
「いや違う違う。けど、これ多分でかい反応からあぶれたやつじゃないかな」
「駒の統率も取れていないの? だとすれば、実行犯は相当頭が悪いようね」
「体よく操られてるって感じかねぇ。んで、あれどうする?」
野良ゾンビは問題ない存在だというのならば放っておくけれど。そう述べたベスは、エリーゼの小さな溜息を聞いて不満げに唇を尖らせた。そっちが言いそうだと思ったのに、と。
「言うわけ無いでしょう? 今回の騒動はこちらを陥れるちょっかいを兼ねているのだから、残しておけばその分こちらが不利になるわ」
「あー、そっか。……いやちょっかいて」
「こんないくらでもこちらが反撃出来る騒動など、そう言う以外にありませんわ」
事もなげに言い放つエリーゼに対し、ベスはうへぇと苦い顔を浮かべる。そうしながら、じゃあ何で真面目にこちらを潰しに来ないのか、と疑問を覚えた。
その問い掛けの答えを、エリーゼは口にしない。既に自身を、エリザベスを死体に変えているのだから、公爵家に切り込む手段足り得ないと向こうが判断しているからなのか。それにしては、操り人形にならなかったことに反応して事を起こしているような。むしろこれは、こちらが乗り込んでくるためのお膳立てを整えているかのような。
「エリーゼ?」
「いえ、考えていても詮無きことね。ともかく、あれは片付けるわよ」
思考を切り替える。そうしながら、丁度いいとばかりにエリーゼは口角を上げた。先程あなたが言っていた疑問の答えを見せてあげましょうとゾンビの方へと進路を変えた。
キン、とベスの耳元で澄んだ音が聞こえた。エリーゼが右手を振るうと同時、そこから生まれた風の刃が、ごろつきだったものを首が曲がっていたかどうかすら判別出来なくさせる。
野良はもう一体。手の甲を下に向けた状態で、手首を使って右手を動かした。地面と一緒に爆発したゾンビは、そのままバラバラ死体になって土と混ざりあった。
「うわぉ」
「まあ、こんなところね。わたくしの専用触媒ならば、制御補正を外せるようにしてあるからもっと効率よく破壊できるのだけれども」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
「通常、魔法は扱いやすいように触媒が制御を行うのよ。術者の安全管理も兼ねているから、普通ならばそんな触媒は存在しない」
「あ、馬鹿なんだ」
話を聞く限り、安全装置を取っ払ったからといって物凄い魔法が撃てるわけではない。的だけを濡らすのに水鉄砲を使うかバケツをぶちまけるか、どちらがより成功しやすいかは考えるまでもないのだ。よっぽどの緊急事態でなければ、危険を犯してまでやる意味がない。
まあつまり絶対に効率が悪い。にも拘らずそんな発言をする理由は唯一つ。こいつは的さえ壊せればそれ以外の被害はどうでもいいと思っているからだ。
「同じ体なのだから、何を考えているか手に取るように分かるわ。制御を無効に出来る、というだけで、存在していないわけじゃないの。その辺りはきちんとわきまえていますわ」
「ホントかよ……」
ベスの言葉に、心配性ですわねとエリーゼは返す。微笑みを浮かべながら、どちらにせよさっさと死体を処理して目的地に向かうぞと彼女を促した。
「へいへい。信じるかんね」
「ええ、そうしてくれて結構よ。……そもそも、あなたも人のことを言えるほどまともな存在ではないでしょうに」
「うっせいやい」
バラバラになったゾンビの残骸を、黒い沼地を喚び出し飲み込む。そうして喰らい終わったベスは、ぶうぶうと文句を言いながら再びエリーゼへと主導権を返した。
そんな二人の目的地の校舎では、屋上へと向かう階段を上っているマリィと伯爵令嬢の姿があった。この学院の建物は、もしもの時には拠点となるよう設計されているため、校舎の屋上は多少暴れても問題ない。だから、この先に何かいた場合、最悪戦闘になる可能性もあるわけで。
「あ、そういえば。お名前なんでしたっけ?」
「し、失礼にも程でしてよ!」
「そんなこと言われても。わたしあなたと欠片も関わってませんでしたし」
一方的に嫌がらせをしてきただけの相手の名前なんぞ知るわけがない。そんなことを言われてしまえば、令嬢といえども思わず怯んでしまう。
が、それはそれとして。社交の知識として伯爵令嬢の顔と名前くらいは一致させておけと文句を言いたくなるのも彼女の性であった。筆頭魔導師の跡取り、騎士団長の息子、そして何より王国第二王子。そんな方々と身分も気にせず恥知らずなことをしていたからだと嫌味も加えた。
「そうですね」
「……認めるの?」
「社交が全然なのはその通りですし。でも、わたしはそのおかげでエリザベスさまを知ることが出来たので、後悔はしてませんよ」
「まるであの方々を踏み台か何かのような扱いにしますのね」
「あはは。そんなつもりはなかったんですけど。というか、そもそもあの三人はわたしのこと恋愛対象にしていないと思いますよ」
謙遜だとか、嫌味だとか、皮肉だとか、ぶりっ子だとか。そういう諸々の要素は全く無く、彼女は本気で、素の表情でそう言い切った。はっきりと告げたそれに、令嬢も思わず目を丸くさせ、しかし表情を戻すとだったらあの断罪劇はなんだったんだと噛み付く。
「あれは、今回の事件に関係してるので――おっと」
いけないいけないとマリィは口を塞いだ。公爵家旧当主マクスウェル翁が黒幕っぽいという話は、あくまで予想。そんなものを軽々しく人に述べるものではない。エリーゼ達とは違いまだ昨日までの情報しかないマリィは、それを余計にわきまえている。そんなわけで頬を掻きながら言いかけたことを誤魔化した彼女は、理由があっただけでそういうものではないと彼女に告げた。
そういうやつだよ! 俺はマリィを愛してるよ!? 謎の幻影がそんな風に全力で否定していたが、彼女と関係のないものなので勿論届かない。
「まあ、そういうわけなので。お名前教えてくれませんか?
「……ケイス。レオニー・ケイスですわ」
「ケイスさんですね。あ、様の方がいいですか?」
「好きに呼べばよろしいでしょうに」
はぁ、と溜息を吐くケイス伯爵令嬢レオニー。彼女は既に、眼の前の相手への嫌悪感はどうでも良くなってきていた。考えなしで礼儀知らずという最初の印象は変わっていないのに、だ。理由を考える余裕を彼女は持ち合わせていないが、それはきっと。
「じゃあ、行きましょうか」
「……ええ」
そうこうしていた内に辿り着いた屋上の扉を開ける。空はまだ夕暮れには早く、そこにいる人物の顔もしっかり見える。マリィにとってはどこかで見たことのあるような顔が三人。そして、レオニーにとってはとても見覚えのある顔が、三人。
「あ、貴女達!? 何故ここに!?」
彼女の言葉に、そこにいた三人の令嬢は小さく笑う。そうしながら、何故と言われても、と楽しそうにお互い顔を見合わせた。
「お分かりにならないのですか? 言い出したのはレオニー様でしょう?」
「あ、そうですそうです。あの人、この間の単純そうな頭の取り巻きの人です」
「ちょっと今真面目な話なので黙っていてくださる?」
おお、と手を叩いたマリィを後ろに押し戻して、レオニーは小さく息を吐いた。真っ直ぐに三人の令嬢を見て、分かりませんわと言い切った。分かっていて、敢えてそう述べた。
令嬢達はそうですか、と呟く。それならば仕方ありませんね。そう続けると、物陰に隠していたらしい何かを自分達の前に呼び寄せた。
「ひぃっ!」
「さっきと同じゾンビですね。わ、結構います」
「何故そんな冷静なの!? どうにか出来るということ!?」
「やばいですね」
「ふざけているの!?」
一通り叫び倒したレオニーは、そのまま素早く小動物のようにマリィの後ろに隠れた。ガタガタと震えながら、彼女は動く死体共を見ないように視線を明後日の方向に向ける。普通の令嬢はあんなものを視界に入れたくはないのだろう。
その一方で、マリィはゾンビを眺めながら困っていた。エリザベスとの毎日の賜で、この程度では恐怖は微塵も感じないが、しかしそこまで。彼女自身の戦闘能力は二流以下だ。場合によっては自身の後ろでパニクっているレオニーの方が戦えるかもしれない、
そんな状況なので、マリィはどうにも動けずにいた。ただ、逃げ惑うのは悔しいという理由で、彼女は自身の触媒である腕輪を左手に装備した。
「あらあら。偽貴族の平民上がりが、一体何をする気?」
「何、と言われると困りますけど。まあ逃げる以外ですかね」
そう言って適当な魔法をゾンビの一体にぶつけると、彼女はレオニーの手を取ってゾンビ達から大きく距離を取った。屋上は広く、それだけのスペースが有る。近付かれないように気を付けながら、少しずつ少しずつダメージを与えるくらいは可能だろう。そんなことを考え、マリィはよし、と気合を入れた。
「も、もうちょっとしっかり戦えないんですの!?」
「ただの女生徒にそんな期待されても困りますよ」
後ろから文句が飛んでくる。振り返ることをせずにそう返したマリィは、手伝えないなら大人しくしていて欲しいとばっさり行った。
割とクリティカルだったらしく、レオニーは思わず涙目になる。なるが、それでも彼女は気丈にも言い返した。貴女は確か、特異な能力持ちだったはずでしょう、と。
「それでどうにか出来ませんの?」
「どうにか、って言われても」
てい、と地面に手を添える。そこを中心になにやら光り輝く魔法陣が展開された。自分の知識にない、初めて見るそれに思わずレオニーが目を見開き、そしてこれからどうなのかと若干の期待を込めながら魔法陣を眺める。
「……」
「……」
「……えっと? これは?」
「光ります」
「それから?」
「終わりですけど」
「ランプでも設置しなさい!」
全くもって使えない。そんな思いを込めた叫びを上げたレオニーは、魔法陣を視るために前に出てきたことで、再度視界に入れることになったゾンビを見て悲鳴を上げた。大慌てで後ろに逃げ出し、だから言ったじゃないですかというマリィの言葉にうるさいと返す。
はぁ、とそんな彼女を追い掛けたマリィは、気を取り直して、と再びやってくるゾンビを見た。向こうの令嬢達も、最初こそ光り続ける魔法陣に驚いていたが、それ以上なにもないことを確認すると表情を余裕に戻していた。自分達は動くことなく、用意していたゾンビを使ってどんどんと包囲網を狭めていき。
「――え?」
ゾンビの一体が、その途中で魔法陣を踏んだ。その途端、輝きが増した魔法陣によってあっという間に浄化されていく。一体何が起きたのか分からず、令嬢達も、レオニーも、それを唱えたマリィすら動きを止めた。
「そ、それは……破魔呪文!? まさか、そんな……そんなものは、聖女の御業よ!」
令嬢の一人が驚愕の表情のまま叫ぶ。それが他の二人にも伝染したのか、彼女達は思わず後ろに下がった。
その一方で、逃げ惑っていたレオニーも驚愕の表情でマリィを見ている。アップルトンさん、と彼女に呼びかけた。
「貴女、このことを」
「これ、そんな効果があったんですねぇ……」
「本気で知らなかったのね……」
溜息を吐きながら、ほんの少しの冷静な部分で、それもそうかとレオニーは納得する。よくよく考えれば、ただ光る魔法陣を描くだけの能力で、何故あの三人が近付くのか。何も分かっていないなどということはありえないし、それこそ。
ん? と彼女はマリィを見た。説明されていないはずないだろう、と問い詰めた。
「確かに前何か言われましたけど、普通に生活していたらアンデッドや悪魔ってまず出てこないじゃないですか」
「……まあ、そうですわね」
「そんな状況で、魔を滅するとか言われても流すじゃないですか」
「そこは覚えておきなさい!」
当の本人の認識は、何だか大げさなこと言っているな、であったのだろう。言葉の端々からそれを感じ取れたので、レオニーもこれ以上追求しなかった。そんなことよりも、今重要なことは、その魔法陣でゾンビが一撃で浄化出来るということだ。
「確かにそうですね。やってみます」
ていてい、と適当に走り回りながら屋上に魔法陣を設置していく。あっという間に地雷原のようになった屋上は、ゾンビにとっては詰みでしかない。避ける知能も浄化に耐えられる能力も持っていないただの動く死体は、使役者が細かな命令も出せない令嬢達であることも相まって、ひたすら動いては浄化されていくだけの障害物と化した。
「……もう少し、聖女の破魔呪文というのは厳かなものだと思っていましたわ」
すっかり緩みきってしまった空気の中、レオニーはぽつりとそう零す。そんな呟きが聞こえていたのか、マリィは彼女の方へと振り向くと、そうですか? と首を傾げた。
「だってほら、浄化される時に凄くいい感じに光ってますよ」
「違う! そうじゃありませんわ!」
この日、たった数時間で色々と常識がぶち壊された伯爵令嬢レオニーは、貴族子女として生きているとまずしないであろう全力ツッコミを初体験するのであった。
めでたくない。