眼の前の惨状を眺めながら、さてどうしたものかとマリィは考える。屋上のゾンビは九割方浄化され、令嬢達を守るよう指示したらしい数体が残るのみ。あんなのに護衛されて嫌じゃないのだろうか、と一人のんびりとそんなことも思った。
「あ、そもそも。これって何をどうすれば解決なんでしょうか」
「……」
マリィの疑問にレオニーは口を噤む。このゾンビを殲滅させれば終わりか、といえばそうでもなし。強いていうならばあの令嬢達をどうにかすることであろうが、この状況でどうにかするというのは始末なりなんなりとほぼ同義だ。レオニーは絶対に選びたくないし、マリィとしても別にやりたくない。
「ん~。せめて理由とか手段が分かればまだ」
「あの子達の罪が軽くなる……?」
「まあ無罪は無理でしょうけど。あとこの辺のゾンビを自分で作っちゃってたらアウトかもしれませんね」
マリィが遭遇したごろつきの成れの果ては十を超えている。流石にそれだけの人数を殺害していたら、何者かの手引があったにしろ重罪だ。それがたとえ、一般人に迷惑をかけていたような、いなくなっても困らないとされてしまう人間であっても。
「それは……違うと思いますわ。私と一緒にいた時は、こんなことを出来るだなんて一言も言わなかったもの」
「まあ、話を聞く限り隠す必要なさそうでしたしね。……もしあの人達が出来るって言ってたなら、向こうと同じことしてたんですか?」
襲われる側になってはいるものの、考え自体は別に向こうと変わらないだろう。そんなことを言外に匂わせたようなマリィの発言に、レオニーはしかし迷うことなく首を振った。最初は縦に、そしてその後は横に。肯定でもあり、否定でもあると言葉を返した。
「これまでの私なら、やっていたかもしれません。いざ実際に目の当たりにした今は、全くそんなことは思いませんけれど。……なんですかその目は」
「いや、何だか凄く素直に答えてくれるんですね」
「これまでの自分が馬鹿馬鹿しくなったからですわ。貴女に取り繕う必要もありませんし」
だからといって謝りませんけどね。虚勢を張っているのか、ふんと胸を張ってそう続けるレオニーを見て、マリィは少しだけ口角を上げた。元々嫌がらせをしてきた相手なのでマイナスからのスタートであったが、彼女としては割とこういう性格は嫌いではない。被害者側的なこともあるし、最低限この人は便宜を図ろう。そう結論付けると、視線を向こうの令嬢達に向ける。
「とりえあずふん縛っておきますか」
「どうやって? ロープなんか持ってませんわよ」
「確かにそうですね。じゃあ、どうしましょう」
ううむ、と悩むマリィの横で、とりあえず屋上の出入り口を確保しておけばここからは逃げられないだろうとレオニーが述べた。成程、と手を叩いたマリィは、すぐさま扉へと駆ける。聞こえていたらしい令嬢も逃げようとしていたが、彼女の方が早かった。悪あがき気味に残っていたゾンビをけしかけどかそうとしても、マリィの魔法陣であっさりと浄化され消えていく。
「やっぱり、あの人達って割と単純な頭してますよね」
「貴女、中々言いますわね……」
「えっへへ、それほどでも」
「褒めてませんわよ!」
完全にツッコミ担当となったレオニーが吠える。が、すぐに気を取り直すと、コホンと咳払いを一つした。表情を真面目なものに変えると、対抗する手段がなくなりジリジリと後ずさる令嬢達を真っ直ぐに見やる。
もう、やめましょう。そう言って彼女は眉尻を下げた。少しだけ寂しそうな顔のまま、微笑んだ。
「貴女達がどうしてこんなことをしたのか、私は分かるとは言えませんわ。ですが、貴女達は私の友人、少しでも力になりたいの。理由を、話してくれませんか?」
彼女の言葉に、令嬢は目を見開き、そして呟く。本当にそう思っているのですか、と。
視界に映るのは微笑んだままのレオニー。そこに嘘偽りは見当たらず、本当に彼女は自分達を助けたいと思っている。本気で自分達を友人だと思っているのだ。それはとっくに分かりきっていたこと。だからこうして。
「申し訳、ありませんでした。レオニー様」
「大丈夫。過ちは誰にでもあるもの、反省し、償えば。それで」
「反省も償いもしないってさっき宣言した人が言うと説得力が凄いですね」
「おだまりっ!」
余計な茶々を入れたマリィを睨む。そうしながら、謝らないとは言ったが反省しないとは言っていないと言い返した。先程自分で述べたように、これまでの自分が馬鹿馬鹿しくなったのだから、考えも行動も自ずと改める。陰から嫌がらせをするのではなく、堂々とこいつに文句を言った方が数倍マシだ。その辺りは口には出さずに、とにかくもう変な危害は加えないということだけを彼女に言い放った。
「別にエリザベスさまのあれに比べればあってないようなものだったので、別に何でもいいんですけど」
「そこは素直に受け取るところでしょう!? これだから――」
「レオニー様」
文句を言いかけた彼女の動きが止まる。令嬢達が笑顔を浮かべながら、ありがとうございましたと頭を下げていた。何かお礼を言われるようなことがあっただろうか、と彼女が首を傾げ、マリィもよく分からずポカンとしている。
そんな二人に、正確にはレオニー一人に向い、自分達もきちんと償いをするべきですねと言葉を紡いだ。会話の流れがよく分からず、レオニーは曖昧に頷くことしか出来ない。
カチリ、と令嬢達の中で何かがはまり込む音がした。それが何かなどと考えることもなく、笑顔を浮かべたまま、三人は迷うことなく屋上の端に向かう。
「ちょ、っと……貴女達、何を」
嫌な予感がした。恐ろしい予想を立てた。違っていて欲しいと、考え過ぎだと思いながらも、それでもレオニーは足を前に動かした。屋上の出入り口と、端っこ。距離は離れており、極々普通の令嬢の運動能力では、間に合わない。
「では、償いを行いますね。ごきげんよう」
「ま、って。待って! いや! どうして! やめて、お願い! おねがいだから、やめてぇ!」
「ダメですっ、間に合わない!」
すぐさま飛び出したレオニーも、一歩遅れて駆け出したマリィも。笑顔を浮かべたまま屋上から身を投げた令嬢達を掴むことが出来ない。とても軽い調子で、自室にでも戻るような気安さで、ひらひらと手を振りながら。
屋上から身を投げて、彼女達は潰れた肉塊になろうとした。
「あ――」
届いた時には既に三人とも落下している。伸ばした手は虚しく空を切り、少女達の末路を覚ってレオニーは魂が抜けたような顔でへたり込んだ。
そんな彼女を横目に、マリィは下を覗き込む。自分はレオニーのように、彼女達を必死で助けようと思うほど思い入れはない。それでも、凄惨な死体になってしまった同級生を偲ぶ心くらいは持っている。
「へ?」
だから彼女は見た。覗き込んだその先で、校舎の壁を駆け上がってくる、見忘れるはずもないとろけるような蜂蜜色の金髪の美少女を見た。
「ベス。しっかり掴んでおきなさい」
「そう思うんなら素直に下ろしてから階段使おうよ! 何でキャッチしたまま壁登り続行したん!?」
「戻るのは面倒でしょう」
「こっちの方があたしの集中力的に百倍面倒なんですけどぉ!? ああちくしょう、絶対に落とすなよ骨ー!」
体を十の字のようにしたままの骨が、3Dモデルのデフォルト状態のままの骨が、先程落ちた令嬢達を抱えて、少女の後ろを追従していた。壁を駆け上がっている少女は情緒不安定の極みのように表情がコロコロと変わり、しかし左目の輝きだけは全く衰えていない。
状況が状況なので、常に出しっぱなしにしているのだろう。そんなことを思ったマリィの眼の前を通り過ぎた彼女は、そのまま勢い余って少し滑りながら着地する。追従してきたスケルトンも、少し遅れて固定ポーズのまま令嬢を抱えた状態で屋上へと着地し。
「うぇ!? なにこれ!? スケルトン消滅したんだけど!」
「あら、破魔呪文じゃない。雌豚、邪魔よ、すぐに消しなさい」
丁度その場所が魔法陣の位置だったらしく、即浄化され令嬢はどさどさと投げ出された。
ごつ、と鈍い音が響いたが、屋上から地面に激突するよりは相当マシであろう。そんなことを思いながら、エリーゼは気絶している令嬢を見下ろす。成り行きで受け止めたけれど。そんな前置きをして、彼女は視線をマリィに向ける。
「それで、この連中は何故身投げを?」
「分かりません」
「なら、状況は?」
「ゾンビを倒したらいきなり、ですかね」
「使えないわね、雌豚」
「あはは、申し訳ありません。あ、でも、とりあえずわたしの嫌がらせについては解決したと思います」
「そう。それは……まあ、どうでもいいわ」
「素直じゃねーなー」
エリーゼと同じ口から出るベスの茶々に、彼女は不快さを隠すことなく目を細める。お前の出番は終わったのだから下がっていろと奥に押し込める。
そんなタイミングで、エリーゼに声が掛けられる。視線をそこに向けると、茶色がかった金髪の少女が恐る恐るといった様子でこちらを見ていた。
「あ、あの……エリザベス様、でしょうか?」
「他の誰に見えるというの?」
「い、いえ! 滅相もない! ご、ご無事、だったのですね……」
「あなたも見ていたでしょうに、わたくしが首を落とされるのを」
はぁ、と溜息を吐いたエリーゼ相手に、レオニーは見ていて気の毒になるくらい顔を青褪めさせていた。イッパイイッパイの状態で、土下座せんばかりの謝罪を行う。だから、彼女の返答に疑問を持つ余裕がなかった。
「まあいいわ。今のわたくしはエリーゼ。あなたの知っているエリザベス・マクスウェルは死んだの、いいわね?」
「は、はい!」
「よろしい。なら――小物。あなたはそこの雌豚に代わって説明が出来るのかしら?」
「え、っと。それは、その……え? あの、今なんと?」
「ケイスさん、エリーゼさまに固有認識されたんですね、おめでとうございます」
「だからマリィちゃんの基準は何なのさ……」
思わず呟いたベスの言葉は幸いにしてレオニーには聞かれておらず、エリーゼはそんな彼女を無言で再度奥に引っ込める。へーへー、とベスも文句を言わず素直に引き下がった。
それでどうなのか。そんな彼女の質問の眼光に、レオニーはビクリと姿勢を正す。正すが、質問の意図がよく分からず必死で思考を巡らせていた。今回の経緯と言われても、いつものようにお茶会をしていたが、今日は早めにそれを切り上げ、今日はその余った時間でふらりと散歩を行い、今日はマリィと偶然出会い、今日は。
思い付いたそれを口にしていたが、エリーゼはそれを聞いてもういいわと切り上げさせた。
「エリーゼさま、何か分かったんですか?」
「少なくとも、意図的に状況を作らされたのは確実でしょうね」
ちょっとした細かな指示と糸の手繰り寄せ。思考誘導を使用したかどうかは定かではないが、使ったとしても極々軽いもの、エドワードのものより更に弱いものならば。よほど集中して周囲を調査しない限り、発動してからでなければ気が付かないだろう。今こうなるまで、仕込んであったことを気取らせないだろう。
視線を気絶している令嬢達に向ける。これらに何かしたのかとマリィに問うと、いいえ、という返事が来た。こちらからは何もしていないのならば、とエリーゼはそのまま令嬢達を視る。
「どうやら、あの糞爺はわたくしの力だけで情報を得るのが気に入らないようね」
「どうしたんですか?」
「ああ、そういえば雌豚には言っていませんでしたわね。今回の件には禁呪が使われているわ」
「ひっ……」
遠巻きに見ているだけの状態になっていたレオニーの耳に、とんでもない会話が飛び込んでくる。それをすぐに理解した彼女は短く悲鳴を上げ、それに気付いたエリーゼは視線をそちらに向けた。焙り出すのならばこちらか。そんなことを呟きながら、彼女はレオニーに声を掛ける。
「ねえ、小物。あなたが雌豚に嫌がらせをしていたのは、誰の指示かしら?」
「え? し、指示、ですか? それは……ええと、あれ?」
記憶を手繰り寄せる。その過程で、レオニーは誰かが言っていたのだと結論付けた。だが、それが誰なのか思い出せない。言われるまでその誰かはエリザベスだと思っていたが、改めて考えるとそれも違うのだ。そもそもケイス伯爵家は公爵家の派閥であったが、エリザベスに大して近付いていない。
「ケイス伯爵家は、どちらかといえばお祖父様の派閥ですものね」
「はい。ですから、私はエリザベス様とはそれほど面識もありませんし、エリザベス様がそこのアップルトンさんに危害を加えたという話も、伝聞でしか知りません」
そこまで言うと、レオニーは再度悩む。直接指示をうけたわけでもなく、エリザベスの近くでご機嫌を取ろうとしたわけでもない。そんな状況で、何故自分は今まで嫌がらせを行っていたのか。何故、エリザベスが処刑されても続けていたのか。
何より。これが一番大きく見逃していたことだが。何故か気にしていなかった事実を思い出し、彼女は視線をマリィへと向けた。
「私は、貴女と会話をしたのは、今日が」
「初めてですよ。すれ違いざまに嫌味を言うだけ言って去っていくのを会話というなら、今日が初めてじゃないですけど」
「そう、ですわね」
向こうの話を聞いた記憶はない。だというのに、彼女の中には記録がある。こちらの忠告に口答えをした、というものが。わたしはただ皆さんと仲良くしたいだけなのに酷いです、そうこちらに訴えた記録が、頭に。
記録。記憶ではなく、記録。それは本当に自分が体験したものではなく、誰かが言っていたことを自分のことだと何故か思いこんでいただけで。
「私、は……?」
「ベス」
「うぉっとっと。え? どしたの? 何で急にあたし出した!?」
頭を抑えて蹲るレオニーを一瞥すると、エリーゼは手早くベスと交代した。指示らしい指示も出さず、ただ短く彼女の名前を呼ぶだけのそれで、しかしベスは何となく察したらしい。左目に意識を集中させ、目の間でへたり込む少女をしっかりと視る。
「うっげぇ何これ……。一回書き終わったノートの上からもう一回板書写したみたいになってる」
「当たりね。じゃあそこの小物の文字と、見えるのなら向こうの連中の文字も書き写しておきなさい」
「無理無理無理!」
「やりなさい」
「いや無理だって! エリーゼだって少しは見えるでしょ!? これあたしが出来るわけないってば!」
「さっき言ったでしょう? お祖父様ったら、わたくしが自力で情報を得るのを大層嫌っているみたいなの」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
傀儡の死体人形となったエリザベスにならば、分かるようになっているのでしょうね。マリィの言葉にそう返したエリーゼは、口角を上げたまま動かない。それを聞いて、マリィはこんちくしょーと頭を抱えた。分かりたくなかったが、分かってしまったものはしょうがない。
まあつまり。その理屈ならば、向こうの意図する制御をぶち壊した魂であり、アンデッド部分を担当しているベスにしか読み取れないのだ。と、そういうわけである。
「間違ってても苦情は受け付けないかんな!」
「何を言っているのかしらまったく。勿論文句を言いますわよ」
「やぁぁだぁぁぁ! 異世界転生しただけの大学生の魂に何期待してんだよばっきゃーろー!」
「何度も聞いたわ。いいから口より手を動かしなさい」
「うわぁぁぁぁぁん!」
半泣きになりながら、エドワードの時よりも量も難易度も跳ね上がったそれをベスは必死で書き留める。ひたすら書き続ける。猛烈な勢いで目が死んでいくのを自覚したが、それでも書く。
「……アップルトンさん。エリザベス様は、一体どうしたの?」
「わたしもよく分かりませんけど。多分ケイスさんの体にある禁呪を書き出しているんだと思いますよ」
「ひぃっ!」
色々ありすぎて立てなくなっているレオニーを介抱しながら、マリィは彼女の質問を微妙にはぐらかしながら苦笑した。そうしながら、泣きそうなベスから楽しそうなエリーゼに表情が時折変わるのを見つつ、頑張ってくださいね、と何とも呑気な応援をする。
勿論、途中から白目を剥き始めたベスには届かない。