とりあえず突き止めた依頼主はダミーである。そういう話を改めて行い、分かりましたとマリィは納得して頷いた。
「そういえば、わたし今日のゾンビ騒動の時に同じ予想立てたんでした」
「ねーだったら何でさっきハラキリしようとしたの!?」
「切ろうとしたのは腹ではなく喉です」
「どうでもいいよ! そもそも、流れるように自害するのをやめてくんない?」
「中の人、話を進めるぞ」
「あ、はい。すいません」
グレアムに怒られ、ベスはしゅんとしたように項垂れる。が、別に彼は彼女を叱ったつもりは毛頭ない。まあ、気を取り直したタイミングで即蒸し返していたので、心情的にそう思っていても仕方ないと判断されたのだろう。
ともあれ。アップルトン男爵家に罪をなすりつけたのだとして、それを画策した肝心の相手が分からないのではどうしようもない。そんなマリィの疑問に、フィリップはそんなことはないと言葉を返した。
「どゆこと?」
「アップルトンは男爵家。最高位の貴族ならば、罪を着せることなど造作もないだろう」
「最高位ねぇ……」
それってつまりそういうこと? と首を傾げたベスは、いい加減引っ込みなさいとエリーゼによって押し込められた。そうして表に出てきた彼女は、まあつまりそういうことですわね、と彼等を見詰め笑みを浮かべた。中身はともかく、ほぼ言っていることは同じである。
そんな二人の言葉に、フィリップはその通りだと頷いた。頷きはしたが、その表情はああまりいいものとはいえない。
「成程。証拠はなし、というわけね」
「ないことはない。が、それも向こうの手の内である可能性が否めない」
「まあ、あのマクスウェル翁がそう簡単にヘマはしないか」
エドワードが溜息を吐きながら話に割り込む。若干ついていけない面々とニコラスは傍観者になっているので、参加出来るのは彼くらいだからだろう。ちなみにベスも若干ついていけない側なのでエリーゼの中で見学している。
尚、ついていけているエリーゼの出した結論はじゃあ殴り込みにいきましょう、だったりするわけで。
「なんでや」
「ベス。あなたは黙っていなさい」
「いや言うでしょ!? ちゃんとした証拠ないっつってんじゃん」
「このまま向こうが本当の証拠を出すまで待つ、だなんて出来るはずがないでしょう?」
「俺達は王族だ、流石に動けん」
エリーゼとベスのそのやり取りを聞いて、フィリップは少しだけ苦い表情でそう述べた。グレアムも同意するように頷いているし、エドワードもそれは仕方ないと肩を竦めている。王子や宰相の息子であるその面々を除いても、ニコラス、アシュトン、レオニーは一応ある程度の高位貴族だがマクスウェル公爵家を糾弾出来るほどの力もない。マリィは論外だ。
「そもそも、俺は前にも言ったはずだ。君が本当の死体に戻るのは耐えられない、と」
「あら、わたくしが信じられないの?」
「一度首が落ちているからな」
「そういえば、そうだったわね」
頬に手を当て小首を傾げる。どうやらここでそんなこと知るかボケと単身乗り込むような真似をするほど暴走してはいないらしい。そのことにフィリップは少し安堵したが、ここで油断してはいけないと気を引き締めた。
そんな彼を見て、エリーゼは口角を上げる。ところで、と彼に尋ねた。
「禁呪の方はどうなの?」
「どう、とは?」
「とぼけないで頂戴。エドワードの馬鹿と令嬢達についていたものとの関連性は調べ終わっているでしょう?」
「その二つになら、関連性は殆ど見られなかった」
「へぇ……」
念の為、と視線をグレアムに移す。同じように肯定の返事が返ってきたのを確認し、どこか拍子抜けしたような表情をエリーゼは浮かべた。さっきのやり取りは何だったのか、といわんばかりの顔で目を細めると、彼女はゆっくりと口を開く。
「では、それを使って公爵家に殴り込みに行きましょう」
「はいを選ぶまでループするタイプの会話やんけ」
「ベス」
「しゃーなくない? ダメ出し食らってんのに同じこと言ってんだし」
「あら? どこが同じなのかしら?」
エリーゼの言葉に、どこがもなにも、と口を開く。開こうとする。
が、その前に。彼女はベスへとこう告げた。大義名分は既に貰っている、と。
「ああ、成程ね」
「え? エドワードさま、分かったんですか?」
それを聞いた合点がいったように声を上げるのは弟王子。その横でハテナマークを浮かべて首を傾げているマリィを見て、彼は滅茶苦茶いい笑顔でじゃあ俺が説明してあげるよとその手を取った。
一連の流れを見終わったベスは視線を戻す。ふー、と息を吐くと、何かを考え込むように腕組みをした。エリーゼの体なので、それによって豊満な二つの山がむにゅりと強調される。勿論フィリップはそこに視線を集中させていた。
「ダブルエロ王子はまあ置いておいて。んー、と? 殴り込みに行ける大義名分がもうあるんだっけ? んで、今の流れ的に、さっきの禁呪?」
「禁呪は、その名の通り禁じられた技術だ。だから当然普及なんかしているはずがないし、簡単に使われないように管理者が存在している」
エドワードが、マリィに説明するついでに、と皆に聞こえるような声でベスの言葉に繋げる。管理者は周知の通りマクスウェル公爵家。そして、今回の騒動に禁呪が使われているのならば、当然管理者には話を聞く必要が出てくるわけで。
「ついでにいえば、現当主のマクスウェル公爵はそれを一貴族が全て担うことの危険性を問うことで、やんわりとこれまでの公爵家の権力を壊して新しい公爵家を作り出す一歩を踏み出しているね」
「まあ管理の仕方を知らない他家に広げることも出来ないから、結局のところ王家との共同になったのだけれど。……そういえば、そのための婚約話だったわね」
管理者の継承権を持つ娘を王家に嫁がせることで、分割する理由と説得力を作る。そのためにエリザベスは王子の婚約者となったのだ。だから、彼女は別にどちらでもいいという態度であったのだ。
「現状それが成立していないとはいえ、管理の分割自体は進んでいる。だから、禁呪が使われたからといって、王家は公爵家に管理を問い質すことは出来ないぞ」
「別に管理を問い質す必要はないわ。訪問の理由は、回収の方よ」
ただ単に分割しただけでは、旧当主であるマクスウェル翁以前に管理者の権力を享受していた者達を納得させることなど出来ない。そのためにエリーゼの親である現公爵は、管理とは別に公爵家の禁呪に対する優位性を一つ残した。
それが禁呪の回収作業。より積極的な管理を目的とした、新たな立ち位置。あるいは、年月によって責任が薄れただ強大な力を保有しているという優位性のみへと摩耗していった、本来の管理者としての仕事。
「……ああ、そうか。エドワードのものと関連していないから、令嬢達の禁呪はあの断罪劇とは別件として持ち込めるのか」
黒幕であろうマクスウェル翁にエリザベスが処刑された部分を持ち込むのならば、それが旧公爵の仕業であるという証拠としての働きが求められるので、現状では乗り込めない。だがこちらを使えば、最低限公爵家に向かうことは出来る。
「殴り込みっつったから身構えたけど、まあつまり一回敵のボスがいる場所に行ってみようってやつなわけね」
「ええ。勿論、そこで叩き潰せるのならば迷わずやるのだけれど」
バチン、と掌と拳を叩き合わせたエリーゼは、ちょっとだけホッとしていたベスに追い打ちをかけるようにそう述べ、笑った。
そう決めたものの、上手くいかないであろうことはエリーゼも重々承知である。令嬢達の禁呪を読み取ったのが向こうの想定外ということはまずない。あの狸爺は、それを踏まえむしろ呼び込んでいると考えたほうが正しいくらいだ。
噂の渦中である男爵令嬢の家を犯人に仕立て上げようとしたあからさまな罠。そしてこちらに来いと言わんばかりにエドワードと関連性のない禁呪。どこをとっても、予想外にはなりそうもない。
「それでも、踏み留まる理由はないわ」
たとえ相手があの祖父でも、仕返しに一発は殴りたい。そんなことを思いながら、エリーゼは机の上の書類をペラペラと捲る。エドワードとは違うその禁呪の文字列を見ながら、必死でベスの書き直したそれを見ながら。
ん? と怪訝な表情を浮かべた。
「クソ眼鏡」
「どうした?」
「あの令嬢達はどこに監禁しているの?」
「屋上から飛び降りたという話だったから、一階の部屋に待機させている」
「他には?」
ぐいぐいと来るエリーゼに、グレアムは一体何がどうしたと眉を顰める。気付いていないのをその表情で察したのか、彼女は彼に今見ていた書類を突き付けた。令嬢達の禁呪の情報の一文をとんとんと指で叩いた。
「あなた達はここを確認したの?」
「いや、細かい部分はこちらでは解析出来なかったから、そこまでは」
「……迂闊だったわ。これは確認を後回しにしたわたくしの落ち度ね」
ちぃ、と舌打ちをする。その雰囲気で部屋の面々も何かを感じ取ったのだろう。執務室に緊張が広がっていく。
禁呪と呼ばれる技術の多くは精神に作用するもの、魂を対象にするものだ。エドワードに施されていた思考誘導は軽いものとはいえ、人の心を操る類で種別としては上位にはいる。それに対し、令嬢達に施されているのは感情を負の方向に増幅させるものだ。思考誘導自体は別の方法で行い、それによって植え付けられた感情を禁呪で育てる。やり口は同じなだけに、これを攻め入る理由に出来ないのは非常に歯痒い。
が、今エリーゼが問題にしているのはそこではない。マリィに対する負の感情を増幅させる、失敗した時の償いの感情を負の方向へと増幅させる。ここに書かれている禁呪の文字列がそれだとなぞりながら、先程指でトントンと叩いた部分を再度指し示す。
「帰巣の増幅。今の彼女達は、強迫観念と言えるほどの感情が渦巻いているはずよ。どんなことをしてもここから帰ろうとするはずですわ」
「っ!?」
即座に執務室を出る。警備兵に声を掛け、閉じ込めている令嬢達が今どうしているのか、と尋ねようとするよりも早く。
大変です、と廊下の向こうから別の兵士が血相を変えて走ってきた。令嬢のいた部屋がもぬけの殻であったと彼に報告をした。その報告を聞き、グレアムの表情が驚愕に彩られ、遅かったのかと思わず呟く。
部屋の扉が物凄い勢いで蹴り飛ばされ、丁度そこにいた兵士はふっ飛ばされた。
「王城を出る前に捕まえるわよ。ベス、気配は探れるの?」
「あたしアンデッド系専門ですけど!?」
「あら、あなたの探知しているのはアンデッドではなく、禁呪の気配でしょう?」
「そうなの!? ……えっと、じゃあ……あ、ホントだ、執務室んとこに二つある」
ということは、とベスが再び左目を輝かせる。学院よりももっと広い王城全体に探索範囲を広げ、今日一日でオーバーヒートしかねないほどの負担が掛かる。
見付けた、と彼女が呟き、その情報をエリーゼに伝えた。そうした後、ごめんちょっと休むと左の黒い瞳の輝きが失われていく。
「ええ。お手柄よベス」
「お、おぅ。いぇい、褒められたぁ……」
エリーゼの体が一瞬がくりと崩れる。即座に体勢を立て直した彼女は、何も意識せずとも自分の体を動かせることに違和感を覚えた。己の中に呼びかけても、返事が全く返ってこない。
「ベス!? ……いえ、これは本当に寝ているわね」
ふう、と息を吐く。足に力を込め、先程の情報を元に現場に向かおうと。
「リザ。令嬢達は一箇所に集まっているのか?」
「エリザベス嬢、微力ながら助太刀させてもらう」
フィリップとアシュトンが並走する。そんな二人を一瞥したエリーゼは、なら頼むわよと指示を出した。堅物はこういう時には役に立ちますわね、と駆けていくアシュトンを見てそんな感想をついでに抱く。
「……体の中が静かだと調子が狂うわ」
この状態になって一週間経つかどうかなのだが、随分と馴染んだものだ。小さく溜息を吐きながら、二人とは別の方向へと彼女は駆ける。すれ違うメイドや兵士がギョッとした顔でこちらに振り向いていたが、勿論知ったことではない。
見付けた、とエリーゼは目を細める。視線の先にいるのは、まさに必死ともいうべき状態の令嬢の姿。そうしなければ死ぬ、といわんばかりの鬼気迫る表情は、相手が貴族令嬢であることも重なって取り押さえようとした兵士達は中々手を出せず。
「大人しくなさい」
勿論問答無用でエリーゼは令嬢を昏倒させた。頭を鷲掴みし、遠慮なく廊下の床に叩きつける。えぇ、と周囲の人達がドン引きするのも気にせずに、ノビた令嬢の手足を纏めて縛ると、狩猟した獣を運ぶように持ち上げる。そのまま来た道を戻るエリーゼから、その場にいたメイドも兵士も皆一様に視線を逸らした。
令嬢を閉じ込めている部屋に向かう。残りの二人の捕獲を終えたらしいフィリップとアシュトンもそこにいたが、エリーゼが持っている令嬢を見て思わず動きが止まった。
「リザ……それは?」
「大人しくさせた令嬢よ」
「それは、いや、まあ……確かに中々拘束は出来なかったが……」
フィリップもアシュトンも確かに令嬢の手足を拘束しているが、流石に仕留めたイノシシのようにはしていない。二人の視線に気付いたのか、エリーゼは何か文句をあるのかと言わんばかりに二人を睨む。
「いや……エリザベス嬢。疑問なのだが、ベス嬢はその拘束に納得をしたのだろうか」
「ベスならば少し無理をさせてしまって今眠っていますわ。……何? 堅物? 不満なの?」
「い、いや、そういうわけでは……」
「ははっ、リザの機嫌が悪いのはそのせいか……」
ふん、と少し機嫌が悪そうに鼻を鳴らす彼女を見て、フィリップはどこか優しげな表情を浮かべて肩を竦めた。仲が良さそうで何よりだ、と呟いた。