悪  /役令嬢   作:負け狐

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 何だか随分と久しぶりな気がする。そんなことを思いながら、エリーゼは近付いてくる館に思いを馳せた。断罪され牢獄生活をしてからだとすれば、おおよそ半年程度か。そんなことを考え、だからといって何か感慨深いものでもあるかといえば答えは否だと切り捨てる。

 

「それで、ここにいるのはお祖父様一人かしら?」

「知ってて聞いてるだろう」

「まあ、少なくともお父さまもお母さまもいないだろうというのは承知していますわ」

 

 フィリップの言葉にエリーゼは涼しい顔で返す。そうしながら、別に命に別状がないのだから心配もしていないと続けた。別段そのことについて伝えてもいなかった彼は、彼女のその言葉を聞いて苦笑気味に口角を上げる。

 

「承知の上か」

「だからそう言っているでしょう?」

「はいはーい、あたし分かんない」

「すいません。わたしもちょっと……」

 

 不敵に笑っていたエリーゼの口から間抜けな言葉が飛び出る。ついでにアホみたいに片手がシュバッと挙げられ、体を使われたエリーゼは非常に不満げな表情を浮かべた。向かい側でおずおずと同意しているマリィには目もくれない。

 

「ははは。えっと、じゃあエリーゼと兄上、俺が代わりに説明してもいいのかな?」

「わたくしは構わなくてよ」

「俺は構う。が、まあリザがいいなら別にいい」

「やっぱ仲悪いんかなぁこの二人」

「そうですか? わたしは結構仲良しだと思いますけど」

 

 何の含みもない純度百パーセントの笑顔でそんなことを言われると、ベスもそうなのかもしれないと思わず納得してしまう。ついでにエリーゼも否定しなかったので、まあやっぱりそうなのかもしれないと結論付けた。似た者同士、だっけか、と先日の彼女の言葉を思い出し改めてそれがしっくりくるなと頷いた。

 

「じゃあ話させてもらうけれど。いくらマクスウェル翁とはいえ、直系の跡取りを根絶やしにはしないからね。公爵家が立ち行かなくなるのは馬鹿でも分かることだし」

「わたしみたいにどこからか養子を取る、なんてことは」

「そこに拘りがあったからこそ、マクスウェル翁は現公爵にいい顔をしなかった。そうでなければ、現公爵の方針に協力しただろうし、あるいはさっさと始末して別の場所から跡取りを持ってきただろう」

「うへぇ」

 

 エリーゼの口からベスの呟きが漏れるが、当の本人やフィリップは当然涼しい顔である。補足するように、彼女はそれが分かっているからこそ自身の父親は好き勝手に改革をしたのだと述べた。そこを理解しているからこそ、こちら側でいられるように、マクスウェル翁に対抗できるように。娘を鍛え上げた理由はそれで、そこには間違いなく親の愛と、マクスウェル公爵家に連なる外道の血が流れていた。

 

「まあ、その辺りを逆手に取られてわたくしは処刑されてしまったけれども」

「ダメじゃん」

「ええ、そうね。これはわたくしの手落ちではあるけれど。お父さまも詰めが甘いわ」

 

 あの糞爺をぶん殴ったら、父親にも説教をせねばなるまい。そんなことを思いながら、エリーゼはコキリと指を鳴らす。口角を上げ、ではそろそろ仕返しを始めましょうかと舌なめずりをした。

 

「それはいいけどさ」

「あら、どうしたのかしらベス。今更怖気付いたの? もしそうだとしても、あなたに拒否権はなくてよ」

「同じ体なんだしそりゃそうでしょ。てか、元々逃げる気はないんだけどさ」

「あら、それは殊勝なことね」

 

 エリーゼの言葉にまあね、とベスは笑う。そうしながら、何てことないように彼女は続けた。それがごくごく当たり前であるかのように言葉を紡いだ。

 

「ここまで来て友達見捨てて逃げるほど人でなしでもねーからね、あたし」

「ぶふっ」

「んだよエロ王子。なんか文句あんのか?」

「そうじゃないよ、ベス嬢。兄上はただ面白かっただけさ、きっとね」

「なお悪いわ!」

 

 うがぁ、と叫ぶベスをエリーゼは無理矢理押し込め、先程とは違う自身の笑みでクスクスと笑う。そんな彼女を見て、マリィも同じように柔らかな笑みを浮かべていた。

 そんなわけで押し込められているために表情を出すこともぶうたれることも出来ず、内心だけで悪態をついていたベスであったが、いい加減話し戻していいかな、と口だけ動かしてそう問うた。その口調が若干ふてくされている気がしたのは誰も指摘しない。

 

「あたしが聞きたかったのは、乗り込むメンツがこの四人だってことなんだけど」

「え? 五人じゃないですか?」

「あたしとエリーゼは分離できない、こともないけど基本一体化なんで一人カウントね。んなことはどうでもええわい。ダブル王子とヒロインと悪役令嬢のパーティーが問題だって言ってんの」

「いつぞやに言っていたあなたが元いたとかいう世界の物語の配役の話ね。今更それがどうしたというの?」

「どうしたかって言われると別にどうもしないんだけど。でもなんていうか、こう」

「作為染みたものを感じる?」

「あ、そんな感じ。シナリオの強制力とかそういうやつ」

 

 まあ実際、物部須美香の知っているストーリーには物理的に相手を抹殺しようとするデュラハンになった悪役令嬢も出てこなければヒロインがネジの二・三本ぶっ飛んだ薩摩武士並みにポンポン命を投げ出そうとすることもないので、彼女の心配はいまいち的外れ感は否めない。が、狂ったキャラ設定でもシナリオはそこに沿わせようとする何からかが無いともまた言い切れないわけで。

 

「まあ、そうですわね。実際、シナリオには縛られていることでしょう」

「はえ?」

 

 しれっとエリーゼがベスの言葉を肯定する。それが意外だったのか、思い切り素っ頓狂な声を上げアホみたいに口をあんぐりと開けたので、彼女は再びエリーゼにより強制退場させられた。そうしながら、エリーゼは勘違いをしないで頂戴と口を動かそうとしたベスに釘を刺す。

 

「あなたの言っている物語とは関係がないわ。わたくしの言っているのは、あの糞爺のことよ」

「……マクスウェル翁か」

 

 話に若干ついていけていなかったフィリップとエドワードも、彼女のその言葉に何か心当たりがあったらしい。表情を戻すと、答え合わせのようにそう問い掛けた。

 エリーゼはそれに言葉では答えず、少しだけ口角を上げることで返答とする。そうしながら、分かっているとは思うけれどと念押しをするように言葉を続けた。

 

「予想外に持って行けている、という甘い考えは捨てていおいたほうが無難でしてよ。あれを相手にするには、警戒し過ぎることはない」

「えっと、じゃあ、こうやって王家の馬車で堂々と向かっているのも、その理由も」

「織り込み済みでしょうね。というより、わたくしでも考えつくのだから、あの狸爺が分からないはずがないわ」

 

 大々的に街を動けば目立つ。当然公爵家に向かう理由も大っぴらにしている。この状況で王子が二人共何かあった場合、間違いなく公爵家は渦中の舞台となる。そしてその中に、あの断罪劇の当事者でもある男爵令嬢がいるともなれば。

 

「少なくとも俺たち二人の命は保証される。万が一心を操られた場合に備えて、グレアムにも根回し済み。……これを掻い潜る方法を、マクスウェル翁は持っていると見るべきか」

「あるいは、こちらを害さずに勝利する手がある、かな」

「どちらもありそうなのよね」

 

 腕組みをしながら、ふむ、とエリーゼは考え込む仕草を取ったが、それが無駄なことであるのを瞬時に結論付けやめた。悔しいが、机上の空論で向こうに勝るのは不可能だ。

 こちらの出せるのは、その瞬間での最善手を手繰り寄せることのみ。

 

「まあ、考えても仕方ないですわね。わたくし達がすることは一つ、あの糞爺の顔面に拳を一発ねじ込むこと。それだけよ」

「死ぬぞ、マクスウェル翁」

「あら、知らなかったのフィリップ。お祖父様はね、殺しても死なないのよ」

「一連の流れのせいでうっかり信じそうになる冗談はやめろ」

「冗談に聞こえて?」

「実際にエリーゼさまが殺しても死なない人でしたしね」

「はは、確かに」

 

 涼しい顔でそう述べるエリーゼと、成程と同意するマリィ、笑うエドワード。そんな三人を見ながら、フィリップは少しだけ苦い顔を浮かべ、なんだそりゃ、と呆れたように呟いた。

 そんな、怪物の口の中に行く旅路でも変わらず、四人と魂一つは公爵家の門をくぐり。そして、伏魔殿へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 当然のように屋敷の中へと案内され、当然のように部屋へと通された。約束を取り付けていたのだが当たり前なのだが、それさえも何かの罠のような気がして、エリーゼの中のベスは思わず緊張でゴクリと唾を飲んでしまう。

 そんな彼女に、エリーゼは口を開かず内心だけで諌めた。対するベスも、口にはせずに小さく頷く。そうしながら、ズレないようにフードを再度深く被り直した。

 今の彼女は王家所属の魔導師ベス。向こうにバレバレだとしても、その肩書を自分から台無しにすることだけは許されない。

 お待たせしてしまって申し訳ない。そんな声とともに、一人の老人が部屋へとやってきた。人の良さそうな笑みを浮かべ、長く伸ばした髭を触りながら、ようこそ参られたと頭を下げる。

 

「いえ、こちらこそ。急な訪問を快諾してくれて申し訳なかった」

「なんのなんの。儂はほれ、既に隠居した身ですからな。今日も忙しい息子に顎でこき使われとるのよ」

 

 そう言ってカラカラとマクスウェル翁は笑う。一見すると、とてもではないが孫娘を謀殺して死体人形に変えた外道だとは思えない。フィリップはもっと黒幕らしくしてくれていれば楽だったのにと内心で舌打ちしながら、まあそれも当然だろうと思い直した。

 エドワードも同様で、兄を横目で見ながら一人小さく息を吐いた。そんな単純な相手だったのならば、とうに勝負はついている。というより、エリザベスは処刑されていない。油断はせずに、しかし現状自身が口を挟む場ではないと、彼は静かに兄と狸爺のやり取りを見守る。

 

「さて。今回の用件は市井に出回った禁呪の確認ということですが」

「ああ、手間を掛けてすまない」

「はっはっは。それしか取り柄のない老いぼれに、何を遠慮することがありますかな」

 

 そんなことを言いながら、どれどれとマクスウェル翁は机に置かれた紙を手に取り眺める。ベスが書いたその文字の羅列を見た彼は一瞬だけ怪訝な表情を浮かべ、それを隠すかのように難しい顔をするとううむと唸った。果たしてそれが演技か否か。彼ら彼女らには判別がつかない。

 そんな五人を気にすることなく、マクスウェル翁は文字列を指でなぞる。そうした後、ゆっくりと視線を前に戻した。

 

「これを書いたのは、一体誰なのですかな?」

「……そこにいる、俺の部下の魔導師だ」

「ほう。名は、なんと?」

「……ベス、です……」

 

 フィリップ、エドワード、そしてマリィが座っているのに対し、そのフードを深く被った少女は護衛か従者のように傍らに立っている。そのことが少しは彼の言葉の裏付けになっているといいけれど。そんなことを思いながら、目線を合わせないように、顔を見られないようにとベスは手でフードをぐいと引っ張った。

 マクスウェル翁はそんな状態の彼女を見て、成程、と短く述べる。そうした後に、視線をフィリップ達に戻すと、将来有望ですなと口角を上げ、机の上に紙を置いた。

 

「禁呪が公爵家で管理されていた理由の一つに、理解が難しいというものもある。半端に身に着け悪用し自滅する。そんなことが起きぬように、広げるならば細心の注意を払えと我が息子には何度も忠告したものですが……。どうやら、儂の心配は杞憂だったようだ。これほどの実力を持っているのならば、将来は有望でしょう。フィリップ殿下、流石ですな」

「あ、ああ。お褒めいただき、感謝する」

 

 思っても見なかったその評価に、思わずフィリップが言いよどむ。表情には出さず溜息を吐いたエドワードだが、しかしマクスウェル翁が次に言い放った言葉には思わず目を見開いてしまった。かかか、と笑いながら続けたそれに、思い切り反応してしまった。

 だが、うちの孫娘も負けてはいませんがな。実に軽い調子で告げられたそれは、ともすれば一瞬流してしまいそうで。

 

「……は?」

「どうされましたかな? フィリップ殿下。エドワード殿下までそのような顔をなされて」

「い、いや。マクスウェル翁の孫娘といえば」

「エリザベスが何か?」

 

 何かもなにも。エリザベス・マクスウェルは処刑されて死んでいる。それがこの国の交通認識で、覆せない事実だ。そのはずなのに、目の前の好々爺に見える男はまるでそんな事実はなかったかのように話している。その姿を見ていると、まるで処刑されたと思っている自分達のほうがおかしいのではないかと錯覚してしまうほどで。

 

「あ、あの。すみません」

「ん? おお、お主はアップルトン男爵のところの。貴重な浄化能力持ちの特待生で、うちの孫娘とも仲が良いと聞いておるよ」

「それは光栄です。わたしが一方的に慕っていると思っていたので」

 

 少し恥ずかしそうにそう述べるマリィを見て、マクスウェル翁はカラカラと笑う。心配しなくともいい、そう続けると、彼は彼女にそれで一体どうしたのかと問い掛けた。

 

「あ、はい。あの、エリザベスさまは、こちらにいらっしゃるのですか?」

 

 少しお話がしたくて。そう告げたマリィの言葉にピクリとマクスウェル翁の眉が動いた。少しだけ考え込む仕草を取った彼は、まあ問題なかろうと頷く。そうしながらも、断られても泣かぬようにと笑みを浮かべた。

 

「ただ、そうなるとこの件に参加してもらうことになるが、構わんかな?」

「ええ。ここにいるベスが彼女にどれだけ食らいついているのかも知りたいからな」

「ほう。確かに、負けず嫌いのあやつには丁度いい餌ですな」

 

 再度カラカラと笑いながら、マクスウェル翁はベスに座るよう促した。立っていないで、よかったらお茶でもどうかな。そう提案し、空いているスペースに紅茶を置く。

 ただの従者や護衛ならばともかく、今回の件に深く関わっている将来有望な魔導師。そうであれば、こちらとしてもそれ相応の対応をする必要がある。そうとまで言われて、いえ結構ですと断るわけにもいかない。ちらりとフィリップやエドワードを見たが、二人共頷いたので分かりましたとベスはソファーに腰掛けた。

 そうして出された紅茶を一口。流石にこの状況で突然薬物が混入されている可能性は無いだろうと踏んでいたが、エリーゼが一瞬反応したので思わずベスは動きを止めてしまう。

 

「……?」

「どうしたのかな? ベス嬢」

「あ、いえ。この紅茶って」

「ああ、これか。エリザベスが好んでいるブレンドでな。今はそれしか紅茶は置いておらんのだ。……お気に召したのかな?」

「へ、あ。気に入ったというか、だからエ」

「ベス嬢」

「っとぉ……フィリップ王子がよく飲んでるんだなぁって」

 

 エドワードの言葉で我に返ったベスは、間一髪で軌道を逸らした。が、いかんせんその方向が問題である。突然のビーンボールはファンブルな上にクリティカル。フィリップは思わず立ち上がり、いきなり何を言い出すんだこの野郎とばかりに彼女を睨む。そんな彼を見て、マクスウェル翁は楽しそうにカラカラと笑っていた。

 

「なんじゃフィリップ殿下。まだ諦めておらなんだのか」

「いや、ちがっ、わ、ないが……」

「俺はエリザベスがいいのなら、兄上に婚約者の座を渡しても構わないんだけどね」

「この場で言うことかお前!?」

「ほう……成程。エドワード殿下、さてはそこの特待生に惚れておりますな?」

「あはは。流石はマクスウェル翁、敵わないなぁ」

「エドワードさま!?」

 

 なんだこれ。空気の質が急に変化したことに、思わずベスはフードの中で顔を顰めた。そんな彼女に、あーあと言わんばかりの呆れた感情が流れ込んでくる。エリーゼのそれに、彼女は自分がやっちまったのかと思わず顔を青ざめかけ。

 まあ問題はないだろう、というエリーゼの心中の言葉で目を瞬かせた。シリアスぶっ飛んだけど大丈夫なん、と内心で問い掛けた。

 

「……ええ。問題ないわ。どうせ――」

「お待たせしましたわ、お祖父様」

 

 エリーゼの言葉を遮るように、部屋の扉を開ける音と、声。それは実に聞き覚えのある声で。今丁度自分の居候している体の口から出た声と同じもので。

 

「おお、来たかエリザベス。客人が、お前に会いたいらしくてな」

「客人? あら」

 

 こちらを見る目は、顔は。これ以上無いほど見覚えがあった。今の自分の顔、正確には、首から上に乗っている顔。

 

「久しぶりね。フィリップ、エドワード、雌豚」

「――これから戻るわ」

 

 エリザベス・マクスウェルが、そこにいた。

 

 

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