「は? な、ん、えぇ!?」
「落ち着きなさい馬鹿。こんなもの、予想の範囲内でしょう?」
「マジすか!?」
フードを被った少女の一人芝居が展開される。フィリップはそれを少しだけ苦い顔で、残り二人は慣れているとばかりの表情でスルーすると、そのまま視線をエリーゼとベスからエリザベスに戻した。
「やあ、エリザベス。久しぶり、でいいのかな?」
「そうですわね。顔を殆ど見ていなかったもの」
「謹慎中だったんだからしょうがないさ」
「自業自得、と言ってあげればいいのかしら?」
「さあ、どうかな」
最初に声を掛けたのはエドワード。そんなやり取りをした後肩を竦めた彼は、ちらりと視線を自身の兄へと向けた。こくりと頷いたのを確認すると、少しだけ目を鋭くさせ彼女に、エリザベスに問い掛ける。
ところで、処刑されたはずの君がどうしてここにいる? と。
「成程。様子がおかしいと思ったら、そういうことでしたか」
その問い掛けに答えたのはエリザベスではなくマクスウェル翁だ。小さく息を吐くと、紅茶のおかわりをメイドに頼み、喉を潤わせた。思わず立ち上がっていた客人達を座るように促し、やってきた自身の孫娘を隣に座らせる。
「その様子ですと、陛下からは何も聞いておらぬようですな」
「父上から? 何をだ?」
エドワードに代わって口を開いたフィリップに対し、彼はさようと短く頷く。ご存知の通りであるが、などという前置きをしながら、マクスウェル翁は髭を軽く撫でた。
そうして出てきた言葉は、我が孫娘が何者かに嵌められようとしていた、というもの。
「は――」
犯人はお前やろがい。そう思わず口にしそうになったベスはエリーゼによって強制的に押し込められた。そのためフードの中の顔付きは完全に対面にいるエリザベスと同じものになってしまう。エリザベスの方は、そんなフードを被ったエリーゼを別段見ていなかったが。
ちなみにエリーゼもエリザベスには見向きもしない。
「孫娘の婚約者が何者かに骨抜きにされ、やってもいない罪を押し付けようとしている。そんな話が耳に入りましてな」
「まさか、そんなゴシップを真に受けたのかい? 天下のマクスウェル公爵家ともあろうものが」
「何のかんの言っても孫は可愛いものですぞ、エドワード殿下。……それに、骨抜きにされていたのは事実でしょうに」
「骨抜き、ね」
ちらりとエドワードが横を見る。現状何を言っても不利になると判断したらしいマリィは静かにそこに座っている。そのことに少しだけ安堵した彼は、ああこれが骨抜きということかなどと苦笑してしまった。
「確かに、エリザベスのことを心配した記憶はないかもしれないな」
「本人の目の前で言うことかしら?」
「必要なかったからね。君本人の心配は」
こいつ絶対死なないだろ、という謎の安心感が彼女にはあった。何が起きてもこいつなら最終的に無事だし、という謎の信頼があった。
だからこそ、処刑された時は衝撃だったのだ。何かの間違いだろうと思ってしまうほどに。
「実際今こうやって君がいる以上、何も間違っていない」
「言ってくれますわね」
そう言って小さく笑うエリザベスとは別に、エリーゼも少しだけ口角を上げていた。何か今エモい要素あったのか、と押し込められたまま首を傾げるベスを他所に、マクスウェル翁は話を続けようと口を開く。そのような経緯で、国王陛下と一計を案じることにしたのだ、と。
「一計? 何をしたんだ?」
「簡単なことです。相手の目的を達成させてやれば良い」
エリザベスを断罪させ、処刑させる。それをこちらの掌で踊らせることで、この一連の騒動の黒幕を探し出す。その過程で評判の落ちるであろうエリザベスは一度身を潜めつつ、公爵家と王家で犯人を白日の下に晒すため結託し調査を続けていた。フィリップに対してそこまでを述べたマクスウェル翁は、納得しましたかなと口角を上げた。
「俺の謹慎もその一つ、かな」
「エドワードに謹慎を命じたのは俺だ。が、確かにやけにすんなり行き過ぎていたという違和感はあったな。そういうことか……」
考え込むように指を組み口元を隠す。そんな仕草を取ったフィリップを見て、エドワードは内心で溜息を吐いた。表情を隠すのが下手だな、兄上。ひっそりとダメ出しをしつつ、どうやらまだ動けなさそうな兄に代わって彼はマクスウェル翁にじゃあ、と問い掛けた。
「処刑されたのは一体誰だい? まさか、何の罪もない人間を身代わりに仕立て上げたとか言わないよね?」
「かかか、流石にそこまで落ちてはおらんよ。まあ外道であることは否定しませんがな。あれは禁呪で作った人形じゃよ、罪人の死体を使った、本物そっくりに仕立て上げた人形。だから同じような反応をし、人と同じように首を落とされ死んだ」
勿論本物はこのとおり生きているのだが。そんなことを述べたマクスウェル翁は、ではこちらからも少し聞きたいことがあると続けた。好々爺のような雰囲気のまま、目だけが少しだけ細められた。
「それを聞いてなお、殿下達はそこの少女を庇い立てするのですかな?」
「……」
突き刺さるような視線がマリィに向けられる。が、彼女はそれに反応することもなく、勿論重圧に押し潰されたから動けないということもなく。ただ静かに、何も言わずにエリザベスを見詰めていた。
「男爵令嬢にはそぐわぬ肝の据わり方だ。なんとも不思議な……そうは思いませんかな?」
「え? あ、いや、そこは別に」
本来ならばここで思ってみない一面だと動揺する場面だったのだろう。が、いかんせんこいつはマリィである。先程心配した理由もエリーゼ達とは別の意味で何やらかすか分からなかったからで、なのにエリザベスほど命が丈夫じゃないからだ。エドワードですら惚れてる相手補正が掛かってこれなのだから、フィリップはそれ以下だったりするわけで。
「というか。マクスウェル翁はそのことを承知でさっきあんなことを?」
「あんなこと、とは?」
「リザとマリィ嬢の仲が良い、という話のことだ」
「勿論。それに嘘ではありませんぞ。儂はあくまでそう聞いた、というだけ。その相手がエリザベス本人とも、真に足る情報とも言っておらん」
「まあわたし自身も信じてませんでしたしね」
「別にまだ黙っててもよかったんだよマリィ」
やれやれ、とエドワードが肩を竦める。フィリップは彼女のそれで水を差されたように動きを止め、もういいやと息を吐いた。マクスウェル翁はそんな彼らの態度を見て、ほんの僅かだけ怪訝そうに眉を顰める。予想していた反応ではなかったのが不満だったのか、そんなことを思いはしたものの果たして突き崩す取っ掛かりにできるか否か。
そんなフィリップやエドワードの心中を知ってか知らずか、マクスウェル翁の横で黙って聞いていたエリザベスはふんと鼻で笑った。
「言いたいことがあるのならば、はっきり言えばいいのではなくて?」
「わた――」
「雌豚の発言は許してなくてよ」
彼女の言葉にマリィが素直に従う。そのことを一瞬だけ怪訝に思ったものの、フィリップはならば遠慮なくと視線をエリザベスに移動させると口を。
「……ん?」
「どうしたのかしらフィリップ。わたくしの顔になにか?」
「いや、別に君の顔におかしいことは何もないし、君が嘘を吐いているとも思っていない」
「はぁんぐ!」
「だから黙ってなさい」
表に出かけたベスをエリーゼが再度押し込む。先程より落ち着いておらず変に注目を集めるようなような雰囲気ではなかったものの、それでも反応する人物はいるわけで。
フィリップの言葉を聞いていたエリザベスが、ちらりとフードを被っている少女に目を向けた。向こうからは顔を見ることが出来ないからなのか、ほんの少しだけ彼女は目を細める。
「そこの魔導師、あなた――」
「わたくしが何か?」
やっべ、と奥でベスがうろたえるのを気にすることなく、エリーゼは堂々とエリザベスに言葉を返す。はっきりとしたその声と口調を聞いたエリザベスはぴくりと眉を跳ね上げた。少しだけ考え込むよう顎に手を当て、横にいるマクスウェル翁に視線を向ける。翁は彼女のそれを受け、髭を撫でつつ一応と言った風に口を開いた。
「先程とは随分と雰囲気が違うな」
「あら失礼前当主様。てっきり承知の上かと思っていましたけれど。まさかそんなことも見抜けないほど耄碌してらしたの?」
「そう捉えたのならば、お前の衰えは致命的だな」
「負け惜しみですの? 雌豚の本質を見誤った節穴が」
あからさまな罵倒。紅茶を入れたメイドもいつの間にか退室しており、この空間にはフィリップ達以外にはマクスウェル翁とエリザベスしかいない。だからと言っていいのか、彼女のそれを聞いても動揺するものはいなかった。当の本人の中にいるベス以外は、である。
「だから一々騒がしいわよベス。この程度でそこの糞爺が心を乱すわけないでしょう」
「散々な言われようだのう。まったく、誰に似たのやら」
「お祖父様でしょう? 製作者に似ただけの話ですわ」
肩を竦めるマクスウェル翁の横で、同じように呆れた様子のエリザベスがぼやく。そうしながら、未だフードを被ったままのエリーゼに向かい、声を掛けた。そろそろ顔くらいは見せたらどうなの、と。
「随分と偉そうですわね」
「ええ、勿論。わたくしはエリザベス・マクスウェル。あなたのような身代わりの死体に宿った低級アンデッドとは違いましてよ」
「その考えだとしたら。死体相手にその名乗りをしたあなたは落第ね」
フードをパサリと取る。眼前の少女と同じ顔が顕になり、相違点である左右で色の違う瞳が嘲るように細められた。
「あなたは本当にわたくし? 重要な部分を落としてきたのではなくて?」
「はぁ……死体が自分を本物と思いこんでいるだなんて。いっそ憐れみを感じるわ」
「冗談ではなく、何か欠落していますわね。さっきから何を勘違いしているか知らないけれど」
はん、とエリーゼが鼻で笑う。エリザベスがその表情を不快そうに見ているのを確認した彼女は、いつものように自信満々に言葉を紡いだ。それが当たり前だとばかりに続きを述べた。
「わたくしは自分が本物だ、などとわざわざ主張するつもりはありませんわ」
「虚勢だけは立派ね」
「あら、理解出来ないのかしら? エリザベス・マクスウェルのくせに? 自分の在り方は自分で決めるのが当たり前のくせに?」
怪訝な表情を浮かべるエリザベスに向かい、エリーゼは呆れたように肩を竦めた。先程自分でやっていたようなそれを返されたことで、彼女の表情に不機嫌さが増していく。
そんな二人のやり取りを見ていたフィリップ達は、ああ成程とばかりに頷いた、喉に引っ掛かっていたものが取れたような気がした。
「わたくしは、目の前のエリザベスが本物だとしても構わないの。だって、わたくしはわたくしだもの。今はエリザベス・マクスウェルでもなんでもない、動く死体、首だけのアンデッド、エリーゼ。そして体には得体の知れない余計な魂付き」
「――ん? お? 前出てる!? っと、えー、はい、得体の知れない余計な魂です。……何かこのセリフ前やったような」
再びベスを押し込むと、そういうことだと言わんばかりにエリーゼはエリザベスを真っ直ぐに見る。理解出来ないその光景に、エリザベスは視線を外すと白けたように小さく息を吐いた。一人芝居をしているかのような、同じ顔のそれから目を背けた。
「それで?」
「あら、言わなければ分からない? 随分と欠けているあなたを、このわたくしが正しいエリザベス・マクスウェルへと修復してあげますわ」
「戯言もここまでくると笑えてくるわ。偽物の死体ごときがわたくしに何を」
一足飛びで間合いを詰めたエリーゼは、エリザベスが何かを言い終わる前に拳を振り抜いた。彼女の座っていたソファーが衝撃で弾け飛び、余波でテーブルのティーセットが散乱する。やりやがったこの野郎、とツッコミを入れてくれそうな人物は生憎王城で別の仕事を行っていたので、この場にいるのはそんな彼女の暴挙について。
「まったく、リザらしいな」
「流石はエリーゼさまです」
「……やると思ったよ」
こんな感じである。いきなり戦闘をおっ始めたのにそれだけで済ませ、さてでは、とマクスウェル翁に視線を向ける始末。
「無事か? マクスウェル翁」
「老体にはいささか骨が折れる対処でしたぞ」
「ははは、それは申し訳ない。けれども、それは仕方ないと思ってもらわないと。……分かっていないはずがなかったでしょうしね」
「おやおや。随分と自信がお有りになるようですな、エドワード殿下。そのご様子だとフィリップ殿下も同意見だとみえる」
「当たり前だろう。貴方のような人物がこの程度見破れていないはずがない」
フィリップの言葉に、マクスウェル翁はかかかと笑う。確かにその通りではあるが。そう前置きすると、先程のような狸爺の雰囲気とは少し違う笑みを浮かべ、彼は髭を軽く撫でた。
「殴り掛かるまでが早過ぎるわい。そんなことだから、儂はあれを真っ当に使うことを諦めたんじゃよ。まったく」
「……マクスウェル翁?」
「さてさて。我が孫娘はこの状況をどうするか、見ものだとは思いませぬか?」
「思います」
「マリィ!?」
「かかか。聖女候補殿は中々に愉快な人物だ。成程成程。そうしてあれの中にいるあやつがいれば」
そこで彼は言葉を止める。マリィを見て、エドワードを見て、そしてフィリップで視線も止めた。何かを言おうと口を開き、そして閉じたフィリップを確認した後、マクスウェル翁はゆっくりと口を開く。
「儂の思い通りにはいかぬと、そう、殿下は考えている」
「……それが、どうした?」
「ふむ。そうさな……もう少し焦りを無くさぬと、エリザベスの尻に敷かれっぱなしになりますぞ」
「それはもう手遅れですよ」
「そうだね」
「お前らは一体どっちの味方だ!」
がぁ、と叫ぶフィリップを見て、マクスウェル翁は再び呵呵と笑った。