放たれた拳を受け止めたエリザベスは、予想通りという表情と当たらなかったという表情が綯い交ぜになっているエリーゼを見てふんと鼻を鳴らす。ほんの僅かでも命中する予想を立てていたのかと馬鹿にする。
「ええ、それはもう。盛大に欠けているあなたのことだから、ひょっとしたら、と」
「もしそうだとしたら、その体の頭脳はもう既に腐り切っているのでしょうね。哀れなこと」
「何も知らずに自分が上であると錯覚している滑稽さの方が余程哀れでしてよ。ああ、恥ずかしさで涙が出そう」
「出来損ないの死体の割には、口が回るわね」
「ええ。でもわたくしの好みは口よりも、手」
魔法陣が生み出され、それを纏った拳が再度エリザベスを襲う。それを睨み付けた彼女は、耳につけていたイヤリングを使いゼロ距離で魔法を発動させた。周囲が吹き飛んでいく中、既に避難を終えていたフィリップ達とマクスウェル翁は観客を貫く方向で一致していた。向こうが何を企んでいるかは知らないが、あの状況が続く限りマクスウェル翁はこちらを攻めてこない。そう彼らは判断したのだ。マクスウェル翁はそんな面々を見て、どこか面白そうに笑うばかり。
「みぎゃぁぁぁぁ!」
「ベス、お黙り」
「だったらもうちょい手加減して! いや無理なのか、じゃあ逃して! これも無理だ! ちくしょう詰んだ!」
「だから黙りなさいと言っているでしょう。そもそもこの体はわたくしとあなたが宿っている死体人形。この程度で崩れるような粗悪品なはずもないでしょうに」
「いやそうかもしんないけどさー。ってちょい待ち? 今なんか変なこと言わなかった?」
向こうの放った魔法を回避したエリーゼにクレームをつけていたベスであったが、平然とそう答える彼女の言葉に引っかかるものがあったのだ。大丈夫だという根拠、そこの部分に、何か違和感を覚えたのだ。
「わたくしとしても、あくまで予想の一つでしたわ。でも、こうして目の前に証拠を突きつけられては、認めざるをえないでしょう」
「何が? え? 何が? ねえなんか凄く嫌な予感すんですけどぉ! 聞きたくない! 聞いちゃいけない気がするぅ!」
「もう手遅れでしてよ。それに、既に何度も言われているでしょう? 向こうに立っているのが、エリザベス・マクスウェル本人よ」
「やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃ! …………あ、んじゃ、あたし何なん?」
うぎゃぁ、と頭を抱えて情けなく悶えるベス。既にお馴染みとなった光景ではあるものの、対面のエリザベスにとっては自分と同じ顔同じ口調同じ性格であったものが突如同じ顔違う口調違う生活に変貌したようにしか見えない。先程説明されていただろう、と言われたとしても、あんな軽口のような人を馬鹿にしたやり取りを本気にする方がおかしいわけで。
「……何なのですか?」
「うぇ!? いやさっき名乗ったよ!? あたしベス、エリーゼの体に居候的な何かをしてる得体の知れない胡散臭い魂だって」
「馬鹿にするのもいい加減に」
「あら、随分と頭が固いのね」
「っ!?」
スン、と表情がエリーゼのものに変わる。いい加減鬱陶しい、と奥に蹴り落とされたベスに変わり表に出てきた彼女は、少々呆れ気味に肩を竦めた。少なくとも自分の記憶しているエリザベス・マクスウェルならば、その程度受け入れる度量はあったはずだ、と。
「え?」
「エドワード、何が言いたいのかしら?」
「いや、そんなことあったかな、と」
「自分の気に入らないことは基本受け入れなかったぞ、リザ」
「自分を曲げないお方ですよね、エリーゼさまって」
「フィリップと雌豚、後で言いたいことがありますわ」
味方から疑問が飛んできたので、エリーゼの口が一瞬止まった。こほん、と何事もなかったかのように話を続けようとしたものの、エリザベスの視線が絶対に騙されないとばかりに睨み付けてきていたので小さく息を吐く。
「まあ、信じなくとも構いませんわ。正直に言ってしまえば、わたくしも今少し結論を変更しているところだもの」
「あたしの存在否定される流れ!?」
「ベス、あなたは黙っていなさい」
ツッコミのために出てきたベスを再度蹴り落とし、エリーゼは大きく息を吐くとエリザベスを見た。このタイミングで攻撃を仕掛けてこない辺り、向こうもこの会話に乗る気はあるらしい。そのことを判断した彼女は、では語りましょうと指を一本立てる。
「そうね。ただ、どうあってもわたくしがわたくしであることは変わりない。そこに確信が持てていれば、何であっても瑣末事でしょうね」
「自己完結して悦に浸っている暇があるならば、さっさと本題を話しなさい。まあ、あなたのその言葉には頷ける部分はあるけれど」
「あら、ごめんあそばせ。では簡潔に。わたくしはあなたの欠けたパーツですわ」
「は?」
さらっと今とんでもないこと言わなかったか。聞いていただけのフィリップの方が予想の斜め上のそれで目を見開き、口をぽかんと開けている始末である。エドワードはそこまでではないものの、しかし驚きは隠せない様子。マリィはよく分からないがまあエリーゼの言うことだから大丈夫だろうと結論付けていた。
説明を求める、と内部で叫びまくっているベスを無視しながら、エリーゼは目の前のエリザベスに問い掛ける。もう少し補足が必要かしら、と。
「……いいえ。成程。お祖父様は偽物を作る際に、本物に限りなく近付けるためにわたくしの魂を一部使用した。そんなところかしら」
「それだけでは不正解ですわ。欠けている、という部分の意味合いが異なるもの」
そうでしょうお祖父様。そう言葉を続けながら、エリーゼは視線をマクスウェル翁に向けた。彼女の視線の先には、まるで謎を解かれるのを楽しんでいるかのような表情を浮かべた祖父が見える。
「……まだ何か足りていないようね。となるとこの先を口にするのも腹が立つわ」
「いいから言わんかい! 今ちょっとあたしの存在意義揺らいでるかんな!」
「あなたの存在意義はわたくしと共にあることよ。出自や過去はそこに何の影響ももたらさない」
「お、おう……あざっす……」
テンションバグっているベスが再度割り込んできたが、エリーゼのそれによりあっさり鎮火し沈んでいった。言われてみればそうかも、と奥で丸め込まれたような状態になっている。
「それで? あなたの言う『欠けている』という意味合いの説明はしないままかしら?」
「いえ、一応そちらの間違いだけ訂正しておきますわ。わたくしも本物よ」
「……欠けている、とはそういう意味?」
「ええ。流石はわたくし、飲み込みが早くて助かりますわ」
わかんねーよ! という、冷静になったおかげでまた別のツッコミをしそうになったベスは表に出る前にエリーゼによって押し込められた。
お互い、対面の同じ顔を見詰める。動きを止めているものの、しかしほんの僅かのきっかけで即座に攻撃を繰り出すような、そんな状況を保っていた。
その状態で、エリザベスはエリーゼに問い掛ける。結局何が言いたいのか、何がしたいのか、と。
「わたくしを倒して自分が唯一の本物になる、というわけでもないでしょう?」
「ええ、勿論。こちらの体は死体、アンデッドよ。本物にするのならば生きている人間の方が融通が利きますわ」
「ならば、どうする気? わたくしはあなたの言うことを聞く気はなくてよ」
ふん、と鼻を鳴らすエリザベスに、エリーゼは鼻で笑い返した。心配することなど何もないと言葉を続けた。
「欠けた部分が戻れば、そのつまらない性格も直るでしょう」
「つまらない、とは言ってくれますわね」
会話は終わり、再び戦闘へ。そんな空気に切り替わっていく中、エリーゼとニコイチのベスは迫りくるプレッシャーにあてられイッパイイッパイであった。なんだかよく分からない会話をしている時ならばともかく、戦闘を全面に押し出されると元が一般人であった彼女は耐えられない。
じゃあ今まではどうだったんだと言われるとそれまでだが、残念ながら相手の格が違う。これまでの戦闘は格下も格下な雑魚ばかりだったので、ベスもそんな気持ちを抱かずに済んだのだ。アシュトンはメンタルがクソ雑魚だったので該当しない。
エリザベスが魔法を放つ。広々としていた公爵家の応接間がこれによってとどめを刺された。部屋の中だけであった破壊が外に及ぶようになり、窓際の壁が飴細工のように砕け散る。その破片を背中にしながら、エリーゼはエリザベスとの距離を詰めると、その手を掴み声を張り上げた。
「ベス!」
「――え? 何? ごめん聞いてなかった!」
「こいつを放り投げなさい! あなたの力で」
「うぇい? りょ、りょーかい?」
エリーゼの黒い片方の瞳が輝きを増す。影から腕のようなものが伸びると、エリザベスの体を掴み宙吊りにした。未知の力であるそれに一瞬気が逸れた彼女は、どっせいという声とともに開いた壁の穴へとぶん投げられる。同時にベスは再び奥に引っ込められ、エリーゼが追撃せんと足に力を込めた。
空中で体勢を立て直したエリザベスは、そのままくるりと一回転して館の中庭へと着地する。飛び降りてきたエリーゼを真っ直ぐに睨み、頭を叩き割らろうとしてきた空中落下踵落としに自身の回し蹴りをカチ当てた。
「魔法使いのお嬢様の戦い方じゃない……」
「お喋りしている暇はなくてよ」
何故かステゴロでぶつかりあった悪役令嬢と悪役令嬢の死体は、そこで再度距離を取った。そんな物言いをつけるのならば、と言わんばかりに、エリザベスがイヤリングを輝かせ魔法を連打する。弾数無限のロケットランチャーのようなそれを、エリーゼは鼻を鳴らすと体捌きで躱しきった。
「エリーゼエリーゼ! こっちも魔法ぶっぱしなきゃマズくない!?」
「落ち着きなさい。そもそも、それでは均衡は崩れませんわ」
「いやまあそりゃ同キャラ対戦だしそうかもしんないけど……え? あたしいるのに?」
「あなたがいるから、よ。向こうの触媒はわたくしの使っていた特注品、魔法では分が悪いの」
「あー。装備の分をあたしがカバーするわけね、おっけおっけー」
軽い調子で返答するベスに、エリーゼはやれやれと溜息を吐く。そうしながら、引っ込む気配のない彼女に向かって言葉を紡いだ。ついでに、向こうにいるエリザベスにも聞こえるような声量へと上げた。
「単純な体の能力では向こうを上回れないの。だからベス、しっかりと働いてもらいますわよ」
「りょーかい!」
「待ちなさい」
気合を入れたベスの勢いを削ぐようなエリザベスの声。それを聞いて、エリーゼは計画通りとばかりに口角を上げた。欠けているだけあって単純だ、とほくそ笑んだ。
そこら辺は変わってないと思う。というのは壊れた壁から中庭を覗き込んでいる面々の共通認識である。
「あら、そんなこと承知の上ではなかったのかしら」
「その体はお祖父様が作り上げた死体人形。所詮は偽物、本来のわたくしに追い付けはしない。そんなことは分かっていますわ」
「ならばわざわざ聞く必要もないでしょう。均衡を保てている理由は、アンデッドとして上等なものに成ったから、それだけよ」
その可能性を考えていなかったわけではない。予想は立てておくに越したことはない。そういうわけで、エリーゼは自分の体が本物ではない可能性も当然思い付いていた。フィリップがこの間言っていた魂を移動させるという案の問題が、ベスとこの体が残るかどうかという点だったのも、そんな方法はないと切り捨てないだけの下地があったからだ。
「そう。アンデッドとして上等であるにも拘らず、生前と変わらない能力しか発揮出来ない。そうなれば、これがわたくし本来の体ではないという推論も十分可能でしょう? 混ざっているのがベスでなければ、不純物の所為である可能性も残していたでしょうけれど」
「何か褒められた? いえいって言っていいやつ?」
「ベス、うるさい。……でも、そうですわね。ここではっきりとさせておくのもいいかしら」
はっきりと言っていなかった説明も、自分がやろうとしていることも。そう言ってエリーゼは微笑み、エリザベスを真っ直ぐに見た。
「わたくしは、
「――どういうことかしら?」
「あなた、あそこの糞爺のことを嫌っていないでしょう? いえ、違うわね。好いてはいなくとも、ぶん殴りたいとまでは思っていない」
「家族ですから、そんなものでしょうに」
「それが間違いなのよ。本来のわたくしはこんな風に素直にお祖父様の言う事など聞かないし、誰であろうと気に入らなければこの手でぶん殴るという考えの持ち主」
「ねえ何でそれをさも素晴らしいかのように言うの? それただの狂人だよ?」
堂々と宣言したその口から即座にツッコミが飛び出たのを、エリーゼは不快そうに飲み込む。余計な茶々を挟むな、とぐいぐい奥へとベスを押し込んだ彼女は、気を取り直すようにこほんと咳払いをした。
「ともあれ。エリザベスがエリザベスたるには、わたくしという魂の欠片が必須」
「そちらの中にいるベスとかいう怪しい魂に同情しますわね、こんな性格破綻者に引っ張られるなんて」
「どういう意味かしら?」
「分からない?」
一足飛びで間合いを詰めたエリーゼは、完全に顔面を潰す勢いで攻撃を打ち込んだ。が、首の動きだけでそれを躱したエリザベスは、逆にエリーゼの顔面を鷲掴みにするとゼロ距離で魔法をぶっ放す。
ボン、という音と共に、エリーゼの首が胴体から吹き飛んだ。衝撃で胴体部分は後ろに転がり、吹き飛んだ頭は放物線を描いて地面に落ちる。それを暫し眺めたエリザベスは、やれやれと言った様子で肩を竦めた。
「わたくしの欠片だかなんだか知らないけれど。所詮は死体人形、生者の力には敵わない」
「あら、そう?」
「っ!?」
転がっていた生首から声。ば、とそこに目を向けると、いたた、と少しだけ顔を顰めているだけで変わらず活動しているエリーゼの姿が。思わぬ光景にそこで動きを止めてしまったエリザベスは、ぐるりと自身に巻き付く影の対処が一歩遅れた。
「ちゃんとわたくしの要望を分かってくれたようですわね、ベス」
《いや、今の完全に自分で自分をぶち殺す勢いだったでしょ。結果オーライだけどさぁ》
「何……が?」
「一体、何を驚いているの? わたくしは何度も言っているでしょう? この体はエリーゼと」
《ベスだって、ね》
ひょい、と笑うエリーゼを首を持ち上げたベスは、そう言って笑うように吹き出しを揺らした。