悪  /役令嬢   作:負け狐

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ごちそうさまは聞こえない

 マクスウェル翁は今にもこちらに殴りかかってこんとする二人組みを見て、小さく溜息を吐いた。やれやれ、と肩を竦めながら、両手を上げて降参の意を示す。

 当然そんなことは知るかとばかりにエリザベスが拳を振り抜いた。

 

「エリーゼ!? 流石にそれはどうなん!?」

「まだ何か隠し持っている可能性がある以上、そんな仕草だけなど一考に値しないわ」

「いやそうかもしんないけど……死んだんじゃないの?」

 

 ゴキリと首が変な方向に曲がった老人を見やる。倒れたままピクリとも動かないその姿を確認、ベスは若干引いた。確かに一緒に一発殴るとはいったものの、流石に殴り殺すところまでは行く気がなかったからだ。

 もちろんエリザベスは手加減などする気がなかったので、首のへし折れたマクスウェル翁を見ても何の感慨も湧かない。むしろ、これで終わったのかと怪訝な表情を浮かべている。

 一歩倒れたままのマクスウェル翁に近付いた。足を振り上げ、そのままへし折れた首の付け根に振り下ろす。履いているブーツによって強化された踵落としによって、老人の首と胴は泣き別れた。

 

「これならどうかしら」

「どうかしらもこうかしらも、人は首を飛ばされたら死ぬんよ!」

「ええ、そうね。人ならば」

 

 え、とベスが素っ頓狂な声を上げる。どういう意味だとエリザベスに問い掛けようとして動きを止めた。彼女はこちらを見て、そしてもう一度それを口にする。人ならば死ぬだろう、と。

 

「あ、あたし? あたしがどうかしたの?」

「ベス、あなたは首が落ちたら死ぬのかしら?」

「え? そういや今の状態になってから試してないけど、首にはチョーカー付いてるし――おわ、外れた!?」

 

 いつものように、これまでのように胴体から首を取り外したベスは、これまでと違い首の方にも自身の視界があることを知って少し感動した。てーい、と頭を放り投げ、空中に舞い上がる視線を楽しむ。落ちてきたそれをキャッチした彼女は、カチリとそれを胴体にはめ込んでから疑問を口にした。

 それで結局何がどうした。

 

「理解の足らない相手と会話する気はなくてよ」

「いやでもだって。あたしが首取れるからなんだって話にならない? アンデットじゃない普通の人間は――ん?」

「そういうことよ」

 

 マジで? と視線が首の取れたマクスウェル翁に向く。ゆっくりと起き上がった胴体は、やれやれと呆れたように溜息を吐く首を拾い上げると元の位置に置き直した。

 

「本物であったのならば即死じゃな」

「その方がわたくしは都合がよかったのですけれど」

「とことん爺さん嫌いなんだねエリーゼ」

 

 まあ気持ちは分からないでもないけど。そんなことを思いながら、ベスは先程の言葉を反芻する。本物であったのならば、眼の前のマクスウェル翁はそう言った。まあつまり偽物だと暗に言い放ったのだ。

 

「あの糞爺が、あの時わたくしにベスと契約しろと言った以上、それが初めてであるなどということは考えられない」

「もう既に何度も実験してて、それに確信を持ってたってことね。で、その実験の一つがこいつってことか」

「そうですわね。恐らく一体しか使役していないなどということもないでしょうから、これを潰したとしても、次に出てくるお祖父様が本物であるという確証もない」

「え、じゃあエリーゼ、爺さん殴れないじゃん」

「ええ。非常に腹立たしいことに、一番大事なその一点に関してはわたくし達の敗北ですわ」

「そう心配するでない。体は死体人形を使っているが、中身はきちんと本人じゃよ」

「それをどう信用しろと?」

「違いない」

 

 クックック、と笑ったマクスウェル翁は、まあこの年になると敵も多いからな、と言葉を続ける。こうして偽物で防波堤でも用意しておかなくては、何時死んでもおかしくない。そんなことを言いながら、笑みを浮かべたままエリザベスを見た。

 

「事実、実の孫娘に殺されかけたからのう」

「お望みとあらば、本体も殺して差し上げますわ」

「ははは、嫌われたものじゃ」

 

 そう言って笑うマクスウェル翁は一見すると好々爺の空気をかもし出しているように見える。が、いかんせんこれまでにやってきたことを踏まえ、そして今現在も死体人形を動かし本体を隠していることを鑑みると、とてもではないがそう判断することなど出来ない。

 当然ベスもそう結論付けた。エリザベスほど殺意を持って攻撃しようとはしていないが、しかしボコボコにしてやろうくらいには眼の前の老人を敵と認定するようになった。

 

「さて。どうする? 儂としては今回は敗北を認めておるのでな。事後処理も滞り無く行ってやるが」

「雌豚の、アップルトン男爵家から手を引く、と」

「手を引くも何も、聖女を有する家系を潰す理由はない。保護する理由はあっても、な」

 

 こちらに敵対する連中のあぶり出しをわざわざやってくれた男爵家には感謝しなければならない。そんなことを言いながら、まあつまりそういうことだと彼は視線をマリィの方へと向けた。

 

「それは、エリザベスさまの役に立っていたことですか?」

「マクスウェル公爵家としては役に立ったが、ふむ。その辺りはどうじゃ?」

「わたくし自身にはあまり関係のない話ですわね」

「そうですか。じゃあ別に感謝とかいりません」

 

 そう言い切ったマリィを見たマクスウェル翁は、思わず拍子抜けしたような顔をし、そして盛大に笑い出した。成程これは面白い、そんなことを言いながら、エドワードに視線を向ける。

 

「殿下の恋の一番の障害は我が孫娘のようですな」

「知っているよ。まあ、そういうところが可愛いんだけれどね、マリィは」

「言っている場合か。マリィ嬢、いいのか? 君の立場とか」

「エリザベスさまが気持ちよく相手を殴れないのならば、そんな条件クソくらえです」

「そうだな……君はそういう女性だったな……」

 

 フィリップが何かを諦めたように溜息を吐く。そうしながら、まあ個人的には、と視線を前に向けた。

 

「俺も同意見だ。マクスウェル翁、こちらで父上に話をつければそれで済む話な以上、そちらの降伏条件を飲む必要はない」

「あら、フィリップ。あなたにしては気の利いた言葉を紡いでくれるのね」

「俺にしては、か」

 

 苦笑しながら頬を掻いたフィリップは、エドワードにも視線を向ける。彼女に惚れているこの弟が、マリィの、アップルトン男爵家の保護に力を貸さないはずもないだろう。そう確信を持った表情を見せられ、その通りだと彼は肩を竦めた。そのついでに、婚約者の変更も捩じ込んでみるか、とエドワードは一人口角を上げる。

 ともあれ。マクスウェル翁の交渉は失敗に終わった、ということとなる。飲むとは元から思っていなかったのだろう、彼の表情は別段変わることなく、先程と同じ笑みを浮かべたままだ。ただただ面白い、そんな表情のままだ。

 

「さあ、もういいかしらお祖父様。いい加減時間稼ぎにも飽きてきたのだけれど」

「構わんよ。それに、もとより時間など稼ぐ必要がない。これは儂のほんの戯れだ」

「あら、そう。なら」

 

 一足飛びでマクスウェル翁に近付いた。そうして彼の側頭部に回し蹴りを叩き込むと、再び首を吹き飛ばす。今度は織り込み済みなのか、胴体は別段倒れることもなく立ったままだ。

 

「遠慮なく、殴らせてもらいますわ」

 

 

 

 

 

 

 老人の体とは思えない動きで、マクスウェル翁は転がった首を回収すると腕に抱えた。かかか、と笑いながら、気は済んだか、などとエリザベスに声を掛ける。

 

「いくらでも殴るがいい。気が済むまで相手をしてやるぞ」

「……」

「エリーゼ? 無言で拳で腹貫通させるのはどうなん?」

 

 拳を真っ直ぐ突き出した。まるで最初からそこに穴が空いていたかのように容易く胴を貫いたが、放った張本人であるエリザベスは顔を顰め胴から拳を引き抜いている。

 

「ここまで容易く壊れるほど軟な構造はしていないはずじゃが、いやはや、流石はエリザベス、といったところかの」

「御冗談を。わたくしがこの程度壊せないなどと思っていたのならば、これ以上ない侮辱でしてよ」

 

 言いながら抱えていた腕ごと首を蹴り飛ばす、腕と首がそれぞれ別方向に跳んでいくのを見ながら、ベスはこれ自分の出番なくない? と一人ぼやいていた。

 

「というかこれバラバラにしても大して問題なさそうな感じだけど、どーなん?」

「そうでしょうね。所詮死体人形。操っているのがお祖父様本人だとしても、痛覚などを共有しているはずもなし。すり潰して粉にしても、向こうには全く意味がない」

 

 舌打ちしながらそんなことを彼女は述べた。だが、とエリザベスは腕と首を拾い、くっつけているマクスウェル翁を見やる。とりあえず目の前の死体人形を完全破壊することが出来れば、多数あるうちの一つではあるだろうが手駒を潰すことに繋がる。

 そうと決まれば、やることは一つだ。ふうと息を吐いたエリザベスは、再度死体人形を損壊しようと拳を握り。

 

「ベス」

「なんじゃい。これあたしの出番ないんじゃないって思ってるんだけど」

「何を言っているの? この糞爺に一矢報いるのはあなたよ」

「はえ?」

 

 それこそ何を言っているのか、だ。そんなことを思いながらエリザベスを見たベスであったが、彼女が冗談を言っているわけでもないことを確認すると目を瞬かせた。次いで、そんな役目を自分が担っていいのか、と問い掛ける。

 

「当たり前でしょう。あなたはわたくしの中に入っていた得体の知れない魂なのよ」

「今は独立してっけどね。……まあ、同じ体に同居してたよしみってやつ?」

「わたくしの武器やアクセサリーのようなものと考えて差し支えないわ」

「もうちょっとあるよね!? 相棒とか呼んでくれてなかったっけ!?」

「冗談よ。さ、行きますわよベス」

「本当に冗談なんだろうな! 本気だったらグレるかんな!」

 

 そう言いつつ、逆らうこと無くベスはエリザベスの隣に立つ。同じ体を共有して立っていた状態から、隣り合って立つ存在に。立ち位置は変わったものの、ベス自身はそこに変化を感じていなかった。エリザベスの友達として、一緒に騒いだ相棒として。この世界で彼女が役を持つならば、ただそれだけだ。

 エリザベスが動いた。いい加減殴られるのも飽きてきた、とばかりな表情をしているマクスウェル翁のことなど気にせず、彼女は拳を握りそれを振り抜く。胴の穴が更に広がり、上半身と下半身を繋ぐ部分が大きく減った。そこに追加の回し蹴りを叩き込むことで、胴と足とを泣き別れさせる。

 これで体を回収することが難しくなったでしょう、とエリザベスは地面に転がる祖父の形をした死体人形に言い放った。

 

「確かに。じゃが、それがどうした? まあ這って足を回収しに向かうのは少々情けないが、まさかそんな姿を見て溜飲を下げる、というわけでもあるまい」

「ええ、そうですわね。這いつくばるお祖父様を見下ろすのも一興ですが、わたくしが狙っているのはそんなことではなくてよ」

 

 ベス、と傍らの少女名を呼ぶ。あいよ、と返事をしたベスであったが、しかしいかんせん何をすればいいのか分からない。前に出て、エリザベスと同じようにマクスウェル翁を見下ろしながら、暫しの間動きを止めた。

 

「何をやっているの?」

「何をやっていいか分からないからこうなってんですけどぉ!?」

「一から説明しないと分からなくて?」

「そりゃね。……ん、いや待った」

 

 トントン、と足を動かすエリザベスを見たベスは、そこでふと頭によぎったことがあった。いやまさか、本当に? そんなことを思いつつ、彼女はこれまでやってきたように、慣れ親しんだ動きで自身の影を操作する。

 

「む!?」

「あらお祖父様、顔色が変わりましたわね」

「そう言えば、先程エリザベスとぶつかり合っていた時や、禁呪を破壊する時もその影を出していたな」

「ええ。お祖父様の死体人形が『これ』を使わなかったことで、確信を得ましたの」

 

 ねえベス、とエリザベスは向き直る。これを初めて使った時のことを覚えているのか、と問い掛けた。

 

「そりゃ覚えてるよ。復活した初日に片付けた死体を食らって、経験値に変えるというかアイテムストックしたというか、そういうやつだったよね」

「食う……? いや、通常の捕食ではないな、この影を使って……?」

「あれ? 爺さんも知らない系なの? ってことはこれ、あたし由来なんだ」

 

 てっきりアンデッドの特性か何かだと思っていたが、転生者特典的な何かだったらしい。正直持っていてもあまり嬉しくないものであるが、まあ無いよりはあった方がいいからまあいいかとベスは開き直る。

 

「常に監視をしていれば知っていたでしょうに。駒が思い通りに動くと自惚れていたお祖父様の負け、ですわね」

「……確かに、これは儂の失態じゃ。お前が好きに動こうが結果は変わらんと想定していたのがそもそも間違いというわけか。いや、違うな。本当の失態は」

 

 マクスウェル翁がベスに視線を向ける。名前は、ベス、でよかったのか。そう尋ねられた彼女は、まあここではそう名乗ってるし、と答えた。

 

「少なくとも、他に爺さんに名乗る名前は持ち合わせてないよ」

「ははははっ。そうか、それはすまなんだ」

 

 上半身と下半身に分かれた死体人形を、ベスの影が取り囲む。エリザベスに視線を向け、本当にやっちゃうよ、と確認を取った。勿論彼女はやってしまえとゴーサインを出す。

 

「さあ、これでお祖父様の死体人形はわたくし達がいただきました」

「そうなるな。まあいい、ベス、お前への贈り物として喜んで差し出してやるわい」

「うへぇ」

 

 嫌そうな顔をしつつ、しかしもう決めたと手を振り上げる。影が沼のようにゴボゴボと波打ち、そしてその端から巨大な影の手が伸ばされた。

 ガシリと死体人形を掴んだ影の手は、そのまま黒い影の沼へと沈んでいった。

 その途中。影に食われながら、マクスウェル翁は心配するなと笑う。ちゃんと事後処理はこちらで行っておく。楽しそうにそう述べながら、彼はベスとエリザベスを交互に見た。

 

「次は、こちらの思い通りに動いてもらえると助かるな」

「御免被りますわ」

「やなこった」

 

 ドプン、と沈んで何も無くなった床を見ながら、二人はそう言って悪態をついた。

 

 

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