「それでヒョロガリ。あなた授業も出ずに何をしてますの?」
「こっちのセリフだ! 何故お前がそんな格好で」
「何故も何も。わたくしは今メイドをやっているのだから、当然でしょう?」
「……は? 公爵令嬢が、メイド? 何の冗談だ?」
呆気にとられた表情でこちらを見る少年、ヒョロガリことニコラス。ああそういえばこいつ攻略対象の生意気な後輩キャラだとベスは思い出したかのように頷いた。エリーゼの体がその拍子に動いたので、ニコラスは怪訝な表情を浮かべる。
「あ、じゃあひょっとして逆ハーの一員?」
「いきなり何を言い出すんだお前は。逆ハー?」
「ベス、少し黙っていなさい。……ヒョロガリ、あなた、雌豚の取り巻きになっていたわね」
「言うに事欠いて!? 僕はただ、あの人の珍しい特性を観察していただけだ」
「言い方が変態だ……」
「だから黙ってなさいと言っているでしょうが」
「……お前はさっきから何を一人でやっているんだ?」
彼の怪訝な表情が更に強くなる。事情を知らない相手の目の前で一人芝居を始めたのだから、その反応は当然ではあるのだが。さてどうしようかと暫し考えたベスであったが、別にここはエリーゼに丸投げすればいいやと諦めた。それを感じ取り、まったく使えないと彼女は頭を振る。
「……そうね。ここでは目立つわ。人気のない場所に行きましょう」
「人気のない場所……っ!」
「おおっとぉ? ひょっとしてこいつムッツリスケベかぁ?」
「このヒョロガリ、基本的に人の胸を見て会話をする癖があるわ」
「うわ」
「顔を見て話せないだけだ! 誤解するな!」
それはそれでどうなんだろうとベスは思うが、まあ気にしてもしょうがない。スタスタと歩くエリーゼの後ろを素直についていくニコラスの姿を彼女はちらりと眺め、悪いやつではないのかもしれないと考える。
が、いやこいつエリザベス断罪したメンバーだからな。思い直して、やっぱ駄目だと評価を変えた。
そうしてやってきたのはとある研究室。魔導師用の部屋で、筆頭魔導師の跡取りであるニコラス・ラングリッジならば自由に使える場所でもある。勝手知ったるとばかりにそこの扉を開けた彼女は、後ろに立っていた彼を部屋にぶち込み自身も部屋へと入った。
「それで? 一体何が聞きたいのかしら?」
「何もかもだ。一体どうなっている?」
どうなっている、が何を指しているのか。具体的に聞かずとも大体察することが出来たので、その質問についてはエリーゼは溜息混じりにさっきも言ったでしょうと答えた。自分は首を落とされて死んだ、と。
だったら今目の前にいるお前は何なんだ、という当たり前の疑問に行き着くわけなのだが。ニコラスのその言葉を聞いて、さてもう一度あれをやるべきかどうかとエリーゼは迷う。
「正体見せるテンプレみたいになってるよねぇ」
「テンプレというのが何かよく分かりませんが、まあ同じやり方は飽きてきますわね」
「……それについてもだ。その、わけの分からない一人芝居に何の意――」
彼の言葉が途中で止まる。エリーゼもベスも、次から何か考えればいい、という結論を出したのでもったいぶることなく首の接続を外したのだ。軽い調子で首を落としたエリーゼは、ベスに指示して近くの机に首を置かせる。
「納得いただけたかしら?」
「出来るかぁ!」
駄目らしい。どういうことだとポケットからモノクルを取り出したニコラスは、そのレンズ越しにエリーゼの首とベスのボディを眺める。何やら魔法陣らしきものが浮かび上がり、そしてくるくるとレンズの中で回っていた。
「……この構造は、間違いなくアンデッドモンスターだ……。なのに、きっちりと人の魂が結び付いて定着している……! ありえない……!」
「まあ、ヒョロガリの分析ではその程度でしょう」
「僕で駄目なら大半の魔導師は無理なんだよ!」
《すげー自信だ》
「お前もだ! 人の魂のはずなのにありえないほどの情報量を持っている!」
《こないだ食った罪人の死体の分かなぁ》
「化け物……!? ……いや、違う。行動と言動は化け物そのものだが、この情報量はそれじゃない」
《うわこいつ失礼だ》
「わたくしは妥当だと思いますわ」
少なくとも今の言動はそう捉えられても仕方ない。エリーゼの言葉に、そんなもんかなとベスは頭を掻いた。頭部は無いのでスカった。
まあいいや、と彼女は机の上の生首に声を掛ける。その辺の話とかしてもいい? そう問い掛け、好きにすればいいでしょうにという返事をエリーゼからもらった。
じゃあ遠慮なく、とベスはニコラスにこの体に宿った経緯を誤魔化すことなく話す。自分が元々別の世界で生きていた人間で、理由は不明だがこちらに転生したらしい魂だということを。
《んで、あたしの世界では今回の断罪騒動が物語になってるから、そこらへんの知識も持ってる。情報量は多分そのせいじゃないかな》
「な、成程……?」
「無理に理解した態度を取る必要もないわよヒョロガリ」
「だから馬鹿にするなと言ってるだろ! まったく……エリザベス先輩、あなたはもう少しそこの変な魂に感謝するべきだと思うぞ」
「……? どういうことですの?」
何を言っているんだこいつという目でニコラスを見る。が、彼は先程までの取り乱した表情を立て直し、モノクルの形をした道具から流れてくる情報を再度眺めつつ口角を上げた。なんだ、知らなかったのか。そう言って少しだけ勝ち誇るような口調になった。
「その体には本来、エリザベス先輩をアンデッド化させた何者かによって、対象の思うがままに操るための制御用の術式が組み込まれていた。おそらく通常の魂ならばそのパーツの一部になって、首共々自我が塗り潰されるか、首の意思とは無関係に術者の言いなりになるかどちらかだったはずだ」
「……でも、その魂として入り込んだベスは情報量が膨大。予め組み込まれていたそれを全て放り出して無理矢理定着した、と」
こくりと頷く。それを聞いて暫し無言になっていたエリーゼは、やれやれと言ったように溜息を吐いた。そういうことで恩を感じるのは癪ですが、と述べた。
「余計な手間を省いてくれたのね。ベス、感謝しますわ」
《何だか分かんないけど、どういたしまして》
ツッコミが入らないが、もしそうなったとしても無理矢理制御をぶち壊す気満々だったのがエリザベスという令嬢である。
「それで? 先輩の現状は概ね理解したが、その姿で学院を彷徨っている理由の方は聞いてない」
「聞いてどうするの?」
「ここまで来たんだから教えろよ! 予想は、つくけど」
だったらいいではないですかと溜息を吐くエリーゼをニコラスは睨み付ける。それに怯むことなど欠片もないが、まあいいと彼女は口を開いた。どのみちこいつも仕返しの対象だから丁度いい。そのくらいの感覚である。
「……復讐のため、か」
「そんな後ろ暗いものではありませんわ。あくまで、ちょっとした仕返しよ」
「……それで? 僕には何をする?」
《あれ潔い》
もう少しゴネるかと思っていたニコラスのその態度を見て、接続されていたら目をパチクリとさせていただろう仕草を取りながらベスが呟く。そんな彼女に向き直ったニコラスは、当然だろうとどこか自嘲気味に笑った。
「……僕は。先輩がそのまま死ぬとは思っていなかった」
だからあの場では第二王子の側に回ってしまった。だから、あの光景を見て、自分の中で何かが崩れた音が聞こえた。エリザベス・マクスウェルは殺しても死なない。そんな幻想を打ち砕かれた。
化け物みたいな強さを持つ彼女も、ただの可憐な少女だったのだと、思い知ってしまった。
《まあ実際は首落とされても復活したんで殺しても死なないのは間違ってなかったわけですが》
「ベス、あなたはもう少し場の空気を読むことを覚えてはいかが?」
「いや、いい。そうなんだ。僕は、今、あなたに会えて安堵した。エリザベス先輩は殺しても死ななかった、それが分かってホッとしたんだ」
「これ、わたくし馬鹿にされていますわよね」
《ほらほらエリーゼ、空気読まなきゃ》
「こいつ……っ」
首と体が睨み合っているのを気にすることなく、ニコラスはそういうわけだからと話を締める。そんな自分だから、彼女に復讐をされても仕方ない。そんなことを呟いた。
はぁ、とエリーゼが溜息を吐く。視線だけでベスに命じると、はいはいさー、とベスは彼女の首を持った。
「この、ヒョロガリ」
「げふぅ!」
そしてノータイムでボディブローである。体が『く』の字に曲がり、そのまま放物線を描いて床にべしゃりと倒れ伏した。彼がエリーゼの呼称通りならば、これ死んだんじゃないのかと思うくらいの一撃であった。
ニコラスは倒れたまま起き上がらず動かない。そんな彼を見下ろすように仁王立ちしたエリーゼは、ふんと鼻を鳴らすと彼へと指を突き付ける。
「話はまだ終わってなくてよ」
「じゃあ何で殴ったん……?」
「いい加減鬱陶しかったもの」
「お、おう」
合体したので再度同じ口から飛び出すエリーゼとベスのやりとり。ニコラスはそれをチカチカと暗転する視界でぼんやりと聞いていた。とりあえずもう少し待たないとその続きの話とやらが聞けない。
「この状況を意図的に起こした何かがいるわ。わたくしがしっかりと仕返しをするのはそれに対して。それ以外は、まあ精々一発ぶん殴る程度の軽いものですわ」
「……先輩の一撃は軽くないんだよ……」
「手加減しましたわよ」
「知ってる。じゃなきゃ僕の腹に穴が開いてるからな」
ようやく息が整ってきた、と寝転がったまま深呼吸をする。どうやら起き上がる気力は残っていないらしい。とりあえずこのままの体勢でいいなら続きを頼むと促した。
「わたくしが追っているのは黒幕。まあ、フィリップ達も同じように動いているみたいだけれども」
「……公爵令嬢は冤罪で、男爵令嬢こそが黒幕、という噂のことか」
「ええ。その根も葉もない噂も踏まえて。裏から糸で操ろうとしている輩を捕まえる為に動いているのがフィリップ達で、そいつを叩きのめそうとしているのがわたくし」
そのための捜査の一環として、マリィのメイドに扮しているのだ。先程の問い掛けの答えがようやく来たというべきか、そんな説明を終えた彼女は、分かったかとばかりにニコラスを見た。相変わらず顔を見ずに、視線を別の場所に向けながら会話をする奴だと彼女は呆れたように溜息を吐く。
「まあ、つまり。その格好で学院にいる理由は、マリィ先輩への嫌がらせを解決しに来た、と」
「犯人に繋がる何かを見付けるためよ。間違えないで」
「いやまあ間違いなくそれやった場合嫌がらせの犯人消えてるだろうけどさ……」
エリーゼの言葉にベスが補足する。まあ、そうね、と別に否定することもなかったからという理由で頷いた彼女を見て、ニコラスは小さく笑みを浮かべた。死んでも変わらないなその性格、と笑った。
「当たり前でしょう。わたくしの在り方は、わたくしで決めるのだから」
「はははっ。……そうだな、確かにあの時、僕達は自分でそれを決められていなかった。今更振り返ってたところでもう遅いかもしれないが、多分、アシュトン先輩もエドワード殿下も同様に感じていると思う。あの時、何か僕達とは違う意図が動いていた」
「あのぶっ飛んだ性格のマリィちゃんが断罪時に大人しくしてたのも、そこら辺かもね」
「かも、しれない。……先輩、今更虫のいい話かも知れないが、僕も協力させてくれるか?」
倒れたままなので非常に格好がつかないが、少なくとも表情はキメ顔でニコラスはそう述べた。相手の顔を真っ直ぐに見ることすら出来ていないので非常に情けないが、あくまで真剣に彼はそう言った。
「何を言うのやら。……ヒョロガリ、あなたには無理矢理協力させるつもりでしたわ。だからここに閉じ込めたのだもの」
「マリィちゃんとの対応の差がひでー」
「いや、気にするな先輩の体。彼女は元からこういう性格だ。……だからあの場で罪状を述べても、まあやりかねないなで流される空気だったんだが」
「ナチュラルボーン悪役令嬢かぁ……。あ、それはそれとして呼ぶならベスでお願いね。今の呼び方何かいやらしかった」
ひょっとしたら黒幕はそれも織り込み済みだったのかもしれない。ベスの最後の一言を聞かなかったことにしながら、ニコラスはそう続け少しだけ考え込む仕草を取った。
ともあれ、これで学院内での協力者は二名。これでもう少し捜査が捗りそうだと笑うベスに対し、だといいのだけれどとエリーゼは肩を竦めた。
「ところでヒョロガリ」
「ん?」
「……さっきから視線がスカートの中よね?」
「うわ」
「待て、違う! この体勢で相手の目を見て話せない僕がどこに目を向けるか分かるだろ!?」
「では、見たわけではない、と」
「……見ました」
一歩前に出る。足の間にニコラスの頭を置いた状態で、体重を乗せた二発目のボディーブローが炸裂した。ガッツリ見えたパンツによって身構えるタイミングを逃したニコラスは、手加減されているとはいえクリーンヒットしたそれにより昼休みまで眠ることと相成った。