学院での授業も終わり、これからは生徒達各々の時間となる。幸いにして今日だけでさくっと嫌がらせについては解決出来そうな目処がついたエリーゼ達は、さてではどうするかと顎に手を当て、そして辿り着いたその答えを口にしようとした。
「じゃあ」
「ダメ」
「駄目ですよ」
「駄目だ」
微塵も言わせる気がない、とばかりに即全員に却下され、エリーゼは非常に不満げな表情を浮かべる。自分自身でもあるベスは睨めないので、とりあえずそれ以外のマリィとニコラスに視線を向けた。人が殺せそうな睨み付けが二人に向けられるが、慣れきっているマリィと人の顔を見ないニコラスには通用しない。
「一応申し開きは聞いておきますわ」
「あの伯爵家に乗り込むつもりでしたよね?」
「何で先輩は思い立ったら即殺傷沙汰なんだ……」
「そもそも、それ昼休みに却下したじゃん。バレるからって」
三人それぞれの駄目出しに、エリーゼはふんと鼻を鳴らす。どこか拗ねたように、分かりましたわ、と呟くと、ならばそれ以外に何の意見があるのだろうかと目で問い掛けた。
はい、とマリィが手を挙げる。とりあえず普通に調査すればいいのでは、という彼女の意見はエリーゼの独断によって却下された。それでどうにかなるのならばそもそもエリザベスの断罪前にまとめられている。現状の流れを鑑みると、その場合はその後黒幕によって情状酌量なりなんなりでエリザベスだけを処刑する方向に持っていったであろうが、ともあれそうならない程度には向こうもわきまえているだろうというのがエリーゼの考えである。
「ん~、確かにエリーゼさまの言うことはもっともなんですけど……。でも、昼のあの人案外間抜けっぽかったですし、大元の方も似たりよったりな感じがしてると思うんですよね」
「あのさ……。マリィちゃんのこれは、その、なんなの?」
よくある乙女ゲーのヒロインにある身分を気にしないで自然に話しかけるとかそういうやつではない。天真爛漫とか、そういうポジティブ側に振れるやつでもない。これは間違いなく、口が悪い。身分関係なくこき下ろすそれは、怖いもの知らずというか命知らずというか。
「多分、マリィ先輩のこれは、エリザベス先輩に毎週殺されかけていたことで身に付いた度胸だと思う」
「命短し、臆すな乙女。そういうやつです!」
「どういうやつなの……?」
この状態で乙女ゲーやったら開始三秒くらいで王子に処刑されるんじゃないかな。そんなことを思わないでもなかったが、既にどうでもいいことなのでただの妄想でしか無い。というかそもそもこの状態で逆ハーエンドを達成しているのだ。パッと見は、一応、多分。
そんなことより、と当の本人がなんてことないように流すので、ベスとしてもこれ以上突っ込むのは野暮だと諦めた。この世界に来てから、理解するのを諦めることが増えた気がする、と彼女は何となく思う。
「わたしの意見が駄目なら、ニコラスくんの意見はどうでしょうか?」
「そうね……ヒョロガリ、あなたはどういう方向で行くつもり?」
二人の視線がニコラスに向けられる。ビクリと肩を震わせた彼は、視線を顔ではなくその下に向けながらそう大したことではないけれどと口を開いた。
制服を押し上げる膨らみと、メイド服からはちきれんばかりの膨らみ。その二つに視線を固定したままで、である。彼の名誉のために言っておくが、これは決してそういう趣味だからではない。顔を見て話すのがとことん苦手なだけである。だから、男性相手でも視線を下に向けるのだ。それはそれで語弊がありそうだが。
「とりあえず、今日見付けたというマリィ先輩の教科書を見せて欲しい」
「はい。えーっと? エリーゼさまが持ってるんですか?」
「あ、うん。これ?」
ゴソゴソと傍らに置いてあった鞄を漁り、ボロボロになった本を取り出す。はいどうぞ、と渡されたそれを、ニコラスは取り出したモノクル越しにじっくりと眺めた。
傷からは、何者かの痕跡が見える。どうやら魔法などの簡単に足がつくようなものは使わず、自分の手で、あるいは道具を使って破壊したらしい。とりあえずそのことを確認して、そこから更に細かい部分を観察する。
モノクルから次々に表示される情報を眺め、辿れそうな部分だけを取捨選択。そうしながら、細かな情報をデータの部分に積みつつ、彼はポツリと呟いた。
「……犯人らしき人物、まだ学院にいるんだろうか?」
「どうでしょう? 捜します?」
「捕まえてくればいいのかしら?」
「……出来れば気取られずに調べたい」
まとめ終えた情報をモノクル部分から紙にメモし終えると、彼はそれを仕舞い物騒なことをいうエリーゼに溜息混じりで答えた。不満そうに頷いたエリーゼだが、それならさっさと行きましょうかと即座に踵を返す。え、とマリィもニコラスもその行動に呆気に取られた。
「あの伯爵令嬢達を調べるのでしょう? あれらがいる場所ならば心当たりがあるわ」
「あー、そっか。エリーゼの取り巻きだったんなら分かって当然か」
「取り巻いてはいなかったわね」
ベスの感心したような言葉にそう返すと、エリーゼは小さく微笑んだ。その意味をよく分かってないベスが自分の首を傾げるのを戻しながら、別に言葉の通りなのだけれどと彼女は肩を竦める。
あの令嬢達は、基本的にこちらがアクションを起こさないような場所でしか――マリィを直接攻撃していたり、エリザベスがエリザベスらしくしている場所以外でしか関わってはこなかった。公爵令嬢の派閥という肩書きが欲しいだけで、エリザベスそのものには近付きたいわけではなかったのだろう。エリーゼ本人はそれが丁度いいと思っていた。そういう奴らは大抵、かつてのマクスウェル公爵家に尻尾を振っているだけで、今の公爵家の在り方は一段見下している連中だったからだ。
「わたくしには、無理矢理でもついてこれる少数がいれば、それでいいのですもの。ねえ、雌豚」
「あ、マリィちゃんそっちの扱いにするんだ……」
「何か文句でも?」
「あたしは別に。でもマリィちゃんは――」
「えへへ」
「あ、いいんだ……いや、うん、知ってたけどさ」
弾けるような笑顔を見せたマリィを見ながら、ベスは何でそこまでこいつのこと気に入ってんのか分かんねぇと首を捻った。それを横目で見ていたニコラスは、先輩の思考を理解しようと思うだけ無駄だと頭を振る。その『先輩』がどちらなのかを尋ねようとして、彼女は飲み込んだ。
聞くまでもない。どっちもだ。エリーゼも、マリィも、多分理解したら負けなのだ。そう結論付け、ベスはまた一つ理解するのを諦めた。
「黒だな」
「下着が?」
「え?」
ベスの言葉に、マリィが思わず自身のスカートを捲り上げて確かめる。それに全力で顔を逸らしながら、彼はそんなわけないだろうとツッコミを入れた。あれが犯人なんだと向こう側でお茶会をしている令嬢達を指差した。
言うまでもないが、顔は逸らしたものの視線はしっかりとマリィが捲り上げたスカートのその先に向いていた。ピンクである。
「というかだな。マリィ先輩、自分の下着の色を確認しないと分からないはずがないだろう……」
「そう言われれば、そうですね」
「……どんまい」
「意味が分からんが慰めているのは分かる。……いやお前のせいだよ!」
余計なことを抜かした元凶であるベスに思い切り二回目のツッコミを入れながら、ニコラスは気付かれない内に離れようと提案した。このままここにいた場合、高確率で碌でもないことになるのが分かっているからだ。
具体的には、エリーゼが向こうに飛び込んでいってあの令嬢共を殲滅したりとか。
「ヒョロガリ、あなたは一体わたくしを何だと思っているのですか?」
「言ったら殴られるので言わない」
「言っているも同然ですわ」
ひゅんひゅんと素振りをした。空を切る音がその鋭さを物語っている。彼女の表情からすると、軽めの素振りをしているだけらしいのがまたアレさを誘った。
ともあれ。場所を離れた三人と内部一人は、先程の話の続きを行うことにした。情報をまとめて、後でフィリップへと報告するためだ。
「このままニコラスくんを王宮に連れていけばよくないですか?」
「それもありかもしんないけど」
「駄目ね。ヒョロガリは曲がりなりにもわたくしの処刑に関わった一人。きちんと抱き込むのならば、フィリップの許可を得てからでないと」
「そうやって意見出せるのになんで基本真正面から物理的殲滅思考なん……?」
「そういう人だからな。死んでも治らん」
はぁ、と溜息を吐くニコラスを軽く睨みつつ、エリーゼはベスの言葉を流して言葉を続けた。ついでにその許可を得るためには、まずはこの情報を伝える必要がある、と。ニコラスもそうだろうなとその言葉に頷いたので、マリィとベスは了解と答える。ここで無理に逆らう必要も意味も何一つ無い。
「それでヒョロガリ。犯人はあそこにいたのね」
「ああ。あそこにいた令嬢二人から、この教科書の痕跡と同じものを見付けた」
この時間に集まっていても怪しくないように、とカフェテラスの端の目立たない場所に陣取った一行だが、ニコラスはそこで机の上にボロボロのそれを置いた。この辺りの破損はあの令嬢で、こっちの破損はあの令嬢。そんな風にどこを誰がやったのか説明しながら先程のメモに書き加えていく。
「片方は昼間に来た人ですね」
「どうやら相当おつむが弱いようね」
あるいは、余程自信があったか。あの様子だと両方を兼ね備えているのかもしれない。エリーゼのそんな言葉を聞いて、ベスはじゃあそれを突き付ければなんとかなるのかと言葉を紡ぐ。それ、とはニコラスが今持っている調査結果のメモのことだ。
それに対し、ううむ、と彼は渋い顔を浮かべた。首を横に振りながら、それは微妙なところだろうと彼女に答えた。
「伯爵令嬢が命じた証拠がない。あと、この痕跡の調査だけでは、この程度の事件を咎めるには弱いんだ」
「どゆこと?」
「しっかりとした犯罪ならばともかく。これくらいの嫌がらせの延長程度が対象では、これらの調査は公に効力を発揮し辛いのですわ」
「へー」
まあ女子の縦笛舐めた犯人探すのにプロファイリングしたところでそれだけじゃあんまし意味ないしな。うんうんと謎の納得をしながら、じゃあどうしようかとベスは皆に問い掛ける。
ニコラスとしては、それを上に報告してもらうだけでも進展は見込めるだろうと考えていた。実際、それを踏まえてフィリップが別の方向から調査をすれば事足りる。伯爵令嬢との繋がりも、向こうならば探し出してくれるはずだ。
彼はそう思っていたし実際に意見として口に出したのだが、エリーゼとしては面白くないらしい。暴れたりない、と言わんばかりの表情をしている彼女を見て、まあそうだろうなとニコラスは思う。勿論マリィも隣で優雅に座っているメイド服の美女の表情を見て大体察した。
「……まあ、今回はしょうがないわね。もう少し暴れられる相手がいれば、その時に動くとして、今は――」
「ん? ニコラス、マリィ嬢。こんな場所でどうした?」
とはいえ、ここで考え無しで暴れるほどエリーゼも馬鹿ではない。きちんと考え、暴れてもいい機会を逃さないように思考を巡らせることが出来るから、彼女は今までエリザベス・マクスウェルでいられたのだ。仕方ない、と息を吐いた彼女は、ではとりあえず王宮へと向かいましょうという結論を出すために口を開いた。口を開こうとした。
そんな彼女に被せるように、一人の男性の声が聞こえた。自分の言葉を遮られたのが不満だったのか、エリーゼはなんだぁてめぇと言わんばかりにメンチを切りながら視線を向ける。そこには、赤毛の青年が笑顔を浮かべながらこちらに歩いてくるところであった。長身で、動きやすいように後ろで束ねた髪が尻尾のようにゆらゆらと揺れている。
そのままこちらに近付いた青年は、そこに座っている面子を眺めた。一体何の話をしているのか、そう尋ねようとニコラスとマリィを見て。そして最後にメイドを視界に入れると、髪と同じ赤い瞳が思い切り見開かれる。
「な、っぜ……貴女が!?」
「名前を咄嗟に叫ばないのは、流石、と言うべきかしら」
騎士団長の息子である彼は、将来的に自身も騎士となるべく修練を積んでいる。そこには武芸だけではなく、ある程度の礼節が、場に合った行動を取ることが求められる。
だからこそ、彼は驚愕してもそれだけに留めた。そこで紅茶を飲んでいるメイド服姿の美少女が、エリザベス・マクスウェルだと気付いても名を叫ばなかった。死んだはずの、処刑されたはずの悪役令嬢が平然としているのを見ても堪えた。
「久しぶりですわね、
「あたしエリーゼが普通に名前呼んだ相手今んとこ一人しか知らない……」
「何であれ、ちゃんとした呼び方があるならいいと思うんですけどね。わたしなんか『あれ』とか、『そこの平民』とか、個人と認識されてない呼ばれ方ばっかりしてましたよ」
「マリィ先輩の思考は、その、前向きだな……」
「言ってることは確かにそうなんだけど……でもさぁ……」
流石雌豚と呼ばれて笑顔で返事する美少女は違う。ベスもニコラスの呟きに同意しつつ、エリーゼとの共有視点で赤毛の青年を見上げた。イケメンである。それは間違いない。そしてマリィとニコラス、ついでにエリザベスとも知り合い。これも間違いない。
そこから弾き出される答えは一つ。というかそもそもとして記憶にある乙女ゲーの攻略対象のビジュアルと重なっているので考えるまでもない。
「……先程から、彼女は何故一人芝居を?」
「あー、そうだな、アシュトン先輩。話せば長くは……ならんかもしれんが、ここでは面倒になる」
「そうですねぇ。アシュトンくん、どこか人に見られない場所とか知ってません?」
「え?」
「まーたムッツリスケベか。なんだよ、こいつもかよー……」
「い、いや、待って欲しいエリザベス嬢。自分は決してそういう意味で驚いたわけでは……エリザベス嬢? どこか、雰囲気が変わられたか?」
「それも踏まえての話よ。いいから使える場所を言いなさい堅物」
「……いつものエリザベス嬢だ」
安心したように息を吐いた赤毛の青年、アシュトンは、そこで考え込むように腕組みすると首を捻った。今問われた場所の心当たりが、どうやら思い付かないらしい。
はぁ、とニコラスが溜息を吐く。席を立つと、もう一度あの研究室へ行くぞと皆を促した。ゾロゾロとあの場所に向かうのはある意味目立つかもしれないが、こんな開けた空間で首の取り外しをするよりはマシだろう。そういう判断である。
そうして辿り着いた部屋に皆を押し込め、扉を締めて、施錠する。ついでに研究室に常備してある人払いの結界も起動させた。
「さて、と」
何から説明しましょうか、とエリーゼが口にする前に、アシュトンが待って欲しいと手で制した。そうした後、彼は迷うことなく床に膝を付き頭を下げる。
「堅物、何の真似ですの?」
「申し訳なかった。自分は、視野狭窄だった。貴女ならばやりかねないと、そう思ってしまったのだ」
「別に間違っていないしなぁ……」
「ベス、あなたは黙ってなさい」
処刑されるまでは、それを疑わなかった。だが、実際に彼女の首が落ちると、そして噂が流れると。彼の中で信じていたものが揺らいだ。ボロボロと崩れていった。それでも、間違っていたなどと口に出来るはずもなく。フィリップ第一王子の暴走を止める際にも、気持ちそのものは全く晴れないままで。
これは、自分にずっとついて回るものだと思った。贖罪などと綺麗事は言わないし、言えない。騎士としての誇りを、自分の存在意義を。このまま生涯揺らがせたまま生きていくのだと覚悟していた。
「……呆れた。つまりはあなた、自分のために謝罪したのね」
「その通り。それについて自分は何も言い訳は行わない」
「少しは言い訳しなさいな。まるでわたくしが悪者じゃないの」
まるで、という言葉にニコラスとマリィが動きを止める。まるでも何も間違いなく悪者だよ、というベスのツッコミは心の中に留めはしたものの、同じ体に入っている以上察せられるであろう。
ジロリと二人を睨み、己の中へと悪態を吐いたエリーゼは、まあそれで気が済むのなら好きにしなさいと言い捨てた。自分には知ったことではないと言い放った。
「本当に申し訳ない。……だが、貴女が生きていてくれてよかっ――」
「はい残念」
「楽しんでますねぇ」
「まあ、傍から見る分には面白いが」
死んだと思っていたエリザベスが生きていた。そのことを噛みしめるように述べようとしていたアシュトンの言葉と動きが止まる。笑顔のままポロリと落ちたエリーゼの首をマリィがキャッチし、ニコラスが用意したらしいハンカチの置かれた机のスペースにそれを置いた。その動作をしている間、彼はまるで息が止まったかのように微動だにしない。
そうして暫し意地悪そうな笑みでアシュトンを見詰めていたエリーゼであったが、そろそろだなとベスに自分の耳を塞ぐよう指示した。何だかよく分からないし、その場合こっちの聴覚はどうすればいいんだろうと思いつつ、彼女は素直に従い生首の耳を塞ぐ。
「く、くくくくくく首ィィィィィィ!!」
「やっぱり……アシュトンくんは、騎士としてこっちの方がよっぽど致命的だと思うんですよね」
「マリィ先輩、アシュトン先輩の前で言うなよ。あの人泣くから、割と本気で」
同じように耳を塞いだ二人が、聞こえているのかいないのかそんなやり取りをしていたが、勿論顔を青ざめて叫ぶアシュトンには聞こえていない。
そして塞ぐ耳のないベスは、二人の会話とこれが見たかったとばかりの表情のエリーゼを見て、溜息を吐いた。首から上がないので、気持ちの上でだけ。