戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
13生まれて初めて見る海に感動し走り出す
「いざ飛び出して来たけど・・・・どこに行こっかな、・・・・棒の倒れた方向に行くのは賢い選択なのか・・・・。私にも人脈とかあればなぁ・・・・」
東西南北何処に行こうと考えていると方角に紐づけて何か言われていた事を思い出す。
何だったか、宗教的な何かは特に信仰はないので関係ないとして・・・・ああ思い出した、いつか車に乗せた女性の人。
元兵士だと言うのにとても気品を感じられる人だったな。
『―――立ち行かなくなれば東を目指す事をお勧めします―――』
「あぁ・・・・東、・・・それにしてもどうして東?」
連邦は南部に行けば行くほどに豊かになると教えられた記憶がある、私がいる周辺はかなり北、ちょうど山脈地帯の麓ぐらいが生活範囲だ。
東に行ってもすぐに海に出てしまう、海に関する何かの仕事をお勧めしていると言う事なのだろうか。
「泳ぎ・・・・海って塩っぽい味らしいけど・・・・泳いだら体に悪そう。」
長い物には巻かれろと言うし、助言に従い私は東に進むことにした。
お金は少ないけど祖母の家に置かれ続けていた無味のレーションを持ってきたので一週間は食べる物には困らない。
野宿する時が少しの心配事だったけれど特に問題なく一日一日と過ぎた。
幾つかの大きな街を通り過ぎる機会があったのだが銀行の倒産、新聞を売る人がブラックマンデーと叫んでいたけど、それ以降どうにも国全体が暗くなったように見える。
脇道に座っているお金のない人たちは増えたし、道行く人の顔にも明るさはなく街のうるさく思う程の活気も消滅した。
やっぱり銀行が潰れてお金が無くなったりするのは滅多に起こらない事で大事件だったのか。
などと思っていたがそんな不安は暫くの間忘れてしまう事になる。
「うわ~すっごい・・・・地平線の果てまで氷が張ってる・・・・!」
平地とそこに時々流れる河川地帯を飛び越えてついに海を拝むことのできる場所へと出た。
凍った海の手前には私が生まれて初めて見る大型船があった。
そしてその近くには何年か前の古物雑誌で見たクレーン?、それが船の数と同数あった。
船とクレーンが奇麗に二列に整列している様は圧巻で私の目を釘付けにした。
「あれが本当に海の上を走るんだ・・・・!」
美しい光景を見た昂りかもしれないけれど空気も澄んでいる気がしたし、何だか直観的に住むには心地よい場所だと思った。
文字通り浮足立った私は少し早歩きで港町に向かった。
「我が国の食料自給率はえー・・・・一概には言えませんが主要作物平均ですと32%、特に野菜類に限れば10%を下回っています。」
「輸入はどれだけ減少したんだ?」
「・・・・・・現段階では新大陸からは72%減、アフリカ大陸からは半数近くが」
「今年は冬が越せないぞ、このままでは・・・・」
「廃棄予定の軍用食を民間に放出するか?」
「あんなのを国の名で配れば暴動が起きますぞ?」
「しかし兵士たちからは好評ではないですか」
「ではこうしましょう、面倒ですので難民系には軍用食の配給を実施、国民には浮いた食料を配給という形でどうですかな?」
「よろしいかと、皆さんは如何ですか?」
「異議なしですな」
白髭と顔の皺が目立つ老人集団が週末のゲートボール予定を相談し合うかの如く国難への対処方法を決めていた。
彼らの手元にある聳え立つ資料はついぞ活用される事なく、漠然とした雑な提案が承認され執行部へと回された。
そして執行部は思ってもみない抽象的な命令に怒りを露わにし老人たちに資料を提供する部署へ不服を申し入れる。
「一体この数日間、あなた達の部署は何をやっていたのですか・・・・パーペンさん!」
「・・・・申し訳ありません」
「何度も不服申し立てをしたと言うのに・・・ああ全く!・・・備蓄と国内生産量だけでは到底今年の食糧は賄えませんよ!」
「大臣殿は・・・全員を食べさせるには十分と・・・・」
「あなた達は社会不安と言う物をご存じない!市民がそこまで聡明な愚か者でしたら銀行は潰れませんよ!取り付け騒ぎが起こるように、食料の徴収を国がすれば不安感情で人々はより多くの食料をため込もうとするのです!」
「そこは・・・・治安部隊の監督の元で厳正な配給を・・・」
「何を呆けたことを言っているんですか!100人に100人分の食事を作ってもこの世界では全員に等しく行き渡る事は絶対にないのです!しかもそこに棍棒を持った暴力装置が介在すれば寧ろ事態が悪化する可能性すらあるんですよ!」
「どうにも・・・・大臣殿には取り合って貰えないのです・・・」
「ふざけないでください!私情か何かは知りませんがあなたのその怠慢で何万・・・・何百万の人々が飢え死にする事になるのですよ!?分かっているんですか!?」
三権分立という言葉を知らないこの国では各々の組織の不満が全体を循環し周知される事はない。
権力に対する挑戦か、権力側に人情を期待するしか打開策はないのだが難民上がりであるパーペンには挑戦する勇気はなかったし大臣に人情がない事なんてとっくの昔に気付いていた。
一刻も早く大臣が大臣である事を辞めるのがこの国を救う最善手と確信はしていたが彼にはどうする事も出来なかった、どうしようもなく臆病だったからだ。
「閣下」
「・・・はぁ、パーペン君、見て分からないのかい?私はもう今から帰る所だ、君の虚偽報告書に目を通して戯れてやる暇はないんだ、それとも何かね?私と一緒に甘い酒を楽しみたいのかね?」
「いいえ、閣下・・・・本日審議された失業者の救済法案に関する決定が見当たらない物で・・・」
「いや何、少々我が国民の飢えを凌ぐ方策を考えるのに手間取ってね、それは来週に回されたよ」
「来・・・あ、え・・・・来週?」
「根を詰め過ぎなのだよパーペン君、忘れたかね?神ですら七日の内一日の休日を謳歌したんだ、矮小な我々人間なら二日ぐらいはあってもいい物だろう?」
「は?・・・・・は・・・・ははは、そうですね。・・・そう、ですね。」
「分かったら退いてくれたまえ、まあ要領の悪い君はそれを補うために人より多く働かねばならんのは自明だがね、それでは失礼するよ」
「カチャリ」
「―――――――――――――――――――――」
「・・・・・・神にでもなったつもりか・・・・!悪魔め・・・・・!人を食い物にする悪魔・・・・・!」
引きつった笑いは大臣が視界から消えるとすぐに解け、爆発的に胸の内から怒りが沸き上がる。
書類を握りしめる手に力が入り紙にしわが入る。
だけれど怒りは長く続かず、寧ろその後に訪れる落胆が残酷にパーペンを蝕むのだ。
彼は機械に書類を設置し、手回しのレバーに手をかけ書類を粉砕した。そして虚ろな目のままオフィスを後にした。
バルカン連邦には凡そ7000万人が住んでおり戦争が終わった直後には700万近くの兵士がいた。
緊急時の戦争遂行のために兵士の軍用食は常に1季節分の余剰があった、つまり三カ月の備蓄があったのだ
そして連邦の避難民とその系譜は約4000万人、彼ら一人一人の平等に軍用食を配給した所で一か月分の食い扶持にもならないのだ。
単純計算で市場に出回る食料はかつての3、4割に限定されそこに国家からの徴収が入りさらに減少。
ブラックウィークから半月後には食料価格が暴騰し本格的に食料危機が始まった。
配給される食料は移送中に喪失され、運よく配給されるにしてもその先の縁故主義的な決まりで平等に行き渡るはずもなかった。
皮肉にも避難民に配れれる軍用食は兵士達以外からは大不評の食べ物だったために手は付けられず、兵士は他よりも苦難に直面する事は少なかった。