戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
『今日はヨーロッパに住まう我々と全人類にとって偉大な勝利の日として記録されるでしょう。
30年近くに渡る全面戦争を耐え抜き、ついに私達は生存圏を守り抜いたのです』
『人類の為に戦い続けた英霊達に捧げ銃!』
いつもは淡々と上がって来た原稿をお堅い雰囲気で読むしかない報道官も撮影班もその日ばかりは昂る感情を抑えられずにいた。
それは被写体専門の軍人たちも例外ではなく彼ら全員の顔に嘘偽りない笑顔が出来ていた。
滅多に見上げない空を皆が見上げ、こんなに蒼いのだと感動するぐらいには感情が脆くなっていた。
『突然の終戦宣言に多くの方が喜びを覚えていらっしゃいますが一方で突拍子のない終戦に納得がいかないという声も聞こえます。
今日はかつてミュンヘン大学環境学部の名誉教授であるローザ氏にお越しいただきました、ローザさんよろしくお願いします』
『はい、よろしくお願いします』
『早速ですが教授、どうして我々は敵の巣の一つも破壊する事無くこの戦争を終結させることが出来たのでしょうか?』
『道筋を立てて説明するのが一番でしょうが肝を先に喋らせていただきますと、
それは我々の忍耐力、悪く言えば往生際の悪さがこの勝利に起因する物と言えます。』
『往生際の悪い、敵ではなく我々がですか?』
『要は根競べなのです、どちらが先に折れるかという。
今回の敵はまあ自然界の生き物としては群を抜いて往生際の悪い存在でしたが人間の果てなき生存意欲と団結力に折れた形となりましたね』
『厭戦気分という事でしょうか?』
『知性ある我々に言わせて貰えばそうでしょう、しかし彼らは腕っぷしだけが達者な畜生・・・・失礼、動物ですから厭戦という知能的な言葉よりも・・・・そうですね、言うなれば「学習性無力感」でしょうか』
『中々に直観では理解しきれませんね』
『では例え話・・・でもないなぞらえた説明をしましょう』
『よろしくお願いします』
『一昔前に我々を悩ませた塹壕病の一つであるヨーロッパ風邪を覚えているでしょうか?』
『えぇ、今となっては毎年の風物詩です』
『ヨーロッパ風邪が流行した当初は極めて毒性が強く感染から発症まで短期間でさらに致死率も群を抜いた高さでした、しかし時間の経過で毒性は希薄となり潜伏期間も長くなりました、そして風物詩となりました』
『願わくばこの世から根絶して欲しかったのですが、往生際の悪い病原菌ですね』
『その通りですね、菌と言いつつも突き詰めれば生き物ですから生存するための努力は欠かさないのです、ヨーロッパ風邪も最終的に我々が総力を以て駆逐する必要性のない存在に変化しました』
『今回の終戦も、その「変化」が関係すると?』
『ええ、最初こそ人類相手に優勢を誇っていましたが最近は技術の進歩と我々の団結によって彼らとの戦争は拮抗しました、積み上がる死体の山に戦果無しが続き彼らの足りない頭でも学習したのでしょう』
『自分の巣に引き篭もればいいか・・・・と?』
『まぁ、そうですね、所詮は菌と似たような雑多な動物ですから』
『では度々あった休戦期はそれの兆候だった可能性が?』
『はい、非常に高いでしょう、26年の奇跡の一週間、49年の奇妙な一週間もそれに類するものと我々は分析します』
街路には国旗が掲げられ通りは喜び合う人々で溢れ建物からはキラキラとした飾り付けが巻かれた。
普段は人通りのない場所でカメラを構えて待っていた記者はトラックに所狭しと乗っていた兵士たちが通り過ぎていくのを見送る。
戦場に赴いた兵士たちが家に帰る。
この盛況は一週間続く事となった。
「なんと言った?」
「1000万人です・・・・」
「すぅ・・・・ふぅ・・・・」
報告書をぎゅっと握りしめるパーペンの顔にローデシアから輸入された煙草の煙が吹きかけられる。
怒号と上司の拳が飛んでくる時の前座が始まったので彼は思わず身構える。
「1000万・・・・はぁ、・・・・失業者1000万!・・・・おかしいな、戦争が終わって無職放免になるゴミ共は・・・・600万、まあ働き口があるから多少減ると概算で100万から300万、ローンお前はゼロを一つ書き過ぎたのか?」
「い、いえ・・・・最低1000万です閣下。失業者は1000万~2200万人に上ると見られます」
「・・・・・・連邦の人口は、古い統計を用いると約6000万、君は・・・連邦の20%以上が生産性のないウジ虫に変貌すると、言いたいのか?」
「そう、なります・・・・」
「はぁ、ローン、ローン・パーペン、君は優秀だと聞くが一体なぜ戦争が終わって失業する数が復員する兵士を超えるのか私に説明してくれないか?分からないんだ・・・・これは私が馬鹿だからか?。」
「そ、そのような事は決して閣下・・・ない、と」
「そうだろう?なら君は今すぐこの紙に書いてあるゼロを一つ消す作業に取り掛かると良いローン、私よりも劣っていて馬鹿でツィスライタニエン出身の君にだって出来る簡単な仕事だ」
「しかし閣下、それでは書類の改竄に・・・・・・・・・・・・」
「私の言葉が聞こえなかったかローン!」
灰皿が頭部に向かって振り下ろされまだ熱の籠った灰を被りながら殴打されたパーペンは二三歩後ずさった。
激情に任せて部下を害した大臣はほんのり血が付いた灰皿を地面に投げ捨てて元の場所に戻った。
その間もパーペンは痛みに魘されながらも涙を流すのを必死に堪えていた。
「閣下、どうか・・・・・」
「まだ私に面倒をかけるかローン?お前たちの民族は他人に面倒をかける性なのか?それとも生まれた国の国是なのか?国無しのお前らを温情で置いて今日まで生きる飯を提供し続けた恩人に対してもそれは同じか?」
「ですが、これは・・・正確に算出された統計で・・・・・・・失業者は兵士の他にも軍需業界に勤務する労働者――――――――」
「このボヘミアの糞尿野郎が!」
何処から持ってきたのか灰皿は鞭へと進化してパーペンを襲った。
手に鞭が当たったせいで書類が辺りを舞う、痛みと恐怖から地面に縮こまって動けない彼を大臣はここぞとばかりに何度も、何度もぶつ。
それはパーペンが書類の改竄を了解するまで続いた。
「でさ、そいつバナナの皮食ったのよ!しかもおいしい、おいしいって!」
「未開人には丁度いい嗜好品だろ、俺達がバナナを食べて奴らは皮で満足する、なんて効率的で素晴らしいんだって!」
「「「はははははは!!」」」
「コーン、コーン」
「おっと終業時刻だな、皆今日も飲みに行くぞ~」
「今日は何件まで行きますか?」
「・・・・お~いパーペ――――」
「やめとけよ、お仕事大好きなドイツ人様には大人しく仕事させてやれって」
「そうか?あいつオーストリア人じゃなかったか?」
「同じようなモンだろ、それに誘ったらアイツの仕事終わらねえだろうし」
「それもそうだな!よし行くか!」
事務所の電気が落とされてすぐに騒がしい集団は消えて静粛になる。
パーペンはデスクにあるランプにマッチで火をつける。
手元には書類がある、一時は暗く見えなくなっていたそれがまた目の前に現れるのを見て彼は握った拳を叩きつけたくなる衝動に駆られた。
「何が戦争は終わっただよ・・・・・俺達の故郷も何も・・・・帰って来てない・・・・いつになったら、故郷に帰れるんだ・・・・・いつになったらこんなクソみたいな場所から・・・・解放されるんだ・・・・!」
「う゛・・・ぐ、・・・ぁあ゛・・・ああ゛ぁあ!!!!」
誰もいないデスクに慟哭が響く、別に珍しい事ではない、ただ多くに人が喜ぶことが別段彼にとっては歓迎する事ではなかっただけだ。
「どうして禄でもないアイツらだけが万々歳で自分だけが割を食い続けているんだ、何も悪い事をしていないのに」と。
惨めさも極まれば涙を堪える事に慣れた彼でも泣かずにはいられないのだ。
戦争が始まり多くの人々の人命と共に土地も国家も未来も多くを失くしてしまった。
長引く戦いの中で負った傷を癒した人々は多く存在したが代価として支払われたのが亡国の民の生活だった。
大英帝国、フランス共和国、ドイツ帝国、オーストリア帝国、名前ですら呼ばれない中小国から生まれた多くの難民が戦争を継続するために兵士として安価な労働力として動員された。
国が滅亡し千万単位の難民の到来により政変が起こりまだ国体を保っていた国家にも手痛い一撃が加えられた。
名を変え、土地が変化してもその国達が難民に対する態度を変えることはなかった。
だがそれでもと、私達は強く生きねばならないのだ。
決して諦める事は許されない、諦めた先に待つのは確実な死なのだから。
それは肉体的な死よりずっと残酷だから。