戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
港町に別れを告げて平原を駆け抜け街を5個超えた先に大きな駅があった。
もう今は、普通の人は誰もいない駅、多分ここ数十年、もしかしたら100年は手が付かない、この駅の通じる先は戦場だ。
戦場だった場所だ。
だから停車先は一つしかない。
「何だテメエ?ここに何の用だ?」
「この先に行きたいんです。」
「・・・・・・戦場に?」
「はい。」
「何もねえぞ、向こうは、もう金になる物は。」
「人を訪ねるんです。」
「そうか・・・・まあ通れよ。」
「あの。」
「何だ?」
「・・・・皆さんは?」
「分からないのか?」
「ごめんなさい。」
「何て言うかな、俺達は宿無し金なし根無し草の無し無し三要素を満たしちまった浮浪者だよ。
あんたは帰る場所があってよかったな、もしなかったりなくなったりしたら・・・・その時は歓迎するさ。」
案内をしてくれた人はユーモアを交えて私にこの道を紹介してくれたが心は笑っていなかった。
早くも錆びついた柱に身を任せている人は虚ろな目をしたまま天井を見上げている。
雹で天井に空いた穴から差し込む光をぼーっと見つめるのが皆好きだと案内人は語る。
だけど彼らには一緒に居てくれる愛犬も迎えに来る天使も、見たかった絵もある訳ではない。
その最後はお伽噺以上に救われない結末を迎えると知りながら、私はそこを踏み越えた。
「剥がされた線路の痕を辿って半日ぐらいしたら・・・塹壕がある場所に抜けたら戦場だ、巡回の奴らには見つかるなよ」
「ありがとうございます、・・・・・・あの、もしよかったら」
「やめてくれ、必要ない、・・・・アイツらにも俺にも施しはいらない。」
「それで、良いんですか?」
「良いんだ、見苦しく藻掻いて死んだらお前みたいに真面目に生きてる仲間に迷惑をかける」
「でも・・・・だからって」
「まあでもお前がババアぐらいの年になったらここに立派な記念館でも立てて、ろくでなし共の子孫を罪悪感で染め上げるぐらいの事はして欲しいな」
私は差し出そうとしたお金と少しの食べ物を引っ込める。
案内人の言葉に小さく、されど強く頷く。
その姿が奇妙に見えてしまったのか笑われた。
「可愛い顔してあんたも中々だな、まあ頑張れよ。俺達は諦めちまってけどよ、やり遂げようとする奴はあの世からでも応援し続けるぜ。」
構える必要はなかった、彼らの多くはきっと穏やかな死を待っているのだ。
戦争が終わって皆家に帰れると思ったけど、帰る家がない子やそもそも帰るのを望まれない子だっていても不思議ではないのだ。
きっとアレンもそうだ、リーリスは・・・・果たしてどうだろうか、どちらにせよ私には少なくとも二人をこの駅に来させてはいけないという責務がある事だけは確かだ。
手を振る案内人に背を向けて私は前に進む。
「俺達を超えて行け、この理不尽な世界で空高く羽ばたけ、君達は美しい。」
案内人が小さく呟いた言葉は私には聞こえなかった。
イーペル作戦という名前らしい。
由来は欧州大戦で初めてそれが使われた戦場の名から取られている。
戦争で大きく劣勢だった人類はそもそも生物が生息・活動不可能な領域を作り出す事でこれ以上の領土の失陥を防ごうとしたのだ。
ピレネーから東ヨーロッパ平原を横断するそれは『毒のカーテン』と言われた
「本当に、草も生えないんだ。」
ある場所を境に鳥の声が聞こえなくなった。
少し進むと草木が途切れ始め何も生えない不毛な大地が始まった。
雑草が一つも生えないその土地は誰にとっても有毒で、私はリッペ船長から貰ったガスマスクを装着して進んだ。
『リッペ船長、ホラ吹きで私を騙したと思ったけど本当に何もないんだ、・・・・こんな場所、早く通り過ぎちゃおう・・・』
独り言を喋ってみるけど声が籠って、当人でさえ聞き取れない声しか出せない。
いつもと同じように呼吸しているはずなのにガスマスクで呼吸が篭って自分が緊張しているように思えてしまう。
思っていることぐらい分かるはずなのに何故か手が凄く暑くなって汗がにじみ出てくる。
指を伝って腕を、肘を、肩を、そして見えざる驚異の手は私の首にまで到達する。
『ハァ、ハァ・・・・・バァ゛・・・・バァ゛・・・・・ア・・・グ・・・・ン゛・・・・ハァ!』
やがて本当に呼吸を乱して息が苦しくなる、マスクのせいでいつもの様に呼吸できない不快感が私を襲う。
首が痒くなって息が苦しくて、もうこのマスクを取ってしまいたいと思った、だけどそれはダメだと理性が止めてくれる。
足は止めずに走る、走る、走り続ける。この不毛の大地を。
「ぶ、う、おぇ・・・!げほっ・・・・お゛・・・・おぅ・・・・う゛ぅうう・・・おぇええ・・・・。」
ガスマスクで狭まった視界で捉えた草木を見て私はすぐにマスクを脱ぎ去って地面に向かって嘔吐した。
何かも吐き出して何もないのにまだ吐き出したくて、少し落ち着いてから口を拭おうとしたら手が少し腫れている事に気付いた。
手を口から遠ざけてどこか水場を探した。
「水・・・水ないの・・・・・というかあんなにキツいの・・・・おぇ・・・・。」
ふらつきながら立ち上がって前に進んだ
線路を通ってくる途中で幾つか水たまりもあったから進めばそんな感じの場所があると思った。
その予見は正解で少し泥の色が強いけど水が見つかった
「あ、あはは・・・・泥水にこんなに感謝したのは初めてだ・・・・。」
『―――――――――――おいお前。』
「あ、・・・・え」
『こんな場所で何をしている。』
「え、・・・・え?!・・ま、待ってください!」
泥水でヒリヒリした皮膚を洗っていると後ろから声をかけられた。
まだ気が動転していたせいで近づいている人に全く気が付かなかった。
振り返るとその人は私に銃を構えておりさらにはガスマスクをしていた。
その容姿を恐ろしく、動揺して問答を答える呂律が回らかった。
でも手はちゃんと即座にあげることは出来た。
『ああ待つさスレッシャー、戦場に忘れ物か?戦友の墓参りか?法律でここは立ち入り禁止になっている事は通達しているはずだぞ。』
「あ、あの生きて――げ、ごほ!・・・う゛・・・・」
『大丈夫か?』
「気にしないで、・・・・う゛・・・・おぇ・・・・お、お・・・・」
『ガスマスクを持っている辺り警告はされたみたいだな、だが惜しい、マスタードは皮膚からでも作用する、長袖に手袋、帽子、・・・・肌を出し過ぎたんだな。』
「ぅ・・・う、すいません・・・・。」
長い距離を歩いてきたせいで私は袖などをまくっていた。
銃を構えた人はしょうがなさそうに私の袖を下ろして外の空気と肌を仕切ってくれた。
『ここらは特に奴らの侵攻が激しいと算出した場所だ、だから濃度は高いし風とか雲の影響でいつまでも毒性は強い、お前を追い返したら途中で野垂れ死ぬだろうな、しょうがないから付いてこい兵士。』
「は゛い・・・。」
華麗な降参ポーズが相手の警戒力を破壊したのかは不明だがどうにかこちらは無害な存在とアピールする事に成功した。
けどやっぱり質問には答えれなくて代わりに胃液をお見せする羽目になった。
少し面倒くさそうに銃を持った人は付いてくるように促した。
『人が通る道は意図的に量も調節されているからただちに影響はない、だけど鉄道路線は例外だ、なんせ早いからな、3分か4分ぐらいで通過するから問題はない、一番きついのは線路を直す奴さ。』
「あなたは・・・・?」
『元第13管区督戦隊、現在は第13管区監視地監視員のジェスリンだ、そういうアンタは?』
「チェルナー・カフカ、徴兵されたけど戦場に行く前に戦争が終りました、ここで働いている人を訪ねて来ました。」
『大抵は死人を訪ねてくるが珍しいな、何の用だ?』
「・・・・・言いたくないです、言わなきゃダメですか?」
『いいや、仕事が増えるかもしれないから言わなくてもいい』「――――――――ふぅ、ここからは許容濃度地域だ、少しは空気もマシになっただろ?」
「はい・・・・おぇ、所で・・・・。」
「何だ?」
「とくせんたいって何ですか?精鋭部隊の固有名称?」
「・・・・戦場から逃げる役立たずを撃ち殺す仕事さ。」
「えぇ・・・・」
「少しは勉強になったか?」
「一緒に肩を並べて戦ったら、逃げる人はずっと少なくなると思うのに・・・・。」
「・・・・・・・」
「あ、ごめんなさい、・・・・すいません、すぐに・・・あの、この人が何処にいるか大体の方向を言ってくれたら消えますから」
「・・・・・・東に20kmぐらいだな、見張り小屋で酒でも飲んでいるだろうから頑張って建物を見つけるんだな。」
「ありがとうございます、これ、ほんのお礼です。」
「何だ?金?」
「足り・・・ませんでした?」
「・・・・生憎だが金には困ってないんだ、こんなガスマスク常備地域担当してたらな。」
「どうしましょう・・・・・・・・・・。」
「そうだな、少し話相手にになってくれ、出来れば一日ぐらい。」
「・・・・半日なら。」
「よし決まりだ、久しぶりだな実物の人間と話すのは・・・・もう随分と。」
お金の代わりにしたい事がお喋りなんて分からなかった、お喋りのどこにそんな価値が・・・という意味ではなく何故そこまで会話に飢えるのか想像もつかないという意味だ。
ジェスリンさんは私達が俗に言う兵士じゃなくて昔からずっとそう呼ばれているちゃんとした兵士の人だ。
そう言う人を見るのは訓練所以来だ、あんまりいい人達のイメージがないけどこの人はそんなに悪い人じゃない気がした。
毒性の強いガス+フィルター透過性の高い催涙ガス=ガスマスクを外したくなる猛毒ガスの出来上がり。
実際に第一次大戦で使われたけど初見殺しなだけで大して役に立たなかったらしいゾ!
なお20世紀最大の独裁者を失明させかける戦果はあげた模様