戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
「不肖チェルナー・カフカ、帰ってきました」
「あぁ、帰って来たのかい」
もう二度と見ることはないと覚悟していた自分の家を1年ぶりに拝む。
変わらず年季の入った建造物で、その中で悪目立ちしている新品同様の農機が見える。
もう買ってから10年は経つのに、大切に扱われているのだろう。
私がいる間でも、いない間でもそれは変わらなかったのだろう。
常に険しい目元をしている祖母は、思ってもいなかった私の帰還のせいか、いつもよりより一層に険しい目をしていた。
「帰って来るとは思わなかった?」
「期待なんてしなかったさ、してもしょうがないからね」
酷い言い様だけど夫も息子も息子の嫁も皆戦争に行って帰ってこなかった経験のある祖母だから、特別その言葉に不快感を覚えることはなかった。
だけれど言葉の裏に
『どうして夫や息子は帰ってこなかったのか』
という悲嘆の感情があるのではないかと邪推すると申し訳なく思ってしまう。
一応、私は親を失う悲しみを薄いながらも味わった事はあるから何となく分かる気がする。
いや、物心ついた時にはいなかったから完全には分からない。
「ご飯、ないんだけどね」
「何個かレーションあるよ、だから私は大丈夫」
「そうかい、それは美味しいのかい?」
「最近はあんまり」
「・・・・・アンタが私の飯を食べな、私はアンタのを貰うからね」
「分かった」
兵士になる前に戦争が終わったから色々お金とか貰う事は出来なかったけど廃棄される備品とかその辺の物は持っていくことを許された。
私の給料は服一式とちょっとのレーション、交通費少しぐらいなのだ。
国のお金で毎日食べる物を貰えてたから考え方によってはただ飯を頂きにキャンプに行ったぐらいのノリになるのか。
「明日からは収穫を手伝って貰うよ。出来るね?」
「はい、今日からでも」
「こんな暗い中どうやってやるんだい?」
「はい・・・・・」
「明日途中で眠くなったりしたら叶わないよ、さっさと飯を済ませて寝な」
祖母が自身に作っていた食事を私が頂く、量も貧相で味も悪い。
だけれどこれを食べれば空腹に悩まされる事は無くなる。
少しの間、口周りに不快感を感じるのと引き換えに。
でもまあ、一年ちょっと留守にしたから今はこの感じすらも恋しく思う。
変わらず不味いけれど。
「ふぅ・・・変わってないや」
ご飯を済ませて汚れた体を軽く拭いて私は自分の部屋に行く。
出ていった時と変わりなくきっちりかっちり片付いている。
一年も開けた割には汚れもない。
私はいの一番に、置いていくことにした家族写真を手に取った。
「お父さん、お母さん・・・・ただいま、私生き残ったよ」
物心がついていない時に撮ったその写真には私の母と父が写っている。
二人とも立派な軍服と沢山の勲章を下げて、あほ面をしている私を抱えている写真だ。
これを撮影した暫く後に死んだと聞かされた、私はついぞ戦場に出ることはなかったから二人がどのような死を迎えたかは想像できない。
でもだけど、二人が命をかけて臨んだ戦争が少なくとも悪い終わり方をしなかっただけ良いと思っている。
「どうなっていくんだろ、折角戦争終わったのに、皆あんまり嬉しくないみたい、・・・・帰る途中で街の人達怒ってた、奇麗な紙をゴミみたいに投げ飛ばしてた」
皆が望んでいた思っていた平和、ここに帰るまでに様々な人を見た。
もちろん喜んでいる人も沢山いた、だけど少なくない人が兵士が帰ってくることに腹を立てていた。
「このままおばあちゃんの農場を手伝って・・・平和に過ごせるかな、私・・・・」
これからの将来に一抹の不安を抱きつつも私はここ一年で一番ぐっすり眠る事が出来た。
不快な轟音ではなく自然の物音で目を覚ますのは何と気持ちが良いのかを再認識した。
人は失って初めてそれの尊さと大切さに気付くと言うけど、その通りだと思う。
早々に気付けた私はきっと幸運だ。
「何だ起きたのかい?昼まで起きなかったらラッパを借りてくる所だったよ」
「おはようございます」
「ふん、軍用食は口に合わないからそこの棚に置いとくさ、腹が減ったら食いな、食わなんだら畑に撒くよ」
「・・・・食べる」
「ならそうしな、でも今日の飯は作っちまったからね、残したら許さないよ」
何だレーションはお預けか、若干責め立てる口調でご飯を催促して来た祖母は言う事を言うと鍬とか鎌とか装備して農場に行ってしまった。
朝五時には起床し六時には畑に入る、そして辺りが暗くなるまで仕事をする。
それが祖母の日常だ。
私も4歳の時からそれに同伴している。
訓練所で他の人よりあんまり苦に思わなかったのは祖母のおかげかもしれない。
「ブォオオオオオオン」
「・・・・・やっぱ凄いや」
大型コンバイン、物心ついた時からずっとあった乗り物だけど生まれてから似たような物を見たことはあんまりない。
それもその筈、普通の人が一生分の給料をつぎ込んだって買えやしない高級品だからだ。
なら何故、そんな物を持っているのかという疑問は全くである。
この機械の値段を知った時、私も真っ先に祖母に聞いたからだ。
『墓なんて金にならない物買うより建設的な物を買った方が死んだ馬鹿どもを喜ぶだろうね!』
と怒号を飛ばされた、聞いた時はなんて冷たい人間なんだと怒りを覚えたこともあったけど他の避難民の生活を見ていると墓にお金をかけるのが馬鹿らしくなるのも分かる。
避難民に限った話ではないが聞くところによると「所謂体質に恵まれた避難民」は子供をたくさん作ってそれを兵士の元として売り捌くそうだ。
お金にもなるし子供を身籠ればまあ少しばかりは戦場から遠ざかれるからだ。
他にも金持ちの用心棒をしたり誰かの手先になって嫌な仕事をしたり・・・・と要職に付けないのだ。
「どうしたんだいそんなに黄昏て、天国にいる両親でも見てるのかい」
「あ、・・・ごめんなさい、少し・・・・・」
「何だい?」
「・・・・・恵まれてるなって。」
「・・・・・・・・・・・・・何を馬鹿な事をいっているんだい。さっさと手を動かしな」
「うん、分かった」
この農場も元々はこの国がまだ色々違ってバラバラだった頃にお金を持っている人が持っていた場所だったけど、戦争が始まってからはお金が人は海外に逃げてここを放ったらかしにした。
誰も耕す事がなくなった場所、でも戦争で食べ物が足りなくなって国は仕方なく土地を個人でも扱えるぐらいに切り分けて全く関係ない人に与えた。
そこで祖母はこの農場を手に入れたのだ。
勿論最初の頃は沢山の避難民仲間とかいたらしいけど土地を持ち続ける条件がどんどん厳しくなって結局皆どこかに行ってしまった。
ノルマというのに追い出されたそうだ。
「これとそれはあっちに積んで、そっちの束は小屋に・・・・・・」
「分かった、・・・どうかしたの?」
「・・・・・・・太ったかいアンタ?」
「・・・・・・・・筋肉だと思う」
「ああ・・・・・まあ、・・・・これはそっちに頼むよ、ほらさっさと行きな」
さて話の続きだけど、それだとこの農場の周りはやっぱり耕す人がいないのかと言われるとそうでもない。
避難民達が去った後に代わりに現地人がやってきた。
忌々しい彼らだ、私は好きになれなかった。
最も物心ついた時に彼らがいたから比べる事は出来ないのだが。
彼らは何故か特に土地を耕さなくても農場を手放さなくていいし、昼に起きて4時間5時間働くだけの日々を送っていた。
当然この仕事はそんなに甘くないので何故か切羽詰まる直前に私達に手伝わせる、その癖してお礼の一つもない、本当に要らない存在だと思う。
「はぁ・・・・今日はこれぐらいにして戻るよ」
「うん、分かった。」
斜陽に見送られながら数段高い場所にいる祖母についていくために少し小走りになりながら私達は家に戻った。
この調子だと一週間の内に収穫を終えてさっさと出荷できそうだなと目算を立てつつ私は一日を終えた。
どうか何事もない日々が続き、明日が少しでも楽して暮らせる素晴らしい世界になりますようにと願い、私は眠った。