戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話   作:エルカス

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33誰しもが悩みを抱えて生きている

「右、・・・左・・・・上、下・・・・。」

 

「はい、じゃあ次は反対側を。」

 

「・・・・見え、ないです。」

 

「ふむ・・・・・・回復の兆候はなし、と。」

 

「この子の目は治んないのかい?」

 

「いえブレハンズさん、断言は出来ません、継続した治療で完治する可能性もあります。」

 

 

またこの前と同じことをお医者さんは言う、おば様は渋い顔をしている。

診療が終わり看護師さんに包帯を巻いて貰ってる時に目を盗んで角にいるおば様を見ると財布の中身を確認して目を細めている姿が見える。

もう火傷の傷は痛くないのに、何故かヒリヒリする。

 

 

「はい、もう大丈夫ですよリーリスさん。」

 

「ありがとうございます、・・・おば様、行きましょう。」

 

「ああ、また近いうちに来るからね、安心しな」

 

 

またこの前と同じことをおば様は言う、私は口を開きかけて言おうか迷ってしまう。

多分、この顔の傷も目も、もう治らないと思う、少なくともここでは。

片目からでも遠くに見える診療所でお医者さんがこちらを見てほくそ笑む顔がしっかりとこの目に映るから。

私は意を決しった。

 

 

「おば様、もう、大丈夫ですよ。」

 

「何が大丈夫なもんかい、包帯だって今もまだ取れやしないじゃいか」

 

「これは・・・・・晒すと迷惑だし、皮膚に悪いだけで付けなくても、もう大丈夫なんですよ、それに火傷って酷かったら痕は残るし治らないって。」

 

「それは普通の人間の話だろ、アンタ達は私達とは違うんだから。」

 

「いえ、同じですよ・・・・ただ少し上手に出来るだけで、出来ない事はどうやっても出来ないんです。」

 

「・・・・・・・・・病院も嫌いになったのかい?」

 

「はい、嫌いです、開口一番にお金の事を聞かれるのは不快です。」

 

「気にするんじゃないよ、無駄に年と貯金を重ねてきたんだよ私は、使いどころってもんがあるのさ、じゃないと死んだら税金で大方持ってかれるからね。」

 

「でも、孫のカフカさんの為にも残さないと、私は他人です、この先も返せるかどうか―――」

 

「私とアンタは他人なのかい?」

 

 

割り込むように鋭い言葉が私に刺さる、私とおば様が他人かどうか、おば様自身に聞かれるのが一番嫌な質問だった。

私にとっては・・・よく分からないけどお母さんみたいな存在でとっても好きな人だから他人と言い捨てる事は出来ない。

 

 

「他人だなんて、・・・・言いたくないです。」

 

「さっきと言ってる事が違うじゃないかい、私はあんたも家族だと思っているのさ、世話ぐらい焼かせてくれないかい?」

 

「身を削ってまでも、ですか?」

 

「私達はいつだってこの身を削って生きて来たのさ、今更生き方を変えるつもりもないさ。」

 

「時代は変わるんですよ、それに・・・・見ていられない。」

 

「あんたは良い子だね、カフカが頭下げてまで私に任せたのも頷けるね。」

 

「そんな事は・・・・。」

 

 

今となって思うと記憶がないのを良い事に誰かに無償の施しをするように圧力をかける意地汚い人間のように自分を卑下してしまう。

アレンの家族探しを中断させてカフカさんのいるべき場所を奪ってしまった私は最悪だ。

 

 

「リーリス、あんたが拒否しようともね、カフカのお願いを私は聞かないといけないのさ、あの子は私にあんたを任せたんだ、私は私の出来る事をアンタにしなきゃいけないのさ、あんたが望もうと望むまいと。」

 

「・・・・・・・・・・・私よりも、カフカさんをもっと、大切にしてあげてください。」

 

「大切にしてきたよ、でもあの子に私の愛は歪だったんだよ、私は何もしてやれない。」

 

「どうして?」

 

「あの子の一番望むことを私は踏みにじって見殺しにしようとしたんだ、だからその時からあの子にとって私は家族じゃないし親代わりでもなくなったんだ。」

 

「・・・・・教えてくれませんか?」

 

「嫌だね・・・。」

 

「悩んでいるように見えます、私で・・・・私なら相談に乗れるんじゃないですか?それとも私もそこらの話せない他人と同じですか?」

 

「卑怯だねェ・・・・その言い方。」

 

 

頭を掻きながらおば様は苦笑する、これは一本取られたと。

これ以上苦労をかけたくないという気持ちと同居するように何か恩返しをしたい気持ちが私にはあった。

おば様が抱える過去が一体どんなものなのか私には分からなかったけどこんなにいい人とその孫の間の悩みだからきっと酷すぎる話ではないと予想をしていた。

 

 

「カフカが11歳の時に徴兵検査があったのさ、ああついに息子の可愛い忘れ形見にもこの時が来たと私は観念したんだ、この子も私の子や私の愛した人のように死んでいくんだとね。」

 

 

少し開けた場所で木陰に座っておば様は昔話を始める。

懐からは古い白黒写真を二枚取り出して私に見せてくれる。

そこには心底幸せそうに笑い合う夫婦の写真があった、二枚目も同じだ。

 

 

「私の旦那、イケメンだろ?ああ今の子にはそうは見えないかい?」

 

「いえ、皆とっても輝いてます・・・・おば様も・・・・」

 

「50にもなってそのお世辞はキツイねぇ、でも嬉しいよ・・・・・今はもう私と孫のカフカしかいない。子に先立たれると結構堪えるのさ、体も心も一気に老けるんだよ。」

 

 

私が持っている二枚の写真とは別におば様が最後まで手放さないその写真には今より少し若いおば様と可愛い赤子が写っていた。

一目でそれはカフカさんと分かった、顔とかが変わっていないのではない、おば様がその写真を見る目がそうだと私に教えてくれたのだ。

 

 

「帰り道にあの子は『私、戦争に行かなきゃ、ダメ?』って言ったのさ、私は兵士として生まれた存在がどうして戦争に行かなきゃいけないか語った、あんたの父も母も祖父も同じようにしたからお前も行くんだよと。」

 

「それは、本音だったんですか?」

 

「そんな、訳あるかい・・・・誰が我が子を戦争に行かせるために10数年も育てるのさ・・・!

生まれてきた命に死ぬ営みをさせる前提で育てるなんて人間の所業じゃないよ・・・・!

人はね、死ぬ為に生まれて来るんじゃない、生きる為に生まれてくるんだよ」

 

 

心臓が飛び跳ねる、おば様の噛みしめた叫びが雪の降る空に木霊する。

言葉には魂が宿ると何処かで聞いた気がするけどこう言う事を言っていたんだ。

 

 

「それで・・・・私の言葉を聞いたあの子はこう言ったのさ『じゃあパパやママが死んで良かったって思ってるの?』って、・・・・目を背けて来た過去に追いつかれたんだよ私は・・・・。」

 

「過去?」

 

「旦那や息子の事さ、・・・・自分の気持ちに嘘をついてたんだよ、時代や環境が死なせたんだって、仕方ないって割り切った。だけど本当は・・・・あたしらが戦おうとしなかったから、行かないでって言わなかったから、見殺しにしたんだよ。」

 

「そんな事ない・・・・。」

 

「いいや、他でもない、大切な人を殺したのは戦争でもない、憎ったらしいスノースでもない、時代や環境でもない、私達一人一人が在り方に拘って他人に重圧を押し付けて変化する事を拒むその奢りさ、つまり私達が殺したんだ・・・・」

 

「でもカフカさんは生きて帰って来た!例えそうであっても今おば様がするべきなのはいじけてふさぎ込むことじゃなくて変わる事じゃないんですか!この時代や環境を変えられずとも自分の在り方を変える事は出来る筈です!」

 

「どう変えるんだい?私はどうあの子に向き合えばいいんだい?受ける筈だった愛を殺し、過ごすはずだった大切な人を殺し、唯一残ったあの子自身も私が殺す所だった、そんな畜生がどうしてあの子に顔向けできるんだい?」

 

 

ここに来て私は悲しみと同情の意より怒りが勝った。

どうも出来ないもどかしさが溜まり吐き出す言葉となって蓄積する。

俯くおば様に向かって私は溢れんばかりの声で叫ぶ。

 

 

「甘えるな!!」

 

「・・・・」

 

「ただ逃げてるだけじゃないそんなの!カフカ()()()にとっての親代わりはおば様しかいないんですよ!資格がなくたって合わせる顔がなくたって、子供一人が意地を張って家を出てたって、面倒見てあげないと!ただ一人の家族なんでしょ!支えてあげなよ!」

 

「何さ、知ったように・・・・。」

 

「その通り私は何も知らない!でもアレンと二人で当てもなく彷徨ってる中でカフカちゃんに出会った!そしておば様と出会えた!だから愛情とか頼れる大人の心強さは誰よりも分かってる!」

 

「あの子は私なんか必要ない―――――――」

 

「いるかいらないかじゃない!いらないって拒否され続けても見守り続けてあげないと、ダメじゃないの・・・・?・・・・おば様本当はカフカちゃんと家族でありたいんでしょ?」

 

「そうだね、私はあの子が許すなら家族に・・・・戻りたい。」

 

「なら、・・・・なら勇気を出して、・・・・私は何も覚えていないけどきっと・・・・きっと戻れる、話し合って、本音ぶつけ合って、・・・・今思い出してもおば様とカフカちゃんはすれ違ってる。」

 

「・・・・・・・。」

 

「だから・・・・・だから・・・・・・・もっと堂々と生きてください、おば様は・・・・・・・・立派ですから。」

 

 

途方もない恩を受けた、私達と接している間はおば様はとっても楽しそうで嬉しそうだった。

でも決まってその温もりから外れるといつも悲しそうな顔をしていた。

私とアレンはそれに気付いていたけどどうする事も出来ない、でもどうにかしたかった、大切な人が苦しんでいるのは誰だって見ていられないもの。

 

 

「その通りだねリーリス、私は逃げて・・・逃げたかったんだね、・・・・・思えばあんたやアレンで自分の気持ちを誤魔化してたのかもね、・・・もし、良ければ、こんな老人でも良ければ。」

 

 

おば様が手を差し出してくる、握手を求めてきている。

純粋な瞳はその見ている先の光景を鮮明に映している、私を見ている、曇りなく。

その姿にちょっと涙ぐんでしまって、一呼吸置いた。

 

 

「こんな老人でも良ければ、今度は真っすぐに見るよ、あんた達の事も、カフカとの事も・・・・だから・・・・」

 

「どうであったって、おば様は・・・私の恩人で大切な人です、偉そうな言い方をしてごめんなさい。」

 

 

私は両手でおば様の手を包み込んだ

しわを多く刻まれた手には多くの歴史がある、力強く困難を超えて来た勇者の手だ。

強く強く、お互いを握りしめ、少しのすれ違いのあった関係に終止符を打った。

この営みが少しでもおば様とカフカちゃん・・・・さん、の為になればと祈りながら私は最後の通院を終えた。




「時代や環境のせい」は魔法の言葉だと思います。
それを否定して「自分の力量不足」「一人一人のせい」と言えるのはとても勇気がいる事だと思います。
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