戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
「現在我が軍は広範に渡って展開中です。北からはセルビア・ルーマニア合同軍は5個師団、アルバニア・モンテネグロからは共同派兵軍1個師団、展開が完了したギリシャ方面軍は3個師団が敵と睨み合っています」
「敵はドナウ川に沿った防衛網を構築しこちらを迎え撃つ構えです」
軍服を着た人間と政治家が一堂に会するのは昨今では珍しい。
部屋の中心には5m四方の巨大な地域地図が広げられており、その上に色のついた駒が配置され軍人たちが補助棒を使って遠くから器用に動かしている。
その様を鋭い眼光でウォーロックは見ていた。
「将軍、私は全軍に侵攻を命令したはずだ、この不埒国家を蹂躙し即刻の解体をせよと」
「確かに承っています閣下」
「では何故なのだね?ギリシャ方面軍は侵攻をせず、敵と睨みあいを続けていると君は言った。奴らは脱柵者で構成された軍隊なのか?戦争だと言うのに何故敵と戦おうとしない」
「私が思うに、30年近く戦争とは無縁でぬくぬくと銃後で弾丸を作る事に毒され続けた結果、戦争恐怖症になってしまったのではないでしょうか」
「よろしい、事が済めば向こうの責任者は銃殺、軍隊は再編だ、話はまだ続くが我々の軍数が少なすぎるように思えるが」
「仰る通りです閣下、軍隊とは常に補給に悩まされるものです。兵士には食料、睡眠、休息、娯楽を逐一、一人一人に提供しなければなりません」
「そんな事は知っている、それを踏まえて少ないと言っているのだ」
「・・・予備兵力と言いまして地図上の見かけでは少ないでしょうが彼ら1個師団の後方には2個師団が待機しているとお考え下さい」
「ではこの戦略地図にもそのように表記したまえ、おい駒を倍に増やせ」
「・・・・・・・・・」
首相の命令で緊張気味の若年士官が急ぎ足で地図に自軍の駒を配置する、先程と比べて3倍に増えている。
それを見て比較的端っこにいる将軍たちは渋い顔をする、ウォーロックの隣で解説を担当している哀れな将軍は必死に平静を装っていた。
「見ろ、圧倒的ではないか我が軍は。戦争とはスピードが命だと彼の天才軍師も言った」
誰だ・・・?と将軍の面々は思った。
「即断即決、止まる事も立派な戦術かもしれないが私はそうは思わない。即時全部隊に渡河命令を通達しろ、母なるドナウを超えソフィアを焼き尽くし慈悲なき蹂躙をすのだ」
「首相閣下、その決断は早計です」
「敵軍とは4倍5倍の数的有利がある筈だろう!城攻めでもないのだ、たかが川一つ越えて見せろ!」
「河川の存在は戦闘だけの問題ではないのです、渡河後の補給体制構築の準備、切断されるであろうインフラ設備の再構築など問題が多く、悪環境の中で反撃を受け大損害を被る可能性もあります」
「だから数的優勢を確保すれば問題ないと言っているだろ!いつの時代も数こそが正義だ!今更御託を並べるな!」
「・・・・・」
「「「・・・・・」」」
「総攻撃を命令だ、逆らう者は軍法会議だ」
「りょ・・・・了解です、首相閣下・・・全軍に通達・・・します」
滲み出た汗を袖で拭った将軍は部屋を退出した。
残された将軍たちは口利きを間違えると最悪銃殺に処される相手と高度な会話をする事を強制された。
一方部屋を退出した将軍は立ち眩みを起こし部下に肩を借りていた。
「う、・・・すまない」
「しょ、将軍、攻撃命令は・・・・」
「我々はあくまで・・・国家の下にある一集団に過ぎない、やれと言われたらやるのが・・・それが使命だ」
「しかし万が一・・・いえ、敵に我々の脆弱さを看破されれば間違いなく敗北を喫します。敵国の軍は特別、我々と比べて劣っている訳ではないのです」
「閣下は『ソフィア焼き尽くし慈悲なき蹂躙をせよ』と仰った・・・・つまり手段や方法はこの際少し度を過ぎても問題はない」
「と、言いますと?」
「BC兵器の投入を許可する、航空機散布も許可する」
「しかしそれでは陸戦条約に・・・・!」
「敵は国家ではなく一反乱軍ならば・・・・問題の度合いも比較的軽傷だろう、これは大国間戦争ではないのだ。それに元より徹底的に破壊する者達を少し早めに処断するだけの事だ」
「な、成程・・・・」
「航空隊も全力出撃で侵攻軍の渡河戦闘を援護し占領地域防衛を支援するのだ・・・・・・失敗は許されないぞ」
「了解であります!各軍に打電をすると共に化学工場からの手配も早急に!」
「頼んだぞ」
ブルガリアから見た北部戦線にはドナウ川と言う天然の要害があるものの、過去のバルカン戦争で渡河を許した苦い敗北を経験しており十分に兵力を配置していた。
バルカン連邦政府側の5個師団に対しブルガリアの防衛戦力は4個師団、攻撃側が多少の数的有利を確保しているとはいえ近代戦争において『待ち側』の力は絶大な物だと言う事を加味すれば難しい戦いであった。
高度に塹壕化された防衛陣地と河の脅威、準備不足のまま出撃させられた動揺はバルカン連邦軍にとって大きな足枷となった。
だが特別不利とも言い難かった。
バルカン連邦とブルガリア地方政府で比べれば所持している航空戦力は圧倒的に連邦側に軍配が上がり、さらに外道戦術の使用も解禁されているため敗北を約束される程の具合とも言えなかった。
つまりはこのドナウ川渡河攻勢は両者ともに軍配が上がる可能性があったと言う事だ。
「ピー!ピー!!」
「「「「うぉおおおお!!」」」」
塹壕笛の高音が川辺に響き渡り一斉に銃を持った集団が走り始める。
付近には事前砲撃で形成された巨大な砲撃跡があり、戦争に緊張する兵士の足を掬った。
何とか準備した小舟を数人がかりで持って、走って川に浮かべ急いでそれに乗船する兵士。
その光景を対岸で見ていたブルガリア国境警備隊は戦々恐々としながら迎え撃った
「く、クソなんて数だ!」
「敵は動員に手間取って一週間は余裕があるって言ってたじゃねえか!」
「来ちまったもんはしょうがねえだろ!手を動かせ!」
「ボボボボボボ!!」
半世紀前にこの地にもたらされたマキシム機関銃は未だ現役に足る弾幕を川に浮かぶ人間に浴びせる。
早急な渡河だったため渡し船はどれも持ち運びが容易い木造船しかなく、運よく弾幕を回避しても船に穴が開き浸水し溺死する兵士もいた。
渡河の初陣を務めたバルカン連邦軍部隊は血祭りにあげられた。
「うわぁああああ!!??」
「死にたくない死にたくねえよ!」
「帰りたい、こんな所来るんじゃなかった!」
「手を止めるな!対岸に辿り着き機関銃陣地を潰さないと永遠に撃たれ続け――――――――――ぐぁっ」
「小隊長が死んだ!?」
「もうダメだぁああ!!!」
透き通る奇麗な水面は瞬く間に血の海に代わり、こと切れた人間の死体がプカプカと浮かんでいる。
機関銃手がそれをまだ生きている人間と勘違いして発砲してさらに水面が赤く染まり肉片が弾ける。
だが生きている人間と死んでいる人間がごった返しになったおかげで弾幕に晒される渡河部隊は減った。
「よ、よし対岸に辿り着いた!」
「よくも仲間を!」
「バン!ババン!」
事前砲撃により陣地を幾つか喪失し、前線兵力が少ない状態で防衛戦を強いられたブルガリア軍はやがて数の差に押され橋頭保の確保を許した。
ブルガリア軍後方陣地も敵航空隊による爆撃で指揮系統が錯綜し早急な援軍派遣に失敗したのである。
そしてこの8月1日に始まったドナウ川渡河攻勢は凡その戦略目標は達成された、多くの屍を代償にして。
「入念な準備砲撃と司令基地の爆撃により前線への増援派兵が間に合わず少なくとも11か所の地点で渡河を許しました、元々ある鉄橋などの爆破には成功し現在北方に通じる橋は存在していません」
「しかし攻勢と同時に後方爆撃とは器用な真似をしている、こちら側の情報が筒抜けである可能性を加味し司令部の移動と暗号の再設定をした方がよろしいのでは?」
「賛成ですな、敵軍は渡河後は橋頭保の確保に専念している様に見えますがやはり補給不足を嫌い進軍を躊躇っているのでしょうか」
「予想外の早期攻勢で防衛戦線が瓦解しかけましたが数日の足止めはありがたい、ここは現在の領域の防衛に専念し兵力を増強し敵を一斉に叩くのが得策でしょう」
「しかし敵に時間を与えればそれだけ強大に膨れ上がりますぞ」
「敵の橋頭保の確保領域は小さい、敵の増強完了と渡河後の息切れの間隙を突ければ領土奪還も容易となりましょう」
「そうタイミングよく動ければいいのですが・・・・国内の動員体制はどのように?」
「志願兵募集を開始して3日になりますが・・・・もう5万人程の志願者が事務所に殺到している模様です、2割ほどは『兵士』と見られます」
「ほほぅ、良いではないですか」
「停止していた軍需工場の稼働も開始し弾薬装備類の生産も始まっています、終戦時に解体された兵隊から回収した装備が全て連邦側に渡っているのは痛手です・・・」
「不良在庫だと思って引き取りを拒否するべきではなかったな・・・・・」
「し、失礼します!」
「君、今は会議中だぞ、嫌な戦果報告は聞きたくない・・・」
「例え敗戦報告でも聞いてください!!それはそれとして敵軍の暗号解読に成功しました!」
「なんと!」
ヘッドホンを付けたままの通信士が、紙束を片手に息切れしながら将軍たちの会議場に乱入して来た。
通信士の持っていた紙は文字が音符や楽譜の様に並んでおり素人目にはさっぱり分からなかったが、下にあった紙にはちゃんとした言葉が書いてあった。
「『我、渡河作戦成功スルモ被害甚大、コレ以上ノ進軍不可能』と通信をしていますがこちらがその返しです!」
「『作戦日程ニ変更ナシ、一日ノ休息ノノチニ進軍ヲ再開セヨ、通信終了』・・・・・わざと解読させた罠暗号ではないか?」
「被害甚大のまま攻撃を続行・・・渡河部隊はライフルを持った軽歩兵に限られている・・・・一日で大型兵器は搬入できたとしても少数に限られる・・・・」
「敵の装備はよくて機関銃程度・・・・・・・火力不足だな」
「ええ・・・・しかし幾ら軽歩兵とはいえこちらも手負い、戦闘に発展すればお互いが大損害を被るでしょう、そして同数の損失では国力が乏しい我々の敗北と同然・・・」
暗号解読班によりもたらされたこの情報はブルガリア軍参謀本部を大いに困らせた。
迎え撃つか、さらなる後退の許容か、欺瞞と断定し予定通りの計画で進めるか・・・・
会議は真夜中にまで延長しついには夜明けまで続いた、そして彼らの決断は・・・・・。
「戦略的撤退により敵の疲弊を誘発し攻勢限界点に達した瞬間に反転攻勢をし、敵を粉砕する!」
8月3日、渡河に成功したバルカン連邦軍は1日の休息を挟んだ後に再侵攻を開始した。
1日の休息を置いたとはいえ敵砲兵からの散発的な砲撃により常に死の恐怖に晒された兵士たちの士気はかなり低かった。
航空優勢の確保が約束されているとはいえ、2、3発発射してすぐに退散する砲兵をピンポイントで破壊する程に航空技術は発達していなかった。
バルカン連邦軍は戦場の女神である砲兵の随伴を待たずして深々と敵の懐に侵入していく・・・そこが絶好のキルゾーンであると知らずに。
毒ガスを空中散布すると風で何処か行くらしいので
司令官ニキネキは大人しく砲弾に詰めて使いましょう(戒め)