戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話   作:エルカス

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56備えあれば患いなし

親展/部外秘/陸軍大臣殿へ

 

題名:ドナウ川渡河攻勢の戦果報告

 

日時:1952年8月

 

目録

1.8月1日の戦況推移

2.友軍の損害

3.敵軍の損害

4.今後の展望

 

 

1.8月1日の戦況推移

全面的な準備不足により軍事行動の効果が予想されていた数値よりいずれも下回っている可能性を念頭に置く必要がある。

砲兵隊による準備砲撃により敵軍の防衛陣地の破壊に成功し、一定の効果を与えていた事が跡地の検証により確認されている。

航空隊による敵後方陣地の襲撃の効果は断定は出来ないものの、実行直後に敵の暗号通信が活発になった事から多少の動揺は見て取れる。

以上の渡河助功を以て渡河隊の進撃は開始したものの、練度不足や急造品の渡し船問題や作戦不周知による現場の混乱などにより残存していた敵防衛陣地から手痛い被害を受けている。

特に各所で最先鋒を務めていた部隊は平均で3割近くが戦死しており残る部隊の内、さらに7割程が傷病で前線離脱を余儀なくされている。

しかしそんな先鋒隊の挺身により渡河成功部隊が現れ敵の脆弱な防御陣地を側面から破壊し後退させることに成功している。

 

2.友軍の損害

渡河に参加した2万4000名の内、死者3716名、負傷者2000名前後、行方不明者500名前後。

行方不明者には脱走したと見られる者や死体欠損が激しく個人判別不能の者も含む。

死者・負傷者はいずれも機関銃陣地による攻撃による、渡河後の散発的戦闘での死者は数十名。

 

3.敵軍の損害

防衛に参加したとみられる約1万名の内、死者1021人、負傷者1000名前後。

残存兵力は撤退に成功。

敵の死傷者の半数は事前の準備砲撃によるものであると思われる。

 

4.今後の展望

今作戦は我々の戦略的勝利、戦術的辛勝と評価する。

橋頭保の確保には成功したものの大型兵器の移動には今しばらくの時間がかかり渡河部隊は敵の砲兵からの一方的な攻撃が予想される。

渡河した部隊の兵員欠如も激しく完全な充足までは3日から4日の時間が必要であると推測する。

少数の部隊を先行させ敵の戦力配置などの把握に努め、今後の攻勢作戦に発展させていくことを推奨する。

 

 

 

「前進だ」

 

「は?」

 

「だから前進と言っている、敵は我々の攻撃で半壊している、早急な追撃戦を行えば総崩れとなり有象無象の銃を持った犯罪者集団に離散したも同然だ」

 

「しかし閣下、渡河に際し部隊の多くが疲弊し充足率も・・・」

 

「承知の上だと言っている、敵も同じく損害を被っている、そして我々も同じく、ならば差し引きで不利も有利もない」

 

「か、閣下それは大きな間違いです、敵には万全の補給体制と早急に供給できる予備兵力が存在します。開いた穴は張り巡らされた鉄道の網によってすぐに塞がれます。」

 

「補給を担っている鉄道などは航空隊の爆撃により破壊すれば良い。寧ろ航空優勢を確保しているのだから敵の方が満身創痍に他ならない、対空砲を増強する前に叩くのは得策だ、一体何が不満なのだね君は」

 

「対岸への砲兵の輸送や我々の補給の確保です、航空隊もここ二日の連続出撃により疲弊しています、貴重なパイロットを失うのは大損失ですよ!」

 

「たかが二日だろう、三日四日何ともない、それに飛行機とは座ってハンドルを握っているだけだろう?歩兵が動けるのに彼らが動けない道理はない、石油は十分にある」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・わざわざ私に言わせたいか?」

 

「い、いえ・・・・・」

 

「ならばさっさと進軍の打電をしてこいこの無能軍人め!士官学校で習ったのは保身のやり方と負け方だけか!この敗北主義者め!」

 

 

怒号と物をぶつけられた将軍は尻尾を撒いて部屋から逃げ出す。

付近でそれを見守っていた閣僚や軍人は事あるごとに恐怖とか驚きでぶるっと震え上がっており、この後の攻勢計画を説明させられる羽目になった軍人はより酷く罵倒された。

さて部屋を逃げ出した将軍は人生で最も深いため息をついて部下と対面した。

 

 

「将軍?その・・・・戦略会議は如何でしたか?主席宰相殿は喜んでおられ――――――」

 

「喜んでいた筈がないだろ!この意気消沈した顔を見て察する事は出来んのかこの愚鈍野郎!だから結婚相手に逃げられるのだ情けない!」

 

「うぇ、あ・・・申し訳ありません・・・・」

 

「はぁ・・・・進軍せよとのご勅諭だ、軍は彼には逆らえんよ」

 

「こんな横暴を許していいのですか!一国のトップとは言えど限度と言うものが・・・・」

 

「馬鹿者声が大きいっ・・・・!いいか、昨今の世界で軍部独裁など前時代的なのだ、政権を握っても民意が我々の身を亡ぼす、必ず誰かの下にある組織でないと我々は存続できないのだ!そして我々は首相をそれに選んでしまった・・・!畜生がぁ!」

 

「し、しかしまぁ・・・多少の問題はありますが戦争には勝てるでしょうしそこまで言わずとも・・・」

 

「我々に求められるのは迅速かつ被害の少ない勝利だ!首相は被害を度外視にした迅速さをご所望だ、あり得ない速さをな、結局は損害も増え手を拱いて時間を浪費する、分かるか?失敗した分だけ奴の支持母体の民衆が手のひらを返すのだ、分かるか!」

 

 

二度の同意を求めて部下に叫ぶ将軍、言いたい事を言い終わるとぐったり壁に背を向けて座り込む。

打電準備をして待機していた部下はどうしたものかと硬直する。

数分の後に将軍が再起動をし命令を下す。

 

 

「渡河部隊は夜明けを以て進軍を再開、近隣の村などを占領し前進する事」

 

「無茶ですよ・・・・」

 

「ごたごた言わずに言った通りに打電しろ」

 

「了解です・・・・」

 

「航空隊も疲弊を承知で前進する部隊の支援の為に継続的な出撃を要請する。渡河地域の工兵部隊にも浮き橋の敷設を急がせろ、対岸に移送された砲兵隊は逐次前進し歩兵隊の支援にあたらせる」

 

 

もう物言う事を諦めた部下は大人しく黙って打電する。

モールスの放つ打音が将軍の面持ちを歪ませ場の雰囲気を最悪にする。

命令系統の混乱と勘違いし随所から返しの打電を送られ若干の遅れがあったものの命令は各所に届けられ進撃は再開した。

 

 

8月3日、ドナウ川を渡河したバルカン連邦軍は南下を開始し近隣の集落を占領した。

敵兵力との衝突は殆どなく二日で20kmの進軍を果たしそれを聞いたウォーロック首相は大喜びだったという。

占領された村々からは金品が略奪され酷使されていた兵隊達の不満のはけ口となった。

 

そして8月5日、ついに攻勢限界に達したバルカン連邦軍は進撃を停止し・・・・・・増強されたブルガリア軍に急襲された。

 

 

 

「第三連隊からの通信が途絶!何度呼びかけても応答しません!」

 

「後詰の部隊はどうなっている!前線は敵の猛攻撃に晒されて今すぐに援軍が必要だと言うのに!」

 

「バン!バン!」

 

「ババババ!」

 

「クソ!こっちが1発撃つ間に100発のお返しが来る!」

 

「ゴゴ」

 

「一体どうすればいいんですか隊長!」

 

「ゴゴゴ」

 

「死守だ死守!後方からは続々と増援が来ている筈だ!ここの陣地を防衛し・・・・何ださっきからこの音は!」

 

「ゴゴゴゴ!!!」

 

「きっと航空隊ですよ!援護に来てくれ――――――――――」

 

「ゴゴ、カッ」

 

「あ、・・・・あれ、何だこのバケツぅ・・・」

 

「ぎゃぁあああ!?戦車だぁあああ!逃げ―――――――」

 

「「「ババババ」」」

 

 

簡略的な塹壕の中で慌ただしくやり取りをしていた兵士は鼠色をした鉄の箱に撃ち殺された。

それは戦車と呼ばれ、一般的な小銃の攻撃を防ぐ鉄の箱として知られていたが人間同士の戦争が全く行われなくなった30年間で忘れ去られていた兵器の一つだった。

 

 

「っははははっは!!わざわざ見世物小屋から借りて来た甲斐があったなぁ!クソッタレの猛獣相手は出来なくてもチンケな人間相手ならどうって事ない――」

 

「ボン!」

 

「うぉ!?歩兵援護もっとしっかりしろ!装甲車は随伴走行が基本だ!横に潜り込まれて中に手榴弾を放り込ませるな!敵は無理な進撃で重火器を持っていないからな!」

 

「ゴゴゴ、スコン・・・ゴォ・・・」

 

「ど、どうした何故停止する!って熱っつ!?」

 

「車長!エンジントラブルです!もう動かせません!」

 

「馬鹿野郎!動け、動けってんだよこのポンコツ!」

 

「ゴゴ」

 

「あ、動いた、動いたぞ!」

 

「いいえ車長動いてません!エンジンは動いてません!」

 

「なら何が動かしてるんだ!」

 

 

さながらサウナ状態の戦車室内から再び車長は顔を出す。

前を見れば夥しい数の敵がこちらに銃を構えているのが見えたためさっさと顔を引っ込めた。

次に別のハッチから後ろを覗いた、そしてそこには5人ぐらいの一般市民が袖をまぐりあげて戦車を押している姿があった。

 

 

「何をしているのだ貴様らぁ!?村民はさっさと避難しろと言った筈だぞ!」

 

「うるせぇよお偉いさん!あいつら人の村焼き払いやがって許さねえ!俺達も一緒に戦うぜ!」

 

「馬鹿者!貴様ら名前こそ『兵士』だが戦場ではきちんとした服装を着なければ条約違反になり最悪死ぬぞ!」

 

「じゃあ人の村焼き払うのは戦争ルール的には大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫な訳ないだろう!ええいもう今から戻れといっても仕方ない!諸君前進だ!侵略者を我らの故郷から一掃せよ!あと負傷兵でいいからこの筋肉村民共に服を渡せ!」

 

「「「おぉお!!」」」

 

「ピー!ピー!」

 

 

塹壕笛が響き渡り続々と攻撃に参加する兵士が増える。

突撃する兵士を機関銃主が支援し、敵の遥か後方に砲撃が叩き込まれる。

多少の敵航空支援に邪魔されながらもブルガリア軍の優勢は覆らず敵は敗走を始めた。

 

 

「敵が撤退していくぞ!我々の勝利だ!」

 

「「「「うぉおおおお!!!」」」」

 

「ははは!やったぜ!ははは、はがっ!?」

 

「いぇーい!はは!ん?どうしたんだ、喜びすぎて心臓が止まっ・・う゛ぅ!?」

 

「な、何だ・・・・何で急に倒れるんだお前ら・・・・」

 

「が、ガスだ!毒ガスだ!」

 

「うわぁあ!?気付かなかった!?」

 

「逃げろ逃げろ!」

 

「何で毒ガスなんか!」

 

「う゛・・・だづげ・・・・で・・・・」

 

 

しかし完全勝利とはいかず、ついにバルカン連邦による毒ガスの空中散布が開始された。

制空権を喪失している上に人間同士の戦争をあまり想定していないが故の対空砲不足も響き、空中で呑気に飛ぶ散布機が撃ち落とされる事はなかった。

毒ガスに対する知識の浅さで必要以上の恐怖が伝播し、勝ったはずなのにブルガリア軍も一部地域で敗走をする事になった。

 

 

 

「前線で毒ガスが使用された?」

 

「はい、各所により皮膚浸透性の強い物や軽い催涙ガスなど多岐に渡りますが毒ガスが使用されたと見ていいでしょう」

 

「化学戦の用意などしていないぞ、バルカン連邦は我々の故郷をあの汚い空気で永久に汚すつもりなのか!」

 

「再征服戦争を挑んで征服地を不毛の大地にするなど愚かにも程があるぞ!」

 

「政治的パフォーマンスではないのですか?」

 

「我々が世界に被害者面をして同情を勝ち取れる口実作りを与えてくれる政治的パフォーマンスとはこれ如何に」

 

「前線の兵士の様子はどうなっているのだ?」

 

「毒性の強いガスが使用された地域では統制が崩壊し敗走している部隊も見受けられます。が、全体の1割にも満たない少数ですので反転攻勢全体への影響はそこまでは、しかしこれは士気に関わります」

 

「いざ毒ガスが使用された際に全く防護手段を持っていないとなると不安が増長しますでしょうし対策を講じる必要が・・・・」

 

「軍隊の要求を満たす数在庫など当然ありませんしガスマスクなどの生産を大々的にする施設はありません、諸々の準備も含めて少なくとも前線への完全配備は3~4週間の時間を要するでしょう」

 

「その間に進軍を停止するなどはあり得ない、敵からの鹵獲は現実的ではないが何もやらないよりはマシだろう、敵から鹵獲した装備の中でガスマスクは?」

 

「前線に確認を取りしましたが・・・・一つも発見できなかったと」

 

「なんだと!?」

 

「そんなまさかな」

 

「化学戦を仕掛けてきて何故その準備が出来ていないのだ・・・・」

 

 

ブルガリア参謀本部に動揺が広がる、毒ガスを使用すると言うのに防護用のガスマスクを所持していないのは例えるなら遠出をするのに財布を持たない程に無謀で意味の分からない行動であるからだ。

少し混乱した現場に続々と報告が上がる、散布された毒ガスは滞留性があるか、負傷した兵士の専門的な治療の為の人員確保などと一緒に興味深い知らせもあった。

 

 

「恐らく風に乗った毒ガスが撤退する敵部隊に流入し不自然な大量死を招いたと思いますがとても正気とは思えません・・・」

 

「これは・・・・あれではないか、我々が毒ガスを使用した事にして・・・と言う方便を使うための政治的パフォーマンスではないのか?」

 

「自軍の兵士を殺してそんな愚行を犯すとは思えません、それに従軍記者がはっきりと連邦側の航空機から散布した場面を撮影しています」

 

「思うにこれは細かな軍事的、政治的意図があったのではなく敵側の揃わなかった足並みが起こしたミスではないのでしょうか?」

 

「考えられはする、敵方の進軍スピードは異常すぎる、これが現代の戦争だと言われればそれまでだが・・・・30年で戦争はここまで変わる物なのか?」

 

「いいえ、戦争は発明の母と言いますがそれは同じ知能を持った生物同士の知恵比べでしか適用されません、多少の技術進歩も見受けられますが基本原理は今も30年前も変わらない筈です」

 

「敵の渡河攻勢も20世紀初頭の物量に物を言わせた一斉突撃でしたし、条約違反の野蛮行為は政治家先生たちに任せるとして我々は戦闘での勝利について議論を重ねなければなりませんな?」

 

「賛成です」

 

「北方戦線は注視すべき主戦場ですが南方戦線や西方戦線はどのような具合なのですか?」

 

「南方戦線としては特別大きな軍事衝突の報告は上がっていません、依然としてギリシャ地方政府軍は3個師団を国境に配置していますが侵攻する動きはありません、そして増強される動きも」

 

「妙ですね、こちらの戦力不足で配置出来たのは2個師団だけというのに攻めてこないと?」

 

「向こう側は第二次バルカン戦争で我々から請求している領土の全ての回収に成功したのもありますので戦争に対してあまり意欲がないのでしょうか」

 

「メガリイデアでしたか?」

 

「親切な第三者が提供してきた情報では寧ろアナトリア半島の飛び地やイズミル地方に軍を割いているようです、何でも小アジアの元病人との睨み合いが激しくなっているとか」

 

「あそこは戦時中から日常的に衝突してましたから・・・・ああ、納得です」

 

「南方戦線は少なくとも今後2カ月は動きなしと断定できます、以上です」

 

「西方戦線ですが領土の失陥はあるものの計画されていた遅滞戦闘通りに進展しています、ですがやはり北方と同じく無停止攻勢により少なからず損害が日々発生しています」

 

「では南方戦力の増強に充てる予定であった2個師団を北方と西方で二等分としましょう、北方は反転攻勢前に増強された2個師団と南方からの1個師団で総勢7個師団」

 

「西方は本日中に到着する1師団と新たに割り当てられた1師団で合計3師団」

 

「そして後方予備の1個師団を含めてわが軍は総勢で14個師団の約40万人、この調子ですと来週か再来週には先月の二倍近く軍隊が増強されたことになりますな」

 

「戦況は未だにこちらが劣勢だが少しずつ膠着に持ち込めている、各員の一層の奮励努力を期待する、さてでは北方戦線の今後について議論を深めていこうではないか諸君」

 

「今日も夜通し語り倒しますか」

 

「休暇は当分取れそうにありませんな」

 

 

ただでさえ老いた顔をした将軍たちが苦笑交じりに笑い飛ばし寝不足と過労でさらに老けていく。

このままでは1ヵ月もしない内にヨボヨボのおじいさんになって墓に入る事になりそうに見える。

戦争が始まってからまだ一週間もないというのに当事者たちにとっては1か月、1年にも感じるような濃い時間であった。

 

 

 

『ドナウ川攻防戦』

 

交戦戦力:バルカン連邦軍―セルビア地方政府軍、ルーマニア地方政府軍

     ブルガリア国軍、一部民兵

 

日時:8月5日~9月6日

 

兵力:バルカン連邦 5個師団12万人(後に15個師団40万人まで増強)

          火砲200~3000門 航空機200~500機

  :ブルガリア国 7個師団20万人(後に10個師団25万人まで増強)

          火砲900門 航空機100機

 

損害:バルカン連邦 死傷者8~12万人 行方不明者~5万人 火砲300門

          航空機63~100機 捕虜~3000人 

   ブルガリア国 死傷者4~6万人 行方不明者~1万人

          航空機12~20機 

 

結果:ブルガリア軍の辛勝、バルカン連邦軍の橋頭保維持成功

 

次:『希土戦争(1952)』『大カフカース戦争』『徴用暴動』

 

 




作者はwikiで戦場巡りをするのが大好きです。
でもページによっては適当に書かれている事が往々にあるので鵜呑みにするのは・・・やめようね!
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