戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
夏の暑い日差し、まあまだ暑かったのは私が生まれる前の話だけど、太陽が眩しい今日も泥に汚れながらも畑を必死に耕す人の姿を見る。
かくいう私もその一人なのだが、まだ子供だからと年長者の余裕というか、気遣いで木陰で休息を貰っている。
ローンおじさんから手渡された染みが気になる書類にもう一度見る。
「これ絶対に人手足りないよ・・・」
先週ぐらいに管理人が『国からのノルマ』とか言って雑に手渡してきた、各作物の最低納品量とか余剰分の扱いとかが書かれている。
分かりやすく要約すると、普通の人1000人用意してやる仕事をお前たちは100人でやれと言われているような内容だった。
そりゃあ私達兵士は人の何倍も肉体労働は出来るけど畑仕事に関してはせいぜい1人で4~6人分の働きしか出来ない、農機とか馬鹿みたいにお金のかかる機械に投資してたら無理じゃないけど・・・
「今のままじゃ絶対に無理だよなぁ・・・どしよ・・・」
昨日これを非常に申し訳なさそうに手渡して来たローンおじさんの事を思い出す。
一縷の望みをかけて私に可能かどうか聞いてきた時の苦痛に満ちた顔は今後見たくない。
「な~に悩んでるの?」
「差別と偏見についてです」
「今に始まった事じゃないね、いつだって私達は無理強いをさせられて来たんだから今回も乗り超えるしかないよ」
「じゃあアリンシャスお姉さん今日から20時間労働してください、睡眠時間は2時間で」
「えぇ・・・・」
「人が・・・人が足りないんです!一方的に突きつけられた来た納品量を達成するには一人が二人分の働きをするしかありません・・・・!」
「な、何とかならない?ほらカフカちゃんって農業の専門家で凄い~って食事の席で聞いたよ?」
「たかが15歳の小娘の知識なんて知れてますよ、分からない人には凄いように見えるかもしれませんけど」
「何でも撒いて生えなかった種がカフカちゃんの手にかかれば発芽率100%だって」
「ああ、・・・・全部の種を一か所に巻いた阿呆がいましたね、『100個も投下すれば巨大な野菜の木が生えて無敵だぜ~』って・・・」
「え?あはは・・・何それ可笑しい」
「可笑しいでしょう?はは」
私の乾いた笑いとは裏腹にアリンシャスお姉さんは結構、真面目に面白かったようで腹を抱えて笑っていた。
それに釣られたせいか私の笑いにも少しのみずみずしさが加わったような気がした。
ああ、せめて肥料を用意してくれたら1日16時間労働ぐらいでノルマ達成できるのに・・・何もかもがない。
『オラ!オラ!』
『バキィ!』
『あちゃあ・・・斧折れちまったぜ』
『ほら代えの取っ手だ』
木を切り倒す斧とかも貰えないので仲間内で個人的に持っている人のを皆で使いまわしているのが現状だ。
測量で違う居住地に行った時、まあ邪魔でご立派な大木を片手斧で切り倒そうと四苦八苦している人達の涙ぐましい努力を思い出す。
最終的には5人ぐらいの人が同時にドロップキックを大木に食らわせて無理やりへし折っていたが。
ちなみに斧は金属疲労とかよく分からない現象が起こって粉々に砕け散っていた、金属過労と言うべきでは?
「まあ人さえいれば実現可能なら救いはあると思います、農具も木製で自作出来ますし・・・まあ木製でも心許ないですけど」
「・・・・・国の方はさ、私達個々人の戸籍とか把握してないからさ、勝手に居住地解体して一つの居住地の人数水増しするってどう?」
「居住地の数自体は把握してますからバレますよ」
「そうだけど誰が元々いた人とか水増しで入った人とか分からないじゃない?だったら・・・・ね?」
「悪い顔してるよアリンシャスお姉さん」
確かに勝手に人口再編しても一人一人の素性を把握してなかったら誰が勝手に動いたとか分からないから追及のしようがない。
当然の事ながらそんな挑戦的な事をしたら理不尽・・・若干正当性のある処罰を受けるかもしれないけど、ノルマ未達成で理不尽な暴力を受けるよりかはマシだ。
理由のない暴力より理由のある暴力に襲われたい。
「でもそれグッドアイデアだよ、早速ローンおじさんと相談して来るね!」
「え、本当?冗談半分だったんだけど・・・・」
「正攻法でどうにもならなかったら裏技です!」
山の斜面を翔け上がって私はアリンシャスお姉さんの妙案をローンおじさんに提案した。
話の途中からおじさんは難しく唸って考え込んだ、そして話し終わってからもしばらく悩んでいる。
やっぱり政治とか・・・・世の人の常識的に悪辣すぎるのか・・・良い方策だと思ったのだけど。
「やっぱり駄目ですか?」
「ダメと言う程ではない・・・その事に関してはかなり最初の段階から提案されて悩んでいたんだ」
「提案されてたんですか、知りませんでした」
「他のアルデアル居住区の人達と相談してね、でもやっぱり国を怒らせる可能性があるのは避けたいんだ、皆の身の安全を確証できる方法を見つけようって事になって」
「・・・・・見つかりましたか?」
おじさんは目を伏せたまま首を横に振った、意地の悪い質問をしてしまった。
机に両肘をついて考え込むローンおじさんは凄く重い物を背負っている様に見えた。
「居住区の再編は別件で打診したんだ、毒ガス地帯で狩猟とか農業が困難な人達がいたから別の場所に移るないしは他の場所に割り振って欲しいと、だけど帰って来たのは罵詈雑言だけだったよ」
「私達は!・・・・・いえ、私は、・・・危険なんてばっち来いです、もし私達の安全とかで悩んでるなら・・・気にしないでください!私は・・・私は大丈夫ですから!」
苦労とか理不尽に打ちひしがれて摩耗していくローンおじさん、それはまるで心に対する凌遅刑だ。
見る人にとっても、打ちひしがれる人にとっても。だからとっても怒りが湧いてきた。
「やりましょうおじさん!いつまでも頭を下げて言いなりになっちゃいけません!時として断固な態度を取らなければ私達は奴隷未満の家畜です!」
「・・・・でも」
「皆の事が心配なら皆の意見を聞きましょう!一番地の皆の意見を、そしてアルデアルにある居住区に住まう全ての人に意見を聞きます!多数決です!」
その場でおじさんを説得する事は出来なかった。
だけどその後に私はアリンシャスお姉ちゃんと一緒に一番地の皆にこの意見を流布した。
色々な機会を通じて他の居住区の人達に伝わって行って一週間後に話し合いの為に各地の代表者が集まる事になった。
住む場所を追われたけど私達は陽の下で生きることを諦めた訳ではない。
一時の後退は大きな前進の為の小さな前触れでしかないと信じてるから。
この場所に掃き捨てられた人々はここで惨めな一生を終えるつもりは毛頭ないと思ったから。
生きる権利は乞わない、ただ勝ち取るだけだから。
これが最初の勝負だ。
「153番地としては居住区の再編には大いに賛成だ、うちは馬鹿な管理人が適当に住む人間を選別したせいで子供ばっかりで人のバランスが悪い」
「5番地としては反対だ、提示されたノルマ達成の目途が立ったというのに危険な賭けに巻き込まないで頂きたい」
「働き盛りの労働者ばかりの5番地殿は言う事が違うな!210番地は脱走者・・・まあ居住地を捨てて逃げた奴らが大勢でコミュニティの維持すら危うい、再編案には大いに賛成だ」
「49番地としてはどちらでも構わないと相談が付いています、しかし他の居住区の皆さんは集団での意見統一が非常に難しいと思われますが・・・・この場に集まる一部の者で全てを決めてもいいのですか?」
「そこで私達1番地・・・いえ、居住地再編を推し進めるこのアルデアルの住人の一人として強く、投票による決定を推薦します」
49番地の代表からの熱い視線に応えて私は机を叩きこの議場に躍り出る。
大丈夫だ緊張するな、知識はないけど皆で頑張って考えた案だ、必ず通すぞ。
テーブルを囲む代表たちの間からガッツポーズをして応援してくれているカフカちゃんが見える。
そして上座のパーペン議長は相変わらず考え込んで動く素振りを見せていない。
「投票?・・・その言い草だとここにいる奴らだけじゃ済みそうにないな」
「良いじゃないか!アルデアル全体の問題なんだから全員で行く末を決めるのは自然で良い事だ!」
「知恵者のみでの決定が最良と考えます、有象無象の意見の混入は避けるべきかと」
「投票者は満11歳以上、このアルデアル居住区に住まう全ての住人です、一人一票です!」
「投票用紙はどうするのかね?今この議場へ参加している居住区だけで389個――――」
「現在は412です」
「―――ごほん、412個、一集落で500人平均の住人、脱走者を加味して概算で見積もっても2万人という大量の人間の意思を一介に集めて集計するのは古代時代の暮らしを強いられた我々には困難極まりない」
「用紙による集計は行いません」
「ほう、ではどのように?集落ごとに二進数的な処理をすればこの議場だけで決めてしまった方が合理的ですぞ?」
「各集落における代表者、皆々様方の音頭により各集落の意見数を把握し私達の今このいる場に持ち寄ってください!」
「馬鹿な事を、それでは不正し放題ではないか!」
「全体の意見を反映する事自体は悪い事だと思わないけど少し理想論が過ぎるのでは?」
想定通りの非難轟々だけれど覚悟していても言われる立場にあると震える。
落ち着け、一呼吸を置け。
「皆さんお静かに、まだ何か言いたげの様子です」
「・・・・!」
場の空気が一向に収まらないので切り出すタイミングを見失いかけている所で沈黙を貫いていたパーペン議長が一喝入れた。
どちらかと言うと反対する立場にあると思っていたので意外だった、私達の為にステージを整えてくれたのだとすると・・・感謝しなければいけない。
それ以前にもこの人に私達は沢山の恩義がある。
「理想論と言われましたが、ええその通りです。私はそのような提案だと理解した上で発言させて頂きました」
「だとしたら何故?」
「私達は他人にとって当然の事ですら夢の様に遠く、現実からは遠くにありました、いつだってそうでした」
静まりかえる議場、よし、多分急に何言ってるんだって思われてるかもしれないけど場の空気を握る事は出来た。
これは提案なんかじゃない、演説だ。私達の意思と理念を多くの人に理解して貰うチャンスだ。
不意には、出来ない。
「多くの人が故郷を母国を奪われました、異国の地にて排斥を受け、暗い影にひっそりとした暮らしを見つけても今度は戦争に駆り出された人も多いでしょう。
そして戦争が終わって安寧が待つかと思われた矢先に私達は・・・・・やっと見つけた住む場所すらも奪われました。
慣れ親しんだ言葉を堂々と喋る事すら憚られました、戦争語と蔑まれて。
血の滲む努力で手に入れた地位とお金も没収されました、当然の対価と言われ。
苦難の果てに流れ着いた地で惨めな様な暮らしを強いられています、お似合いな様だと。
求めても手に入らず、望んでも叶わず、掴んでも抜け落ちていく。奪い取られる。
正直諦めを覚えている人も多いでしょう、私もここに来るまではそう思っていました、人生の終着点、墓場をここに決めました。
しかしどうでしょう、私達は未知の土地で肩を寄せ合い山を切り拓き、道を、建物を、・・・・自分たちの手で築き上げ今を確かに生きています。
隷属を続けた暮らしをする事を私達は否定しません、同時にこの自ら築き上げて来た場所を守る営みを否定する事も出来ないのです。
皆さんと築き上げて来たこの場所を、この機会を信頼と捉え私は、私達は再び提案します。」
『アルデアルに住まう住人皆で自分たちの行く末を決めよう』
「一人一人がこの世界に生きています、脈々と続いてきた誰かの過去によって私達は生きています。
自分が何者なのか、この先どうするのか、どのように歩んで行くのか、皆さんに考えて欲しい、そして唯一の一人として結論を出して欲しい。
不正がないとは確約出来ません、ですが不正もそこに住まう人々の確かな意思の一つとして私達は受け入れましょう、最後に・・・・ここに動議を提出します。」
深々と全体にお辞儀をし議場から離れ一般聴衆の場に戻る。
戻る途中、怖くて振り返る事は出来なかった。喋った内容の真意を言えば「皆一人一人に考える機会を与えたかった」とか「惨めさを共有した仲間内で不正なんて考えにくい」とか非常に簡素な意見を回りくどく扇動的に言い回しただけだ。
原稿だって殆どカフカちゃんが考えてくれたけど長すぎて内容が抜けた所とか結構あって・・・・。
「多くは語りません、賛成の人はご起立願います」
「「「「・・・・・・・」」」」
「・・・・・・」
「ダメっ・・・・なの?」
「ス」
一人が椅子を引いて立ち上がる。
そして少し微笑んで喋る。
「四度この場に参加させて頂きました、ここの椅子は素晴らしい、私達の居住地だけでは背もたれ付きの手作り家具は作れなかったでしょう。皆で寄り添い知恵を出し合い、生きていく事に希望を見ました、だからこの場で立たせて頂きます」
「「「「・・・・・」」」」
「ス」
「ガタ、ガタタタ」
「・・・・・!」
次々と椅子と地面が擦れる音が伴奏となり人々の立ち上がる音がコーラスとなる。
賛成多数の大合唱が響き渡った。
「おや?あなた方の居住地は再編反対だったのでは、立っていてよろしいので?」
「別にこの動議に賛成する事が再編案の賛成にはならないだろ」
「少々青臭さも目立つが・・・・それで良いって思ってしまったな、負けだ」
「パーペン議長殿」
「・・・・・どうやら賛成多数のようですね、この動議は可決とみなします」
「や、や・・・・・やっ―――――――――」
「やったぁああ!!いぇええいい!!!」
こみ上げて来た喜びが表に出る前に狂ったように暴れて喜びを表現している人がいる。
圧倒されて喜ぶタイミング逃しちゃった、ふふ、・・・・ありがとう。
「静粛に!」
「ッ・・・・・」
「・・・・・これから詳しい日程と細かな集計方法について議論を重ねたい、代表者の選出と議題の周知徹底の方策などについての決定を行う必要がある」
蛇に睨まれたかえるように静止するカフカちゃん。
軍隊式の整列を思い出す、パーペン議長に少し睨まれたと思ったけど・・・喜び合っているようにも見える。
その証拠にカフカちゃんは溢れんばかりの笑顔で返していたから。
未来が良い方向に向かって行っていくのを肌で感じ・・・・何か燃えてる?(火薬庫)