戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
「ニューヨークの方は変わらず好調だな、この分だと年末には資産が倍々だ」
「な、だから言っただろ?復興投資って奴さ、あいつら俺達に貸し付けた商品の代金を返済させるためにその地盤に金を出してくれてるんだ。見捨てる筈なんてないのさ」
「全く杞憂さ、一部の学者は欧州大戦が終結した時みたいに市場が不安定になるなんて言うけどさ寧ろ好調じゃないか、終戦前より伸びが良い」
「勝ち馬って奴だな、俺も今から投資しても遅くないかな?」
「遅くはないだろうさ、少なくとも3・・いや5年は上がり続けるだろうさ、全く資本主義万歳だな!」
省庁を出入りする時にパーペンは気分を良くした職員の会話を聞くと同時に大きな罪悪感を抱く。
つい先日発表された国のGDP成長とその予測が実情とは全く逆の方向に修正された結果、市場に本来あってはならない乖離性を与えたからだ。
もし現在進行形で金が流出している国家事情が暴露されればその反動は計り知れず影響は世界中に波及するかもしれない。
日ごとに数を増やす物乞いを見ればその不安はさらに増大する。
「30年間も君臨し続けた軍需品関連の生産需要も全て消えた・・・・・今はまだ表面化してないだけで近い将来この国は・・・・・破綻するというのに、どうして誰も何も・・・対応しようとしないんだ・・・・!」
自分一人が書類を改竄した程度では隠せないだろうと予想していたパーペンであったが朝刊にはどこの国に対しても失業や不況についての情報はなかった
亡国の民である自分程度の人間でさえ分かる事なのだから平和な後方で十全な教育を受けた人間たちなら猶更分かるはずなのに。
ぶつけようのない感情だけが増大して彼を軋ませる。
「民族自決!連邦制廃止!」
「一つの国家、一つの民族!」
「「「独立、独立、独立!!」」」
長すぎる戦争で何も知らない子孫たちが現れこそしたが30年では当事者である老人たちの怒りや感情を忘れさせるには短すぎた。
戦争が終わり、人々に余裕が生まれたなら必然的にやり残したことをさせる動力となるのだ。
それは即ち、中途半端に終わった人類同士の争いに他ならない。
理解していたとしても、予見できていたとしても、彼らは経済になんて興味を持っていなかったのだ。
平和の到来を喜ぶ子供たち、余裕が生まれたせいでやり残しを遂行しようとする老人たち、曇りがかった未来を見た者達。
この先、三者共に幸福を享受する事はない、平和は過ぎ、余裕から生まれる愚行は破滅へと繋がり、未来は嵐の中に突入する。
戦争の終結から4ヵ月後に、辛く長い冬が訪れる。
「さてチェルナー君?カフカ君?」
「カフカで結構です」
「よろしいカフカ君、少し身に余る制服かもしれないがまあ君はまだ子供だからその内すぐに・・・おっとレディに失礼だったか!」
「大丈夫です、小食ですので」
「だけど君のパワーは僕達普通の人より段違いだ、だけど知っての通り世の中の物は普通の人基準で作られている、鉄板は1tのパンチを受けて耐えられる設計はしてないからね」
「耳が痛い話です」
「だから何事も優しく慎重に、ドアを開けるにしても閉めるにしても貴婦人をサポートする時も。お客が君と同じでも」
「はい」
「さて、事前のテストでは特に問題なく車を乗り回していたそうだから今日は運転は任せよう。」
「はい・・・・・はい?」
「おや運転は嫌だったかい?」
「てっきり・・・見て学べと言われるかと。」
「何事も実践さ、それに確かに君には見て学んで貰おう、運転だけが運転手の役目じゃない、お客さんの乗り降りの補助、車では進まない距離の進行の補助、そこが今の君に足りない部分だ」
「成程・・・・字面以上に難しい仕事なんですね」
「まあ今日は気楽に、そこまで金払いの良い人は周ってこないから最悪荷物を破壊しても・・・破壊しちゃだめだけど極度の緊張は禁止だ」
「真摯に取り組んでいきます」
初出勤日は業務開始前には元からいる人たちの顔合わせとかよく分からない連絡事項の伝達から始まった。
それが終わると私の教導をするお兄さんに運転手は何たるかと言う基本的な信条を教えて貰った。
まさか初日から急にハンドルを握るとは思わなかったけれどベストを尽くそう。
「運転は何処で?」
「家にあった農機が一番最初です。」
「農機!随分と・・・カフカ君のご家族はユンカーなのかい?」
「ユンカー・・・何ですか?」
「あー・・・・・大地主?」
「いえ、私はそこまでお金に困らない家には生まれてないですよ」
「そっか、学校に行くお金を貯めるんだもんね、聞いたよ、どんな学校に行きたいんだい?」
「それが分からないんですよ。」
「んん?」
「学校に行くなんて夢にも思ってませんでしたし、だから色々教えて貰って学校はお金がいるらしいからまずはお金を稼ぐことにしたんです」
「な、成程、恐ろしい行動力」
「周りの人が親切でしたから、すぐに仕事を貰えました、だから十分励みます!」
乗せる予定の顧客の元まで向かう僅かな時間での会話でルードヴィッヒは少女の少し何処か軸のぶれた人生設計を知った。
懸念していた兵士特有の問題は特に彼女から見られなかった事に関してはほっと胸を撫でおろしていたが、同僚の将来と言う別の懸念事項が出てきて結局悩みの種は新しく芽吹いてしまったのだ。
悲しい事に本人が自身の歪みを微塵も疑問に思わず愚直に突き進んでいるさまを見てより深刻に思ってしまったのだ。
「初日はどうだったかな?随分と・・・心労があったようだが・・・・あれが客を激怒させたのか?」
「い、いえ・・・・ちょっとあの子世間知らず過ぎて。」
「そんなの兵士全般に言える事だろ」
「無鉄砲な蛮勇ではなく何というか・・・・悪い人にほいほい付いていきそうな危うさが・・・・」
「だが兵士だろう?間違っても地獄を見るのは悪い人だろう?」
でも、まだ13歳ですよと言いかけた口を閉じる。
これ以上の発言は相手の気に触れるだろうから出かけた言葉を飲み込む。
「何だまるで・・・お前はあれだな、子煩悩って奴か!」
「そう・・・・・でしょうか?」
「お前も良い年なんだからそろそろ身を固めておけ、家柄の良い貴婦人にでも言い寄れ、顔は悪くないしな」
「僕がそんな事したら殺されますよ」
「ははは!冗談さ」
何とも言えない気持ち悪さのまま話は終わった。
果たして『悪い人』にいつか兵士の出が加わったら危うい少女はその拳で窮地を打破できるのか。
それ以前に兵士という立場であった彼女が一般人にどのような理由であれ手を挙げることは許されるのか。
幾ら人とかけ離れた超人でも人であるならば正しく育てるのは当然な事だろうと思っていたけれどどうも社長は彼女を人間として見ていない気がしてならなかった
「だけど、他の人よりはマシなのかな・・・・これでも、・・・・・排斥しないだけ。」
随分と前に連絡が途絶えた親戚の事を思い出す、アドリアでは民族単位での棲み分け、さらに兵士階級の棲み分けが実施され明確に
もう記憶に懐かしむことも出来ない故郷の言葉ではゲットーと言ったか、それと比べればバルカンはまだまだ寛容なのだろう。
祖国に帰れずとも明日が少しでも暮らしが良くなる未来を望みながら会社を後にした。
暑い真夏の市場、加熱した投機はやがて危険な領域に突入する・・・。
資産運用の予定があるニキネキは気を付けましょう(3敗)