戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
片手を吊るしたまま歩くのは訓練時代以来だと思う。
振動の度に少し軋む痛みが思考にノイズを走らせる。
だけどその声を聴いた瞬間にそんな事は気にならなくなった。
「・・・・」
森の中の水場で泣きながら手を擦り続けている子がいる。
何も汚れていないのに、何も付いていないのに、擦って、擦って・・・・擦り続けている。
私はその子の名前を呼んだ。
「カフカちゃん」
「あ、・・・・」
「私だよ、大丈夫」
「・・・お姉ちゃん、・・・私・・・あ、あはは・・・」
私を見て驚いているこの子を落ち着かせるように優しく声をかける。
だけど何拍子の戸惑いは狂気的な笑みに変換されて、私にその顔が向けられる、そして濡れた手を見せてくれる。
「私、汚れちゃったの。洗っても、洗っても、落ちない・・・・私、私、人殺しちゃった・・・・!!・・・あはは、簡単に、こう指を引くだけで、『バン!』『バン!』ってだけで・・・」
一体何を説明しているのか、指で銃の形を作って倒錯している。
視線も定まってなくて、左右に揺れている。
「カフカちゃん、戻ろ」
「・・・・あ、あはは・・・手が奇麗に洗えたら・・・戻れる、かな?」
私の言葉に怯えるように背を向けて再びこの子は手を水に浸からせて洗う。
壊れたように洗い続ける。私は手を伸ばした。
「カフカちゃん」
「・・・・やめて、私汚いから、触らないで・・・」
「ううん」
「人を・・・・人殺し・・・だよ、私?」
「そうだよ」
「あ、あはは・・・・」
「だけど、私を助けようとしてくれたんでしょ?皆を、助けようとしたんだよね?」
「理由があったら、人を殺しても良い訳じゃない・・・・」
「でも、理由もなく人を殺すよりはずっと」
「・・・・・・・・同じだよ、違いなんてない」
私は両手でこの子の肩を持って支える。
荒く繰り返される呼吸が手に伝わってくる。
声は震えている。
「他の居住区でも、争いがあったって」
「・・・・・・」
「皆で話し合いがあった」
「・・・・・」
肩に乗せた手を向こう側に滑らせる。
手首や肘が通過して、ついには私の肩がこの子の頭の左右に来る。
向こう側にある手を曲げて私はこの子を包み込むように胸の中に抱き寄せた。
「誰も、カフカちゃんを責めないよ」
「・・・・」
「皆は戦うって」
「・・・」
「自分たちの居場所の為に」
抱き寄せて、水から引き抜く。
私の首元にこの子の頭がすっぽりと収って・・・その小ささと愛らしさを感じる。
幼子の様に縮こまって、怖がるこの子は、ああまだ子供なんだなって、分かる。
「お姉ちゃん・・・」
「大丈夫、私は、私達はいつでも、いつまでも味方だから」
「洗っても、洗っても落ちない、私・・・私は・・・」
宙に掲げられた小さな手を私は取る。
「汚いよお姉ちゃん・・・お姉ちゃんの手も、汚れちゃう・・・・」
「じゃあ、これで一緒だね」
「・・・・・・・・ッ!」
小さな手を撫で、掴み、握る。
「この手に救われた、何にも汚れてない、私はそう思う」
暫く静かな森の中でくっついたままだった。
意外と甘えん坊で、でも最後はちゃんと一緒に皆の所に戻ってくれた。
まだ心の整理がつかない部分があるみたいだったけど少しずつ、少しずつ折り合いをつけていけばいい。
助けられてばかりの私が少しの助けにでもなればいいな、と思う。
「死者は12人、負傷者は208人か・・・・」
「銃で武装した相手にこれだけの少量の犠牲は非常に運がいいと言わざるを得ませんね」
「良いはずないでしょうが!今にも怒り狂った政府が軍隊を派遣して俺達は皆血祭りにあげられる!」
「何を腑抜けた事を!私達は戦うって決めたのよ!」
「戦うってどうするんだよ!数万人が徒党を組んで数千万の相手にどう戦うんだよ、相手は国だぞ!」
「だから、それを今偉い人で話し合ってるんでしょ・・・」
議場の外では警備の為と、銃で武装した住人が配置されていたが、彼らは与えられた役目を果たそうとする以前に自身達の将来を憂えずにはいられなかった。
死んでいった仲間と傷に苦しむ仲間を想う兵士、冷静に今回の損害を分析して気を紛らわす兵士、威勢よく奮起するような言葉を喋る兵士、状況に絶望して塞ぎこむ兵士。
そんな彼らの深刻な雑談が交わされる中、彼らは重く蠢く森に直前まで気付く事はなかった。
「ガサ、ガサガサ」
「ん、今森で物音しなかったか?」
「野生動物・・・・う、うわぁ!?ナンダお前等!?」
森から現れた一人、二人・・・・十数人の集団は奇妙な柄の服装を着ており、加えて武装していた事から、相対した住人達に緊張を走らせた。
だけど人同士で争う事に慣れていない住人達は持っている銃を向けなかった、そのおかげで答えは早急に得られた。
「お前等、決起したんだろ!」
「え、は?」
「アンタ達誰?」
「仲間だよ!あ、俺達も兵士だ、最もあんたらと違って住む所を追い出されても大人しく国に言われるようにしなかった奴らの集まりだ」
「ついにこの日が来たんだろ!?お前達も国に挑戦するんだろ!」
沸き立つ謎の来訪者が一体何者なのか住人には今一つ理解できなかった。
だけど敵対の意思をまるで感じないので、住人は特に何も考えずに全員を議場に招き入れた。
「回収した小銃は700丁でとても武器が足りな――――」
「失礼します!」
「何だ?今は会議中だぞ、全員出席で遅刻者はいな・・・・」
「意外と狭いな」
「じいさんばっかだな」
「誰だね君達は」
突然大胆に開け放たれた扉から、明らかによそ者の装いをした集団が登場した事によって議場は困惑に包まれた。
緊張した空気感が形成されたが、そんなのお構いなしに来訪者の代表が口を開いた。
「俺達は『ドットトーチカ』って集団だ!知ってるだろ、今回、お前らが国に対して決起したと聞いてその軍勢に加えて貰うために参上した!」
「ドットトーチカ?」
「点?堡塁?」
「誰?」
「失礼だが・・・私は君達の事を知らない、見た所『兵士』のようだけれど、君達は一体何者だ?」
「俺達を知らないのか!?少しは世間で名の知れたグループだと思ったんだけどな」
「申し訳ないがここには電話線もなければラジオもないんでね、君達の言う世間様は知らんのだよ」
「あ、そっか、すまんすまん!・・・・何も知らないのによく俺達をすんなり招き入れてくれたな!?」
リーダー格の男は堅苦しい議場に似合わないお調子者の喋りをしている。
自分たちが何者なのかさっぱり分かっていない事を理解した彼は咳払いをして改めて自己紹介をする。
「俺達は『兵士』の地位向上の為に、日々活動を続けている集団の一つだと思ってくれ!メンバーは総勢9・・・・87人だ!」
「具体的な活動とは?」
「居場所のない仲間を保護したりお腹を空かせてる仲間に食べ物を分け与えたり悪い奴をぶっ殺したりすることだ!」
「「「・・・・・」」」
「何だよ反応悪いなぁ!」
「要は・・・・いや何でもない、君達を歓迎するのかは誰かの一存では決めない、この場にはこの場のルールがある、それは理解して欲しい」
「おう!国みてえにクソみたいな扱いじゃなかったら何でもいいぜ!」
「では申し訳ないがしばらく待っていてくれないか、別件で立て込んでいるんだ」
「いいぜ!・・・いや良くねえよ!?今にも国が大勢の軍隊を派遣してんだ!守りを固めて戦う準備をしろよ!?何呑気に話し合ってんだ!?」
一瞬了解しかけた男だったが思いついたように慌てる。
議場は大勢の軍隊と言う言葉に反応する。
「大勢の軍隊?」
「ああそうだ!ここに来る途中やばかったんだよ!千人ぐらいの銃持った兵隊に追い掛け回されて5人も仲間を殺された」
「・・・・・」
確証のない発言だったが、彼らの後ろにいるあまり目立たない面々に目を向けると包帯を巻いてたり血が渇いた汚れに塗れた人がいる事が分かる。
その光景が議場の信頼を得るには十分な要因となった。
「・・・分かった、手の空いている者は彼らの手当てをしてあげなさい、怪我をしている人をね、それとやはりここからは退出して欲しい、君達の知らせてくれた大切な情報は必ず有効活用すると約束しよう」
「んん・・・分かったよ、まあさっぱり知らない奴が急にしゃしゃり出ても困るよな、でも絶対だぞ、約束だからな!」
「約束しよう」
パーペン議長の人当たりの良さと穏やかな口調によって何とか突然の来訪者は退出して話し合いが再開された。
だが残された猶予は少ないと知ると先程よりもいっそう険しく議論が交わされた。
「先程も言った通り回収した分を入れて小銃は700丁で、とても戦える装備ではありません、攻撃に打って出るのは無謀です」
「発言を撤回しよう、向こう側から来るのであれば寧ろ迎え撃ちましょう」
「ではすぐにでも防衛体制を整える方針を取りましょう、それと・・・・議長である私が提言するのはおかしな話ですが、戦争においてこのように悠長な話し合いをするのは愚策だと感じます」
「それは・・・・そうですな」
「各居住地で戦力になる方々を募り、我々全体で合算して作り出す軍隊で戦術決定権を付与する事が最善と考えますが、皆さまは如何でしょうか?」
「反対などするはずもありません」
「軍事に機敏な方々に任せない手はありません」
「
「お姉さん」呼びから「お姉ちゃん」呼びにランクアップ!