戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
「それで敵の数は、進行ルートは、武装は、特筆するべき特徴などはあったか?」
「あ、え・・・えっと・・・お、覚えてないです」
「ハァ、全くなんて体たらくだ!仲間を置いて逃げて帰って来て禄に偵察も出来ていない!」
「俺達も初めての事で気が動転していて・・・」
「私が君達の言い訳を聞いてこの戦争を勝ち抜けるなら好きなだけ聞いてやろう、だけど子供じみた文句なら今すぐこの場所からつまみ出して穴掘り要員に加えてやる」
「す、すいません・・・・」
「なぁ頼むよダルマン君、シャルロット君、よく思い出してくれ、敵の数は、どの方向に進んでいたか・・・・答えてくれないかな?」
「連隊長!」
「どうした?」
「哨戒兵が負傷した二人の斥候兵を保護したと!今外に待機させています!」
「も、もしかしてジュリー!?」
「生きていたのか!?」
我先にテントを飛び出していく敗残兵の後姿を見て溜息をつく。
敵の一団と遭遇したと聞いて何か戦術的な勝利に貢献する情報を得られると期待していたが、話を聞いてみれば10人はいないであろう銃を持った集団に恐怖して逃げ出したらしい。
進軍してくる敵の全貌は分からないし、方向は曖昧だし、成果という成果を無理に見出すとするなら、敵と遭遇したという出来事が友軍に程よい緊張感を与えている程度しかない。
つまりは殆ど成果を持って帰らなかった無能と言って良い。
「ジュリーしっかり!無事だったんだ、良かった・・・良かった・・・・!」
「ひ、酷い流血だ・・・早く塞がないと」
「こんな程度はどうって事はない、斥候兵、偵察結果を報告しろ」
「て、偵察?あ、・・・・あ・・・えっと」
「・・・ハァ」
特に血塗れな女の方は男二人と似たような反応をしている、溜息が自然と出てくる。
どうせもう一人も似たような感じなのだろうとそちらを見る。
「南東ぐらいの方角で・・・100人ぐらいは・・・いたと思います」
「ハァ、漠然としている」
「ごめんなさい」
「使えない偵察隊だ、もういい、今度は威力偵察が出来る部隊を編成し敵にぶつける、お前達は無駄に医療品でも消耗していろ役立たず」
「「「・・・・・・」」」
敵から逃げる時に撃ち抜かれた足の傷は自陣に帰ってきてからやっと塞がった。
かなり当たり所が悪かったみたいで、ずっと血が流れ続けていて朦朧としていたけど私は生き残った。
仲間の誰一人として死んでいない、色々と文句は言いたいけれど今は生きている事に感謝しよう。
「痛、つつ・・・たかが足に包帯ぐるぐる巻きは大袈裟って思ってたけどあの衛生兵さんは足の大動脈かうんたらって割と本気で言ってたし、かなり撃たれたら不味い部分だったのかな」
待機を命じられていたけど特別な休憩所とかはなくて、邪魔にならない所で空き箱の上に座って疲れを癒す事しか出来なかった。
ぼーっと陣地の観察をしていると、敵がいる事が分かったのか10人前後の集団が編成されて出撃していた。
その人たちは全員が銃を持っている、「威力偵察」という言葉の意味は分からないけど普通の偵察と違う事は間違いないだろう。
「せめて銃があれば普通の偵察も、もうちょっと上手く出来たかもなぁ・・・・はぁ」
「あ、あの・・・・」
「ん?」
止血は出来たとはいえまだ頭は朦朧としていて、本能的に頭を垂らしていたので誰かが近づいてくるのに気が付かなかった。
ふらふらと頭を上げて目の前を見ると、苦虫を噛みつぶしたような顔をして銃をこちらに構えている我らが隊長がいた、一体なぜ銃口を私に向けているのか。
「これ、壊れて・・・あんた銃に詳しいなら直してよ」
「・・・・・・・銃口は人に向けない」
「は?」
「銃口は仲間に向けないんです、危ないから」
彼女の持っている銃の先っぽを掴んでそれを地面に向けさせる。
銃の扱いを見てきて、この子はまるっきり何も知らない素人なんだなって分かった。
気軽に銃と隊長職を譲った自分を恨む。
「な、何よ・・・私を馬鹿にして・・・」
「馬鹿になんてしてません」
「じゃあ銃直してよ・・・なおして・・・う、う゛・・・!」
「何も泣く事ないじゃないですか」
「だ、だって・・・・ずぅ・・・他の人に直してって頼んでも何故か殴られて・・・もう意味わかんなくて・・・・」
「私一言も直さないって言ってないし殴りませんよ」
「本当に?」
「約束します」
「・・・・・お願い」
「はい、お願いされました」
まあ確かにこの子のうざったさというか話の通じなさは、戦場帰りの兵士からは恨みを買いかねないと思う。
銃の故障の原因は凡そ見当がついている、このストレートプルボルト式の銃は同列の物より信頼性こそあれど人の頭を殴る鈍器として使用したら何かの拍子に故障してもおかしくない。
ましてあんな執念深く頭をぐちゃぐちゃにするまで破壊してたし・・・・
「カチ」「・・・・・ん?」
「ど、どうかしたの?」
「弾が装填されてないけど抜きました?」
「・・・・・・・殴って来た人に同じ事言われた」
「・・・・抜いたの?抜いてないの?」
「抜い、・・・・・て・・・ない」
「・・・・・・・・・・」
「あ、あんたも私を殴って―――――――」
「ぶははは!バッカみたい!」
「・・・・・・・」
「うわっはは!こんな事ってある!?信じられない、え、嘘じゃないですよね、もしかしてまさか!」
「な、何を馬鹿にしてるのよ!そんなに故障したのがおかしいの!」
「い、いや・・・・私が渡した弾丸は装填しましたか?」
「してないわよ!リロードは弾切れの時にするんだから!」
「ぶははははは!!」
「笑わないでよ・・・・ッ!!」
割と一歩間違えれば皆死んでたかもしれないけど、この初歩的な初歩・・・というか思い込みは笑わずにはいられない。
まあ確かに知らない人からしてみれば銃はずっと弾が込められている物だと思い込むかもしれない。
私がこの銃を受理した時、何も装填されていなかったんだから何も弾を込めていなかったら、そりゃ引き金を引いても撃てるはずがない。
「銃はいつでも銃弾が込められている訳じゃないんですよ?安全の為に、不慮の事故の対策で弾は込めずにいておくんです、弾込めせずに打てばそりゃあ・・・うふふ」
「え・・・え?・・・えぇ!?」
「おっかしい、あんなに自信満々だったから銃を使った事があるのかと思ってましたけど・・・なかったんですね」
「な、何回か撃たせてもらった事あるもん!こう引き金を引いてレバーをこう・・・・ん・・・ん・・ば、馬鹿にして」
ニヤニヤと弁明を聞いていると、観念したのか押し黙ってしまった。
自分の失敗を棚に上げて喚き散らさない当たり、更生の余地を感じる。
「馬鹿に・・・・うぅ゛・・・・う」
「大丈夫、生きているんだから、今度は失敗しなきゃいいんです」
「・・・・・・殴らないの?」
「え、いや・・・殴って欲しいんですか?」
「馬鹿みたいなミスで皆を危険に晒した、戦果欲しさに突っ走って、偵察なんか忘れて敵を殺して・・・動けなくなって・・・・足手纏い・・・立場が逆だったら私は私をいくら殴っても、許せない」
「なるほど」
委縮して、今までの自信満々な彼女とは思えない程に覇気がない。
私は立ち上がって彼女の両肩を持つ。
「・・・・歯、食いしばってね?」
「え―――ほげぇ!?」
私は結構強めのパンチをお腹に当てた。
たぶん歯を食いしばってなかったせいで、女の子が出さないような声を盛大に出しながらお腹を押さえて蹲った。
「な、殴らないって約束したのに・・・あんたやっぱり暴力女・・・・この嘘つきィ・・・!」
「これで許します」
「はぁ・・・・・?」
「だから、これで許します、今までの生意気な態度も、私の水を零したことも、戦場でのミスも、・・・・だから私達、仲間同士ですから、今度はちゃんとした仲間として再スタートしませんか?」
蹲る彼女の背中を擦って立たされる。
そして私は手を差し出す、仲直りの握手とでも言おうか。
「・・・・・」
「気持ちに整理がつかないのは分かります、この手を握って貰わずとも構いません、でも私は・・・・出来れば、ね?」
「・・・・・分かったわよ」
「ニコ」
「何よ、ぶっさいくな笑顔」
「相変わらず生意気ですね、元気なのは良い事です」
「いいの?」
「ええ、戦場だからって喋り方を変えたりするのは・・・・自分を強制して変えてるみたいで私は嫌でした、だから・・・不快にならない程度にそのままでいても私は歓迎しますよ」
「後でなしって言わないでね」
「はい、言いません、改めてよろしくお願いします、ヴォアナさん」
「っふ・・・・よろしくね、チェルナー・・・『隊長』」
「え゛」
握手を交わした後にヴォアナさんはいつの間にか外していた腕章を私の腕に取り付ける。
少し口惜しそうな顔をしていたけど私の腕には隊長である証があった。
「返す、私じゃ務まらない」
「別に良かったんですけど・・・・まあいいでしょう、じゃあ後の二人を集めてください」
「ん、どうして?あの二人にも腹パンするの?」
「しませんよ・・・・念のため他に不備がないか確認するために銃を分解するんで、皆さんに最低限の説明をしておこうかと、あの二人は銃が撃てるんですか?」
「いや・・・・え、分解?」
「簡単ですよ、覚えれば」
「へ、へぇ~・・・・」
難しそうとでも思ったのかヴォアナさんは不安そうだった。
その後、呼び出されたダルマン君とシャルロット君は何故かびくびくしていたけど特に問題なく分解の説明は終わった。
ちなみに鈍器として使用しすぎたのか若干、部品に不備があったので応急処置的な事はしておいた。
三人には人を殴り倒す時は出来る限り己の拳でやるようにと厳命した。
少しは隊長らしい事が出来ただろうか。
「畜生、畜生!何だってんだ、敵は銃すら禄にない民兵が相手じゃないのかよクソッタレ!」
「バァン!」
「うわぁああ!?し、死ぬ、死んじまう!死にたくねえよ!!俺ぁこんな所でぇえ!!」
反乱鎮圧の為に派遣された先行部隊の一つは真っ暗闇の中で四方八方から銃撃に晒されていた。
対ブルガリア懲罰戦争で多少の実戦経験を積んだ彼らは、夜戦も一応経験はしていた筈だが防戦一方を強いられていた。
何故なら彼らが戦っている相手は四六時中、24時間昼夜を問わずにあの戦争を戦い抜いてきた生粋の兵士だったから。
「照明弾は何で撃ちあがらないんだ!誰か光を、俺達に光をくれ!」
「どこにあるのかも分からねえのよ!ランタンなんて持ってたらすぐさま頭を撃ち抜かれる!」
「こちら第一中隊、第一中隊!現在我々は敵の苛烈な攻撃に会い敗走は避けられない状況だ!至急の援軍を求む、頼む誰か来てくれ!誰でも良いから!」
『こちら大隊各位より中隊へ、大隊は現在想定以上の冬季消耗により夜間行動を実行できない、支援は不可能、繰り返す、支援は不可能』
「ふざけんな!来いよ助けに!」
『陣地維持が不可能な場合は後退を提案する、現在我々はそちらの中隊より50km手前に布陣している』
「遠すぎるだろうが!20km手前にいるんじゃないのか!?それにこんな暗い中で撤退なんて出来るか、何で今日に限って新月――――――」
「パァン」
「しん、げつ・・・・ぅ、・・・」
「うわぁああ!?もうお終いだぁ・・・!!」
「電話をしている敵を仕留めた、白い吐息が影から見える、多分もう1人か2人隠れている」
「了解、監視を続行する、・・・・・しかし敵は思った以上に脆弱ですね」
「俺達は敵を過大評価し、自分たちを過小評価し過ぎたのかもな」
白いフードを被り雪の上に伏せた二人の狙撃兵は静かに言葉を交わしながら車両が多く停車している場所を凝視する。
その少し手前には夜闇に紛れて陣地に近づく彼らの仲間達がいた。
「・・・・ピー!ピー!」
「突撃ィ!!」
「「「うぉおおおお!!」」」
「何だ!?」
「いつの間にこんな近くに?!」
「蹂躙しろ!敵は脆く俺達は強い!アルデアル万歳!」
「簒奪者の連邦に死を!死ねええこの悪魔の手先がぁあああ!」
「クソ兵士がぁぁああ!?がほっ・・・ご、お・・ぅ」
「も、もうダメだ逃げろ!」
最初に補足されたバルカン連邦の反乱鎮圧部隊の敗因は様々な要因が重なった結果だが、端的に言えば彼らは運が悪かったに過ぎない。
彼らだけに言えた事ではないが、反乱鎮圧を急いだ連邦は南方に展開していた部隊を引き抜いて鎮圧に派遣した。
がその際に彼らの装備を改めなかったのである。
季節は11月初旬、確かに南方、ブルガリア付近の緯度では命に関わる程に気温は低くはなかった。
だが反乱が起きたアルデアル地方はドナウ戦線より百数キロメートルも北上しなければならない高緯度地域、加えて山脈であった事から間違いなく常人には耐え難い環境だった。
対策をしなかったが故に車両はエンジンをかけ続けなければ燃料が凍結し使い物にならなくなった。
最も先行していた・・・というよりは本来の予定通りに行軍していた、不幸にも幸運な事に装備が厳冬期用に更新されていた部隊は孤立無援の戦いを強いられる事となったのだ。
彼らがもっと部隊の状況を逐一報告し進軍の足並みが揃っていない事を把握すれば、あるいは偶然にも生真面目に偵察をしていた敵に補足されなければ、
反乱鎮圧を急がず派遣する部隊の装備を全て更新していれば、もしくは彼らの中に対『兵士』戦闘に知見を持った人物がいれば・・・。
彼ら部隊とその運用国の杜撰さが招いた不幸がこの悲劇を引き起こしたのだ。
鎮圧の為に派遣された第14師団第3大隊付き第1中隊500名は夜間攻撃を受け壊滅。
残った人員は真っ暗闇の中マイナス30℃の世界を彷徨い自然の毒牙に倒れた。
死者は102名、凍死300名、捕虜23名、行方不明者70名、生きて後方の友軍に合流した生存者は5名だけであった。
カフカちゃんは歩んできた人生のせいで「終わり良ければ総て良し」なスタンスの持ち主です。
だから多少命の危機に
逆に結末が最悪だったら過程がどんなに最高でもダメって事です。(こ↑こ↓重要)
まあ過程も禄でもない事になるんですけどね。