戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
今度は火曜日と金曜日に投稿しようと思っています。
投稿時間は作者の気まぐれで変わります。
「キュポ」
燃料タンクの蓋を回して外す。
軽油の独特な臭いに晒されるのは久しぶりだった。
中を覗き込むために私は少し背伸びをする。
「ガン、ガンガン!」
燃料タンクを叩いてみる、先程まではかちこちだったけど今はある程度の弾力が復活している。
暗いタンクの中で燃料が波打ち、時たまに丁度良く光を反射させる。
その光を見て、固体から液体に溶けているかどうかを確認できる。
「よし、もう火は消しても大丈夫です、後は余熱で溶け切ってくれるでしょう」
「やったのね!じゃあ早速荷物を詰め込むだけ詰め込みましょう」
「やった、これで・・・帰れる」
「まるで激務をこなした後みたいな爽やかな感じを出しているがグース、俺達は少し煙を扇いだだけだからな?」
取りあえず片っ端から近くにあった木箱を車の中に詰め込んで空いた隙間に小銃を挟んで入れた、ものの見事な過積載である。
これから走行難易度の高い山道を走ってこれを運ぶというのか、元運送業の腕が鳴る。
まあ運んでいたのは人だし、訓練時代でさえこんなに荷物を積んだことはないけれど。
「じゃあ私が運転するので三人は・・・・荷物の見張り番で後ろに座るか助手席に座るか好きな所にどうぞ」
「私は荷物の見張り番!」
「え、ジュリー見張り番するの?」
「俺も見張り番を所望する」
「じゃ、じゃあ僕が助手席で」
「そうと決まれば・・・・」
「ガガガガ・・・・ブオン」
「よし、エンジンよし!お客様シートベルトのご着用はよろしいですか?ドアはきちんと閉めましたか?」
「見張り番にはシートベルトもドアも無し!でも荷物はOKよ!」
「だ、大丈夫ですシートベルト、ど、ドアも・・・・!」
「では快適な運転をお客様にお届けします、目的地は私達の駐屯地域、所要時間は20分前後を予定しています、では発進します!」
軍用のトラックの運転は1年ぶりで、何か色々忘れて下手をこくかもしれないと思ったけど案外すんなりと運転出来た。
教官に「運転面倒くせえな、お前代わりにやれ」と言われてやり始めた事だけど・・・意外と役に立っている、立ってしまった。
嬉しいようで嬉しくない・・・・いや十分に嬉しい、ありがとう教官、感謝はしたくないけど感謝せざるを得ないや。
「チェ、チェルナー隊長は随分と運転が手慣れて、い、いらっしゃいまして・・・・」
「畏まらなくても大丈夫ですよダルマン君、えへへ、やっぱりわかります?」
「僕さっきまで車ってアクセルとブレーキしか踏む物がないかなと思ってたのに四つも・・・・」
「四つ?ああこれはペダルじゃないですよ、足を楽にする乗せ場所です」
「え?あ、本当だ・・・恥ずかしい勘違いを・・・」
「良いじゃないですか、これでもう間違えませんし」
「ここに来る前は・・・運転の仕事とかやってたんですか?」
「まあちょっとは、本職は農家でしたけど」
「農家・・・・僕達も・・・農奴でした」
「のーど?何ですかそれ、何か特別な物を育てるんですか?」
「農奴をし、知らないの?」
「はい、私は普通の農場に生まれましたから」
「普通、普通・・・・手で火を起こす隊長だから僕達の普通と違う可能性が・・・・えっと、どんな農場だったんですか?地主は優しい人だったんですか?」
「地主は私のおばあちゃんで、はい・・・・・・とても優しい人でした」
世間話でここに来る前は何をやっていたかとか切り出すのは間違いだったかもしれない。
ハンドルを握る手が強張る、口調が尖ってしまう。
目を背けている訳ではないけれどいざ口に出して見ると胸が締め付けられて苦しくなる。
「おばあちゃんが地主?・・・チェルナー隊長は避難民出身じゃないんですか?現地語とか結構訛ってて・・・」
「例に漏れずに私も避難民出身ですね、おばあちゃんも」
「・・・・・・・へぇ、すっごいや・・・・・いいなぁ」
「ダルマン君達はどうだったんですか?『のーど』って私よく分からなくて・・・・」
「農奴は・・・・・・・なんて、言えばいいんだろ・・・・えっと・・・・・あ、えっと・・・・・農業奴隷、見たいな?」
「奴隷・・・?」
「現地人の大地主に食費ぐらいの給金しか貰えなくて・・・・えっと、ちょっと仕事で失敗したら鞭で叩かれて、えっと、えっと・・・そんな感じの」
「分かりました、もういいです」
「あ、え・・・えっと、ごめんなさい」
「・・・・いえ、謝るべきなのは私の方です。ごめんなさい、無神経な事を聞いてしまって」
「え?」
話の方向性を変えようと話題を戻したら同じくらいに聞くに堪えない現実に襲われた。
忘れがちだけど、普通の避難民とか兵士は自分の土地なんて持っていないし車なんて乗らないし運転もしない。
私が常識だと思っている事は殆どが非常識で、私が知らない多くの暗い現実が常識なのだ。
「農奴から解放・・・農奴を解雇されて、ここに来て、良かったと思いましたか?」
「え、えっと・・・どうかな・・・・・ミスをしても叩かれなくなったのは良いけど、もう土いじりはやりたくないって・・・・あはは、贅沢ですよね」
「だから武器を取る事にしたんですか?」
「・・・・・・・・いや、僕は、・・・・・あの二人に生きていて欲しいから」
「二人、ですか」
「うん、えっと、ジュリーはああ見えてもとっても優しくて、僕が鞭で打たれそうになったら庇ってくれて・・・・女の子、なのにだよ?皮膚が捲れ血が出ても・・それでも僕を守ってくれたんだ」
「・・・・・・」
「シャルはね、食い意地が凄くて・・・食べられる雑草とか見つけたり、こっそり果樹園の物を盗んで食べたりしてて・・・・僕がよく罰でご飯抜きにされた時は・・・・本当は食べたいのに僕に分けてくれて・・・・二人はとっても・・・僕に良くしてくれたんだ」
「良いじゃん」
「だから・・・・本当は争う事とか苦手で、この前も逃げて・・・・守ろうと頑張ったけど・・・・僕逃げちゃって・・・・・た、隊長、どうしたら僕、隊長みたいに勇敢で、痛みに負けない人に、強くなれる・・・のかな・・・」
「・・・・」
「あはは、やっぱり僕みたいな弱虫には・・・難しい、ですかね・・・・・」
後先考えない誉め言葉とかで肯定するのは避けるべきだと思った。
ダルマン君はその臆病さを活かした観察眼でうんたらとか言えたけれど、無責任にそんな事をいって戦場に立つことを肯定したくなかった。
彼は争いごとには不向きなタイプだ、私がもっと優れている人間なら今すぐにでも戦場を去って畑を耕して大切な人の帰りを待てと言うけれど、今の彼には残酷な言葉だ。
嫌われるのが怖くて、傷つけるのが怖くて、とても言えた物じゃない、私は人間失格だ。
「・・・・・・ごめんなさい、大切な人を守るのは、力があっても、どんなに勇敢でも、無理な時は無理なんです」
「そう、なんですか?」
「何せ私は・・・・大切な物、全部守れませんでしたから」
「・・・・・・・」
「私は別に、賢くも、強くも、勇敢でもないです」
「僕、・・・・寧ろ足手纏いになると思うんです・・・・それだったら・・・やめた方が良いんですか・・・・兵隊を・・・・」
「・・・・・・・・」
「た、隊長がそう言うなら・・・僕は、・・・・辞めます・・・・卑怯ですよね?あはは、でも・・・・僕のミスで誰か死ぬのはもっと嫌だから・・・・だから、どうでしょうか、僕は・・・・どうすればいいと思いますか?」
何でこんな大切な選択を私に任せるのだろうか。
私が彼に辞めろと言ってもし彼が大切に思っている二人が死んだ時、どうするのだろうか。
確かにダルマン君は戦場では足手纏いになる可能性はある、でも・・・・人生の大切な岐路を人に決めさせるのはダメだと思う。
『じゃあよく分かっている私が決めても良いって事かい?』
「・・・・・!」
『馬鹿!そんな簡単に自分の将来を他人に決めさせるんじゃないよ!』
「・・・・・・」
「ど、どうかしたんですか隊長?」
「・・・ごめんなさい、ちょっと・・・考え込んじゃって」
「す、すいません僕のせいで」
「でも、言葉は見つかった・・・・・ダルマン君、大切な事は自分自身で決めるんです」
「僕が自分で・・・・?」
「はい、これは私からの表裏のない言葉です。誰かを頼りにしちゃいけないとは言いませんけど最終的に何を選び、何を選ばないかを決めるのは自分自身です」
「難しいですよ、それは・・・・」
「あはは、そうだよね・・・・・私はそう思う、だからこれだけは伝えます。私は・・・・隊長を任されたからには絶対に皆を死なせるような真似はしません、力の及ぶ限り努力し、この無駄な争いに終止符を打ちに行く覚悟です」
「凄いや・・・・」
「だからダルマン君が戦う事を辞めても咎めません、変わらず戦友です。戦う事を続けるとすれば、私は出来る限り多くの事を施して皆で生きて帰れる努力をする事を約束します」
「・・・・・・・・・」
「難しい選択でしょう、どちらを選んでも失う物、後悔は付き物です。それが何なのかは誰も知りはしません、だけれど私達は選んで、進み続けなければいけないんです。」
「分かり、ました・・・・・時間をくれませんか?」
「はい、待ちましょう、しっかりと考えてください」
果てしなく遠い日々の記憶をどうして今、思い起こしたのだろう。
今になって思えばあの時のおばあちゃんの言葉は裏表のない本心だったのだろう。
私は選択を誤った、二者択一の選択で片方を選んで後悔するのは別に良いが、私は勝手に解釈をして間違えて与えられてもいない第三の選択を選んだ。
その結果、助けられた人もいれば、助けられなかった人もいる。
「過去に戻れれば、私は・・・・」
たらればの話をしてもしょうがない。私は間違い、迷った末にここに立っている。
どれだけ思い悩んでも、後悔しても、歩んできた人生が変わる訳ではない。
私は私の過ちを、生み出した業を背負って進み続けなければならない。
罪は重く、道は険しい。
「あぁお前等!?」
「車動かして見せたぞ!バ~カ!」
「お、お~い俺達を乗せてってくれよ!」
「こちら満員ですので、無理です」
「う、うっわぁ・・・すっごい睨まれた・・・怖・・・」
アクセルを弱めずに人の列に割り込む。
皆は面白い程に素早く横に避けて負け惜しみの賛美を送ってくれる。
ミラーに映った彼らが小さく果てに消えていくのを見届けた私は再び前を見る。
今日私は、少し大人に近づいたような気がした。