戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
「それで、速度を落とす時はブレーキを踏むんです。」
「は、はい・・・こうですか?」
「そうです!」
「あ、あはは意外と・・・・出来ない事もないんだな・・・無茶苦茶に気力が削がれるけど・・・」
「気楽にやってください、自家用車や会社の物ならまだしも他人からぶん捕った物なんですから、一台や二台廃車にしても大丈夫ですよ」
「そ、そうかな・・・・あの連隊長、絶対僕らの事を恨んでますよ、些細な事でケチつけて嫌がらせをしてくる気がします。」
「あ~あはは・・・廃車はやっぱりナシでお願いします・・・」
ダルマン君が運転に割と興味を示していたので軽く教えてみたけど、普通に直線を走らせることは出来るぐらいには覚えてくれた。
運転を代わった最初の頃は若干覚束なくて車がガコガコして、後ろに乗っていたヴォアナさんとシャルロット君が顔面蒼白で安否確認をしに来たのは笑ってしまった。
車は歩きより迂回しなければならない事が多く、歩くよりも距離は長かったけど、ものの30分程度で陣地に帰って来た。
「もう道は把握したので次は20分切れそうですね」
「え、結構スピード出して30分・・・でしたよね?」
「何だ何だお前等!・・・・いや本当に何だ?バジューク連隊長は敵の置き土産を頂きに行くと言っていたが」
「これは置き土産の一つです、後ろに物資を積んでいるので降ろします。」
「お、おう・・・いや~すげぇな、車かぁ・・・・車、うはは!良いじゃないか!」
「何だ何だ」「お、トラック!久しぶりに見たな~」「全員分の車があれば移動も楽なのになぁ」
「ヴォアナさん、シャルロット君、仕事の時間ですよ・・・・って、どうかしました?」
「い、いやぁ・・・気のせいじゃない?」
「仕事、そう仕事、何をすればいいんだ?」
「何言ってるんですか、荷物を運び出すんですよ」
「そ、そうね!荷物を運び出すのね、隊長は運転疲れたでしょうし少し休んだら良いんじゃない~」
「俺達がやっておくよ、部下だし」
荷台を見に来たら挙動と言動が不審になっている二人がいた。
直前まで何か食べていたのか口周りが汚れている、大方物資を先んじて漁ってのだろう、シャルロット君は食い意地が凄いと聞いているし。
隠れて食べるのは幼い可愛らしさを感じる、思わず頬が緩んでしまう。
「ど、どうかしたのかしら隊長?」
「ふふ、良いじゃないですか。―――――私の分、あったりします?」
「ドキ」
耳打ちをするように二人の間に入って小声で告げてみたら面白い程に肩を飛び上がらせて驚いていた。
隠し事をしている子供の反応はとても素直で愛嬌がある。
「え、え~っと」
「勿論・・・・あるぞ」
「本当ですか!それは嬉しいですね、えへへ、よいっしょ・・・!さあ早く積み下ろしますよ」
「・・・・あるの、シャル?」
「グースの分だけど・・・懐にはちょっと」
「あんたって奴は・・・・」
箱詰めにされた物資を運んだら、待っていましたと言わんばかりに開封待ちをしていた人たちが木箱に集まってお祭り状態になっていた。
その狂乱さながら騒ぎに、責任者とか管理人とか偉い人がやってきて没収してブーイングが起こるという流れだった。
車に積んでいる荷物がなくなったぐらいに、やっと歩いて荷物を持って帰って来た徒歩組が到着した。
「ぶはぁ・・・・疲れたぁ・・・」
「重いんだよ・・・」
「ハァ・・・ハァ」
「馬鹿みたい、車を動かして正解だったわね隊長!」
「そ、そうですね」
ヴォアナさんが疲労感に苛まれている他の仲間を見て優越感を感じている中、疲労困憊した集団の中からピンピンしている連隊長がこちらを捕捉して真っすぐ急行して来る。
流石に口が過ぎたか、鉄拳制裁をされるのか、身構えてしまう。
「おい偵察小隊」
「何よ、文句あんの?」
「・・・・出し抜いたからって、いい気になるなよ、戦争はお前らが想像している程に簡単じゃない。足元をすくわれない事だな」
「肝に銘じます、バジューク連隊長」
「ッチ」
「・・・・か、感じ悪い」
「はん!負け惜しみを言いに来たってだけね」
「・・・・」
特別な制裁とかはなくて軽く忠告されるだけで終わったので、胸を撫でおろすと同時にこんなあっさり区切りがつくのかと不安になる。
やはり根に持たれて、戦場で死地に向かうように誘導されでもしたらと思うと・・・。
「うわ、戻って来た」
「連隊長戻って来てる・・・・」
「偵察小隊」
「は、はい!何でしょうか!」
「このままお前等が馬鹿みたいに爆走してさっきの場所に戻ったら孤立する事間違いない、お前等は今搬入して来た物資を後方に輸送しろ」
「徒歩でぇ?」
「・・・・車でも何でも使えば良いだろう、口の利き方を知らない小娘が、ッチ、クソが・・・」
連隊長は相変わらず攻撃的な態度のヴォアナさんに怒り心頭になりながら去って行った。
しかし折角開拓した走行路が役に立つ前に任務変更とは勿体ない。
まあ特別抗議する気も無いので大人しく命令を厳守して後方に物資を運ぼう。
「もぉ!さっき積み下ろした荷物をまたすぐに戻すって馬鹿みたい!」
「しょうがないですよ、皆さん何もかも手探り何ですから、少しぐらいの不手際や要領の悪さはありますよ」
相変わらず賑やかしになるヴォアナさんの尖った意見を丸っと包み込みながら物資を積み込む。
ここから後方の拠点までは完全に山道なので回り道も多くなるし、車にしては時間もかかるだろう。
燃料メーターが心許ない数値を示していたので満タンにしてから出発した。
「アリンシャス!弾くれ!クソォ!」
「バン!」
「弾よ!」
「よっし!食らええ――――――」
「パァン!パァン!」
「っ、だいじょ・・・・!?」
「バタン」
「が、ご・・・ぉ、・・・あぁ゛・・・!」
「っひ・・・・」
すぐ隣にいた筈の仲間は次の瞬間、喉を銃弾に貫かれ倒れた。
首元を押さえていても血は止まる事なく流れ出す。
何か声を発しようにも言葉になどならない。
こうして人は死んでいくのだと突きつけられて、私は再び更に強い恐怖に束縛された。
私は臆病者だ。
恐怖から逃げようと目を背け、体を晒さないように縮こまる。
今なら瞼を閉じる力で缶詰すらをも開けれる気がする。
銃を手から転がり落ちる。
『アリスお前は本当にいい子じゃな、将来は何になりたいんだ。良ければお父さんに教えてくれないか?』
きっとこれは走馬灯と言うのだろう。
閉ざした瞼の向こうに見えるのはもう今はこの世にはいない私の父親・・・・代わりの優しいおじいさんなのだから。
目を閉じているのに開いているような不思議な感覚だった。
私自身の人生を思い返してみればまあ悪くない物だと思う、間違いなく生い立ちは恵まれていたと断言できる。
前半で恵まれ過ぎたせいで、最近は良くない事ばかりでしっぺ返しを受けている気さえする。
ただ理不尽を理不尽と受け入れられずに適当にそれらしい理由を付けて私自身を騙しているだけとも言える。
『世の中は金なのさアリンシャス、あんたも私みたいに世渡りを覚えたら楽出来るよ、このハードな時代をイージーに生きれるのさ』
この水煙草を吹かしているのは残念ながら紛うことなく私の母親だ。
父の星の数ほどいる愛人の一人で第・・・・5だか6人目ぐらいの妻だ。
妻を複数人持つ男性と結婚できるのなら母も中々の生まれ、という訳ではなかった。
残念ながら貴賤結婚だったのだ。
『あ~金がないわ、あの金づるから巻き上げて来るか~』
そして更に最低な事に母には愛情がなかった、夫を無料でお金を配ってくれる銀行程度にしか認識していなかったのだ。
お金を貰って毎日自堕落な生活を送っていて、本当にどうしようもない人だった。
『おぉアリスじゃないか、また大きくなったか、ほ~れ抱っこだぞ~』
この人が私の父親・・・・代わりの人だ。
母親の結婚相手で、好色家の金持ち、と言えば聞こえは悪いが私は尊敬している。
誰彼構わず体を売って突っ込まれる仕事をしていた母が私を身籠った時、どうしてはっきりこの人の子供だと分かるのだろう。
堕胎のお金をふんだくろうと最悪な下心で言い掛かりをつけてきた私の母親に結婚を申し込んだこの人がいなければ、私はこの世に生まれ落ちる事はなかった。
こんな最低な時代なら産み落とされない方が良かったと思う事が幾度もあるけど、父親代わり・・・おじいちゃんの顔を思い出す度にそんな考えは吹き飛んでいた。
『懐に飛び込んでお金をねだるんだよ、顔を少し下げて目線をめいいっぱい上にすればイチコロよ』
おじいちゃんは私をよく可愛がって・・・自分の子供を可愛がる子煩悩な人だったから、母はそんなおじいちゃんを利用して私に口うるさくお小遣いを貰って来いと強要していた。
『あ、あのおじいちゃん・・・・』
『何じゃいアリス?』
『・・・・・お、お母さんが、お金・・・・をって・・・・』
『おぉそうだったそうだった、ほれ、受け取れい~』
『二つ・・・?』
『片方はアリスがこっそりポケットに入れる分じゃぞ』
『・・・・あ、あのおじいちゃん』
『何じゃい?』
『別れ・・・ないの?・・・・別れた方が良いよ』
『何を言うんじゃ、私の事が嫌いなのか?』
『そんな!・・・・いいえ、でも・・・・お母さんは、おじいちゃんの事、愛してない・・・・私だって本当は誰の子かなんて定かじゃないし・・・・』
臆病な私の最初で最後の勇敢な行い。
人生で誇れる勇気ある行動を羅列するなら一番になる事は間違いない。
父親に母親と離縁するように勧める場面だ。
「ボン!バン!」
「っ・・・!」
「敵は敗走していくぞ!」
「・・・・!」
付近で何かが炸裂し、雪とか土を地面に巻き上げてそれが雨のように私に降り注ぐ。
折角、安寧の走馬灯を見ていたというのに辛い事ばかりの現実に引き戻された。
だけど、敵が敗走していくという雄々しい掛け声を聞いて私はほっと胸を撫でおろした。
「敵はもう逃げて行ったのね・・・」
物の陰から顔を上げて付近を見る。
死体だらけだ、多くが普通の人間で・・・・兵士の家族だった人達だ。
彼らは銃を持って戦った、だけれど私は・・・・。
「カチ」
「おっと動くな」
「え・・・・・」
「隠れているにしてもおざなりだな、手をゆっくりと上げろ、動くなよ・・・・」
「な、何で・・・」
不意に銃口を頭に突きつけられる、私は後ろに目が付いていないから分からないが頭にこつんと当てられたこの感触は間違いなく銃だ。
敵は逃げたというのにどうして私の後ろに敵がいるのだろうか。
「どうして敵は・・・・逃げたんじゃ・・・・」
「おいおい素人かお前は!逃げた敵は俺達にとっての敵だ、つまりはお前の味方だ!」
「そんな・・・・」
「っぶ!バカかよお前」
「おいどうした?・・・ん、生きてる敵、しかも女じゃねえか!」
「どうしたどうした?」「何か面白い事もあるのか!」「俺も混ぜろ」
俄かには信じがたい事実を否定しようと私は後ろを向く。
だけどそこには直視したくない非情な現実があった。
全員が全員、同じ服を着て、同じような銃を携帯していて、私達に引き金を引く敵の姿と全く同じだった。
「ど、どうか・・・礼節ある捕虜の扱いを・・・して・・・・」
「捕虜?礼節?兵士に遠慮はいらねえんだよ!」
「バキィ!」
「あぐ・・・っ・・・」
敵の善良さに期待して望み薄な事を口走った結果、相手に鼻を銃床で殴られて地面に項垂れた。
普通の人間の殴り程度なら膝はつかないけど今は普通の人間のフリをしなければもっとひどい目にあるかもしれないので全力で演技をする。
「あ?何だこいつ兵士じゃねえのか?」
「俺達を油断させる演技かもしれねえぞ」
「っ・・・」
「おいお前達何をしている!」
「こ、これは小隊長殿、いえ捕虜を希望する非戦闘員らしき住人がいたので交流を・・・・」
「今、正面では敵の本隊と我々の仲間が戦っているというのにそんな些事に無駄な時間を割いていたのか!」
「と、言いますと?」
「捕虜などいない!射殺しろ!」
「え?」
「射殺だ射殺!」
「でもそれ軍法的にアウトじゃ・・・・」
「つべこべうるさい!貴様を命令不服従で反逆者の仲間に加えてやろ―――――――――」
「あぁあ!!」
「何だ!」
「捕虜が逃げました小隊長、小隊長が変な事を言うから・・・・」
「何を呑気に見ている!さっさと撃て!」
「へいへい・・・・恨むなよアンタさん」
幸か不幸か、隊長職の非人道者がやってきたおかげで私に向いていた目線が殆ど別の場所に移り、逃げるチャンスが出来た。
全力で腕を振って、地面を蹴って恐ろしい場所から逃げる。
「バン!」
「あがっ・・・!?」
「っしゃアタリ!」
「あ、っぅ・・・動いて、お願い・・・痛たぁ・・・いっ、づぅ・・・逃げないと・・・っ」
足に電撃的な痺れを受けて、上手く動かせなくてもつれて転倒する。
すぐさまに起き上がろうとするけど右足が言う事を聞かない。
肝心な時にどうしてと怒り半分に足を叩くけど、右足はまるで自分の物ではないかのように小刻みに痙攣しており血を流していた。
もう、禄に動く事は出来ない。
待つのは・・・・死だけだ。