戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話   作:エルカス

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88次なる舞台へ

「アルデアルの山々もこれで見納めか」

 

「平たい土地も良いが、敵の手中に進んでいるようで不安だぜ」

 

「俺達は一体どこまで進む事になるんだろうな」

 

「大都市の一つや二つ占領したら国もビビり散らして降伏するんじゃないか?」

 

 

相変わらずの雪景色だけど山々に囲まれたアルデアルと違って地平線の彼方まで一望できる透き通った景色を見れるという点で違う。

冷めるような事を言えば敵も丸見えだしこちらも丸見えになりやすいので不安になる。

前の様に純粋に景色を楽しむ心は何処かに行ってしまった、戦争が終われば帰って来てくれることを切に願おう。

 

 

「そう言えば銃を持ってない奴や降参した奴は殺すなって厳命してたけどよ、何たって敵にそんな優しくしないといけないんだ」

 

「知らねえよ、でも偉い上の人が言ってるんだから何か考えがあるんだろ。俺達みたいに短絡的で刹那的な事しか出来ない阿呆とは違うんだ」

 

「はぁ・・・殺せば楽なのによ、背中から刺される危険をみすみす冒すのは嫌だぜ」

 

「考えすぎだろ」

 

「何言ってんだ、この前『お願い殺さないで!命だけは助けて!』って懇願した奴がいたから銃を下ろしたら咄嗟に拳銃引き抜いて殺されかけたんだ、たまったもんじゃねえよこっちは」

 

「じゃあ今度から降伏する奴は一発殴り飛ばして身ぐるみを改めなきゃな」

 

「カマ野郎のお前は敵を引ん剝く正当な理由が出来て万々歳だな、良かったな」

 

「失敬な、合理性と幸福を同時に追求できる画期的な方策だ」

 

「ああもう何で敵には女がいねえんだよぉお!」

 

「非力なノーマル女に撃ち殺されたら恥とかのレベルじゃないぞ、いなくて良いんだよ」

 

 

知らない土地、とまでは言えないけどあまり土地勘のない場所と言う事で少し大所帯、中隊規模で先行して進軍している。

4~6人の小集団が20個、それが互いに20~30m散開しているのでさながら陸で地引網をしている感覚だ。

海や漁に馴染みのないシャル君や他の人含め共感してくれる人がいないのは少し悲しかった。

 

 

「見えて来た、目標の『教会のある街』だ」

 

 

今回の軍事行動の最終的な目標はこの街の占領だ。

私達の部隊は攻略の手段を探り、可能ならそれを実行するか、その準備、不可能ならば野営陣地を設営する算段になっている。

 

 

「敵は見当たらないな・・・・ちびっ子供、何か見えるか?」

 

「俺は何も見つけられなかった」

 

「私も特に何もです」

 

「不気味だ、住民が全く見当たらねえ、俺達が暴れだしたとかで避難したならいいが・・・・」

 

『中隊集合!中隊集合だ!』

 

「ん、号令だな、集合するぞお前等」

 

 

 

「事前の偵察でも今回の観察でも街の詳細は分からなかった、こうなってはやはり身を挺して確かめる方法しかない」

 

「街に入るんですか?」

 

「そうだ、正直俺も嫌だが誰かが先陣を切らなければならない、参謀部によれば俺達の活躍で住民は戦火を避けるために避難している可能性が高いとされている」

 

「やっぱりな」

 

「ので、井戸には糞尿が投げ込まれ目ぼしい物にトラップを張られている可能性があるので無暗な行動は慎むように」

 

「何ですかそれ、性格悪すぎません?」

 

「退却時の常套手段だそうだ、各自警戒を怠らずに・・・・前進だ」

 

 

冬季が襲来しているとは言え今はまだ昼間、このようにちゃんと舗装されている道路なら人が数人歩いていても不思議ではないのに誰もいない。

街は静けさに包まれていて不気味な事この上ない。

窓が付いている建物を見ても内側から木材を打ち付けていて中の様子は分からない。

 

 

「お邪魔しますって玄関から入るか?」

 

「ドアを開けた瞬間、爆発する仕掛けもあるそうだ、無暗に開けるな」

 

 

皆及び腰で銃を構えながら道を進む。

前の人は前を、後ろの人は後ろを、横の人はそれぞれ左右を、真ん中にいる人はどの方角もくまなく。

そして私達はそんな陣形の周りを忙しく動く先行隊だ。

 

 

「こちらは異常・・・なし」

 

「こっちも異常なしだ」

 

「中隊前進・・・!」

 

「ガタン!」

 

「いて」

 

「「「!?」」」

 

「す、すまん・・・この消火栓・・・じゃない、自転車に躓いて」

 

「驚かせるな馬鹿野郎・・・・!」

 

「前見て歩け」

 

 

神経質になっているせいで些細な音にも反応してしまう。

道端で雪に埋もれた自転車に躓いた仲間が申し訳なさそうに自転車を立てかけて元の位置に戻す。

大事にならなくてほっと胸をなでおろそうとした瞬間だった。

 

 

「バタ」

 

「・・・・・」

 

「「「・・・・・」」」

 

 

籠った音のせいで明らかにそれが密閉された場所から出された音だと分かる。

中隊長含め、私・・・私の横にある建物から出た音に全員が注目した。

少し恐々としながら黙りこくる中隊長に目線で熱いメッセージを送られる。

 

 

「(そこに、何かいる)」

 

「(はい、確かめます)」

 

「(見ておく)」

 

 

解釈通りの事を本当に思っているのかは分からない、特に示し合わせのサインなんて決めてないので全部は感覚だ。

私が建物に近づいても止めないので多分解釈はあっているのだろう。

というかその時は自分の行動が中隊長の意に沿っているかなんて考える暇はなかった。

音の原因を一刻も早く究明し、この極度の緊張状態からただ解放されたかった。

 

 

「・・・・っ」

 

 

窓があり、他の建物と変わらず板材が打ち付けられていたが、隙間から少しだけ中が覗けそうだったので背伸びをした。

暗い部屋だった、窓が覆い隠されているせいで光なんて入らずに中はまるで夜だった。

机があり・・・暖炉、写真立て・・・・二階に続く階段。

 

 

「(中はよく分かりません、二階かもしれません、ドアの方を見ます)」

 

「(分かった)・・・お前等一か所に釘付けになってないで全周を警戒しろ・・・・ッ!」

 

 

我に返ったように中隊長が声を抑えて呟く。

音が出てからというもの、確かに皆この建物ばかり見てて隙だらけになっていた。

私も目の前のことばかりで注意力が散漫になっていた。

なので慎重にドアに手をかける。

 

 

「・・・・・!」

 

「(どうした?!)」

 

「(開いてます、これ)」

 

 

てっきり開かないと思っていたけどすんなり隙間が出来るぐらいに開いた。

ライフルの先っぽを隙間に入れ込みながらそれでドアを開けるように押す。

敵がいたらいつでも撃てるように、ドアからまず見える端から順に危険がない事を確かめ安全確認(クリアリング)していく。

 

 

「・・・・ッ!」

 

「・・・・っ~~!!」

 

 

暗い部屋の隅で目があった。

引き金にかかった指が震える、一歩間違えれば引いていた、私は息をする事を忘れた。

小さな子が、さらに小さな子を抱きかかえて震えていた。

 

 

「キィイイ・・・・」

 

 

慣性で動き続けるドアの間抜けな軋みが響く。

目が合った子は抱えている子の目を塞いでいた。

なぜ端っこで震えているのか、なぜそんな目で見られているのか。

そんな事を気にする前にその子達の顔が酷く気になった。

 

 

「何か・・・問題か・・・!」

 

「・・・・こ、・・・子供がいます、・・・・小さい子供です・・・・痩せこけてます・・・て、敵でしょうか・・・・」

 

「子供?」

 

「人が居るのか・・・・?」

 

 

銃を構えたまま、目が釘付けになったまま中隊長の質問に答える。

痩せこけていると言っても子供二人はかなりの厚着で肌なんて殆ど見えないが、唯一露出している顔の皮膚を見るに・・・細身とかのレベルではない範疇にあると思われる。

 

 

「周りを警戒しますチェルナー隊長、・・・・・一応無害そうなので銃は降ろしても良いんじゃないですか?」

 

「あ、・・・うん・・・ありがとうシャル君、あと私はもう隊長じゃないよ」

 

 

開き切ったドアからシャル君が顔を覗かせる、助言を受けて初めて私は自分が未だにあの子達に銃口を向け続けている事に気付いた。

少し震えながらライフルを下ろして担ぐ、念のため、片手に拳銃を持って部屋に踏み込む、銃口は怖いけど下に向けておく。

後ろからシャル君が追随して周りを見てくれている。

 

 

「・・・・こ、こんにちは、・・・・」

 

「・・・!」

 

「・・・・・こ、怖がらなくて大丈夫ですよ、何もしませんから・・・・」

 

『なに――』

 

『――黙って・・・!』

 

「「・・・・・」」

 

「・・・言葉・・・こっちの方が良いかな・・・・・『怖がらなくて大丈夫ですよ、何もしませんから』」

 

『・・・・!』

 

『・・・・だ、だれ?』

 

 

目を隠されている方の子が私の言葉に反応する。

この子達が少し漏らした言葉に合わせたが、効果はてきめんのようだ。

警戒心していた二人が興味を示してくれた。

しかし最近はもう滅多に使わなくなったハンガリー語をここで使うとは思わなかった。

おばあちゃん、話者がもう絶滅しそうなのに習う意味なんてないとか無神経な事を言ってごめんない。

 

 

「『私はカフカと言います。良ければ二人の名前を教えてくれませんか?』」

 

『・・・・・し、知らない人には名前を教えちゃダメって・・・』

 

「『それは・・・・確かに・・・・・じゃあ、お腹空いてる?食べ物とかあるよ?』」

 

『た、食べ物・・・!』

 

『あ、ちょっと・・・・!』

 

 

抱きかかえられていた子がもう辛抱たまらない感じで差し出した食べ物に飛びつく。

止めようと反応が遅れた大きい方の子は我武者羅に食べ物にありつく方の子を見て弱く微笑んだ。

 

 

「『大丈夫です、二人分ありますよ、如何ですか?』」

 

『・・・!い、いいの?』

 

「『一日三食から二食には減りますけど問題ありません』」

 

『・・・た、食べ物・・・・・・っ、・・・っ!!』

 

 

大きい方の子も差し出した食べ物を謙虚に受け取り小さく千切って頬張る。

その光景に少し絆される、想定していた危険な事もなく安堵の息をつこうかとした瞬間、外から凄まじい声が聞こえる。

 

 

「隊長、どんな話をしたんですか?この二人はいったい――――――」

 

「――――銃を捨てろ!銃を捨てろ!」

 

『くそったれ侵略者!動くな、動くと撃つぞ!』

 

「撃つぞ、撃つぞいいのか!」

 

『よりにもよって!銃を下ろせ!銃を下ろせと言ってるんだ!』

 

「!?・・・な、何が・・・・」

 

 

ドアから僅かに見える外では中隊長たちが恐々としながら銃をあらゆる方向に構えて叫んでいる。

奥の建物の屋根にはどこから現れたのか銃を構えた敵らしき人達がいる。

恐らく四方に同じような感じで配置されていてこちらに銃を向けているのだろう。

そして、少しの時間差でこちらにも

 

 

『銃を捨てろ!子供に手を出すな!』

 

「ッ!誰に銃を向けているんだ!それを下ろせクソ!」

 

 

二階から慌ただしく銃を構えて二人三人と大人が降りて来る。

彼らも同じく痩せこけており階段を降りるのもつらいのか、壁にもたれかかっている。

 

 

「銃を捨てろ言ってるんだ!」

 

『これ以上続けるなら撃つぞクソッタレ!』

 

「待ち伏せってか狡い奴らめ!」

 

『俺達の街から出て行けクソッタレ!誰も彼も出て行け!』

 

「『ち、違うんです、私達は・・・・』」

 

『黙れ!その子達から離れろ蛮族!』

 

「『話を聞いて・・・!』」

 

 

外の方では最初、両者全く異なる言葉で警告を飛ばし合っていたけど言語形態が違うと何となく分かるとお互いに知っている別の言語で罵り合いになる。

ドイツ語、ポーランド語、ルーマニア語、セルビア語、ブルガリア語、ギリシャ語、ロシア語、伝わっているのか伝わっていないのか分からないがお互いに銃を下ろす気配はない。

そして対話を試みても二階から現れた人達は銃をこちらに向けたまま、シャル君も臨戦態勢、私も鬼の気迫でじんわり詰め寄って来る彼らに後ずさりする。

拳銃を持つ手が力む、銃口はまだ下を向いている。

 

 

『やめておじちゃん!』

 

『こ、こらじっとしてなさい!』

 

『この人達食べ物くれたの!この前の人達とは違う!』

 

『そんな目先の事だけで判断すると騙され―――あ、こらどこに行く!戻って来なさい!』

 

「銃を捨てろ!捨てろよぉお!」

 

『あ、あれは・・・!』

 

「何だこのガキ!?」

 

『皆やめて!この人達悪い人じゃないよ!』

 

『くそ!言わせられているのか!』

 

『違うよ!お願いだからみんなやめて!良い人たちかもしれないんだよ!』

 

 

大きい方の子は大人の制止を振り切って外に飛び出して懇願するように叫んでいる。

幸いにも突然飛び出して、間違えて撃たれたりはしなかった。

 

 

『・・・・ッ』

 

「・・・・チェルナー隊長、どう話が転びましたか?銃は・・・・向けたままで良いんですか?」

 

 

私は腰に手をかけたままシャル君の銃先を下に押し下げた。

持っていた拳銃も仕舞った。

 

 

「『争う気はありません、銃を下ろして・・・・外の人にも同じようにするように伝えてください、私も同じようにしますので』」

 

『騙す気なら・・・・末代まで呪ってやる・・・!』

 

「・・・・銃を下ろした、のか?」

 

「シャル君はここに居てください、私は外にいる中隊長たちを・・・」

 

『お願いやめてよ!』

 

『畜生畜生ォ!どうするんだ!』

 

『下ろした瞬間撃たれたらどうするんだ!俺は・・・・信用しないぞ!』

 

「中隊長撃ちますか!?」

 

「撃たないでください!」

 

「中隊長随分と可愛らしい声変わりをしましたね!って訳ねえだろ、何で銃を下ろしてんだチビィ!殺されるぞ俺達全員!」

 

「彼らは子供を守ろうとしただけ!・・・・の筈です、多分・・・・」

 

「言ってて自信失くしてんじゃねえかアアン!?」

 

 

焦燥感を抑えきれずに飛び込んで、確証のない事を口走ったと言われればその通りと言う他ない。

状況としてみれば確かに在り得るけれど今私達に銃を向けている・・・現地住民と思われる人たちが敵でないという確証はない。

ただ、この空気感を、この雰囲気を私は一度味わっているからこそ不幸な事態にならない為に最善を尽くさねばと使命感に駆られた。

双方共に命の危機を感じるこの状況は戦争の発端になったあの日に似ていた。




テーマパーク(次の戦場)に来たみたいぜ、テンション上がるな~

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