戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
ここに初めてやって来てから5日、罵詈雑言ではなく挨拶を交わし合うようになってから3日。
戦争をしている最中だという事を忘れる程に私はとりとめのない日常風景の一つ一つに絆された。
皆で協力して動物を解体したり野菜の下ごしらえをしたりして、美味しいご飯を大きな鍋いっぱいに作って、それをお腹いっぱい食べる人達を見た。
車が一台も走る事のない車道で友達と雪合戦に興じる子供たちや、童心に戻った大人たちを見た。
夜、厳しい冷え込みから暖炉の前でお互いにくっついて大きな毛布1枚の中に納まって眠る人たちを見た。
朝起きると元気に挨拶を交わしてくれる隣人が居て、重要でもない近況話をしてくれる人たちがいた。
本当に、今までの痛い事、苦しい事、悩み事は夢のようで、私達兵士は普通の人とごく普通に交流して、仲良くなる事が出来た。
最初はお互いに銃を向け合う関係から始まったのに、親交を深めて隣人のような関係を築けた。
いつかの港町で見た、皆が手を取り合って仲良く暮らす夢の続きを見ている気分だった。
「よいしょおっと!」
『悪いなぁ・・・どうも最近は体が衰えてて』
「『お気になさらずに、困った事があれば相談してください。困っている時は助け合いましょう』」
『ありがたいねえ・・・・これで明後日の分までは暖炉の火を絶やす事なく保ち続けられるよ』
私はここの住民の人と問題なく意思疎通が出来ると言う事で駐屯部隊に配置替えとなった。
シャル君との別れは少しばかり不安だったけど、餞別で未開封の缶詰を貰ってこの子ならどこに行っても大丈夫そうだなと思ってしまった。
ここの住民の言葉を不自由なく喋れる人はいるにはいるのだが、兵士には少なく殆どその家族だったりする。
前線に出張っているのは9割9分兵士で、普通の人はみんな居住地でお留守番をしている。
急に引っ張って来るのも酷と言う事でこうなった。
居住地の方では、頼れるマンパワーの兵士がかなりいなくなったので人手が足りていないらしい。
今の季節は普通の人には堪える寒さなので、外での活動期間が基本的に日が昇っている時に限定される。
そういう事もあり農作物の収穫も中々に終わっていないそうだ。
また、夜の寒さを凌ぐために暖炉が必要なのでその為の燃料集めや設備維持に忙殺されるので余計に、と言う事だ。
雑に計算してアルデアルには20万人ぐらいの人が居て、兵士はだいたい3割ぐらいで6万人、今は遊兵も含めると2万、いや・・・3万人は戦いに出張っている。
「兵士一人は100人力」というのは流石に過言だが普通の人4人~10人分ぐらいの働きはする・・・らしい。
多分、厳冬期で日が落ちても活動できたりする利点を加味してここまで幅あるのだろう。
つまり居住地の生産力、労働力は凡そ半減しているという事だ。
簡単に比べるのは間違いかもしれないけど、まだ兵士がある程度残っている居住地と比べてこの教会街に兵士は一人もいない。
2000人か3000人いて、その内100人ぐらいの子供、年老いた人や非力な女性が1000人、瘦せすぎて動けない男の人が100人ぐらい。
そして自警団500人を差し引いて単純な労働力になる人は500人前後になる。
500人でその4倍から6倍の人口を養うのは普通の人にとっては酷だ。
現に私達が来る直前まで食料事情は逼迫して住民全員が飢えて骨を浮かせていた。
『今日はずっと強火にして眠れる・・・・』
「『これからもずっと強火に出来ますよ。それどころか薪から卒業だって出来るかもしれません、都市の方はガソリンストーブなるものが一般に普及してるんです』」
『家を燃やさずに暖かく出来る物なら何でもいいよ』
限りあるリソースを食料探索につぎ込んだ結果、当然このような暖房燃料の備蓄など二の次になった。
食料が満ち足りた今、自警団のようなまだ動ける人達は自力で薪を割って燃料を確保できたけど、子供たちや非力な人達にはやはり難しい。
木の伐採から加工、乾燥の工程を彼ら彼女らだけで完結させるのは至難の技だ。
『お姉ちゃん』
「『あ、リアちゃん。もしかして薪がいるの?』」
『うん、ありがとう。パンの姉ちゃん』
「『どういたしまして、・・・・・あれ、他に人は?』」
『私とこの子だけ』
『ども・・・・』
「『重いよ?』」
薪を貰う列も消化し終えて倉庫に割った薪を持って行こうとしたら遅れて受け取りに来た子が二人。
私がこの街で初めて出会った二人だ、しっかり者のリアちゃんと、おっちょこちょいのラザ君だ。
二人とも普通の子供なので薪を持てるか戸惑ったが試しにちょっと支えながら薪を渡す。
『が、頑張って持って行く・・・あわわ!?つ、潰れちゃう・・・・!』
「『やっぱり、重いでしょ』」
『二人で持って行く・・・・』
『「んん・・・・・」』
この感じだとこの子達は何回か往復して薪を持って行かなければならない。
面倒を見ている大人たちは一体どこで何をやっているのか文句を言いたくなったけど、二人にとってはこれが当たり前だったのかもしれない。
「『よし、お姉ちゃん手伝っちゃうぞ~!』」
『ほ、ホント・・・?』
「『でも甘やかしすぎるのはいけないですね。リアちゃんにはおっきいのを一つ、ラザ君には少し小さいのを』
『僕・・・お、大きいのでも大丈夫!』
「『お、言いましたね~じゃあこの大きいのをお願いします』」
『重・・・・重くない・・・・!』
束に縛った薪の塊から大きいのを一つずつ二人に渡す。
今一度固く縛りなおして私は薪の束を片手に抱える。
そして倉庫に持って行ってしまう予定だった束の中から出来るだけ多くをかき集めて縛り上げて開いたもう片方の手に持つ。
『す、凄い力持ち・・・・!』
「『私達にはこれくらい当然です』」
『いいなぁ・・・僕もこんな力持ちだったら・・・・』
「『羨ましいですか?』」
『うん・・・』
『羨ましい・・・・』
「『・・・・あ、あはは、良いでしょ?』」
子供の無垢な感想に対して少し言葉を詰まらせた。
二人の言葉は今までだったら恐れを知らないとか、日和見的な考え方だと世間に言われていただろう。
大抵の物を軽々と運べる力は、大抵の物を軽々と破壊できる事の裏返しだったから。
厄介者を見る視線に慣れていれば、こうして目を輝かせる子に驚かざるを得ない。
『パンのお姉ちゃんは・・・いつまでもここにいるの?』
「『う~ん分からないですね。呼ばれたら何処かに行くかもしれませんし呼ばれなくても1か月、2カ月もすれば元居た場所に帰るかもしれません』」
『じゃあ・・・・まだしばらくはいるの?』
「『はい』」
『やった・・・・っ!』
平静を装いながら顔を明後日の方向に向けてリアちゃんが喜びを嚙みしめているように見えた。
私がいる事がそんなにも嬉しい事なのか疑問に思う、もしかしていなくなったら食べ物もなくなると子供独特の謎解釈をされているのかもしれない。
「『私がいなくなっても食べ物には暫くは困りませんよ。毎日満腹になれます』」
『・・・・お腹いっぱいもいいけど』
どうやら子供独特の解釈の線はなさそうだ。
毎日満足に食べられると伝えても大して喜んでいない、いや少しは喜んでいるのだが先程見せた秘めたる感情の答えにはならない。
『パンの姉ちゃんはどこに住んでる・・・?家族とかいるの・・・・・?』
「『私、私達はここからずっと北に行った山の中で暮らしてます。家族は・・・一緒に暮らしてる人達が家族のようなものです』」
『変なの、一緒に暮らしてるだけで家族なんて』
「『そんな事ないですよ』」
『僕達も・・・・他の無し子や消え子と一緒に住んでるけど、家族になれない・・・パンの姉ちゃんは・・・いいなぁ』
『私達も家族、欲しいな・・・』
聞き捨てならない言葉がごく自然に流されていく。
もちろん気付いていない訳じゃなかった、本人達に直接聞く気にはなれなかったし、縁もゆかりもない土地であれこれ指図するのも図々しいと思ったから。
『パンの姉ちゃんも・・・無し子だったのか?』
デリケートな問題だと思っていたけど、本人達は軽く流す程度の物なのか。
言葉の意味を類推できても正確な用法は分からない、だから聞くほかなかった。
「『ごめん、その言葉はよく分からなくて』」
『無し子は親がいない子の事、消え子は親が消えた子の事。私とラザは消え子、食べ物がなくなり始めてからパパとママはこの街と私達を捨てて遠くに行ったの』
「『・・・・・』」
『あ・・・もしかしてパンの姉ちゃん気にして・・・ご、ごめん』
「『ああいやいや!・・・・うん、・・・そっか・・・・私は、パパとママはいなかったかな。でもおばあちゃんが育ててくれたの、おばあちゃん子って事』」
『『・・・・・』』
「『あ、あれ~ごめんね、何だか重い話になっちゃって』」
『物は軽く持てるのにね』
「『ゆ、
『慣れちゃったから』
一体何に慣れたのか、両親を失う事なのか、人が死ぬ事なのか、それともデリケートな話をする事なのか。
悲しい事である筈なのに本人達はそれをあまり不幸に思っていないように見えるから余計に心に刺さる。
いや、不幸に思う事をやめたのか、・・・どちらにせよ悲しい事だから悲しそうにしろと言う訳にもいかず、全て飲み込んで私はこの子達と接しなければならない。
「――――――ヒュウウウ」
『何か、聞こえない?』
「『聞こえますね』」
『お、お化け?』
『そんな訳ないでしょ』
「『この音は、どこかで・・・・・ッ!二人とも』伏せて!!!―――――――」
「ヒュウウ―――――――――ボォオオオン!」
ただでさえ不幸なこの子達は、私達がこの街にやってきたせいで更なる不幸に見舞われる事となった。
頭上の建物に砲弾が着弾し壁を倒壊させる。
私は両脇にいた二人を押し倒した。
薪が道路を転がる、戦争の歯車は再び動き始める、こちらの事情などお構いなく。
「ドナウ戦線から抽出した2個師団と新規徴兵された人員を編成しトランシルバニア方面軍、第4軍を設立しました」
今日も今日とて将軍達は何を言い出すか分からないウォーロック首相の目の前に立ち戦況の説明をしていた。
だが普段と違って将軍たちはそれなりに平静さを保っており、ウォーロック首相も険しい顔ではなく微笑み混じりの顔をしていた。
新たに作られた巨大な駒とそれが使役する小さな駒が地図上に続々と並べられる。
「総数は8万人で戦略予備として2万人が控えています」
「忌々しい兵士共に身の程を弁えさせるには十分な数なのか?」
「数少ない第14師団の生存者の証言によれば敵軍の総数は5000名から8000名です、多めに見積もって2万人でしょう」
首相から投げかけられた質問に冷静に答えた将軍は敵色の駒を並べる。
先程並べたばかりの自軍と対峙するとその駒の少なさと、その小ささが際立つ。
「戦力差は4倍から10倍、中世ならどんなに堅牢な城に籠城しようと陥落せしめる事が出来る過剰戦力です、宰相閣下もそれはよくご存じでしょう?」
「・・・・当たり前だ、第四軍には私が直々に赴き持ち帰った『外交成果』をふんだんに与えたからな」
将軍が煽るにようにウォーロックの『外交成果』の件を話に登場させる。
先程までは数的有利だけでは納得できない、と煮え切らない顔をしたウォーロックもすっかりいい気になって過剰戦力という言葉に同意した。
「一つに気になるのだが戦略図に一種類見知らぬ駒が増えている。これはなんだ?」
「閣下、こちらは戦車師団の兵科記号です」
「ああ!・・・・失念していた。いいデザインだ、周りの地味な駒よりも目立つし特別感がある」
歩兵師団や補給師団、騎兵連隊の駒をそれとなく侮辱されて将軍たちは苦笑いせざる得えなかった。
そして戦車師団の駒は一つが第四軍の中に配置されており、残り二つは道中に配置されていたが軍略図の時間が進むとドナウ戦線に配属された。
戦車師団を示したこの三つの駒は戦略図の上ではどの駒よりも機敏に動き続け、敵と衝突した。
「第四軍はブライラを起点とし、トランシルバニア南部地域の制圧を目指します」
「ドナウ戦線と違いこんなか細い街一つで軍を支え切れるのかね?また補給が問題になるのではないか?」
戦争の長期化に伴いウォーロックも少しは勉強をしたようで、散々素人意見を怒鳴り散らして将軍たちの髪の毛を散らしていた頃から少し成長していた。
怒鳴られる度に胃を痛めていた将軍からは「どの口が・・・・」と悶々と恨まれていた。
思いも寄らぬ質問に説明担当の将軍は慌てて軍略会議資料・・・とは別の資料の束を漁り底の底から書類を引き抜く。
「閣下の憂慮は理解できます。従来の単純な歩兵師団と違い、第四軍は高度に機械化された師団も含まれており極限寒冷下での行動となります」
「壊滅した第14師団は3割近くが凍死と聞く。せっかく準備した8万人の殆どが戦う前に落伍するのは避けなけならないだろう?勿論対処はしているだろうな」
「はい、車両系統はエンジン停止を原則禁止とし、スノース戦争で前線監視員を務めていた復員兵を多く動員し進軍の補助にあたらせています」
「あの禄でもない戦争で禄でもない兵士の監視役が道案内とは頼もしいな。奴らなら兵士の殺し方まで熟知しているだろう」
「また民間から余剰の防寒着を徴用し部隊への配備を進めています。相手はあくまで暴徒ですからわざわざ軍用の防寒着を増産する必要もありません」
対ブルガリア懲罰戦争の長期化で冬季に突入した事によりバルカン連邦は冬季装備の不足に悩まされる事となった。
当然の話だが常備軍、平時にも存在する師団には365日の季節に合わせた装備が常に準備されている。
だが総動員を開始した事により師団の数は2倍3倍と膨れ上がり当然増えた分の銃や弾丸、大砲を用意しなければならない。
衣服も例に漏れず本来なら用意されるべき物の一つだったが、100万人分ともなれば簡単な話ではなかった。
「話は変わるがドナウ戦線の前線再配属率はどれくらいに改善した?」
「先週は先々週から3万人、6%の改善です。退いた50万人の内34%、約17万人が前線に復帰しました」
「忌々しい話だ。私服の防寒着を着れば良いというのにやれ装備の運用が不便になるだとか誤射の心配があるなど喚き散らして攻勢の手を緩めおって・・・!」
「来年の1月末には軍全体に防寒装備が供給され万全な展開が可能になるでしょう」
銀狼作戦開始から二か月、前述した理由などから師団の作戦遂行能力が大きく低下し、計画のスケジュールは大きく変更となった。
元々は早期決着を主眼に置いた損害度外視の軍事行動だったが今ではそんな基本理念など念頭にも置かれずに計画が修正されている。
食料不足は外国からの援助で先延ばしが可能になり、武器不足は善良な第三者からの提供により事足りる『予定』が出来たからだ。
既に11月末から食料と武器の搬入も始まっており、先月までは静寂に包まれていた都市には炊き出しを求めて列を奪い合う市民達でごった返しになる始末だった。
ともあれ、
「及第点だ、少し話は逸れたが第四軍の話だ、道に迷って凍死する危険が抑えられる事は理解した。しかし車両のエンジンを停止しないと言うのは無理があるのではないか?」
「理論上は問題ありません。過熱して爆発するなどの事は」
「私を馬鹿にしているのか?そんな事は百も承知だ、だが冬季に入ってから抱えている運転手が頻繁に給油代を請求しに来たことは記憶に新しい、何が言いたいか分かるか?」
「燃料消費の懸念でしょうか?」
「その通りだ、『外交』の際にも戦車の導入をする時は双方に燃料燃料と口うるさく言われ聾啞者になりかけたからな、嫌でも頭によぎる」
「閣下の懸念は尤もです、第四軍には戦車や装甲車などの石油を必要とする車両が1000両ありますので毎週200~300キロリットルの石油輸送が必要になります」
「膨大な量に聞こえるが?」
「凡そここブカレストが1日に消費する石油総量と同じですね」
「・・・・そう聞くと些細な量に思える」
「閣下、幸運にも我々は石油大国です。ここから僅か56km先にあるプロイェシティから無尽蔵に石油が供給されます」
「そうなのか?」
「そうです。先の戦争においてプロイェシティから前線へ張り巡らされた鉄道網は国の北部地域の殆どを網羅しています、石油定期路線便です」
「言われてみればそのような物もあったな」
「戦後不況のブラックマンデーによる経済打撃と故ヨシップ氏の事件の後に多少の混乱(大企業の解体)があり操業が停止していましたが既に10月には復旧しています、鉄道路線の再確保も完了しています」
「ふむ、つまり問題ないという事か?」
「はいその通りです。産地から精製された石油を貨物列車で前線に近い集積場に届け第四軍に供給します、このように・・・・!」
「そ、そうか」
若干興奮気味の将軍は戦略図の上に透過シートを敷き私物の鉄道路線図を重ねる。
すると丁度良く描かれていた鉄道路線と第四軍の展開位置が近く補給の容易さを物語った。
少しの緊張感と厳格さを持って説明を続けた将軍が浮足立つ様子にウォーロックは圧倒されながらよく分からずに頷いた。
軍略会議は特に罵声が発生する事無く終わり、途中退室をする将軍もいなければ大粒の汗を顔いっぱいに貼り付けた苦労人も発生しなかった。
会議が何事もなく終わったのでヨシッ!
市街地への砲撃?ちょっと何言ってるのかよく分からない・・・・