戦争が急に終わったせいで無職になった元兵士の女の子が路頭に迷ってしまった話 作:エルカス
遠くから小さな風切り音が聞こえたかと思えばパンのお姉さんが形相を変えて私とラザを抱えて地面に飛び込んだ。
急な事でびっくりして反射的に転ばないように手を突き出してしまう。
固く踏み固められた雪と弱い皮膚が擦れて手が痛い。
だけどじんわりとした痛さを感じる前に、生まれてから聞いた事もないような爆音が鳴り響いた。
「ボン!」「ボン!」「ボボン!」
到底受け止めきれない爆音に耳を壊されて音がよく聞こえなくなって耳鳴りがする。
肌を鋭く刺す様な極寒の空気がいつの間にかほんのり暖かくなる。
「ゴォオオン!」「バン!」「ボオオン!」
ちょっと力が緩む時があったけど私達は少なくとも1分は地面にぴったりくっついていた。
長い1分だった、最初は擦れた手の皮が気になって、次に音を拾わなくなった耳が気になって。
意味が分からないままに長い時間が過ぎて行った。
「や、止んだ・・・・?」
「二人とも大丈夫ですか!?」
「い、今のな、何だったの・・・?」
「ラザくんは大丈夫ですね、リアさん?・・・・リアさん!」
「え・・・あ、・・・うん」
「声は聞こえますか!どこもケガしてないですよね!」
呆然としたまま目の焦点が定まらなかったけど、目の前にパンのお姉ちゃんが来て両肩を揺らしてやっと我に返った。
だけど耳鳴りは止まずに視界は歪んでいる、体がフラフラとする。
「けが?・・・・あ、手が・・・痛い」
「手?・・・・分かりました、後で薬を塗りましょう。・・・・リアさん!しっかり!」
「あ、・・・あ、うんパンのお姉ちゃん、あ、薪落としちゃったから拾わないと・・・・・」
「そんなので良いですから!今は取り合えず――――――――」
「ボォン!」
「う、うわぁ・・・また・・・また始まった?」
「とにかく手を!絶対に離さないでください!私に付いて来て、良いですね!」
ラザが見る方向に目を向ける。
ただ横を見ようとしたのに体が少しぐねっとなって、足元がふらつく。
幸いにもパンのお姉ちゃんが手をずっと握ってくれてたからそのまま雪の上に転ぶことはなかった。
この目で見たのは、半分が抉られた家々と噴煙を巻き起こして灰色に染まる空だった。
たぶん風圧か何かで僅かに残っていた窓ガラスも割れるかひび割れ、屋根にしがみついていた雪は一斉に滑り落ちていた。
「はぁ、はぁ・・・う、すぅ、う・・・うぅう・・・怖い、何これ」
「大丈夫、大丈夫きっと・・・何があっても怖くないですから、きっと大丈夫ですから」
走る、必死に走る。
パンのお姉ちゃんの足が速いせいで常にこちらの手が引っ張られて自分では走れないような速度が出ている。
絶え間なく交互に動く足が熱くなって、寒い筈なのに体全体が熱くて、熱くて仕方なかった。
ラザは怯えたような声で呟いて、その怖さが伝播したのかパンのお姉ちゃんも不安げに自分に言い聞かせるように同じことをぼやいた。
きっと大丈夫、怖い事はないと。
「はぁ、はぁ・・・・ッ!あ、着いた?も、もう走らない?・・・・パンの姉ちゃん?」
「いいえすぐにでも走ります!ここも安全じゃない可能性が―――――――」
「あ、アンタ!」
走る事に夢中でどこに向かっていたかなんて考えてもいなくて、足を止めた今やっと私達が何処に居るか分かった。
捨て子や無し子、私とラザのような身寄りのない子供の為の家、そこに居た。
中に入ろうとしたパンのお姉ちゃんは逆に中から出てきたおばさんに鬼の形相で吠えられた。
「アンタ達が招いたのかい!?私達の街が無茶苦茶に壊されて・・・・!一体どうしてくれるんだい!」
「今はそんな事よりも避難してください!ここもいつ砲撃されるか分からないんですよ!」
「ふざけんじゃないよ、何がそんな事だよ!あんたらが来なけりゃこんな事にはならなかったかもしれないのに!私は反対だったんだよ!」
「こ、これは合意の元で・・・とにかくここは危険ですから安全な場所に―――」
「あいつらはアンタ達を殺しに来たんだよ・・・そうよ、アンタ達が狙われるべきなのよ!私達じゃない、私達の筈がないわ!一緒にされちゃごめんだわ!」
おばさんは喚き散らしながら走り去っていった。
食糧が尽きかけた時もああやっておかしくなった人達が沢山いたから別に驚く事でもない。
逆に食い扶持が減って有り難いとさえ思える。
「っ、・・・・皆さん無事ですか!」
「さっきの音なに?」
「パンの人!」「お姉さん!」
「ここは危険ですから避難を・・・・・とにかく街の北の方に!」
「ええ?危険な時は家でじっとしておくんだよ」
「そうそう、ここら辺でこの家は一番丈夫だし狭いけど地下室もあるよ」
「家が頑丈でも大砲が命中すれば木っ端微塵ですよ!とにかくまだ飛んでこない北の方に・・・・北のどこかに行くべきです!」
「どこ行くんだ?」
「空き家ばっかりで寒いのやだな~」
「教会が良いんじゃない、大きくて広いし」
「そ、そうですね!教会に急ぎましょう皆さん!」
この前までならいざ知らず、皆パンのお姉ちゃんによくして貰って沢山遊んでもらったから素直に言う事を聞いている。
部外者の言う事を聞いたり信じたりするなという忠告もあった気がするけど、もうパンのお姉ちゃんは他人ではないので関係なかった。
「さあ皆さん早く!建物の横にくっついてください!」
「て、手袋・・・外出用の手袋・・・・」
「僕の帽子がない・・・無くしちゃった・・・!」
「帽子も手袋も私のをあげますから急いでください!」
「え、でもそんな事したら寒いよ・・・?」
「寒くても良いですから!」
少し頭足らずの子が二人、外出用の防寒具をどこかに放り投げて見つけるのに手間取っているのを見て、パンのお姉ちゃんは一切の躊躇いなくマフラーとニット帽と手袋を着させた。
首元と手が露出して寒そうな格好になる、サイズ違いの物を貰った子は頭に麻袋を被らされた悪い人みたいに顔全体がニット帽に覆いつくされた。
その上で大急ぎにマフラーを巻かれたせいで思わず笑ってしまう姿になる、まるでうんちだ。
「ま、前が見えない・・・」
「この手袋ぶかぶか~!」
「あ、しまった。ええいとにかく急ぎますよ!」
かなり慌てていたパンのお姉ちゃんもやっとマフラーとニット帽で前が見えない子の事に気付いてより慌てる。
仕方なく何も見えていない子の背中が押されて家の扉に誘導する。
「皆さん絶対に付いて来てくださいね!命に関わりますから、これは遊びじゃない―――」
「―――――ビュウウゥウ、ボン!」
「きゃあ!?」「わぁ!?」
「い、家が爆発した!」
「ダン!ショーン!パンのお姉ちゃん!・・・へ、返事して!」
「何があったの・・・!?」
「二階の下敷きに・・・・」
「し、死んじゃったの・・・・三人とも?」
また先程と同じ風切り音がした、前回と違ったのは眼前の家が抉られた事だ。
ちょうど家の真ん中あたりが抉られてそこにいたパンのお姉ちゃんに崩れた二階が降り注いだ。
入り口から家の中を覗いていた私達でさえ崩れて巻き起こった風にバランスを崩した。
それにもっと近い場所にいたのなら・・・もっとひどい事になるのではと分かった。
「死んじゃった・・・・」
「嘘・・・でしょ、こんな簡単に?」
「死んだ!?死んだのか!?」
数か月は暮らしていた家が煙で満たされ、家財が散乱する。
こんなにも急に人が死ぬ事には慣れていなかったせいで皆びっくりしている、私もびっくりしている。
人は死ぬとき、もっとこう長く苦しんで死ぬと知っていたから。
さよならの一言もないままに永遠の別れを迎える事は、人が少しずつ死んで消えていくことに慣れてしまった私達に今一度命の儚さを分からせた。
「ダぁああン、ジョォオオン!ねええちゃああん!!」
「え、そんな嫌だ・・・・どうして?」
「また一緒に遊ぼうって言ったのに・・・・」
「ダンもショーンも・・・・折角元気になったのに」
「う、う゛、うわぁ゛ああ゛ああん!」
現実を受け止めきれない、事実として瓦礫の山となった家が答えなのにそれを理解したくない。
普段は子供だからと何も分からず、流されるままの幼さが嫌になるのに、今ばかりは何も理解できなかった頃が恋しい。
悲しみと涙が湧き出てきた。
「バキ!」
そして腕も湧き出て来た。
「!?手が・・・・手が現れた!」
「うわぁああ!?お化け!」
「ダンが化けて来たんだ!俺があいつの手袋を隠したせいだ!」
「お前何してんだよ!?」
「バキ!ボキ!」
「うわぁなに!?」
瓦礫から突き破って出て来た手は周りにあった大きな塊を、埃を払うように退けた。
そして瓦礫の中に戻って―――――――――
「皆さん無事ですか!?ケガはありませんか!?」
「ひぇっ・・・・」
死んだと思っていたパンのお姉ちゃんの片手として現れた。
かなり量の瓦礫を押しのけて現れたお姉ちゃんの下には小さく縮こまったダンとショーンもいた。
「け、怪我とかはパンの姉ちゃんの方だろ!」
「皆さん無事なんですね!良かった・・・・ダン君、ショーン君大丈夫ですか?」
「足くじいた・・・・」
「鼻が痛い・・・地面にぶつけた、痛いよぉおお・・・・!」
顔を覆われてるショーンは強打したという鼻を指さすけどマフラーで隠れているので見えない。
ダンは立ち上がろうとしたけど途中で座り込んでしまう、どうやら本当に足を挫いてしまったようだ。
「ダン君は私が背負います!ショーン君、今は我慢してください!」
「そんなああ痛いよぉお!」
「鼻血ぐらい珍しい事じゃないだろ?って鼻血すら出てないし・・・よし、大丈夫だな!」
「大丈夫じゃないよぉおお!!」
「泣くなよショーン、パンの姉ちゃんの方が痛そうなんだぜ?」
「え?・・・・え、・・っひ」
普段から仲良くしてる子にショーンはマフラーを解かれる、鼻が少し赤くなってるけど鼻血もないし内出血している様子もない。
でも泣く動作に入っているからどうにもならないかと思いきや、瓦礫で怪我をしたパンのお姉ちゃんを見ると顔を引きつらせて泣き止んだ。
「足が・・・抜けな・・・っぅううう・・・・・っくぅ!ぬけ、ろっ!」
パンのお姉ちゃんのモコモコの服は降り注いだ瓦礫で穴だらけだし素肌を晒していた頭の所々は切り傷が出来て血が少し滲み出ていた。
今しがた瓦礫に埋まっていた足を引き抜いていたけどそっちはもっと痛々しくて、それなりの大きさな木の棒が刺さってズボンを貫通して皮膚が抉れていた。
「よし抜けた!お持たせしてごめんなさい皆さん!教会に急ぎましょう!」
「え、いやでも・・・怪我・・・」
「だからショーン君!今は我慢してください!」
「あ、・・・・・う、うん・・・・分かっ・・・・分かりました」
「よし、偉いですよ!皆手を繋いでください!」
自分の怪我をまったく気にしないパンのお姉ちゃんを心配していたけど走り始めてからはそんな余裕は無くなった。
途中、家が道を塞ぐように倒壊していて、迂回したり積み上がった瓦礫の山を登って降りたりしたから。
先導しているお姉ちゃんが爆発する前兆の風切り音を聞いて急に伏せたり道の脇に急に飛び込んだりするから。
飛んで転んで走って飛んで転んで走ってを繰り返す内に頭はぐるぐるになって気力だけで走っていた。
正気とは思えなかった。
無関係の市民やこんな小さな子供たちも居ると言うのに無差別に手当たり次第街を破壊するなんて考えられない。
人のする事じゃない、誰かを守るための軍隊の所業じゃない。
「よく子供たちをここまで連れて来てくれた、感謝する・・・・!」
「いいえ神父さん、私達の当然の役目です。子供達からここは安全と聞いたのですけど大丈夫なのでしょうか?」
「ここは教会だから他の建物よりは標的にされにくいでしょう」
教会が標的にされにくいロジックはよく分からないけど、神父さんが冷静にここに滞在し続けているから恐らく安全と思う。
というかここが危険ならばこの子達をもう街から遠ざけるしか選択肢がなくなる。
たかだか300~400メートル全力疾走しただけなのに動けそうにない子達を見ると長距離の移動など到底不可能に思う。
「18・・・・32・・・中央地区には33人・・・・誰か一人いない・・・カフカさん、子供が一人足りていない!」
「そんな、家にはもう誰もいない事を確認しています!」
「いないのは誰だ・・・・!」
「僕居るよ」「私も居るわよ」「誰がいないんだ?」
「プロウズが出かけてた気がするような・・・・」
「ど、何処に出かけたんだ一人で!」
「い、いや・・・お墓参りって、先週は色々あっていけなかったから今週は付き添いがいなくても絶対行くんだって」
神父さんがいなくなった子供の所在を何か知ってそうな子から聞きだす。
怖い顔で迫られた子供はプルプルしながら質問に答えて震えている。
「共同墓地は東地区の北側に・・・・中央地区よりは砲撃が飛んでくる事はなさそうだが・・・・」
危険があまりなさそうな言いぶりだけどそれでも心配そうな神父さんは俯いている。
そんな時だった、寒いのでさっさと閉めた扉が乱暴に蹴破られて続々と銃を持った住民達がやって来たのは。
「スプルスカ!どうするつもりだこの状況を!」
「街が戦場になるぞ、早くどうにかしないと!」
「あの邪魔者の兵士共を突き出して何とか矛を収めて貰・・・・・あ」
「・・・・・・誰を突き出すんですか?」
威勢よく入って来た住民がこちらがいる事を確認するとしまったという風に口を抑える。
私達のせいで街が壊されたと言うのは申し訳ないと思うけど裏切られるとなると話は違ってくる。
「狼狽えるなお前等!部外者のお前は出て行け、俺達はこれから大事な話をしなきゃいけないんだ!」
「私達に聞かれたくない後ろめたい話をするんですか?」
「何を話そうがお前には関係ないだろう!」
6人くらいに囲まれる中で奥の方を見ると神父さんが胸倉を掴まれて詰め寄られている。
私はてっきりこの街の人達はスプルスカ神父さんが主導して動いていると思っていたけどそうではないらしい。
私達と協力する人達とバルカン連邦に協力したい人たちの二派閥が居るのか、どうにせよ一枚岩ではない。