終末に少女は世界の終わりを旅して廻る【完結】   作:皇我リキ

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滅びる世界

 ソレは突然この世界に現れました。

 

 

「なんだ? ゲームのモンスターみたいな──」

 魔物。

 

 物理──この世界における化学では測れない、魔力的生物。

 

 

「ば、化け物!!」

「助けて!!」

 ソレらは突如としてこの世界に現れ、それまで平和そのものだった世界の秩序を乱していく。

 

 一夜にして滅びた一つの国。

 周辺国は一週間も経たずに魔物に蹂躙され、人類が反撃の準備を整えるまでの間に世界地図から国の名前は失われました。

 

 

 しかし、唯一魔物の侵攻を抑える事が出来た軍事大国も消耗戦を強いられる。

 

 人類に残された唯一の場所。

 生き残った人々は集まり、魔物から世界を取り戻す為の戦いを始めました。

 

 

 この世界にソレが現れてから三十年後の事です。

 

 この世界()ゆっくりと、終わりを迎えようとしていました。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ガタガタと、立て付けの悪い床が音を立てる。

 

 

「この床、突然落ちたりしないっすよね?」

「馬鹿言えピーター。いつ落ちるか分からねーよ」

「嘘でしょジョージ隊長!?」

 頭がツルツルの()()の返事を聞いて、金髪の若い少年は顔を真っ青にして脚を浮かせた。お尻が床についているので、そんな事をしても意味はない。

 

「年代物の飛行船だからな。飛んでるのが不思議なくらいだ」

「うわぁ……でも、そうっすよね。使い捨てるには丁度良いって事なんでしょ。帰りの事なんて考えなくてもいいんすから」

 不貞腐れたように、少年──ピーターはそう声を漏らす。

 

「そう言うなピーター。大丈夫だ、俺達は必ず生きて帰る。食糧プラントに侵入した魔物達を皆殺しにしてな」

 隊長──ジョージは、年季の入った拳を反対の掌にぶつけて、周りに居る()()隊員に視線を向けました。

 

 

「俺達は死にに行くわけじゃない。そうだろ? 皆!」

 隊長のその言葉で、飛行船に乗っていた隊員達が雄叫びを上げる。

 

 その衝撃で、床が文字に出来ないような音を上げ、隊員達は一瞬で静まり返った。

 

 

 

「……そもそも食糧プラントなんて大切な施設、なんで人類生活圏の端っこに作ったんだよって感じっすよね。イヴちゃんもそう思うでしょ? もっと安全なさ、中心地に置くべきじゃないかって」

 沈黙に耐えられなかったのか、ピーターが()にそう問い掛けてくる。

 

「人類に残された直径百キロの生活圏。その中心にあるのはお偉いさんの屋敷です。お偉いさんが残された他の()()()()()()の食事の為に、自分達の安全を配ると思いますか?」

「お、思わない……」

 初めから黙っていた私がそう淡々と述べると、ピーターは目を半開きにして納得した。

 

 

 魔物がこの世界に現れて三十年。

 生き残った人類が団結したとしても、社会の仕組みが変わる事はありません。むしろ表面上に強く出たと言っても良いでしょう。

 

 偉い人が偉くない人を使う社会。

 偉くない人は──自分が生きる為に──偉い人の言う事を聞かなければならない。

 

 

 そういう社会の仕組みは、終末が近付けば近付く程に顕著に見えてくるものだ。

 

 

「お前が産まれる頃にはもう、世界はそういう仕組みになっていたからな」

 ピーターの隣で、ジョージ隊長がそう漏らす。

 

「魔物がこの世界に現れたのは、俺が十五の頃だった。お前より少し若いくらいか。……あの時は生きるのだけで必死だった。その、お偉いさんが生き残りの人類を集めてなきゃ、今頃俺達も死んでる」

 そう言って、隊長はピーターの髪の毛をワシャワシャと揉んだ。

 

「や、辞めてくださいっすよ隊長! 自分がハゲだからって人の髪の毛攻撃するの!」

「誰がハゲだ!! これはスキンヘッドだ!!」

 揺れる電球が隊長の頭を照らす。光が眩しく反射していた。

 

 

「俺達は生まれた時から世界に魔物が居たから、ちょっと分かんないっすよ。ねぇ、イヴちゃん」

「え? あー、はい。そうですね」

 そうではない。

 

「魔物より歳下の子供が戦いに駆り出される。……こんな戦いは、早く終わらせなきゃいけないのにな。俺達大人は、こうして情けなく子供の手を借りるしかない」

 私の隣で、もう一人の隊員がそう口を開く。

 

 彼は左腕を魔物との戦いで失っていた。

 そんな彼だけではない。隊員達の殆どが、身体を欠損していたりそうでなくても大切な物を失っている。

 

 

「子供じゃないっすよ! 俺は……母ちゃんの仇を取りたくて、自分で志願したんすから!」

 このピーターという少年も、その一人だった。

 

 

「意気込みは大事だ。だが、大切なのは今ある自分の命だぞ。分かってんな?」

「はい! 隊長!」

「返事だけは良いんだよなぁ」

 世界の終わり。

 

 魔物が現れて三十年。

 

 

 残された人類の安全な生活圏は、高さ五十メートルの巨大な壁に守られた、直径百キロの小さな楽園だけ。

 

 そんな中で、生活圏の端にある食糧プラントが魔物達に襲われたと連絡が入る。

 巨大な壁で守られている筈の生活圏に侵入した魔物達を撃退する為、駆り出されたのがジョージ隊長が率いる私達の部隊でした。

 

 

「さぁ、そろそろ降下地点だ。必ず生き残って、我等が人類の食糧プラントを奪還する。なんなら、ご褒美につまみ食いしたってバレやしない!」

 ジョージ隊長がそう言うと、隊員達は嬉しそうに笑う。

 

「腹一杯食おう」

 飛行船の床を蹴る隊長。同時に、床が落ちた。どういうカラクリなのか。

 

 

「あー、本当に床が落ちるんですね」

「えぇぇ!?」

 端的に漏らした私の横で、ピーターが悲鳴を上げる。

 

 床と一緒に、私達()()は高度二千メートルから落下。一瞬で地面との距離は半分になり、その瞬間にパラーシュートが開いた。

 

 

 目に映るのは燃え上がる食糧プラント。

 魔物の攻撃で職員は全滅。魔物はその性質上、人類の生活圏中心に向かい進軍していて食糧プラント自体は手薄になっている。

 

 

 この降下作戦の目的は食糧プラントの奪還だ。

 

 まずは空から奇襲し、魔物の軍隊の中心に穴を開ける。

 後は防衛戦。正面からやりあって大量の魔物を相手にするよりか幾分かはマシな作戦だ。

 

 

「数が多いですね……」

 先に投下された爆弾がそれなりの数の魔物を葬る。

 

 しかし、想定より魔物の数が多い。

 安全に着地出来るのか、それすら疑問だった。

 

 

「反撃が──」

 突然、近くにいた筈の仲間の声が消える。

 

 振り向くと、仲間の一人が燃えて灰になっていた。魔物が炎を吐いてきたらしい。

 

 

 更に上空。

 魔物の攻撃でパラーシュートを破られた隊員が、私の目の前を通過して落ちていく。

 

 それはそのまま地面に落下して、地面に赤い染みを作った。

 

 

「くそ!! 予定より魔物が多い……。イヴ!! 避けろ!!」

「え」

 下から聞こえる隊長の声。

 

「パラーシュートを外せ!!」

 次の瞬間、一瞬の衝撃と共に降下速度が上がる。パラーシュートを破られたらしい。

 

「……流石に、これは」

 言われると同時にパラーシュートを外した。

 

 落ちる身体。

 下にいた隊長が、上手く姿勢を制御して私の手を掴み上げる。

 

 

「ナイスキャッチ……」

「良く判断した、イヴ」

 その剛腕で私の身体を抱き上げる隊長。その後直ぐ、私達は無事に着地する事が出来た。

 

 しかし気を抜く事は許されない。ここからが本番なのだから。

 

 

「施設の壁を使え!! まずは敵を減らす。その後は防衛戦だ!! プラントの食い物を食い漁りながらな!! 今夜はパーティだぜ!!」

 隊長の怒号が屋根の無くなっている食糧プラント内に響く。

 

 施設内部に入り込んだ私達は、四方八方から向かってくる魔物を迎撃する形で迎え撃った。

 

 

「こっちの数が多い!! 助け──がぁ!?」

「待て今そっちに──」

 しかし、その全てが上手くいく訳ではない。

 

 

「死ぬな!! お前達、生きろ!! 生きる事だけを考えろ!!」

 両手に銃を持って、それを乱射しながら隊長が叫ぶ。

 

 

「魔物、この生き物達は……」

「イヴちゃん!」

「後ろです、ピーター」

「え、うゎ!?」

 魔物。

 

 

 この世界に突如として現れた魔法的生命体。

 

 それら全てが物理的に干渉出来ないという訳ではなく、弱い魔物なら実弾銃でも生命活動を停止させる事が可能だ。

 

 身体から炎や電気を発生させたり、物理的にはあり得ない力を持つ魔物もいる。

 それらはこの世界で科学的に証明出来ない()()と呼ばれる力で発生する現象だ。

 

 しかし、その魔力が、魔物が、どうして、どうやってこの世界に現れたのか。この世界の人類は何も知らない。

 

 

 

「──そっちは!?」

「ダメだ、死んでる」

 食糧プラントに立て篭もり、五時間が経過する。

 

 施設の周りに集まっていた魔物達は、一時間前──作戦開始から四時間で掃討された。

 一瞬の休息を得た私達ですが、少なくない仲間の損失に肩を落とす。

 

 

「ピーター、食べないのですか? あなたの好物の合成タンパクですよ」

「い、いらない……」

 塞ぎ込むピーターの前にプラント内に保存してあった食糧を渡そうとするが、彼は私の手を弾いて食糧が床を汚しました。

 

「食べろ」

 そんなピーターの首元を高み、体を持ち上げる隊長。

 

 頑なに口を開こうとしないピーターの顎を無理矢理開いて、隊長は口の中に食事を無理矢理押し込む。

 

 

「何するんすか!!」

「食わなきゃ動けない。直ぐに魔物達は戻ってくる。奴等は一番近くにいる人間へと向かってくるからな」

 魔物達は何故か、その個体から一番近い人間を目指す習性があった。

 

 それを利用して、魔物を生活圏の中心から遠ざける為にも降下作戦だったのでしょう。

 

 

「何人生き残った?」

「九人です」

「半分も残らなかったか」

 戻ってきた仲間の答えにそう吐き捨てて、隊長はゆっくりとピーターを床に下ろした。

 

「母ちゃんの仇を取るんだろ。食べろ」

「……っ」

「イヴ、ピーターを頼む。俺は周りを見てくる」

「分かりました」

 私にそう言うと、隊長は施設の外へと歩いていく。

 

 

「ピーター、食べた方が良いかと」

「イヴちゃんは凄いっすね……。こんな状況でも、なんだか他人事のように冷静だ」

「それは……」

「皆死んだんすよ! 皆目の前で! 魔物に食われて、燃やされて、死体も残ら──ぅぉえ……っ」

 胃液を吐き出して、ピーターは塞ぎ込んだ。

 

 沢山の仲間の死を見てしまったのだろう。彼はまだ子供で、仲間達から可愛がられていた。

 そんな仲間達が目の前で死んでいく光景に耐えられる方がおかしい。

 

 

「それでも、あなたはまだ生きている」

「イヴちゃん……でも、なんで……なんでこんな!!」

 静かな施設に彼の言葉が響く。

 

 

「あなたは産まれた時から状況の一部です。ただ足掻くしかない。選択肢なんてなかった。そう、あなたが戦う選択肢をしなくても、いずれ来る未来が今来ただけ」

「イヴ……ちゃん?」

「立ちなさい。生き残りたいなら。……終わりたくないのなら」

 立ち上がって銃を構えた。

 

 あまり状況に介入するのは私の()()ではない。

 

 

「しかし、これはナンセンスでしょう」

 けれど、今は私も状況の一部である事には変わりありません。

 

 多少足掻いても、文句は言われないでしょう。

 

 

 

「全員戦闘準備!! 来たぞ!!」

 戻ってきた隊長の怒号が響いた。

 

 仲間達は休憩も出来ずに、目の前の食糧を口に含みながら銃を構える。

 次の瞬間、魔物が建物の壁を突き破った。

 

 

「大型!? なんでこんなのが壁の中に居るんだよ!!」

 仲間の一人がライフルを向ける。

 

 全長三メートルはある大型の魔物。

 小さな魔物は、その爪や飛行能力等で高さ五十メートルはある壁を乗り越えてくる事は少なくなかった。

 

 しかし、大型の魔物にそんな事が出来るわけがない。

 

 

「くそ!! こんな化け物に!!」

 放たれる弾丸はしかし、巨大な魔物に傷も付けられずに弾かれて地面に落ちる。

 

「くそ!! くそ!! くそぉ!!」

 そのままライフルを連射し続けた仲間に向かって伸ばされた魔物の腕が、先程まで人間だったそれを肉塊に変えた。

 

 

「う、うわぁぁあああ!!」

「ピーター下がれ!!」

 悲鳴を上げるピーターの横で、小さな魔物が仲間の一人に飛び掛かる。それは次の瞬間身体中から棘を発生させて、ピーターの目の前で仲間が串刺しにされた。

 

 

「ピーター!」

「い、嫌だ!! 嫌だ!!」

「……駄々っ子が! この!」

 その腕を引っ張る。

 

「うわぁ!?」

 しかし、振り向いた瞬間。背後に今さっき仲間を肉塊に変えた大型の魔物が視界に入った。

 

 勿論、その反対にも同じ形の魔物が居る。

 

 

「二匹……」

「イヴ、ピーター! 伏せろ!!」

 声と共に放たれるライフル。当然大型の魔物には効きませんでしたが、二匹の大型の魔物は声と銃声の主である隊長にその眼光を向けた。

 

 飛び上がる。

 大きさからは信じられない速度で隊長へ襲い掛かる魔物の攻撃を、隊長は地面を転がって交わした。

 

 

 次の瞬間。

 その二匹は大きな爆発で身体が吹っ飛ぶ。置き爆弾。流石ジョージ隊長だ。

 

 

「無事か! 何人やられた? 立て直すぞ!」

「二人やられました。ピーターはまだ戦えません」

 言われた通り伏せていた私は、起き上がって銃を構える。

 

「壁まで後退だ。援護する。走れるか?」

「引きずって行きます」

 引き金を引き、仲間を串刺しにした魔物をバラバラにしてから、私はピーターの手を握って走った。

 

 途中、何人かの仲間の悲鳴が聞こえる。

 

 

「ピーター!」

 ピーターが転んだ。

 

 しかし、目の前には大きな壁。全長五十メートルの、人類を守る最後の城壁が広がっている。

 

 

「後退地点……。ピーター、立ってください。隊長達が来たら、魔物も来ます」

「もう良いよ! ほっといてくれよ!」

 そのまま蹲って、ピーターは地面を叩いた。

 

 

「こんな筈じゃなかった……。こんな、魔物が怖いなんて……」

 何も知らなかったのでしょう。

 

 滅んでいく人類の大半がそうであったように。

 

 

「それでも、戦わなければ……終わってしまうんですよ? 明日を迎える事が出来ないんですよ?」

「どうせ死ぬんだよ! あんなのに人間が勝てる訳がない!!」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、ピーターは私に飛びかかってきた。

 

 そのまま押し倒される。私がピーターに危害を加えるのは許されない。

 されるがまま。ピーターは泣きじゃくった顔で私を見下ろした。

 

 

「どうせ死ぬんだ……。どうせ!! どうせ!!」

「ピーター、今はこんな事をしている場合では……」

 ふと、そんな彼の顔の奥に影が見える。

 

 大きな影だった。

 

 

「ピーター! 離れて──」

「俺は!! 俺は!! 俺──あがぁ!?」

 その影は、ピーターを掴み上げて自らの()まで運ぶ。

 

「や、止めろ!! 止めろ止めろ止めろ止めろ!! 止め──」

 ピーターは()()()()()の口の中に放り込まれた。次の瞬間、言葉にもならない絶叫が魔物の口の中から聞こえる。

 

 

「イヴ!!」

 少しだけ遅れて、隊長が駆け付けてきた。

 

 何故か、着いてきている仲間は三人しかいない。

 

 

 そうですか。

 

 

「また、終わってしまうのですね」

「無事か!?」

「……ピーターが」

「……くそ、下がれ。こいつは俺が──何!?」

 ピーターを食べた大型の魔物に銃を向ける隊長。

 

 しかし、魔物は一瞬の内にその場から姿を消す。

 

 

「消えた……」

「いえ、下です……!」

 否──

 

 

「コイツ、変身するのか!?」

 ──その魔物は細長いワーム状の姿になり、地面の下から隊長を襲った。

 

 私を庇いながら地面を転がる隊長。

 その目の前で、魔物が今度はキューブ状の姿へと変身する。そのキューブ状の身体から、無数の瞳が開いて私達を見た。

 

 

「避けろ!!」

 隊長が叫ぶ。

 

 次の瞬間。

 無数の瞳から放たれたレーザー光線が仲間の一人を貫いた。

 

 なんとか反応した残りの二人を視線が追う。

 すると、レーザー光線はその視線の先へと向かい──二人の身体を四つに分けた。

 

 

「この野郎!!」

 滑り込んで、隊長が魔物の懐に潜り込む。

 

 

「死ね、化け物!!」

 引き金を引き、魔物に鉛玉を叩き付ける隊長。

 

 しかし、相手は変身をする不定形な魔物だ。鉛玉はその身体を貫通こそすれど、命を奪わない。

 

 

 銃弾でバラバラになった身体が集まり、ソレは再び大型の魔物へと姿を変える。

 

「隊長……!」

「伏せろ!!」

 ピーターを食べた時の姿だ。

 大きな口が、隊長の左腕を飲み込む。

 

 

 しかし、次の瞬間。

 魔物の身体は吹き飛んだ。

 

 地面を転がった隊長の腕がなくなっている。左腕にあらかじめ爆弾を持って、魔物に左腕ごとくれてやったらしい。

 

 

「なるほど、こういうタイプか……」

 直ぐに隊長は起き上がり、吹き飛ばした魔物の近くに駆け寄った。

 

 彼の足元には、赤い水晶体がある。

 隊長はそれに銃口を押し当て、引き金を引いた。

 

 

「不思議に思ってたんだ。……このクソデカい壁をあんなデカい魔物が登ってこれる訳ないってな。……なる程、こういう奴も居るのか。分からねぇなぁ!!」

 失った左腕の止血をする訳でもなく、隊長は表情を歪ませながら私の元に歩いてくる。

 

 

「隊長、止血を」

「お前だけか、イヴ。生きてるのは」

「隊長」

「走れるか?」

「ジョージ!」

「らしくないぞ、イヴ」

「らしいとはなんですか。たかだか三十年の付き合いで!!」

 駆け寄って、止血をしようと隊長の身体に触れた。

 

 しかし、私には分かってしまう。彼はもうダメだと。

 

 

「そう、三十年だ。お前をあのごみ溜めから拾ってな。なのに……お前の見た目は何も変わらない。お前の事は、結局何も分からなかった」

 隊長は、壁に背を向けて座り込みました。

 

 いや、倒れたと表現した方が良いでしょう。

 

 

「まるで人形を拾ったんだと思ったんだぜ?」

「そうですか」

 私が彼に会ったのは三十年前。

 

 

 魔物の侵攻が始まり、この生活圏すら確立していない、地獄のような世界。

 

 文字通りスクラップのゴミ山で寝ていた私を見つけ、世話を焼き始めたのがまだ十代半ばだった隊長でした。

 

 

 

「お前はなんなんだ?」

「今やっと、それを聞くんですね」

 三十年。

 

 きっと、彼は私の見た目が何も変わらない事を疑問に思っていたでしょう。

 どこかで私が()()()()()()と、気が付いていたのではないでしょうか。

 

 

 それでも彼は、私に何も聞かずに、周りの仲間にも何も言わずに、私を側に置いてくれました。

 

 

「……感謝しているんですよ」

「……そんなつもりで側に置いてた訳じゃない」

 隊長は目を細める。

 

 その視線の先には、プラント方面から集まってきた魔物達が居た。

 

 

「話す時間もなさそうだな……。イヴ、お前は逃げ──」

「いいえ、話をします。……対象──現世界《魔物》解析鑑定──。対魔力シールド、展開」

 放たれるレーザー光線を、私の前に展開された()()の壁が防ぐ。

 

 

「コレで、隊長と話すだけの時間は永久的に稼げます」

「お前……」

「魔物の仲間、という訳ではありません。しかし、この世界の人間の仲間というのも……厳密には違います」

 屈んで、隊長と目を合わせた。

 

 

「綺麗な目……してるよな、お前」

「良く言われるんです。綺麗な頭してますね」

「バカ」

 クシャッと笑った隊長の顔が()()にある三十年前の彼の顔と重なる。

 

 

「私、ロボットなんです。アンドロイド」

「大体そうだろうと思ってたよ」

「けど、この世界で作られた訳ではありません」

「だろうな。この世界にお前みたいなのを作れる技術はない」

 私の見た目は完璧に十代半ばの女の子の姿をしていました。

 

 

 ただし、髪の毛は真っ白。瞳はガラスのように透き通った赤色。

 

 

 

「どこからどう見ても、その辺に居そうなただの美少女でしょ」

「そんなお伽噺みたいな顔した()()()美少女はこの世界には居ない。お前の世界には居るのか知らんけどな。……そうか、別の世界の?」

「半分当たりですね」

 私達がそうしている間にも、魔物達は私達を囲うように集まってくる。

 

 指一本私達に触れる事は出来ないのだとしても、その習性上そうする事しか出来ないのだ。

 

 

「半分、か」

 展開したシールドの向こうに集まる魔物を見ながら、隊長は残念そうに声を漏らす。

 

 

「はい、半分です。ただし別の次元とか、宇宙とか、そんな大それた別の世界の話をしている訳ではありません」

「それじゃ……どういう別の世界なんだ?」

「二十万年」

 私がそう口を開くと、隊長は目を見開いた。

 

 

「別の文明……」

「はい。二十万年前、とある文明が隕石の衝突でこの世界から消えました。終わった世界の次、生き延びた……或いは別の進化をした()()──あなた達()()は、今こうして再び終わりを迎えようとしています」

 それは途方もない話に聞こえるかもしれない。

 

 

「二十万年よりも、さらに前。私が作られた文明もまた、既に滅びています。この世界が私にとって何個目の世界なのか、それを数えるのすら億劫になる程の世界を旅してきました」

「それが……別の世界、か。人類は滅びて……また栄えて、滅びてを繰り返している」

 隊長は頭を抱えて、堪えきれずに笑いだす。

 

 

「納得だ。お前が美少女なのも、なんか魔法みたいな事をするのも、全部納得だ!」

「半分くらいヤケクソになってませんか?」

「そりゃそうだろ! 思ってたのと、規模が違い過ぎるんだか──」

 言い掛けて、隊長は口から血を吐き出した。

 

 左腕だけではない。ここに来るまでの戦いで彼は身体の中までボロボロになっている。

 助からない。それが分かるから──分かってしまうから、こんな話をしてしまっていた。

 

 

「ジョージ……!」

「──っ、はぁ……お前は、だから……観測者って訳だ。この世界の行先を見届ける、観測者」

「……そう、ですね。だから、本来ならこうして状況に介入する事はしません。……ただ、私は隊長に拾ってもらっている身なので。このような行動を取らないのも不自然だと判断しただけです」

「それでも……俺やピーター達、仲間を思いやる気持ちはあった。俺達は、仲間だったって事だ」

 右手を私に向ける隊長。

 

 私はその手を取るか少しだけ()()()、その手を取る。

 

 

「ロボットっていうが、そうか……俺達の世界のロボットじゃないから。人間の、感情みたいなのが……あるんだな」

「……そんなものはありません」

「顔に出てるぞ」

「そんなものあったら、やっていけません。いえ、違いますね。……やっていけなくなってしまう」

 私は一人で立ち上がった。

 

 

「戦術核兵器、隕石の衝突、ありとあらゆる物理的、魔術的な現象を耐え得るのが私の身体です。ここに居る魔物を全部葬るくらいの事も出来ます。やろうと思えば、この世界から魔物を消し去る事も可能でしょう。……しかし、それは私の役割ではない」

 あの時ピーターを助ける事も、隊長を助ける事も、私は出来たのです。

 

 

「だから、私に感情なんてものは……ありません」

「そうか」

 一言だけ返事をして、隊長は身体を壁に引き摺りながら立ち上がった。

 

 

「ジョージ……!」

 駆け寄る。

 

 コレが感情でなくてなんなのか。そうでなくても、三十年。

 

 私の感覚では短い時間。

 しかし、何かを想うには長過ぎる時間を共に過ごした存在だ。

 

 

「楽しかったぜ、お前との時間」

「……っ。狡い言葉ですね」

「お前のその()()に、俺を刻む為だ。許せよ」

 そう言って、隊長はズボンに固定してあった爆弾を一つ持ち上げて、そのピンを口で引っこ抜いた。

 

 その爆弾は、さっき魔物を吹き飛ばしたのとは違う物である。

 爆発すれば、半径一キロは吹き飛ぶ()()()()だ。

 

 

「何を……」

「お前だけが、やらなかった訳じゃない。俺だって、ただ傍観していただけだ」

 隊長は不敵に笑う。

 

 

「あのごみ溜めにはお前以外にも沢山人が居た。この世界には、俺がもう少し手を伸ばせば救えた人間が沢山いた。俺のチームにはお前やピーターが居るからと、危ない作戦から逃げていた。……お前だけじゃない、俺も!! 他の奴も!! ただ傍観していた!! そんな奴は山程居る。お前がただ一人だけ傍観していたわけじゃない」

 そう言って、隊長は私の肩を叩いた。

 

 爆発すれば周囲が吹っ飛ぶ爆弾を手に持っているのに──

 

 

「もし、この次も世界があるなら……お前は、お前のままやりたい事をやれ。俺も、やりたい事をやるから」

 ──そう言って、笑顔を漏らす。

 

 

 

 刹那。

 

 

 光がその場所を包み込んだ。

 

 

 

 彼が何処まで私の話を理解していたのか分からない。

 

 しかし、結果を見れば、大体の事を彼は理解していたのだと感じる。

 

 

 

 私が展開したのは魔力的存在と現象を貫通させない為だけのシールドだ。

 

 だから、その爆発は私がシールドを解除する必要もなくその場から半径一キロにある()()()()()()を全て塵に変える。

 

 

 それは勿論、隊長の後ろにあった()()()()()()()()()()も、ただの何もない場所へと変えたのだった。

 

 

 

 その穴から、次々と魔物がこの世界の人類最後の生活圏を侵したのは言うまでもない。

 

 

 何故、隊長がそんな事をしたのか。

 

 少しなら想像は出来る。

 ピーターのような小さな子供まで戦わせて、自分達は安全な場所で暮らしているお偉いさんに嫌気が差したのか。

 

 それとも、私の為か。

 

 

 だけど、今となってはその答えは分からない。

 

 

 隊長はもうこの世界の何処にもいないのだから。

 

 

 

 そして言うまでもなく、この世界はその隊長の行為がキッカケとなり──再び滅びました。

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