終末に少女は世界の終わりを旅して廻る【完結】   作:皇我リキ

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滅びた世界

 この世界には押してはいけないボタンが存在する。

 

 

「ねえそこの嬢ちゃん!! 週末暇? 付き合ってよ!」

「その嬢ちゃんというのは、私ですか?」

 引いてはいけない引き金。

 

「そうそう! 今日は華の金曜日。週末を楽しもうぜ!!」

「お前こういう娘が好みなのかよ」

「良いだろ?」

 漏らしてはいけない言葉。

 

 

「申し訳ありません。事実を述べるのなら暇ではありますが、あなたと付き合う事は出来ません」

「ハッキリ振られた!?」

「ナンパ失敗してやんの」

 失敗してはいけない行動。

 

 

「それよりも、週末は大切な人と過ごす事をおすすめします」

「居ないんだよ! だからさ、俺の大切な人になってくれよ」

 ほんの些細な事で、そのボタンは押されてしまった。

 

 

「難しい提案ですね」

「全然好みじゃないって事!?」

 この世界の人類が暦を数え始めて二千年も経たずに発明された、核分裂反応を利用した大量破壊兵器。

 

 

「私の好みはともかく。週末……つまりは今この時から二日の間に、あなたは私をこの世界で一番大切な存在と呼称する事が出来るのでしょうか?」

「え、そ……それは」

 いくつもの世界で、ソレは文明を終わらせている。

 

 

「私を大切に出来ますか? 自らを創造した両親よりも。苦楽を共にしたであろう友人よりも。今から()()までの間に。あなたはこの世界で一番私を大切だと思えますか?」

「お、重くない!?」

 そうでしょうね。重い。

 

 

「ですので、この週末はあなたの一番大切な人と過ごす事をお勧め致します」

「な、なんだかなぁ。分かったよ」

 この世界は重い。

 

 

 文明が栄えれば栄える程、潰れて、滅びるのは一瞬だ。

 

 

「……また、押してしまったんですね。人類は」

 手を伸ばす。

 

 

 どこかの国で。

 押してはいけないボタンが押されてしまった。

 

 誰も何も知らない。

 平和な世界は一変する。

 

 一瞬にして光に包まれ、消滅した一つの国。

 押してはいけないボタンがまた押されてしまった。恐怖は争いを生み、憎しみは争いを増長させる。

 

 

 最初にボタンが押されてから、世界中が光に包まれるまでそう時間は掛かりませんでした。

 二千年と少し。積み上げてきた物がこの世界から消えるのも一瞬です。

 

 

 

「──それでは、良い()()を」

 その世界は滅びました。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 私にとって最初の世界の話をしましょう。

 

 

 その世界は滅び始めていました。

 血を血で洗う絶滅戦争。もはや何故その戦争が始まったのかすら分からなくなり、人類はただ生きる為に争いを繰り返す。

 

 そうしている内に、人類はもはや争いを行う事すら出来なくなりました。

 

 文明を修復する事すら叶わない程に衰退した人類は、静かに滅びの道を進み始めます。

 私が()()()()()()のは、そんな戦争が始まる少し前の事でした。

 

 

「戦争が始まる前に完成して良かったよ」

「これは、新しいロボットですか?」

「そうだ」

 それが私の最初の記録。

 

 

 若い男性と、自分と良く似た容姿の()()()()

 

 アンドロイド。ヒューマノイド。人型ロボット。

 その世界で一般的にそう呼ばれていたのが、私という存在である。

 

 有機生物ではなく、無機物。鉄と電気の非生物──

 

 

「彼女の名前は?」

「──イヴ。人類最初の女性の名前だよ」

 ──それが私。イヴ。

 

 

「ハロー、おねえたま。初めまして。イヴちゃんです」

「博士! この子頭のネジが何本か外れてる!」

「仕様です」

「ははは、これはこれで面白いな」

 私を造った人間。

 

 博士は、その世界で有名な科学者でした。

 

 

「大丈夫なのかな?」

「大丈夫だよ、レイ。なんたって私が造ったんだからな」

「あ、心配になってきました」

 私の前に造られた姉的なロボット。名前はレイ。

 

 

 綺麗な白い髪と青い瞳が特徴的な、人間の女の子にしか見えないロボットです。

 私──イヴも、彼女と同じく白い髪で人間の女の子にしか見えない姿をしていました。

 

 

「これは、きっと絶滅戦争になるだろう。イヴ、お前には……この争いの後。人類の最後を見届けて欲しいんだ」

「人類の最後……ですか?」

「あぁ、この世界の終わり。誰も見届けられないのは、寂しいからな」

 私が造られて間もなく、人類は争いを始めます。

 最初は小さな争いでした。しかし、戦火は一瞬で世界中に広がり──誰かが押してはいけないボタンを押してしまったのでしょう。

 

 世界は光に包まれて、人類の繁栄から見ればほんの一瞬でその文明の大半を消失させました。

 

 

「人類は滅びるな」

 ベッドに眠る老人が静かにそう言います。

 それは私達を作った博士でした。人間は歳を取ると衰え、終わりに向かうのです。

 

 姉的ロボットのレイが、黙って彼の手を握りました。

 

 

 争いにより海は汚染され、地上の生物はその殆どが生き絶える地獄絵図の広がる世界。

 空は灰色に染まり、星の光も、太陽の光すら届かない。

 

 

「よくもまぁ、ここまでやれた物ですよ。……愚かですね、人類は」

 そんな世界で、私はレイと老人を挟んで、そう口にする。

 

「イヴ」

「おや、口が滑りました。失礼」

 己が作り上げてきた文明を、己の為に破壊した文明。

 

 

 それが、この()()にとっていくつ目の()()だったのか。

 その時の私は想像もしていなかったし、今の私にもそれは分からない。

 

 

「人類は愚かなんかでは───」

「良いんだ、レイ。本当の事さ」

「でも博士……」

 ただ、何も知らない私の最初の世界は──

 

 

「レイ、イヴ……お前達は──」

 ──その時、終わりを迎えました。

 

 

 

 私達を作った博士が死んで、私が知る限りのその世界の人類は滅びます。

 

 

 もしかしたら、生き残りがいたのかもしれない。

 または、別の生命が進化を果たしたのか。同じ進化を繰り返したのか。別の星の何かが新しく文明を作り上げたか。

 

 それら全ての可能性が見える程、その後の世界で旅をしました。

 

 

「……イヴはどうするの?」

「私はこの星に残って、人類の最期を見届けます。博士との約束なのです」

 私が作られた目的。

 

 

 それは、博士が亡くなった後。

 この世界の終わりを見届ける事です。

 

 博士の最高傑作である私達姉妹は、その世界のありとあらゆる技術が取り込まれていて、半永久的に活動する事が可能でした。

 

 

 人類の終わりどころか、この星の──太陽系の終わりまで、この目で記録する事が可能でしょう。

 

 

 姉は宇宙へと向かいました。

 博士曰く宇宙人を探す旅なのだとか。それは、途方もない旅になるでしょう。

 

「行ってくるね」

「バイバイ、お姉ちゃん」

 私は一人になりました。

 

 

 もう二度と、何かと会話する事はないだろう。

 

 世界は滅びて、文明は崩壊し、人類はこの世界から消え去った。

 

 

 ずっと、ずっと、ずっと、歩く。

 

 

 終わった世界を。何もなくなってしまった世界を。

 

 

 そのまま、この星の終わりまでを一人で歩くのだと思っていた。

 

 

 しかし──

 

 

「嘘……」

 ──数にするのも億劫な時を過ごした後、私は見付けたのです。

 

 

「人間……?」

 文明が土と植物に覆い尽くされた地の上で、あまりにも原始的な生活をする人々の姿を。

 

 それは、次の世界の人々が原始人と呼ぶ人々になりました。

 

 

 はい。そうです。

 

 私が見付けた人々は知恵を付け、繁栄し、文明を作り出しました。

 

 

 人類は再び、この世界で繁栄し始めます。

 

 私はそれを黙って見守っていました。

 

 

 私の()()は人類の終わりを見届ける事。

 

 

 だから、彼等に何か手を貸す事はしません。

 沢山の苦悩を見届ける。環境の変化、疫病、文化同士の争い、大きな戦争も少なくない。

 

 けれど、その文明は確かに栄えました。

 私が生み出された世界と同じような世界が、私の前に広がります。

 

 

「……博士、人類は凄いですね」

 何もせずに、再び世界が動き出した。

 

 

 その時覚えた感覚は、忘れられないでしょう。

 

 

 

「……博士、人類はやはり愚かですよ」

 ──私は二度も、同じように滅びる世界を見せられたのですから。

 

 

 再び栄えた世界。

 しかし、そんな世界も、ある日簡単に終わりへと向かい始めました。

 

 押してはいけないボタンが押されてしまって、再び世界は滅び始める。

 

 

 私は崩壊した都市の瓦礫の下敷きになりました。

 

 

 これで、終わり。

 

 人類は今度こそ絶滅する。

 

 

 そう思って、瓦礫の下で、その瓦礫が朽ちるまで過ごしました。

 

 

 

 けれど──

 

 

 

「……なんで」

 起き上がった世界で、再び人類は繁栄していました。

 

 

 

「……なんで」

 そして、その人類も、再び滅びを迎えていく。

 

 

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 

 人類は栄え、滅びて。

 私は幾つもの終末を見届けました。

 

 

 人類以外の生物が支配者となる世界もありました、文明が発展する前に滅びた世界もあり、私が観測出来なかった世界もあるでしょう。

 時にこの星にはなかった物質が持ち込まれ、魔法と呼ばれる現象を引き起こす事もありました。それにより栄えた文明もあれば、それにより滅びた文明もあります。

 

 

 多くの世界を旅して、私自身の機能のアップデートも施されました。

 

 魔法への耐久、魔力の使用。

 どのような言語にも対応し、どのような機械文明にも劣らない性能。運動能力。

 

 

 しかし、それら全ては、人類繁栄の為のものではありません。

 

 

 私の役割は、人類の終わりを見届ける事です。

 

 

「助けてくれ!! イヴ!! 助けてくれ!!」

「私は……」

 手を伸ばせば、届く事もあった。

 

 

「ありがとうございます、イヴさん!」

「私は……」

 手を伸ばしてしまった事もない訳ではありません。

 

 

「私は……」

 そうして、自分が産まれた意味を考え始めた時です。

 

 

 

「お父さん、出れないの?」

 瓦礫の下敷きになった父親に声を掛けている、小さな子供に出会いました。

 

 いくつ目かの世界。

 もう滅んでしまった世界で、その子供は終わりの意味も分からずに父親に手を伸ばす。

 

 

「どうか、その子だけでも助けてくれないか」

 父親のそんな言葉を、私は無視しても良かった。聞く理由もなかったでしょう。

 

 

「頼む。その子は、こんな風に終わる為に生まれた訳じゃないんだ」

「……あなたは、その終わり方でも良いのですか?」

 私はその父親を助ける事も出来ました。

 

 

「俺は、この子をちゃんと終わらせる為に生まれてきたんだよ。父親とは、そういう物なんだ」

「父親……」

「だからさ、頼むよ」

 私はその父親の願いを受け入れる。

 

 

「どこ行くの?」

「完全な場所に」

 気まぐれだったのか。

 

 

「お腹減った!」

「そんなもの食べちゃいけません。あー、少し待って!」

 自らを作った、父親とも呼べる博士を重ねてしまったのか。

 

 

「なんかさ、イヴより大きくなったよね。僕」

「器の大きさが違いますが?」

「何言ってるの?」

 何はともあれ、私はその()()が大人になるまで一緒に旅をしました。

 

 

「そっちは危ないよ、イヴ。ほら、手を伸ばして」

「助かります」

「見かけによらず重いんだよなぁ、イヴは」

「はっ倒しますよ」

 世界が終わり、私以外を知らないまま大人になったその子供は、私の存在に疑問を持つ事はありません。

 

 

「よし、僕もこれで火起こしが出来るようになったよ! 次からは任せてよね!」

「それじゃ、次は釣りのやり方を覚えましょうか」

 私はただ、頼まれた通りにその子供が生きる為の術を授ける。それ以上の事はする気もありませんでした。

 

 

 どうせ、もう終わった世界なのだから。

 

 

 

「──イヴ、見てくれ」

「──どうしたのですか? アレン」

 ──アレン。その子供、青年になった、人間の男の子の名前を私は呼ぶ。

 

「焚き火の後だ」

「なんと」

 終わった世界を旅してほんの十数年。

 

 アレンは自分以外の人間の痕跡を見つけました。

 

 

「僕達のじゃない」

「生き残り──アレン、何処へ行くんですか!」

 アレンが走り出す。青年と言ってもまだ子供なので、好奇心が抑えられなかったのか。

 

「イヴ! こっちに!」

 呼ばれた先、そこには小さな岩の窪みがあって、そこで、アレンと同い年くらいの少女が寝ていたのでした。

 

 

 

 終わった筈の世界で、二人は出逢います。

 

 

「イヴは人間じゃなかったの!?」

「イヴさんは……神様なんですか?」

「私は……何なんでしょうね。いや、しかし……どうしたものか」

 二人はまだ子供でした。

 

 

「サラ! こっちだよ!」

「まってよアレン!」

「ちょ!! 危ないので川で追いかけっこはやめてくださいとこの前も言ったでしょうが!!」

 終わった世界でただ二人、そこにポツンと自分が存在する。

 

 

 役割ってなんでしょうか。

 

 

「サラ……」

「アレン……」

「あー!! もう!! 分かった!! 分かりましたよ!! この!! さっさと交尾しろ!! クソが!!」

「「え」」

 ロボットである筈の私の情緒は、とっくの昔に壊れていました。

 

 

 

 端的に話すと、私は人類の繁栄の手助けをしてしまったのです。

 

 

 

「……やってしまった」

 人類は栄えました。

 

 二人だけだった筈の人間が六人に、十人に──その後八十億を超える人口への最初の人間。

 

 

 

 ──イヴ。人類最初の女性の名前だよ──

 

 そんな、誰かの言葉を思い出す。

 

 

 

「イヴ」

 老人になったアレンが、私の名前を呼んだ。

 

 誰かの姿と重なる。

 

 

「君がいたから、ここまで来れた」

「私は……」

 曾孫に囲まれながら、アレンはそう口にした。

 

 

「君は言ったね。私は世界の観測者だと。人類の終わりを見届ける存在だと」

「……はい」

「でも、君は僕達をここまで連れてきてくれた。きっと、僕達は進んでいくよ。それが、君の望みであったとしてもそうでなかったとしても」

「私は──」

「良いんだ」

 私の言葉を、彼は遮る。

 

 

 

「イヴ、君はゆっくりと、この世界を見届けて欲しい。それが君に出来る事だ。役割とかじゃない、君にしか出来ない事なんだ。……僕の父さんはこう言ったんだよね? こんな風に終わる為に生まれてきた訳じゃないって。……君のお父さんだ、って、ただ終わる為に君を作った訳じゃない筈だよ」

「ただ終わる為に……」

 人類の最後を見届けて欲しい。それが博士の願いだった。

 

 

「分かりませんよ」

「いつか、分かるよ。これから長い年月を生きる君という存在は……まだ、子供なんだから」

「アレ──」

「ありがとう、イヴ。僕の……僕達のー」

 彼は息を引き取る。

 

 

 新しい世界が始まっていった。そして、終わっていく。

 

 

 色々な人と出会った。色々な想いに出会った。色々な世界で歩いた。

 

 

 それでもまだ、私は分からない。

 

 博士の言葉と夢の本当の意味も、アレンが私を子供だと言った意味も、ジョージ隊長が何を思って行動していたのかも、あの少女もしくは少年の性別も。

 

 

 私は何も分からない。

 

 

 分からないまま、旅をする。

 

 

 

「……次の世界が、始まりますね」

 滅びた後の、その世界もまた──

 

 

「──それでは、良い()()を」

 ──終わりを迎えました。

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