終末に少女は世界の終わりを旅して廻る【完結】   作:皇我リキ

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凍った世界

 人間の方々には普段活発で元気な方でも偶に疲れて休憩する人もいらっしゃるでしょう。

 

 

 いつも元気で太陽のような笑顔のあの子。

 そんな子が元気をなくしていたら、あなたならどうするでしょうか。

 

 私は怖いので放っておきます。

 

 

 そんな話は関係なく。

 

 

「気温を感じる能力があれば私は今、こう叫んでいたでしょう。……寒い、と」

 真っ白な世界。

 

 

 吹雪が吹き荒れ、海すら凍る、極寒の世界。

 

 

「そら滅びますわな」

 前略、世界は滅びました。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 話を戻しましょう。

 

 

 どんなに元気な人でも、ちょっと疲れちゃう事が人間にはあるのではないでしょうか。無限に力がある人間なんて逆に怖い。

 

 ところでそれは、太陽系の惑星であるこの地球と呼ばれる星も一緒でした。

 

 火山活動の停止。

 この星にとってのちょっとした休憩時間。しかし、星にとっての()()()()の時間は人類が積み上げてきた文明を滅ぼすのに充分過ぎる時間となります。

 

 

 農業や畜産は気候の変動により壊滅。電気に頼り切った化学文明はソレを失えば文明として崩壊。

 少し前まで温暖化について本気で考えていた人類はまさか逆になるなんて思ってもいませんでした。

 

 あるいはもっと温暖化を進めておけばと思った人々もいるかもしれませんが、割愛させて頂きますがそれで滅んだ文明もあります。

 

 

 

「さみー。別にそんな事は思ってませんが、どうもそう言ってしまうポンコツヘッドが憎い」

 そんな訳で、前略──人類は滅びました。

 

 地上は凍り付き、寒冷化したこの星で私は真っ白な世界を歩きます。淡々と、何かないか探す為に。

 

 

「お?」

 そうして見付けたのは──

 

 

「──デカい熊」

 ──この凍りついた世界で何故か巨大化した、生態系の王。なんかデカい熊(ッポイ生き物)でした。

 

 ソレは氷の大地から飛び出してきたかと思えば、私に鋭い牙と爪を向けて咆哮を上げる。

 全長五メートルにも及ぶその生物は、凍り付いた地面を砕くような衝撃を辺りに広げました。

 

 

「待て、話せば分かる」

 言いながら両手を上げるも、聞く気はないようです。熊(ッポイ何か)はそれだけで人間そのものよりも大きな腕を私に向けて振り下ろした。

 

 

 甘んじて受け入れると、私の体は氷の地面に叩き付けられて地面に埋まる。

 なるほど、捕食行動の為の狩りではないという事ですか。

 

 

「数少ない食事を得る為の縄張りを守る為に巨大化した、と。そんな所でしょうね」

 腕を上げ、血走った瞳を私に向ける巨大な生物。

 

 

 私が起き上がると、ソレは体を持ち上げて息を荒げた。

 

 

「威嚇。……あまりその世界の生物に手を上げる事はしたくないですが、私も絶対に壊れない訳ではないので」

 元々頭のネジが外れてるのはさておき、私は何をどうされても壊れない訳でもない。

 

 とはいえこの生物を亡き者にするのは本意ではありません。

 

 

「それじゃ、定時なんで帰ります! お疲れ様です!」

 そう言って、私は地面を蹴る。

 

 逃げるが勝ち。

 

 

「あ、やっぱり追い掛けてくるんですね」

 しかし、熊(ッポイ何か)は全力で逃げる私を全力で追い掛けてきました。

 

 超高性能ハイパーウルトラ最強なイヴちゃんですが、実は身体が重いのと足が遅いという弱点があります。

 博士、なぜ足からロケットが出て飛べるようにしてくれなかったんですか。

 

 

「話し合いませんか!? 私達仲良く出来ると思うんですよね!! あ、無理──」

 一瞬で追い付かれ、私は薙ぎ払われた腕に吹き飛ばされて地面を転がった。

 

 

「──頭のネジがこれ以上外れたらどうしてくれるんでしょう」

 こうなれば仕方がない。あの生き物はこの世界にいた痕跡すら残らない程に消し炭にする事にしましょう。

 

 そう思いながら、立ちあがろうとしたその時。

 

 

「生きてるか。良く逃げてきたな」

 久し振りに聞く人間の言葉。

 

 首を持ち上げると、そこには背中に身の丈程の大剣を背負った大男が立っていました。

 さらに二名。その男とは違う()()を持った男女が、熊(ッポイ何か)に向かって走っていく。

 

 

「時間を稼ぐわ!!」

「頼むぜキャシー! エドワード、その子は?」

「とりあえず無事だ。俺が運ぶ」

 大男は、私に何も聞かずに私の体を持ち上げました。

 

 所謂お米様だっこという奴。

 私は見た目より結構重い筈なのですが、その大男は何食わぬ顔で私を持ち上げたまま走り出す。

 

 

「えぇ……?」

「もう大丈夫だ。俺達の拠点に連れてってやる」

 そう言って、私は何も分からずに連れ去られました。拉致られてご飯にでもされるのでしょうか。

 

 背後では、あの熊(ッポイ何か)の咆哮が木霊する。この凍った冷たい世界で、まだ世界は動いていた。

 

 

 

 

 

 中略。

 

「──なるほど、キムンカムイ。それがアレの名前なんですね」

「そうだ」

 どこかの世界で山の神の名前を冠する熊の名前。相応しいといえば相応しいか。

 

 

 キムンカムイ。

 全長五メートルの熊ッポイ何か。この世界の生態系の王であり、滅びかけた現人類の最大の天敵です。

 

 ソレに襲われた私を助けてくれたのは、この凍った世界の地下洞窟で生き延びていた人々でした。

 

 

「何はともあれ、助けて頂きありがとうございます。路頭に迷っていたので」

「俺はただ、仲間を助けた。それだけだ」

 無骨にそう答えるのは、私を担いでこの地下洞窟まで運んでくれた大男。

 

 名前はエドワード。

 態度こそ硬いですが、彼はそう言いながらも私に温かいスープを出してくれる。

 

 

「食糧は重要なのでは? 私は貴方達からすれば他所者でしょう」

 この凍った世界で生き残った人類にとって、食糧は何よりも大切な物の筈。

 

 地下洞窟に住む人々は精々百人居るか居ないか。それら全てが身を寄せ合って、飢えと寒さを凌いでいるような様子でした。

 こんな、外から来た得体の知れない何かに施しを与えられる程、裕福な生活をしているようには見えません。

 

 

「俺の分だ。気にせずに食え」

「そう言われましても」

 私は本来栄養補給は必要ないのですが。

 

「食ってやりな。その人はあんたくらいの子供を放っておけないのさ」

「顔は凍ってるが、中身はいい奴なんだぜ? 怖がってやらないでくれよな」

 私が固まっていると、キムンカムイを足止めしてくれた男女二人が話しかけてくる。

 

 二人の名前は、女性がキャシー、男性はロイド。

 極寒の大地で動く為の厚着を脱ぎながら、二人はエドワードの顰めっ面を見て笑いながらこう続けました。

 

「これは恥ずかしがってる顔ね」

「辞めろ」

「……なるほど。では、遠慮するのは無粋ですね。ありがたく、頂戴致します」

 そう言って、私は頂いたスープを口に入れる。

 

 

 なるほど、温かい。

 

 

 それから私は、この地下洞窟で暮らす人々の話をキャシー達に聞きました。

 

 

 曰く。

 この星の突然の寒冷化から数百年。文明の痕跡は失われ、口伝によってしか当時を知る者はいません。

 

 生き延びた人類は寒冷化した星でも比較的温かい所で、こうして地下洞窟等のコロニーを作り生活をしていました。

 

 

 当たり前ですが安定しているとは言えないでしょう。

 

 同じようなコロニーを見付けたと思えば既に全滅した後だった、なんて話も少なくはない。現に私も見た事がありました。

 

 凍った世界を旅している者達も居るようです。

 それがコロニーを襲うような野蛮な連中だったりもするようで、私は警戒されそうな物ですがコロニーの人達は私を暖かく受け入れてくれました。何故でしょうか。

 

 

 

「食糧はどうやって?」

「狩りをするんだよ。ここ最近、デカいキムンカムイが住み着いて失敗続きだけどな。イヴちゃんはどうやって生きてきたんだ? 一人だったのか?」

「色々な場所を転々と。……まぁ、それなりに知識があるので」

「へぇ、凄いな!」

 ロイド曰く。

 

 この氷の世界に適応した生き物を狩猟し、それらを糧に生き延びてきたのだとか。

 そしてそんな生態系の王こそ、あのデカい熊──キムンカムイ。

 

「まぁ、気が済むまでここに来てくれよ! 皆、新しい仲間は大歓迎だぜ!」

「……温かい、ですね」

 地下洞窟の中は暗く、寒い。

 

 しかし、身を寄せ合う人達は誰も絶望なんてしていない。終わりを受け入れている訳でもない。

 ただ、今をしっかりと生きているという表情でした。

 

 

「お姉ちゃんどこから来たの?」

「これ僕が作った団子! 一個上げる!」

「わぁ、美味しそうですね。ありがたく頂きます」

「すみません、うちの子供達が」

「いいえ。元気なのは良い事です。これ、ありがたく頂きます」

「あらまぁ。優しいのね」

 突然話しかけてきた子供達の母親が笑顔を溢す。こんなに寒い洞窟なのに、やはりどこか温かい。

 

 

 数百年。

 続いたのは奇跡だったのかもしれない。

 

 

 それでも、ここにはまだ世界が残っている。

 

 

「……色々な場所を転々としていた、らしいな」

「うわビックリした!!」

 突然背後からエドワードに話しかけられて、私は飛び退きました。辞めてください。ロボットは急な動作に弱いんですよ。

 

 

「すまない」

「あ、いえ。こちらこそ。……何か用ですか?」

「気になってな。……外の世界が」

「ん、あなたは生まれてからずっとこのコロニーに?」

「いや。俺は賊だった」

「そんな事ある?」

 見た目的にはか弱い私を助け、自分のスープまで分け与えてくれたエドワードが実は賊だったという事実に私はその場で転びます。

 

 

「なんだ今のは」

「大昔の古典的なツッコミです。いや、意味は伝わらないでしょうね。……賊だったというなら、貴方は私と同じでこの世界を旅していたのですか?」

「あぁ。もう随分と昔の話だがな」

 エドワードの年齢は推定ですが四十代前半。若い頃はヤンチャしていた、みたいな人物なのでしょうか。

 

 

「それ以外生き方を知らなかったんだ」

「ここの人達に、生き方を教わった」

「……そうだな」

 なるほど。

 

 

 この地下洞窟に連れて来られて、数日が経ちます。

 

 ここの人達は皆暖かく、私を受け入れてくれました。

 必要ないと言っても温かいスープをくれたりするので、私は仕方なく労働を手伝ったりしています。いや、本当に仕方なくですよ。

 

 

「穴掘りを手伝ってくれているらしいな。……なるほど、手際が良い。見た目によらずパワーもある」

「イヴちゃん最強なんで」

「助かる。俺達には、この冷たい穴の中しかないからな」

 滅びた文明の下の穴。

 

 掘れば何か出てきたりする訳で。上手くいけば湧水、温泉なんて掘り当てればその世界は救われるかもしれません。

 

 そんな訳で、穴掘りを手伝っていた所にエドワードが話し掛けて来たのでした。

 彼も穴掘りの道具を持っていたので、同じ仕事をしに来たのでしょう。私が黙ると、彼も黙って作業を開始し始めました。

 

 

「このコロニーを襲ったんですか」

「……あぁ」

 端的に、彼はそう答える。

 

「全部、奪おうとしたんだ。これまでも、そうしてきた。相手が人間だろうが他の生き物だろうが関係ない。……俺は、全て奪って生きてきた」

「では……どうして?」

 そのままであれば、このコロニーは既に存在していない筈だ。

 

 しかし、ここは今も暖かく、身を寄せ合って皆が生きている。エドワードもその一因として。

 

 

「……暖かかったんだ。ここの、長だった人は……俺にスープを分け与えてくれた。刃物を持って、襲い掛かってきた俺にだ」

 まるで、彼が私にしてくれたように。

 

 

 曰く。

 このコロニーを襲ったエドワードを止めたのは、以前ここの長だった人物だそうです。

 

 その人物は、自分の身体を持ってしてエドワードの刃物を受け止めました。

 温かい血が流れて、それでもその人はこう言ったそうです。

 

 

「寒かったろう、このスープで暖まりなさい。そう言って、その人は倒れたんだ。……俺は、どうしようもなくなった。だけど、ここの人達は俺を暖かく迎え入れてくれた」

「……その、以前の長の方は?」

「……亡くなった」

 理由は聞くまい。もし違ったのだとしても、彼が責任を感じているのはアホの私にも分かるから。

 

 

「俺はこのコロニーを守る。……それが、あの人がくれたスープへの恩返しなんだ」

 言いながら、彼は洞窟を掘り進めました。

 

 孤独な日々だったのでしょう。それを知っているから、この暖かさが身に染みるし、私のような他所者にも温かく出来る。

 この冷たい世界にある温かい世界。それを守る為に、戦っているのなら──

 

 

 

「──エドワード、もう食料が底を付く。やるしかないわ」

 ──彼等は向き合わなければならない。神の名を付けられたあの生物に。

 

 

 

 私がこのコロニーで過ごし始めて数ヶ月。

 

 要らないと言ってもスープを断り続ける事は流石に出来ず、私は子供達にスープを分け与えたり、作業を手伝ったりしてコロニーに滞在していました。

 

 

 私一人がどうこうという話ではないでしょう。

 あの巨大なキムンカムイが近くに住み着いてから、彼等の食糧事情は緊迫していたらしい。

 

 体長五メートルという生物は、単純に人間が生身で戦う相手ではありません。

 文明の衰えたこの世界で、それは屈服し、逃げ回る事が正解の生き物なのでした。

 

 

「やるしかねーよ。このままじゃ、皆飢え死にだ」

「そうね。何もせずに死ぬつもりはないわ」

「だが、アレとまともにやりあえば犠牲が出る……」

 エドワードは優しい男です。

 

 この冷たい世界で温かいスープを人に分け与える事が出来る存在。そんな彼には、仲間の命を危険に晒す選択が難しかった。

 だから、その答えに辿り着かなかったのでしょう。

 

 

「どうしてもと言うなら、俺一人で──」

「バカ。俺達は仲間だろ?」

「そうよエドワード。私達は、死ぬ時も生きる時も一緒」

 キムンカムイの討伐。

 

 

 その選択が出来るなら、私は──

 

 

 

「──やはり討伐か。いつ出発する? 私も同行する」

「──イヴ……?」

 ──この暖かい世界へ己が受けた恩を返す事を、選択しても良いのではないでしょうか。

 

 観測者でなく、この世界に生きる者としてなら、きっと許される筈だと、私は観測者としての自分を抑え込む事が出来ました。

 

 

 何故なら私は、エドワード──貴方と同じだから。

 

 

 

 エドワード、キャシー、ロイド、そして私の四人でキムンカムイを討伐する。

 

 何を言ってもエドワードは私に着いてくるなと言うのですが、腕相撲で黙らせました。

 この時ばかりは己の力を使いましたが、私は今からこの世界で生きる者として戦います。

 

 力をセーブして、この世界に干渉しない程度に、観測者ではなく、この世界の一部として。

 

 

 

 ──咆哮が、氷の地面を切り裂いた。

 

 かの生物を見付けるのは容易い事です。この生物は自分の縄張りに敏感で、侵入者を執拗に追い掛ける性質がありました。

 

 足を踏む入れるだけでコレ。

 

 

「隙を作る……!」

 駆け出すロイド。

 

 彼は、腰に背負っていた二本の剣を抜き、姿勢を低くしてキムンカムイの懐に潜り込む。

 そのまま身体を回転させ、片足に叩き付けられる二本の剣。しかし、キムンカムイの硬く分厚い皮がそれを阻みました。

 

 

「くそ!!」

「ロイド!!」

 キャシーが叫ぶ。

 

 大したダメージは与えられてないとはいえ、自らに攻撃してきた者へとキムンカムイは殺意を向けた。

 その巨体に似合わない動きで身体をそらしてロイドを視線の先に捉え、剛腕を振り下ろす。

 

「うぉ!?」

「それは……!」

 そんなロイドの前に私は立って、右手に持った大きな盾でキムンカムイの爪を受け止めました。

 

 地面に減り込む足。普通の人間なら手足がへし折れていそうですが、まだ許容範囲内。

 

 

「ナイスよイヴちゃん!!」

 言いながら、キャシーが弓を引く。弓矢はキムンカムイの熱い皮膚に弾かれるも、ロイドと同じくかの生物はその眼光をキャシーに向けました。

 

 しかしそれこそが、彼等の狙い。

 

 

「──うぉぉぁぁあああ!!」

 怒号を上げ、エドワードが背負っていた大剣をキムンカムイの()()から叩き付ける。

 

 身の丈程の大剣はその重量を持ってしてキムンカムイの皮膚と肉を叩き切った。

 鮮血が飛び散り、凍った地面で湯気を上げる。

 

 これまで天敵という天敵は居なかった生態系の王は、種族単位で見ても珍しい激痛に空間を歪めそうな程の絶叫を上げました。

 しかし、それでも、それだけでこの巨大な生物が倒れる事はない。

 

 

「まだだ!」

 ロイドがその軽いフットワークで引き付け、私が援護。

 

「こっちよ!!」

 キャシーが作った隙に──

 

 

「──ぉぁあ!!」

 ──エドワードが本命を入れる。

 

 

 未発達で、未熟な文明。

 だけどそこには確かに熱がありました。

 

 

 まだ、終わらせてはいけないと、心の底からそう思っている人達がそこに居る。絶望的でも、諦めていない人達がそこに居た。

 

 

 だから私は──

 

 

 

「ロイドさん! それ以上は!!」

「しま──」

 ──本当に一瞬の隙です。

 

 戦い始めて数十分。

 この極寒の地で無理に身体を動かして、体力の消費は計り知れない。

 

 しかし、相手も命を賭けて戦っている生き物だ。こちらの事情なんて知った事ではないでしょう。

 

 

 足をもつれさせたロイドの身体を、キムンカムイがその爪で引き裂いた。

 

 

「ロイドぉ!!」

 キャシーの悲鳴が氷の大地に響く。

 

 私は動けなかった。

 

 

「……なんで」

 それは、確かに普通の人間に判断でき、反応し、動く事が出来る事ではなかったかもしれない。

 けれど私にはそれが出来る。それが出来る力と能力を私は持っている。

 

 だけど、これは、私が人類を観測する為の力だ。人類を救う為に使って良い力ではない。

 

 

「動け!! イヴ!!」

 エドワードの怒号が響く。

 

「……っ」

 まだ、キムンカムイは私達を殺す為に動いていました。

 

 ロイドの身体が地面を転がる。

 地面が赤く染まった。

 

 

 ──お前は、お前のままやりたい事をやれ──

 

 ──君のお父さんって、ただ終わる為に君を作った訳じゃない筈だよ──

 

 

「私は──」

「イヴ!!」

 固まった私の身体を、エドワードが押し飛ばす。

 

 

「──な」

「ぬぉぉぁああ!!」

 振り下ろされる爪。

 

 エドワードの右腕が削ぎ落とされ、暖かい何かが私の顔を赤く染めた。

 同時に左腕だけで振り上げられた大剣が、キムンカムイの腕を引き裂く。

 

 

「エドワード……!!」

「逃げろ、イヴ。初めから分かっていたんだ。こんな化け物に、勝てないってな。……コロニーの皆を、頼む」

「そんな……」

 どうして。

 

 私はこの世界の存在ではない。だから、彼等を手伝う必要もない。

 

 

「あなたの命は、こんな所で使って良い物じゃない……!」

「イヴ……」

 私は観測者だから、彼等に力を貸してはいけない。

 

 

「そんな終わり方をする為に、スープを恵んでもらった訳ではないでしょう……!!」

「お前は……」

 ──それは、全部言い訳だ。目の前の現実から逃れる為だけの言い訳だ。

 

 

 ──だから私は、やりたい事を、終わらない為に、自分という存在を使う。

 

 

 

「対象──現世界《生物》解析鑑定──。軌道推定、今……!!」

 私が手を伸ばしたと同時に、激痛に表情を歪ませるキムンカムイが腕を振り下ろした。

 

 その腕を引いて()()()()

 

 

「イヴ……お前」

「腕、痛いでしょうが耐えてください。ロイドはまだ生きています。彼を安全な所へ!」

 言いながら私はエドワードから大剣を奪って、受け流して地面を割ったキムンカムイの腕を大剣で()()()()()()

 

 

「そうか……。分かった」

 痛覚が麻痺しているのか、彼は右腕を失っているにもかかわらず地面を蹴ってロイドの元へ向かう。

 

 

 状況を整理。

 

 ロイドは重傷。助かる可能性は低い。切り捨てて──違う。

 キャシーはショックで動けなくなっている。キムンカムイがそれに気が付かなければ問題は──違う。

 

 

 ──私がしたい事は、なんだ。

 

 

「……暖かいスープと、居場所のお礼」

 孤独な氷の世界で、得体の知れない私にスープを、泥団子を、居場所を与えてくれた人達への感謝の気持ち。

 

 

 ごめんなさい博士、私はポンコツなんです。それとも、貴方はそれを見越して私をこう作ったのですか。

 何も分からない。だけど、今は──

 

 

「──この()()()に従います」

 視線を向けた先。

 

 キムンカムイは狙いをキャシーに変え、人間を一口で飲み込めそうな大顎を開いた。

 

 

 地面を蹴って回り込む。大剣で顎を切り上げ、盾を投げ飛ばして頭蓋を砕いた。

 

 

「それでも、立つか」

 しかし、その生物は立ち上がる。

 

 この世界の生態系の王である誇りか、信念か。

 血走った眼を私に向けて、牙と爪と、生命を尽くして私を殺そうという瞳でした。

 

 

「……それでも、私は──」

 対物理流動魔力展開。対象──現世界《物質》解析鑑定──。切断強度クリア。

 

 

「こい、化け物(モンスター)

 走ってくるキムンカムイに大剣を振り下ろす。

 

 この世界では観測出来ていない魔力を大剣表面で流動させ、本来の切断能力を遥かに超えた大剣が、かの生物の首を切り落とした。

 

 

「──私は、この人達を守りたい。だから、こうする」

 誰かの言葉を思い出す。

 

 

 これが正しいのかすら、私は分からない。

 

 

「……氷が、溶けていく?」

 だから私は、これからもきっと──

 

 

 

 

 

 

 

「──出ていくのか?」

「──はい。長居し過ぎました」

 ──キムンカムイ討伐から数ヶ月。

 

 右腕を失ったエドワードはしかし、仏頂面は変わらず私の横に立っていました。

 キムンカムイの骨や皮で作った装備を身に纏っているぶん、仏頂さ加減はむしろ増しています。

 

 

「俺達がまだ生きてるのは、お前のおかげだ。出来るなら、お前にはずっとここにいて欲しい」

「これ以上は流石に私の役割から大きく離れます。貴方達の事は助けたいと思いましたが、これ以上居ると余計な事までしてしまいそうで」

「そうか」

 キムンカムイを討伐し、エドワードやロイドの治療。洞窟の補強や食糧の調達法。

 

 正直なところ、人類の最後を見届けるという私の役割からは大きく逸脱した動きをこの数ヶ月続けてしまった。

 もう手遅れかもしれませんが、これ以上自分の存在を否定するような事をするのも本意ではありません。

 

 

「どこへ向かうんだ?」

「次の世界へ」

「そうか。また、会えると思うか?」

「難しいと思います」

「だろうな」

 無骨に、彼はそう返事をする。

 

 

「エドワード?」

「お前、人間じゃないだろう」

「バレていましたか。流石に、あんな戦いを見せてしまえば突然ですが」

「いや、俺は初めから分かっていた」

「え?」

 ふと、エドワードはどこか遠くへと視線を向けました。何処を見ているのか、私には分かりません。

 

 

「この世界をそんな身なりで旅するなんて出来ない事は、俺が一番知ってる。だから、お前を始めて見た時から……分かっていたんだ」

「……では、なぜ私を助けたんですか?」

 初めましての時はともかく、あの時キムンカムイから私を助けていなければ、彼は右腕を失う事はなかった筈です。

 

「俺と同じ目をしてたからだよ。どこかここじゃない虚空を見てて、この世界に自分が居なかった時の俺と同じ目だ。……助けなきゃと思ったのさ。コロニーで俺にスープをくれたあの人が、俺にしてくれたみたいにな」

「この世界に自分が居ない……」

「そんなお前の目も、なんだか少し変わった気がする。だから、少し残念だ。だから、そうだな……お前もこの世界に居るんだって、それだけは伝えておく」

 そう言って、彼は私を見て()()()()

 

 

「……もう少し」

「イヴ?」

「……いえ。もう少し、頑張って下さい。きっと、この世界は暖かくなる。そうした時、貴方達のような方々なら、変わっていく世界でも歩いていけます」

「良く分からないな」

「私も分からないので、今はそれで良いんです」

 この世界に自分が居る。そんな彼の言葉を記録に刻んで、私は歩き出しました。

 

 

 

 世界は進んでいきます。

 

 

 それからしばらくの月日が経ちました。

 俯いていたあの子が顔を上げるように、陽の光が世界を照らし始める。

 

 暖かくなっていく世界が、凍った世界を溶かしていきました。

 

 

 きっと、彼等もこの世界を歩いていく事でしょう。

 

 

「私も、この世界に居る」

 そんな言葉の記録を噛み締めて。私はまた、新しい世界を歩き始めた。

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