終末に少女は世界の終わりを旅して廻る【完結】   作:皇我リキ

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科学の世界

 この世界は三ヶ月後に滅びる。

 

 

 

 あってもないような低さの柵を見上げた。

 これほどの高さなら、普通の人でも登っていく事が可能でしょう。

 

 ただ、それを許さないのが設置された防犯カメラ。どうやら不法入国者を感知すると柵に電流が流れるんだそうな。

 それが全部自動だというのだから、進んだ化学にはソレ由来である私も驚きを隠せませんでした。

 

 人間の向上心は恐ろしい。

 

 

 

「──あなた、旅人さん?」

 柵の出入り口で突然、声を掛けられる。

 

 短く整えられた綺麗な黒い髪に、キラキラと輝く何も知らなそうな綺麗な青い瞳が印象的だった。

 

 

「いえ、旅人という訳では……」

「それじゃ、この街に住みにきたって事?」

 少女とも少年ともつかない黒髪の幼い顔付きの人間。

 

 彼女もしくは彼は、私の顔を覗き込む。

 

 

「……綺麗な目」

「どうも。……そうですね、どちらかといえば、私は旅人というカテゴリーに属すると表現する事も間違いではありません」

「難しい言葉だね」

「そうでしょうか?」

「そうだよ」

 首を傾げる彼女もしくは彼は、少し目を細めてから「あ、自己紹介してないね!」と綺麗な青い瞳を私に向けた。

 

 

「私はミカ! 旅人さんの名前は?」

「イヴ」

 短く答える。

 

()()──ミカは、私の手を取ってこう続けた。

 

 

「旅人さん、()()って信じる?」

 この世界は科学の世界。

 

 

 分かりやすく空を飛ぶ鉄の塊。

 生活に必要不可欠なガスや電気。夜ですら星の光よりも輝く街と、便利な機械や技術の数々。私と同じロボットも歩いている。

 

 魔法など微塵も存在しない。科学の世界だ。

 

 

「……いいえ」

 この世界は三ヶ月後に滅びる。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 視線を感じた。

 

 

「──つまり、魔法はね、この世界が出来る前にあった世界では存在していた現象だと思うんだよね! 誰も信じてくれないけど、物理的な現象で説明出来ない歴史の痕跡は沢山ある! けれど、それをタブーとして皆は見ないようにしてるの」

「どうしてその話を私に?」

「貴方の目が綺麗だったから!」

 彼女は何処かで聞いた事があるような気がする言葉を、私の目を真っ直ぐに見て口にする。

 

 

「……確かに、魔法的な発言ですね」

 この()は終わりませんでした。

 

 

 

 自らごと消滅させるつもりで()()()()()()を使用して、世界を終わらせた筈なのに。

 

 私は今、こうして次の──もしくは幾つか後の世界を旅している。

 

 

 どうやら私は己の決定で己を終了させる事が出来ないらしい。

 

 なるほど、頭のネジがなくなっているポンコツだから人のような心でも芽生えたのかという憶測は間違っていたようですね。

 

 

「宿を探しています」

「それならコッチ! あ、私の仕事は街の案内なの」

「なるほど」

 ところで、彼女の顔とこの会話内容。何処かの世界で同じような会話をした記録が見付かりました。

 

 

 色々な世界を旅してきたので、顔が似ている人間くらいなら珍しい話ではありません。しかし、光景や動向が重なる事は初めての経験です。

 

 こんな事もあるんですね。

 

 

「どうかしたの? ぼーっとしてるよ」

「いえ……。ところで、貴方は女性なのですか?」

「し、失礼じゃない!? どう見ても女の子だよ!!」

「──それは失礼しました」

 ──ミカエルも、女性だったのでしょうか。

 

 

「着いたよ、ここが私の経営してるホテル!」

「街案内と併せてお安く出来る訳ですね」

「そういう事! よく分かったね」

 有無を言わせない態度で歩いて、私の手を引っ張る()()

 

 

「……いえ、以前にも同じような──」

 カレーを食べさせて貰った民宿の記録が蘇り──

 

 

「──事は、ありませんでした」

 ──目の前の地上四十五回建ての高層ビルを見て、私は首を横に振りました。

 

 

 そんな、同じような事ばかりではないという事です。

 

 

「なかったんだ」

「こんな高層ビルではありませんでしたね。こんな巨大なホテル……を、一人で経営しているのですか?」

「うーん、なんていうんだろう。少し違うかな。旅人さん……えーと、イヴちゃんはもしかして知らないの?」

 苦笑いのような表情で、彼女は私の目を覗き込んだ。

 

 

「この世界、三ヶ月後には滅んじゃうんだよ」

「なんと」

 知っている。

 

 

「隕石がさ、落ちてくるんだって。今の私達の科学力じゃ、どうしようもないくらい大きな隕石が」

 三ヶ月後、この星に巨大な隕石が落下する。

 

「殆どの生き物は死んじゃうって。人間が生きていける世界じゃなくなっちゃうって」

 この星の九割の生命が滅びてもおかしくない。

 

 

 あの世界と同じく、この世界も一瞬で全てが灰になる未来は確定していた。

 

 

 

「そうなんですね」

「うん。それで、偉い人達は皆地下シェルターとか? 宇宙に逃げちゃったの」

「しかし、そんな事しても……」

「そうだねー。多分生き残れない。……それが分かってるからかな? 皆、思い思いにやりたい事やって生きてる」

 そう言って、彼女は巨大な高層ビルを見上げる。

 

 

「ここ、偉い人に貰ったんだ。私は将来こういうお仕事がしたいって思ってたから、今は夢を叶えてるところ!」

 この状態で暴動が起きたりしていないのは珍しい。

 

 

 満たされていたのか、諦めが早いのか、けれど──彼女の瞳からは寂しさを感じた。

 

 

「けど、お客さん来ないから全然お仕事出来なくて……。だから、イヴちゃんが私の最初で最後のお客さんだよ!!」

「私は了承していないのですが……」

「ガーン!!」

「了承しないとも……言っていませんよ」

「イヴちゃん!!」

「お客様ですよ、私は」

「イヴちゃん!!」

「はぁ……」

 どうも、私のポンコツヘッドは終末スイッチで大破した後の自己修復でも治らなかったらしい。

 

 

 諦め、か。私はどうしたらいいのでしょうか。

 

 

 

 それから二ヶ月。

 

 私は()()のお客さんとしてこの街で過ごす。

 

 

 なんと高層ビルを独り占め。

 何度か行ったミカへの悪戯──私は何処の階のトイレに居るでしょう──はあまりにも疲れたのでもう辞めてと土下座されました。

 

 残り数ヶ月で滅ぶとは思えないほど、街の雰囲気は穏やかなもので──勿論使えない施設もありますが、普通にデパートや施設で働いている人達もいる。

 

 

 曰く、最後まで普通でいたい。この仕事が好きだから。

 

 

 

 とても良い世界だ。

 

 

 滅びて欲しくない。

 

 

 

 これは気持ちでしょうか。

 

 

 

「──カラオケ、ですか?」

「うん! カラオケ行こうよカラオケ!」

 人類滅亡まであと一ヶ月という所で、ミカがお出掛けの誘いをしてくる。

 

 断る理由もありません。

 

 

「……そうですね、良いですよ」

「やったー! この間のボウリングも楽しかったよねー。明日は何しよっかなぁ」

「まだ今からカラオケだというのに明日の話をしてどうするんですか」

「だって、後一ヶ月しかないんだよ? 楽しまなくちゃ」

 けれど、忘れた訳じゃない。

 

 

「え、百点ってカラオケの採点で本当に出せるんだ!!」

「満点になるように行動しただけです」

 誰もがそれを考えないようにしていただけ。

 

 

「ダーツの矢がダーツの矢に刺さってる!? どういう事!?」

「朝飯前ですが。所で夕飯どうします? あ、夕飯前というのでしょうかコレは」

 終わってしまう現実から目を逸らそうとした。

 

 

「カレー屋さん閉まっちゃったね。このお店美味しくて好きだったんだけどなー」

「仕方ないでしょう。お店で具材を買って、自分達で作ってみますか?」

 それも少しずつ崩れていく。

 

 

「え? イヴちゃんカレー作れるの!?」

「貴方も作ってくれたじゃ──あ、いえ……違いますね。貴方は──ミカは作れないんですね」

 この世界は確実に終わりに向かっていました。

 

 

 

 

「作れないよ。難しいよ、カレー」

「教えてあげますよ」

「えへへ、ありがとう。それじゃ、今度は私が作るね!!」

「今度……。はい、今度はお願いします」

 今度、と──後、何回言えるのでしょうか。

 

 

 それも現実逃避の一環なのかもしれない。

 

 

 私には分からない。

 

 

 

 終わる事すら出来ない私には、分からない。

 

 

 

「カレーのルーはね、この会社のが美味しいんだよ!!」

「そんなに買ってどうするんですか」

()()作る時にも使うからね」

「なるほど」

 お会計を済ませる。

 

 

 お店の人もミカも、普段通りに接していた。

 

 

「今日はカレーなんだね、ミカちゃん」

「うん! イヴちゃんが作ってくれるんだって!」

()()作ってもらう時の為に脳味噌に直接作り方を叩き込みます」

「怖!!」

 異常ではない。

 これが彼女彼等の選択なのだから。

 

 

「毎度あり」

()()くるね!」

「おう。《また》来てくれ」

 残り三十日。

 

 こんな会話も、腕が六本あれば指の数が足りるだけの時間。

 

 

 

「良いですか? 今から教える事は全て脳味噌に焼き付けなさい。出来ないのならその頭をこじ開けて電流を流し、私が直接記憶させましょう」

「なんでそんなにバイオレンスなの!?」

「さて始めますよ」

「待って!! 心の準備が!!」

「カレー作るだけなのになんで心の準備が必要なんですか」

「イヴちゃんが脅すからだよ!!」

 人と話す時間は短く感じる。

 

 

 この世界が時を刻む時間は、その存在の移動速度さえ変わらなければ一定である筈なのに。

 

 こうして誰かと話す時間は、いつも一瞬で終わってしまうように感じました。

 

 

 そうして待つ。

 

 次の世界が来るのを。

 

 

 いつもそうしてきた。なんの為に。

 

 

 

「イヴちゃん?」

「……すみません。考え事をしていました」

「今日沢山遊んだもんね! 疲れてるのかも」

「そんな筈は……」

 完成したカレーが盛られた皿を見下ろす。

 

 

 いつか、誰かに作ってもらったカレーと同じ味を再現した。

 

 どうしてそんな事をしたのか、自分でも分からない。

 

 

 

「……魔法の話、してましたよね」

「あれ? イヴちゃんその話興味ないと思ってた」

 私がカレーを口にしながらそう言うと、ミカは少し目を丸くしてスプーンを置く。

 

「冷めちゃいますよ」

「た、食べてからお話しする!」

「大した話ではないです。……どうして、魔法を信じるのですか? そう、聞きたかっただけなので」

 いつかのどこか()()()()で。

 

 

 少女もしくは少年──ミカエルは、魔法の世界で()()の事を話していた。

 

 あの世界にはない筈の、夢物語。

 立場は反転していますが、ミカのソレはあの世界での少女もしくは少年の言葉と一致する。

 

 

「イヴちゃん、私と会った時の事覚えてる? もう二ヶ月も前の事だけど」

「魔法を信じるか? と、問い掛けて来ましたね」

 残り少しだったカレーを流し込んで私に問い掛けるミカに、そう返事をして食器を二つ手に取った。

 

 片付けながら、彼女の言葉を待つ。

 

 

「イヴちゃん、サラッと……いいえって答えたから。全然興味がないのかと思ったんだけど」

「ふと、思い出しまして」

 あの世界とは状況が違う事は理解しつつも、どうしても重なる光景。同じカレーの味。

 

 

「何を?」

「以前、同じような質問をされた事があったな……と。私はこの時も、同じ返答をしました。しかし、その質問をしてきた方は聞いてもいないのにペラペラと話し始めたのです」

「わぁ! 私と同じだね!」

「本当に。……自慢気になられても困ります」

「ご、ごめんなさい……。でも、私は……魔法を信じたかった。沢山調べたんだよね。お化け、怪異、特異性、魔法。人生の裏技って言うのかな……この世界にはない力。そんな力に縋りたかった」

 終わるのが嫌だから。

 

 

「隕石が落ちてくるってニュースで知った時、勿論皆はパニックになった。変な事する人も居た。だけど、偉い人が本当にどうしようもないんだって、懇切丁寧に皆に伝えてくれたの」

 ロボットが街を歩くような世界。

 

 この世界の科学力はかなりの高水準に達していました。

 

 

 しかし、それでも。

 人類の叡智を持ってしても、隕石の衝突も、それによる人類の滅亡も、誰も止める事が出来ない。

 

 

 

「……でも、諦めたくなかった。皆色んな事を考えた。私も……考えたかった」

「それで魔法ですか」

「あはは。私、馬鹿だからさ。そんな馬鹿みたいな事しか思い付かなかった。あったら良いなって。アニメとか映画みたいにさ、魔法の力でドカーンって! 隕石をなんとかしちゃうの。そしたら、()助かってさ……死ななくて良いんだよ」

 最後の言葉は、掠れて殆ど口に出来ていない。けれど、私には分かってしまう。

 

 

「最後、なんと言いました?」

「ごめん。なんでもない! そうだ! 明日どうしようか? ボーリングもダーツもカラオケも勝てなかったから、そろそろ私イヴちゃんに勝ちたいよ!」

「何をされても私が勝ちます」

 終わりたくない。

 

 

 皆が思っている事でした。

 

 

 私はそれを何度も踏み躙ってきて、あまつさえ前の世界は既に終わっていたのだとしても自分の手で幕を引いてしまったのだから。

 

 

 

「ミカ」

「何? イヴちゃん」

「あなたにもし、この世界を救う力があったとします」

「唐突に凄い前提だね」

「そしてあなたは、世界を救わなくても死なない強靭な肉体を持っていたとします」

「凄い人になっちゃったね私」

「あなたは自らの……親と呼べる存在に、人々の終わりを見届けろと言われました。つまり、人類を救ってはいけないと言われました。……あなたは、どうしますか?」

 私の問い掛けに、ミカは瞬きを数回繰り返してから少しだけ考える仕草を見せる。

 

 

「うーん、なんでん 人類を救っていけないって……そんなふうに言われた事にはならなくない?」

「え……」

 彼女が漏らした言葉の意味が理解出来なかった。私はそれ以外の音声を発する事が出来なくなって、彼女の言葉を待つ。

 

 

「えーと、終わりを見届けろって言われたんだよね? その、凄くなっちゃった私は」

「はい」

「でも、それ以外は特に何も言われてないよね。今の所。私は他に何か言われたのかな?」

「いいえ」

「じゃあ。どうしますか、の答えは自分のしたいようにする……じゃないかな。私だったら……そうだな。救っちゃうな、人類!」

 白い歯を見せて、彼女は笑った。

 

 

「ミカ……」

「私に出来る範囲で、救って……それでもダメだったら悲しく思うんだと思うけど。それでも……私は、私に出来る限り頑張る。だって、イヴちゃんがそこに居るから。友達とか……家族とか、仲間とか。大切な人が居るなら、世界ごと救っちゃう! 私がそうしたいから!」

 屈託のない表情でそう語るミカ。

 

 

 私にはなかった答えが、そこにある。

 

 

 

 

「イヴ、お前には……この争いの後。人類の最後を見届けて欲しいんだ」

「人類の最後……ですか?」

 博士はそう言っていた。

 

 

「あぁ、この世界の終わり。誰も見届けられないのは、寂しいから」

 博士。

 

 

 

 私は、()()()()いいのですか。

 

 

 

 答えてくれる人がここにいたなら、私は──

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