終末に少女は世界の終わりを旅して廻る【完結】   作:皇我リキ

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繋がる世界

 隕石が落ちる場所に足を運ぶ。

 

 

 そこには巨大な銅像が建てられていた。

 それは何処かの国からの贈り物らしく、自由の証なのだとか。色々な世界で見掛ける話ではある。

 

「ここ、隕石が落ちて無くなっちゃうんだよね」

「丁度この場所に落ちる……。それが分かっているのに、どうしようもないのですね」

「魔法があったらなぁ」

 困ったように、少女──ミカは笑った。

 

 

 

「そんなものは……」

「ない。分かってるよ」

 そんな事はない。魔法はある。奇跡もあった。私がここにいて、それが分かっている。

 

 それなのに、私は何もしようとしない。

 

 

 して良いのかが分からない。

 

 

 

「さて! 泣いても笑ってもあと一週間だよ!! 楽しも、イヴちゃん!」

「ミカ……。はい」

 手を繋ぐと、暖かさが伝わってきた。

 

 

 この感覚も、視覚も聴覚も。味覚も嗅覚も全て偽物で、データによってプログラムが会得している物だとしても──

 

 

「楽しみましょう」

 ──この気持ちだけは、本物であると願いたい。

 

 

 

 この世界はあと一週間で滅びます。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 この街に来て三ヶ月が経とうとしていた。

 

 

 その頃は賑わっていた街も、少しずつ静かになっていく。この世の終わりが現実味を増してきた。

 

 二人で行ったボーリングセンターも、カラオケBOXも、色々なお店が空いていない。

 

 

 静かな街。

 我慢していた人達が、我慢できなくなってしまう。

 

 

 初めは誰もがそうだった。

 

 最後の時間。

 

 

 国が、世の中が、この世界が滅ぶ事を伝えたその日から。

 

 誰もが後悔しないようにしようと励んで、隕石の衝突を防ぐ事を考えて、最後まで楽しむ事を考えて。

 けれど、そのどれもが叶わない夢となって消えていく。

 

 

 耐えられなかった、考えられなかった、怖くなってしまった。

 

 

 

 街には煙が上がっている。

 

 その煙をどうにかしようという人すら、もうどこにもいない。

 

 

「寂しくなってしまいましたね」

「そうだね」

 そんな街を二人で歩いた。

 

 何度か暴漢に襲われて、私がそれを撃退する。

 それくらいの事をするだけで、いつかの世界で言われた言葉が聴覚器官にノイズのように流れた。

 

 

「なのにお前は!! その力があるのに、誰も助けない!! なんでだよ……なぁ、なんでだよ!!」

 この街にも私が救える人が沢山いる。

 

 

 私が撃退した暴漢が誰かの命を殺めるのを見て見ぬ振りをした。その暴漢が他の誰かに殺められるのを見て見ぬふりをした。

 いつかカレーの材料を買ったお店の店員さんが首を吊るのを見て見ぬフリをした。これから歩く道の先で暴徒が子連れの家族を襲っているのも、私は分かっている。

 

 

「ミカさん、偶には他の道で帰りましょうか」

「なんで?」

「普段しない事を経験しておくんですよ、今のうちに」

「なるほど。流石イヴちゃん」

 見せないようにした。見ないようにした。

 

 私はそれが出来る。しようと思えば出来てしまうし、こうやってミカの事を守ってしまっているのに、この世界に自分がいるという事を言い訳にして、人類という大きな枠組みに対して向き合う事から逃げていた。

 

 

 ミカは、自分なら人類を救うと言って私に寂しそうな笑顔を見せる。

 

 

 私はそれをして良いのか分からない。

 

 

 

「ミカ……」

「何? イヴちゃん」

「……その、えーと……いえ。なんでもありません」

「珍しいね? どうかしたの?」

「なんでもありません」

「そっか」

 彼女に聞いて良いのだろうか。

 

 それは彼女を傷付ける言葉にならないだろうか。いや、私は恐れているのかもしれない。彼女が彼のように私のこれまでの行いを否定して、拒絶されるのを。

 

 

 怖い。

 なるほど、自分が他者に対して抱く感情において一番分かりやすい物。

 

 私が壊れていないなら、そんな事で行動を制限される理由はない。

 

 

「ミカ、私は──」

「大丈夫だよ」

 ふと、ミカが私に抱きついてきた。人の体温の温もりが伝わってくる。

 

 

「……ミカ?」

「……怖いよね」

「……何を分かったつもりで」

「……誰だって怖いよ。死ぬの。この世界、終わっちゃうんだもん」

 勘違いか。

 

 

「命がなくなって、何も分からなくなるのが怖い。それ以上に、この世界から自分が居なくなるのが怖い。怖いよね。誰も自分の事を覚えていてくれない。この先ずっと、私がこの世界に居た痕跡も残らないで、何もかも消えちゃうんだ。……私の大切なこれまでの人生も、これからの一週間も、全部残らない。この世界から離れてひとりぼっちになっちゃう。怖いね」

 何処か遠くを見ながら、彼女はそう言った。

 

 

「それが……怖い、ですか」

「うん」

「……分かりません」

 自分で自分を終わらせる事すら出来ず、この世界から消える事も出来ないで、自分だけが世界に残る。

 

 

 けれど私はずっと記録して──覚えていた。忘れる事すら出来ない。

 

 一緒にカレーを食べた少女もしくは少年の事も、共に戦った隊長も、私をナンパしてきた青年も、世界の始まりになった少年少女も、凍った世界の狩人も、魔王を倒しにきた勇者も、コンビニのバイト仲間も、私を否定した彼も、私に終末スイッチを渡してこの世界から消えた彼も、私の姉も、私を作った博士も──私は忘れる事すら出来ない。

 

 

 全て記録されて、私の中に残り続けていた。きっと、私はミカの事も忘れる事が出来ない。

 

 

 彼女が消えても、私の中の残響として、記録され続ける。

 

 

 

「一人になるから、怖いのでしょうか」

「うん。皆居なくなっちゃうのが、怖い」

「……なら、私は怖いのかもしれませんね」

 置いていかれるのが、一人になるのが、あまつさえ記録にそれが残り続けるから、ミカの言う一人になるのが怖いという感情の仕組みが理解出来た。

 

 

 だからといって、私に何が出来る。

 

 

「ミカ……私は人間ではありません」

「うーん、なんとなく分かってた」

「私は世界を救えません。……いえ、場合によりけりです。今回のような事象の場合、私に与えられた単体の力で隕石の衝突から人類を守る事は不可能です。しかし、隕石の衝突に耐え得る結界を張る事は出来ます。この街一つくらいなら……この世界から消えずに守る事くらいの事が出来る。あなた()を守る事が、私には出来る。しかし、私がそれをした所でこの世界は──」

 突然私の口が動かなくなった。

 

 

 自分の言動を処理出来ていない。自分は高性能な筈なのに、どうして《友達を助ける》という事すら出来ない。

 

 

 

「それは、イヴちゃんがしたい事?」

「それは──」

「自分を作ってくれた人が、イヴちゃんにしなさいと言った事……だっけ。この世界の最後を見届ける、格好良いなぁ。凄いなぁ……。けど、イヴちゃんはそれが嫌になった。違う?」

 覗き込む青い綺麗な瞳。

 

 私の顔が映っている。無表情。

 

 

「私はこの前さ……世界救っちゃう! みたいに言ったけど、簡単じゃない事くらい分かるよ。どんなに凄い力があっても、どうしようもない事があるのも分かる。隕石だもんね、無理だよ」

「でも……」

「もしこの街だけでも守れたとしたって、その後の事はどうしようもない。イヴちゃん頭良いから、多分それが分かってるんだよね。……だから、そんな事はしても意味がない。分かってるから、出来ない。そうじゃない?」

 全て正解だった。

 

 

 この街だけを守り抜いたとして、この世界にただ一つ残されたこの小さな世界で人々は苦しむだけだろう。

 

 ミカも、その苦しい世界に巻き込まれて、隕石の衝突で一瞬で蒸発するよりも耐え難い人生を送る事になる筈だ。

 

 

 

「魔法があったらなぁ」

「魔法……」

 魔法はある。

 

 魔法がある世界があって、私はその世界で魔法と呼ばれる現象を使用する事が出来る性能も手に入れた。

 しかし、私が使える程度の魔法でどうにか出来る問題ではない。

 

 

 魔物が世界を駆けているだけなら、死者が蠢いているだけなら、魔王が世界を侵略しているだけなら、疫病等人知の力でどうにか出来る物なら──私はやろうと思えば確かに人類を救えるのかもしれません。

 

 だけど、どうしようもない世界も沢山あって。

 この星の機構だとか、全人類を巻き込んだ戦争だとか、それこそ隕石の衝突だとか。

 

 

 私がどうしたって救えない世界があった。

 

 

 けれど、守れた世界もある。

 

 

「──明日久し振りのデートなの!」

 小さな世界の、小さな想い。

 

 だけど、彼女にとっては大きな世界だった筈だ。

 

 

 私は彼女の世界を守れたと思いたくて、けれど──あのボタンを作った人の世界を守れなかった。

 

 

 

「魔法が使えたって……全知全能ではないんです。私一人が何をした所で、滅びる世界は滅びてしまう。どうしようも……ない」

「じゃあ、皆で頑張れたら良いのにね」

「皆で……?」

 私の問いかけに、ミカはその場で一回転してからこう答える。

 

 

「全知全能スーパーヒーローな一人じゃなくて、なんでもない私とか、知らない人も。沢山の人が協力したら、世界だって救えちゃうかもしれない。……この世界はダメだったかもしれないけど、もしかしたら魔法が使える人が! 凄く強い人が! 凄く頭が良い人が! 凄く勇気のある人が! 諦めない人が! 誰かを大切だと思って動ける人が。……そんな皆が力を合わせたらさ! 世界だって救えちゃうと思わない?」

 真っ白な歯を見せて、ミカは笑った。

 

 

「皆……」

 私はやはりポンコツだったのでしょう。

 

 

 自分一人で何かをしなければならないと、そんな概念でしか動いていなかった。

 

 

 この世界に自分がいて良いと言うのは、そういう事じゃない。

 

 その世界の誰かと関わって、学んで、楽しんで、力を合わせていいという事。

 

 

 でも、私は見届けなければいけない。力を合わせるのではなく、世界の終わりを見届けなければ──

 

 

「──だからさ、一緒に()()()()()()()

「──え?」

 真っ直ぐな青い瞳が、私を見る。

 

 

()()に?」

「うん、一緒に。……見届けるって、最後を見届けるんだよね。最後ってさ、多分……本当に誰も彼もがどれだけ何をしてもダメだった時だと思うんだ。私達の今みたいなさ」

 そう言って、彼女は寂しそうに笑った。

 

 

 隕石の衝突が分かって、この世界では色々な人が奮闘したらしい。それでも、ダメだったから、彼女はこんな風にしか笑えない。

 

 違う。

 

 

 私は何もしなかった。

 

 

 この世界が滅びるのを、今も黙って見ている。

 

 

 わがままで、エゴで、友達になってくれたミカだけを助けようなんて算段を立てて。この世界と一緒に考える事をしなかった。

 

 

 

 もっと早く、私が何かをしていたら、この未来は変わったかもしれないのに。

 

 

「どうしてもダメだったってのは、やっぱりあるよ。でも、出来るだけやってみたり。誰かを助けたりして……それでもダメだった時が最後なんじゃない? そんな最後を、見届ける事が願いなんじゃないかなって」

「それでもダメだった時……」

 結局の所。

 

 

 人類は何度も滅びて、その度に立ち上がっている。

 

 私が手を差し伸べてしまった事もあれば、私が終わらせてしまった事もあった。けれど、その度に、いつも、これまでずっと、この世界は再び動き出した。

 

 

 この世界が終わっても、もしかしたら次の世界があるかもしれない。ないのかもしれない。

 

 そんな可能性の考慮すらしなくなる程の多くの世界を旅して──

 

 

「次がある内は最後じゃない。その最後を見届けてねって、そんな約束だったらさ。それ以外は何しても良いって事じゃない?」

「だったら……私は」

 それでも、今はどうしようもない。

 

 

 私はこの世界を救えない。次の世界が本当にあるのかも、分からない。

 

 

「だから、一緒に見届けようよ。私……バカだからさ、イヴちゃんが言ってる事も思ってる事もちゃんと分からないけど。……私が終わっちゃうって事だけは理解してるんだ。それを、ちゃんと見届けて欲しいなって」

「ミカ……」

 彼女の事は救えない。

 

 

 この世界は確実に終わってしまう。彼女だけを救ったりしても、彼女に残っているのは地獄だけだ。

 

 

 だから、私は彼女の終わりを見届ける事しか出来ない。

 

 

 

 いや、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「だからさ」

 そう言って、彼女は私の手を掴む。

 

 

「あと一週間、私の事見届けて欲しいな」

 その手を、離したくない。

 

 

 そう()()()しまった。

 

 

 

 

 

「──はい、出来た!!」

 カレーライスを完成させたミカは、自信満々な表情で机の上に皿を叩き付ける。

 

 カレーのルーが飛んで私の目に入った。

 

 

「赤点です」

「許して!?」

「あのですね、今日くらいは──」

 ふと、ミカの顔を見る。

 

 口にしようとした言葉を止めた。それは、今は必要ないと感じる。

 

 

「──いえ。許しません。私はお客さんですよ? こんな事が許されるとでも?」

「え、今それ言うの!? 狡いよイヴちゃん!! そんなカレーが目に入ったくらいでさ!!」

「狡いもクソもありませんが!? お前の目にカレーを入れてやろうか!?」

「ごめんなさい!!」

 時間が過ぎるのは一瞬でした。

 

 とても長い時間を過ごした私にとって、この一瞬はその長い時間から比べれば本当に刹那の出来事です。

 それでも、一秒一秒を大切に過ごしました。

 

 

 それでも、時間は経ってしまう。

 

 

 

「……仕方がないので、今回は許しましょう」

「……許してないよ。目がとても痛いよ」

 ミカの眼球に丁度良いダメージを与えてから、私はカレーライスをスプーンで掬いました。

 

「……()は許しません」

「き、気を付けます。はい」

 そうして、カレーを口に運ぶ。

 

 

 私は食事を摂取する必要はない。しかし、する事が出来るような機能があって、味覚も感じる事が出来た。

 これまでその意味について考える事もなかったのですが、今なら言えます。

 

 

「……上出来ですね」

 ……この機能があって良かったと。

 

 

「はー、良かった。これで心残りはないや!」

「ミカ……」

「ダメだからね」

 手を伸ばそうとして、彼女がそれを止めた。

 

 

 

 隕石衝突まで残り十分を切っています。

 

 

 

 十分後には、隕石は上達地点から半径100キロメートルを一瞬で蒸発させ──ミカは骨も残らない。

 この世界全ての生態系が狂う程の大災害。

 

 人類はまた滅びるしかありませんでした。

 

 

「私は……あなただけを助ける事は出来る。あなたが寿命を全うして死ぬまでのたった数十年程度なら……あなたを生かす事も出来る」

「でも、イヴちゃんはそんな事したくないんだよね」

 そうです。したくない。

 

 

 そんな事をした所で、ミカが残りの時間を苦しんで生きる事が分かってしまうから。

 

 

「私は……確かに死にたくないよ。凄い魅力的な提案だと思った。お願いしたいと思った。……けど、馬鹿な私には分からない辛い事があるんだよね」

 一日だけ。

 

 

 彼女は昨日、私に言った。

 

 

 

 泣きながら「死にたくない。助けて」と。

 

 

 

 私は彼女を助けられない。

 

 

 隕石の衝突でどうしようもなくなってしまったこの世界の後で、彼女が苦しむだけの世界を望めない。

 

 

 一日だけ。

 彼女は目一杯泣いて、今日を、今を、笑顔で過ごしている。

 

 

 

 

「少しだけ時間が短かったけど、私は人生楽しかった。こんな終わり方にも、納得してる」

「ミカ……」

「イヴちゃんもきっと、見付けられると思う。納得出来る終わり方。どうしてもダメで、けれど、満足のいく終わり方。終末の旅……かな。これからも、きっとイヴちゃんは見届けてくれる。私が怖かった、この世界から消えるってのも……なんとイヴちゃんが覚えていてくれるから大丈夫!」

 残り十秒。

 

 

「イヴちゃん!!」

「ミカ……」

「この世界に居てくれて、ありがとう。次の世界に、行ってらっしゃい」

「ミカ、あなたは──」

 音が消えた。

 

 

 光が世界を包み込む。

 

 

 

 私の目の前で、彼女は空気と混ざった。

 

 

 最後の瞬間、彼女に抱き付く。彼女も私に触れてくれた。

 

 

 

 大丈夫。絶対に忘れない。

 

 あなたは──あなた達は、ここにいる。この世界にいる。私が終わらない限り。この世界にいる。

 

 

 

 だから──

 

 

「──あなたは一人じゃないですよ。だから、私も一人じゃない」

 ──だから、この先も歩いていける筈だ。

 

 

 この世界が本当に終わるまで。

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