僕自身がスケベになればいいのでは? 作:PhaseShift
感想、ここすき、高評価、ありがとうございます。
プライベートで良い事も悪い事も含め、連続して大事件が起きているので忙しいです。
この後はやっと本筋が進みます。体育祭長すぎたね、ごめんねリスナー……。
ここはカードショップソレイ湯、上野店。マジックザギャザリング専門店であるこの場所は平日でもそこそこの人数がショーケースに釘付けになっている。……筈なのだが、今日ばかりは違った。外国人観光客も常連客も店員も、ショーケースやオリパ棚や買い取り表ではなく、特にイベントもないガラガラのプレイスペースを気にしているのだ。
その理由は統率者戦*1の卓を囲むメンツにあった。顔が見えない透明少女。筋肉モリモリマッチョの白人男性。頭からアンテナを生やす中年男性。そして着物を着こなしたぱっつん前髪の大和撫子。
「ではターン貰います。アンタップ、アップキープ……ドロー」
既に白人男性と中年男は敗北しているのか、簡単に片づけて見の構え。残っているプレイヤーは透明少女と大和撫子だけ。透明少女のライフカウンターは残り12。対して大和撫子のライフは30以上。しかし額から汗を一条垂らし、手札を持つ手が震えているのは大和撫子の方である。
「メイン1で様相ねじりカスリル*2を置きたいです」
透明少女のイカレた統率者がまさにゲームの終わりを告げようとしているからだ。
「墓地何いるピポ?」
「Ah...Zetalpa*3?……はさっき見たネ」
「ええと、飛行、先制攻撃、二段攻撃、接死、呪禁、破壊不能、絆魂、威迫、到達、トランプル、警戒……あ、速攻以外全部ついてる!*4 パーフェクトカスリルだ! みーくん対応ある?」
ちなみに大和撫子は「ないです」としか言えないハンドだ。
「ハンド何枚?」
「3枚」
「マナいくつ出る?」
「緑が1、白が1かな」
「墓地見ていい?」
「はい、どうぞ」
「……」
「……」
「……すいません。返します」
一見すると大和撫子が現実を受け入れられないカードゲーマー特有の鳴き声をかましたように見えるが、透明少女は違うとわかる。この二人は何回か対戦実績があり、ある程度デッキのメタ読みが可能なのだ。今回は特に既に落ちた二人がコントロール系のデッキだったのでそこそこ時間がかかるゲームとなっている。墓地を見られれば"あいつのデッキあれ入ってたけどまだ使われてないなぁ"と言う事くらいはわかるのだ。
最後まであがく大和撫子を見て、透明少女の口角が吊り上がる。
「……ッスゥゥーーー……着地まではどうぞ」
「じゃあ着地しました。カスリルの効果解決です。対象は当然カスリル*5」
「ソープロ*6をカスリルに撃ちたいです」
「緑1マナでLegolas's Quick Reflexes*7をカスリルに対して撃ちます」
「コヒューッ……コヒューッ……」
大和撫子がついに息まで荒くなってきた。
これは別に闇のゲームではない。
「カスリルは……レゴラス*8だった……?」
「草ピポ」
「カスリルのせなかにのってんのかもヨ?」
さぁ大変だ。カスリルは戦場に出た後にパワーアップさせる対象を選ぶので、出た直後ならピン除去が間に合うと踏んだ大和撫子の目論見がたった今打ち砕かれた。しかも透明少女が使った呪文はそこそこえげつない呪文なのだが、この小説はMTGがメインではないので本文では割愛する*9。
「あqwせdrfgyふjきおlp;:@」
「その外見と声でその語録使うの脳味噌バグるからやめてほしいピポ」
大和撫子、壊れた。
「じゃあカスリルの効果解決が完了します。続けて跳ね橋をタップして速攻を付与しますね*10」
「アッ」
「やっぱ気付いてなかったピポ」
「ケインしってるヨ。これガバってやつデショ」
おおっと。
大和撫子、対面の統率者を恐れ過ぎて盤面が見えていない!
「戦闘フェーズ入ります。14/14のパーフェクトカスリルでみーくんに攻撃」
「かかったなアホが!! 白白緑でテフェリーの防御!!」
いつの間にか卓の周囲に出来ていた人垣からも『おお……』と声が漏れる。テフェリーの防御は簡単に言うとこのターンあらゆる損失を0にするカードだ。ライフの量も変化しない。大和撫子の盤面には透明少女のライフを削り切るだけの強大な打点が複数あり、透明少女を守るクリーチャーは存在しないし、そもそも透明少女の盤面からもうたった1の白マナしか出ない。白は何でもそつなくこなすが、たった1じゃ大したことはできない。
「マナの税収でテフェリーの防御を打ち消します」
MTGにおいて白はドロー以外なんでもそつなくこなす。
呪文の打ち消しすら。*11
『おお~……』
『これは予想無理だろ……』
『マナの税収が刺さるところ初めて見た……』
マナの税収は1マナ払えなければ対象の呪文を打ち消す呪文。
大和撫子の盤面からはもうマナが出ない。
「ダメージ処理どうぞ」
声ちっさ。
「じゃあパワー14の二段攻撃! 統率者ダメージ*12でみーくんを撃破!!」
「ォワァァァアアアアン……ニニニニニニン」
「HAHAHA,それはちがうカードゲームだヨ!」
「遊戯王の効果音で草ピポ」
という事で。
「……なんすか」
「じゃ、次は竹下通りにお洋服買いに行こ?」
にっこり微笑む透明少女、葉隠透。
引き攣った顔の大和撫子、峰田実。
無慈悲過ぎる忍者クラスタによる罰ゲームの一部始終をご覧ください。
原宿の竹下通りにて。
「みーくん、これとこれはどう?」
「どっちも似合う」
「ダメか」
「?」
次。
「これとこれは?」
「うーん?」
「なるほどね。こっちにする」
「えぇ……」
次。
「じゃあこれとこれ」
「こっち!」
「じゃあこっちね」
「はーちゃん、それ逆の方ゥ……」
次。
「うーん」
「こっちがいいと思う」
「そうするね」
「????????*13」
次。
「どう思う?」
「……」
「OK Boy...!」
「アメリカのインストラクター?」
次。
「えーと」
「これ可愛いんじゃない?」
「……じゃあ買う」
「?」
次。
「これいい!」
「わぁ……サイズ他あるかな?」
「これはみーくんのだからこっち*14でいいの」
「えっ僕がこの黒ゴスを?」
次。
「これすき」
「……みーくんこれ紐じゃん」
「……、……。……!!*15」
「インビジブルパンチ!」
次。
「パステルカラーも絶対似合うと思うんだけどな……」
「フガフガフガ*16」
「私服がパーカーとジーンズだけだから参考にならない……」
「フガフガフガ*17」
次。
「次は池袋でオタ活しよ!」
「フンフガー*18」
「アッ」
「わぁ……」
「フルバスのアルバム*19が面陳されてる……!!」
「今年の微妙だったんだっけ?」
「あんま売れなかったっぽいけどV字回復あるぞこれ」
次。
「スケベ忍者グッズ、売り切れ……」
「『稀なる友を導くための爪!』……だって」
「……もしかしてヤバい?*20」
「まだネット見てないの?
次。
「んふっ」
「え、どしたの?」
「終売した僕のアクスタが30万で売られてて笑っちゃった」
「あっ。あれもしかして最初の握手会のヤツ?」
「よーし回収するか~」
次。
「わお。最新型のVR端末……」
「買い替えたいの?」
「3年使ってるからね。そろそろ猿鯖*21のクラウドとかも使いたいし」
「お猿のクラウド*22使うほどデータ持ってたっけ」
「衣装データくらいなんだけど、セキュリティがね」
「ああ……」
次。
「あの店員さんと握手してた?」
「うん。512*23だった」
「いいなぁ」
「握手する?……いつも応援ありがとう!」
「んふふ。ばーか」
次。
「ふぅ。いつの間にか荷物でいっぱいだ」
「じゃあ全部おうちに送っちゃお?」
「そうしよそうしよ。黒猫はどこかな~」
「みーくん、荷物送ったらどこ行く?」
「浅草でお昼食べてから……ちょっと行きたい所があって。はーちゃん、付き合ってくれる?」
「……? うん。もちろん!」
上野で合流して適当に遊ぼうぜって葉隠ちゃんに誘われたので……多分これはおデートです。お互いのアイスブレイクもかねて最初は葉隠ちゃんのホームで統率者戦をやろうってなったんだけど、こてんぱんに負けました。途中からサシになったあたりから会話の流れで「今日のお出かけは買った方が負けた方をお財布に出来る権利」が賭けられて、後はお察しである。
「今日一日推しを財布にしてる気分はどう?」
「え? 最高だけど……」
スカイツリーのふもとにある水族館。平日の夕方だからか人がまばらで、少し休憩しようと座ったベンチからは大きな水槽が一望できる。大きな水槽で泳ぐ沢山の魚、人の少ない水族館で静かに座る僕達。静寂という言葉に相応しい場所でたった二人、ぽつぽつと話し始める。
久しぶりの草履でちょっと変な感じになり始めたつま先に神経を注ぎ回復に努める。
「いくらくらい使った?」
「えー……」
渋谷で服買いまくって19万、池袋で売り場の隅っこにあった僕の終売アクスタが30万くらい、同人誌で3万ちょい、一番くじで1万ちょい、化粧品で7万ちょい、宅配サービスで1万と少し、浅草のご飯が1万行かないくらいで、あとソレイ湯で……とにかく結構使ったかな。
「まあまあ使った」
「わぁ……」
筋金入りの忍者クラスタである葉隠ちゃんも流石に苦笑い。雄英体育祭が終わってからというものの、僕関連のコンテンツが伸びに伸びてて収益が物凄い事になりそうなのだ。当然、葉隠ちゃんが登場しているコンテンツも含めて。協力してもらってお金を稼いでるんだから、協力してくれた皆さんにはできるだけ感謝の意味も込めて還元したいというのが僕の考え。ましてやそれが自分で収益を稼ぐ手段を持っていないタイプのゲストなら猶更の事である……と、ちょっと躊躇う葉隠ちゃんを無理やり説得した。
「でも数か月ぶりの散財マジで楽しかった~。ありがとね、はが――……」
「……」
あ。
頬をもにもにと揉んでから言い直す。
「……はーちゃん」
「うん、どういたしまして!」
雄英体育祭で優勝して僕もすっかり有名人。今日はまあ……お出かけというかおデートというかそういうあれなイベント……そう、プライベートってやつ!……やつなので、変装してお出かけしようというのが今日のコンセプト。僕が着物を着て草履をはき、髪を下ろしてメイクもした上で持ち物も番傘と小物入れの巾着だけといういつになく気合の入ったスタイルなのはこれが理由である。
……葉隠ちゃんをはーちゃんと呼んでいるのも「変装してても名字で呼ぶと身バレの危険があるから」だそうだ。こんなに外見変えててバレるのかなと思ったんだけど、浅草でお昼食べた時に「これクソ旨いンゴねぇ」って思わず言っちゃった挙句近くの店員さんをぎょっとさせた上にまじまじと見られてしまったので、葉隠ちゃんのアドバイスは素直に聞くことにする。まあ池袋の512には見破られちゃったんだけど、512は葉隠ちゃん含めてちょっとおかしいのばっかりだから仕方ない。
「みーくんが勝っても全部出すつもりだったでしょ」
「……流石にね」
葉隠ちゃんにはお見通しのようだった。還元の他にも理由があるんだよね。多分、はーちゃんは今後もフルバスから出演の打診があると思うし……ラジオとかもそうだね。僕と距離が近いからその迷惑料の意味もある。
「でも今日ははーちゃんと遊びたかった。清算とか、そういうのとは別に……」
「ん。嬉しい」
えへへと笑う葉隠ちゃんにほっとする。
「雄英体育祭の裏話とかやりたいな~」
「次のラジオは寄せられたお便りを読む形式にするから、そこで話す事もあるでしょ」
「事前に知らせてくれれば予定明けとくよ?……いつの間にかすっかり有名人だね~」
……まあ、思えば遠いところまで来たって感じだけど。
「これでゴールじゃないからさ」
「ゴール?」
「雄英体育祭で優勝しても、フォロワー1000万人達成しても、雄英卒業してヒーローになっても、ビルボードで1位とっても……気を抜かないようにしないと」
そこがゴールじゃない。
悔いが無いように
「……ね、みーくん」
「んー?」
「この水族館、お気に入りなの? 行きたい場所って言ってたけど」
ゆらゆら、ふわふわ。魚たちが揺れている。
少しだけ意識を巡らせて、葉隠ちゃんの息遣いを感じた。通りすがる誰かの足音を感じた。子供の歓声を感じた。水をくみ上げるポンプの音を、離れた人々の喧騒を、魚たちの声を、潜めた息遣いに感じる叫びを……。そして少しの静寂の後、ここから離れた場所にあるコインロッカーが閉まる音がした。
ばたん、と音がして。
……また静寂。
「みー、くん……?」
たまーに、ここに来る。大事なあれこれがあった時とか物事に区切りが付いた節目の時とか滅茶苦茶辛かった時とか嬉しい事があった時も来る。とにかく、何かがあったら来る場所。
「なんでだろうね。はーちゃんならここに連れてきても大丈夫って思ったんだ」
「大丈夫……?」
「うん……何も心配することはない、安心できるって」
しばらく水槽を見つめ続ける
代り映えしない光景。
それでも、得難く、尊いもの。
生きるということ。
「みーくんはさー」
「うん?」
はーちゃんはベンチから立ち上がり、少しだけステップを踏みながらこちらを振り向いた。
「――……」
見聞色の視界、感じられる気配、見える景色。何故か葉隠ちゃんがいつもより煌めいて見えた。透き通るような水槽の青のせいだろうか。泳ぐ魚たちの影と光のせいだろうか。それとも、彼女の個性が光と一緒に何かを曲げたのか。
「ううん、なんでもない」
見聞色だけではない、僕の瞳が捉えた葉隠ちゃんはただひたすらに幻想的で。
「見ててね、みーくん」