僕自身がスケベになればいいのでは? 作:PhaseShift
これ含めて3話くらい書けました。
夕暮れ。
幹線道路のど真ん中。犯行現場から必死こいて逃げ出したヴィランの一人と向き合っている……といってもこいつは主犯じゃない。主犯を手引きしたただの陰キャオタクだ。逃げる途中で主犯に切り捨てられたのかなんなのか知らないけど車からこいつが落下。
トラックで追跡してたヒーロー組で僕が間に合ったので思わず助けた感じだ。抵抗するなら無力化してもいいっていう許可をちゃんと貰ってるので「僕が近くに行くまで個性使ったり動こうとしたら本気でボコる」と声を掛けてある。
咄嗟に蹴り飛ばしちゃったから拘束が出来てない。主犯ではないとはいえヴィランはヴィラン。個性使って反抗しちゃってるし危険人物扱いなんだよな。人畜無害そうなオタク顔しててもさ。
……どんな事情があったのか知らないけど。
土埃を払い、少し離れた所で蹲るオタク君に向かって歩く。僕の後ろでギリギリ停車をしてくれたナイスなSUVに向かい「そのまま姿勢を低くしといてね♡」「ご協力ありがとね♡」と警告するのも忘れない。
「なあ、ヒーロー」
む。
「この世で最も嫌われるのは、どんな奴だと思う?」
「え?」
「いいから答えてくれ」
……んー。
「乳首すら出てないイラストにR18タグ付けてサブスクに誘導する奴」
「は?」
「イヤーッ!!」
「グワーッ!!」
そんな露骨に手を後ろに隠してカチャカチャやってりゃ覇気使えんでもなんか企んでるってわかるべや、と推定有罪延髄蹴りを後頭部にぶち込んでノックアウト。後ろでなんか握ってたから前のめりに倒して頭コンクリに埋めたけど……なーに持ってたんだろ。
「あらら」
違法サポートアイテムかな……?
握ってたリモコンっぽいのはとりあえず没収。体を改めるとなんかやったら堅いベストを着てたのでこれのリモコンかなんかだったのかなー。とりあえず両手両足拘束してから彼の頭をコンクリから抜き出してずばばばばと両頬をビンタする。
「うう……ひ、ヒーロー……」
「んー?」
「おれはこれから……どこに……」
「んー」
ふーむ。
少し考えてから「豚箱」とだけ答えると、オタク君は目から涙を流しながらじたばたし始めたのでお米ちゃん担ぎして道路のど真ん中から歩道にひとっ飛びする。そんな暴れんなよー。
「もういいですよー! ご協力ありがとうございます!」
窓越しに振られる手に対して適度にファンサを返しつつ、歩道で一息。
ここは国道14号。救援要請を受けたミルコに引っ付いて移動して大学の寮に突入、被害者だと思われてた彼が意外や意外、逃走の手助けをしちゃったもんだから僕達も一味をまんま逃がしちゃってさあ大変。こっちも向こうが車で逃げたからこっちも車で追っかけないといけないし、ヒーローもヴィランも市民も嬉しくない超不本意なカーチェイスを経て今に至るってワケ。
「ミルコ、こっちは完全に制圧。交通事故もないです。そのまま追ってください」
『……その言葉を待ってたぜェッ!!』
無線の向こうから聞こえる
んー、戦闘中なのかな。ここはコッテコテの産業道路なので歩道に人影はないと言っていい。近くにあるのはドライブスルー付きのメリケンサックスコーヒー、車の販売店、釣具店……まあ問題ないと思うので簀巻きにした彼を歩道の花壇に座らせて、僕も隣に腰掛ける。
スマホぽちりながら駄弁るか。
「……名前は?」
「……」
「じゃあオタク君ね」
む。みどりゃーから全員あてのメンションが来てる。
……なんこれ? 位置情報?
「オタク君見てこれ。僕の友達、なんか位置情報だけ送ってきやがった」
「……」
「大学とかさー、運動部とかサークルでタチ悪い先輩はこうやって位置情報だけ送ってきて、遅くなったり来なかったりしたら〆られるみたいな文化があったりするってほんと?」
「!」
この世で最も憎まれるのはどんな人か。
時間稼ぎにそれっぽいことを言いたかっただけかな。
「……」
「俺も」
「んー?」
「俺もムカつくよ。R18タグ付いてんのに……乳首すら描いてないやつ……」
思わず顔を見合わせて笑いあう。ただ車がごうごうと風を切って通り過ぎていくだけになった道路のそばの、やったら幅の広い歩道のど真ん中に座り込みながら。
「……誰が嫌いなのか。どうして嫌いになったのか、いつからか……わっ、わわ、わっ……わかんなくなった」
嗚咽交じりのオタク君の言葉を聞いてあー不本意だったんだなと改めて思った。オタク君の個性は"入れ替え"。良い事にも悪い事にも使える個性。でも側にいる人たちに恵まれなかったのか、オタク君が抱えている臆病なところを突かれたのか、あるいはそのどっちかか。
恵まれた個性を持つ子も、家庭環境次第で搾取されるか栄光の道を行くか変わる事が多いとは何度も聞いた話だけど、こういう事か。実際に感じると実に……無力感を覚えてしまう。
……ええと。
「あとで必ず、僕の事務所の弁護士さんが面会に行くから。弁護士さんに会ったら"峰田実からサルヴォに連絡しろと言われた"って言って。お行儀よく待っててね」
サイレンの音が近づいてくる。ミルコの耳から伝わる音が大きすぎてオタク君の鳴き声が聞こえない。棚ぼたで
さて。職場体験明けの最初の登校。
まず超大胆なイメチェンをしたバクゴーをクラス全員で弄り倒してブチキレさせた後、クラスのみんなにお土産を配ってからご近所のみどりゃー、ヤオモモ、常闇君と情報交換。常闇君はあんまり成果が得られなかったみたいで悔しそうにしてた。ヤオモモは「メディア露出という観点では大いに参考になりましたわ!」と興奮気味。まあUNERIのCM撮ったらしいからね……。ちゃんとギャラも払われるしっかりした契約も体験できたらしいし、ある意味では得難い経験かもしれない。すべてのヒーローが案件を依頼されるわけじゃないしね。
で。
「ヒーロー殺しねぇ」
SNSでバズり散らしてるあいつをみどりゃー、飯田君、轟君の3人でボッコボコにしたらしい。報道ではエンデヴァーがブタ箱にぶち込んだことになってたけど、まさかまさか。連続殺人鬼を相手にするとは……陰毛がやられた事にブチ切れた飯田君の気持ちはわからんでもないけども。
「うわぁ」
「これ生きてるんだよね?」
「緑谷ー、飯田ー生きてるかー?」
「地面に植えられちまってるよ……」
心配になり過ぎて思わずコンクリに突き刺してしまったが後悔していない。オリマーよろしく地面から二人を引き抜き、改めてラバーチキン越しにチョップした。チョップだ。チョップチョップチョップチョップチョップ!!
「みーくん」
「峰田さん、もうその辺で……」
そっと、肩と背中に手が添えられる。
心情は理解できるけど殺るならもっと上手くやれよな。という言葉しか出てこない。いや他にもいろいろ言いたい事はあるんだけど、第一印象はそれだ。
ただ、仮に。
仮にだよ?
仮に、ヒーロー殺しをぶっ殺したとする。
それで未だに存命のインゲニウムが報われるどうかはいいとこ半々だ。ただまあ、もしヒーロー殺しが死んだ事には喜んでも飯田君の未来が閉ざされる事には喜ばない可能性が高いから、マストな選択肢は自然と誰にも悟られず静かにぶっ殺すこと一択だ。死んだことに誰も気づけないなら最高。でも静かにサクっとぶっ殺すどころかサシでも勝てないのに今こうなってるわけで。
なので全部ひっくるめると「もっと上手くやれよな」という感想に帰結するのである。じゃあもっと上手くやれよ、の。上手くとは何か。少なくとも……。
「次からは相談してよ馬鹿眼鏡……友達だろ」
「……」
「生きててよかった。本当に」
「……ごめん」
きっと綱渡りだったと思う。この現代において"長い間捕まっていないヴィラン"とは真の上澄みか、最低の悪か、最悪の初見殺しを持つか、もしくはその全部だと思うから。ヒーロー殺しの名前は決して伊達では無いのは僕でもわかる。ていうか侮ったら僕でも死ぬんじゃないかな。
「まあ前向きに考えたら超貴重な経験値だね。ヤオモモ、付箋とかマグネットとかありがとう」
「いえ、このくらいでしたらいくらでも」
「……じゃ、片付けるか!」
「待ってよ切島。先生たちの意見も欲しくない? 後で先生を呼べるだけ呼んで、意見貰ってから片付けよう!」
「三奈ちゃんにさんせー!」
バーサスヒーロー殺しの把握できるだけの情報を聞き、纏めたりメモしたり意見の付箋を貼ったりしたホワイトボードを見て思いっきりため息を吐いた。お咎め無しとされたのなら大手を振って僕たちの糧にするべきだ。ちなみにA組にはしっかりと緘口令が敷かれている……普通当事者と先生だけじゃね? まあいいか。
「それで」
期待のニューフェイスって思っていいのかな。
「挨拶が遅れたけど。ようこそ、轟君」
「この後やんなら……俺も混ざっていいか?」
少し遠慮がちにこちらを見る轟君をぼーっと見つめる。
みどりゃーと飯田君、そして轟君の三人からヒアリングした情報は本当に有益な情報だった。三人のやらかしは特に。
僕も職場体験期間をミルコと日本国内古今東西上から下まで飛び回って職場体験の範囲を大きく飛び越えた仕事をさせてもらったけど、流石にヒーロー殺しレベルの敵には遭遇しなかった。ここでいう"レベル"とは危険度と有名度と強さだ。
いいなぁ、ずるいなぁ、羨ましいなぁ。
「?」
「あいや、なんでもない。勿論いいよ。葉隠ちゃんは切島君と上鳴君とか体硬い勢の柔軟見てあげて。柔軟終わってるやつらは交代でぶん投げと受け身の練習」
「僕と飯田君はどうしよう」
あー……。
「飯田君は動けんの?」
「いや、まだ無理だ」
「じゃあ僕の殴り合いを録画してもらっていい? 後で見返す用に。みどりゃーは暇そうな先生呼んできて。マイク先生以外」
「わかった」
「俺はどうする、峰田」
轟君はねぇ。
もうジャージに着替えてるし、いっちょやるか。
「何したい?」
「……」
後ろで「痛ぇ!」「痛くない」「葉隠痛ぇんだって!」「いや痛くない!」だとか「ヤオモモ。今日のウチは一味違うよ」「あれは……ガンヘッドマーシャルアーツ!」「知ってるのか尾白」「いや全然」だとか陽気にやってる声をBGMにしつつ、轟君は少し考えて、絞り出すように言う。
じゃあ、まずは手でしてもらおうかなってパターンかと思った……! 普通はまず脱いでもらってからおもちゃ渡すだろ……じゃなくて。その女殴ってそうな顔でヤリてえとか言うんじゃねえよちょっと頭バグりそうになるだろ。
……そんな僕の心の絶叫を他所に、轟君はきょとん顔で可愛いネ♡ 天然さんかな?……というかなんていうんだろ、同じ案件受けてる純朴な配信者さんに下ネタを振った時特有の罪悪感を感じる。
「他に何があるんだよ」
轟君の髪の毛はだいぶ面白い。ほんとーに真ん中真っ二つで赤と白だ。まあ流石に今日登校してきたバクゴーのイメチェンには敵わないけど。ちょっと見ない間にあんな開閉ギミック付きの七三分けになって帰ってくるとか予想できるわけないだろ!
「……」
「……? あ、ごめん。怒った?」
「いや、驚いた。紅白饅頭とかしか言われた事ねーから……」
ふふ。
「多分バクゴーでしょ?」
「ああ」
「僕も混ぜたらオーロラソースっぽくて美味しそうだなーってたまに思うよ?」
よし。このまま有耶無耶に出来そうだ。
「腹壊すぞ」
「冗談だよ、冗談」
「そうか……」
ギアをバチンと入れる。
ラバーチキンを片手に、ゆったりと力を抜いた。
「ていうか先生居ないからどっちにしろ素手ゴロだけだよ」
「おお……」
おおじゃねえよという意味を込めてラバーチキンを大きく振りかぶれば、轟君は大きく下がる。ふーむ。まあそうだよな、後ろに下がる……なんか調子狂うな。平時の轟君が何を考えているかはとても掴みづらい。多分天然……天然さんなんだよな?
振りかぶった姿勢をやめてふぅと一息。
……轟君は来ない。
「来ないならこっちから行くよー。いーち。にーい……」
「?……――、ッ!?」
さん。で剃って云うには数段格が落ちる速さで跳んで轟君に仕掛ける。右手を引いてパンチと見せかけて一気に体を落とし足払いに移行。回転するような足払いの勢いに任せて上に飛び上がりつつなんちゃってローリングソバット。これは防がれたけどなんか眠たいぞおい!
「3で来るってわかってるくせに~」
「くそっ!」
少し体勢を立て直した轟君に駆け寄って雑だけど威力はあるサッカーボールキック……は受け流される。反撃は想像以上にコンパクトでキレのある左のジャブ、ジャブ、ストレート。脇が甘いので強めに弾いて必殺のボディブロー……お? ガードされた。じゃあいくらかコンボするかと何度かの打撃を加えるけど全部受け止められる。轟君から仕掛けられることはあんまりない。なんていうか始めて見るタイプだな。これが放出系というか魔法使いタイプの近接戦闘なのか?
「ぐ、っ」
「ん~?」
僕のボディブローというかレバーブローの被害者が多いからかわからないけど*1、全体的に右半身のブロックがすごく硬い。なので左半身を狙って一度蹴り、二度蹴り、三度目はちょっと殺意を込めたら反射で氷を展開されてしまった。そのままじゃ痛いしインパクトの瞬間に武装。甲高い音を立てて氷が砕け散り、轟君は氷を出してしまったことに動揺したのか踏ん張るのも忘れて宙を舞ってしまう。
「悪ィ……使っちまった」
「いや大丈夫。いったんここまで」
……。
うおお。ちょっぴり胃が痛くなってきた。格闘の訓練でこんな感じなのはエンデヴァーの教育方針なのかな。思わず手を止めてうんうん唸って考える。側に転がるラバーチキンはグェーと鳴くこともなく、自分を拾った轟君を物悲しそうに見つめ返している。
「飯田君、撮れてた?」
「ああ。バッチリだ……轟君、なんで自分から仕掛けないのか聞いてもいいだろうか」
「……そりゃ、殴るより凍らせる方がいいだろ」
あー確かに~……。やたら彼の右半身へのガードが硬くて、左半身がクソ雑魚なのはそれが原因か。もともと攻撃を全部個性に任せた体術ってわけね。薄々察してはいたけど、闇が深いな。師匠と違って愛が無かったのかな。それとも轟君が多分エンデヴァーの方針を信じきれなくて中途半端になっちゃったのかな。僕もお腹が痛くなってきた。
思う所はある、あるけど一旦飲み込んで、今日はトレーニングだ。
「連れてきたよ!」
「今日は少しの間だが私が見よう!」
む!
みどりゃーと一緒に顔を出したのは……オールマイトだ!? すげえ、自習に来てくれるの初めてじゃない? 折角だしオールマイトとみどりゃーにはぶん投げ勢に混ざってもらった後、ヒーロー殺しvs三人組の立ち回りについて意見を貰おう。ふふ。なんかチェスボクシングみてーだな。
「じゃあ、撮ったやつを一緒に見てみようか」
「頼む、峰田」
飯田君の端末を受け取ってから3人で鑑賞タイム。
「ひゃっ」
……。
……?
「轟君……?」
急に轟君が僕の髪を下から掬うようにふわふわと動かし始めたのだ。
おっやべっ。今気づいたけど声がちょっと風真玲太*2に似てるからメスになりそう。イケメンがイケボで囁くのはちょっと嬉しくなっちゃうからやめてくれないか? はーちゃん達から声掛けられるのとはまた違う気恥ずかしさを感じるんだけど。
「あ~~~~~疲れたぜ……俺醤油ラーメンとAセット」
「流石にへとへとや……うちは麻婆豆腐と大ライスで」
「アイヨ! ボンはドスル?」
「回鍋肉と青椒肉絲と野菜炒めとホルモンの味噌炒めと野菜炒めとかに玉と焼き餃子5皿とチャーハンと棒棒鶏。あと烏龍茶をジョッキで二つお願いします」
「アイヨ!」
去っていく店員さん。
猫みたいな人だな。尻尾があったらふりふり振ってそうだ。
「アイヨで済ませていい量じゃねーだろ」
「餃子少しもろていい?」
もちろんと答えてから店員が爆速で持ってきた棒棒鶏を一口食べ、全身から力を抜く。ここは雄英の最寄り駅から少し行ったところにある中華料理屋。あり余ったお金はお世話になってる地域に還元しよう活動の一環でここ最近は外食ばかりしている。
「……それにしても俺、麗日、峰田の3人か。珍しい組み合わせだな!」
「全員ゲロ吐きそうだったよね」
「麗日さんと上鳴君は体力余ってるって事だから、次はもっと追い込むよ~」
うへぇと顔をしかめる二人。
自習は全員同じメニューじゃないから見極めに失敗すると二人みたいに体力余っちゃうんだよね。持久力と体幹強化の側面もあるから基本的にゲロ吐くか吐く一歩手前まで追い込みたいから次はゲロ吐かせます。あんまりお食事の席でゲロとか言っちゃだめだぞ。
「でもだいぶ体力ついてきた!」
「麗日は元々ガッツはあったじゃん。バクゴーとやった時とかガッツ無いと無理だろ」
「どう? あの時よりも戦えそう?」
「んー……出来る事は変わらんけど、前よりは簡単にノックアウトされへん自信ある」
おおー。
進歩してるならそれが一番だね。
「そろそろ来週の日付も決めないと」
「え? 来週もやるんか?」
予想外過ぎる一言が飛んできたので思わず店員さんから皿を受け取る手が止まる。
「いやいや、やるに決まってるよ」
「スケジュール的に厳しくない?」
「厳しいって……ああ、麗日さんが忙しいって話?」
「いや――
――期末試験あるやん。勉強とか」
あっ忘れてた。
……ちょっとイク♡