僕自身がスケベになればいいのでは? 作:PhaseShift
次話は5分後に投下されます。
本当に久しぶりに本を読んでいる。
雄英の敷地に囲まれたコテージ。ありがたいことに備え付けの空調は調子が良かったので夏の熱気に体力を割くこともなく、大きなソファに腰掛けながら本を読む。筆記試験が終わった喜びもそこそこにさあ実技だと気合を入れたら、なぜか自分だけ集合時間が翌日だと告げられたのだ。スマホを没収された挙句、ダッフルバッグを押し付けられて「指定の座標に向かい連絡があるまで建物から出るな」と言われ……。
なんと既に3日が経過している! 翌日って言ったじゃん!
ダッフルバッグの中身は簡単な着替えと今居るコテージの設備説明用紙しか入っていなかった。コテージにはテレビとPC以外の家具家電、そしてリカバリーガールにしか繋がらない電話機。要するに外界と隔絶されているって訳だね。食料については冷凍冷蔵常温問わずかなりの備蓄があるからそれを食べていいって言われたんだけど、そもそも学校の備品だし遠慮したのが功を奏した。まさか3日も放置されるとは。
ネット断ちを強制されているのは想像以上につらい。
辛いけど、個人的にはもう試験が始まってるかもな、と思って動いてるから……そういう気持ちで動けばあんまり苦じゃない。こういうのは初めてだから2日目には不安だったけど、今日はもう慣れた。意外と……大丈夫みたいだ。多分。
幸い、本棚の内容は充実していた。
「……老人と海」
また一つ、読み終わった本をサイドテーブルに積む。そろそろ片付けなくてはいけないと思ってても中々ソファから足が動かない。ふと、積まれた読了済みの塔をつついてみたけど特に揺れることも無く……退屈が極まりそうになった時、テレビが勝手に1行の文字列を映した。
「あ」
『峰田君へ。準備出来次第、玄関を出てそのまま直進』
……老人と海を読むのは"前"以来だけど、前に読んだときも同じ感想を抱いた記憶がある。船の舵を取る棒で何度も鮫を殴打した老人は何を思ったのかな。望む物を全て手に入れる鮫や、年老いた魚は
「……」
当たり前のことだけど。
老人は『白鯨』のエイハブ船長ではないのだ。
コテージを出て指示通りそのまま月歩で空を跳ぶ。天気は快晴。日差し強く、気温はやや高い。ウォーミングアップと割り切って息を吸い、吐いて、空を踏み、前へ。
見えてきたのは市街地エリア。なんだか似た土地を見たことがあるような……あ! 多分これ、秋葉原の電気街通りに似てるんだ。すげえ雄英、こういうのも出来るんだな。
「わーっはっはっは!」
……あそこに居るのは……オールマイト? 線路の真上に仁王立ちしているあのシルエットは見間違えるはずがない。あとめっちゃ声デカいな。
「ビルを壊すのはきっとスカッとするだろうな皆ァッ!」
ていうかすげーヤバい事言ってるし。
録音してMAD素材にしたい。
『峰田。聞こえるか。そのまま進め』
「相澤先生!」
『……俺たち雄英教職員一同はな、お前に申し訳ないと思ってるんだ』
……申し訳ない?
慌てて探知。理由は滅茶苦茶嫌な予感がするから。生暖かい風が纏わり付き、頬を一筋の汗が伝うのを否応なく感じさせる。これはウォーミングアップの汗? それとも冷や汗? 恐怖しているのか? この僕が……? なんで? オールマイトが相手っぽいから?
『俺たちは生徒に苦難を用意するのが仕事だ。使命と言い換えていい。正直……お前のレベルを見誤っていた。こと、戦闘訓練においてはお前に対し適切な苦難を用意できた試しがないというのが雄英教職員一同の共通見解だ』
これから始まるのは期末試験……だよね?
「撃てェッ!」
そう思ってたら市街地から複数の衝撃、爆発音と共に黒煙が立ち上る。
『お前の試験終了条件はここから北にあるゲートを通過すること。明確な不合格判定は2つ。1つ目はこの市街地エリアから500m離れること、2つ目はお前自身の戦闘不能だ』
は?
『幸運を祈る。試験開始』
え?
刹那。
一瞬の間隙をついて目の前に現れたオールマイトが振りかぶる拳に合わせて紙絵で回避。その勢いのままくるりと回って側頭部に回し蹴り。けど。なんかすげー硬い。壁より硬い師匠を蹴ってる感じ。OK、急に始まったけど状況を受け入れよう。これは試験、勝利条件は北のゲートを潜ること、気絶即アウト。敵はオールマイト。まず拘束――
手が髪を
「ひゃっ!?」
「木の葉みたいにひらひらと!」
……敵はオールマイトだけじゃない! 空中はダメだ!
目の前のオールマイトから放たれたアッパーを再び躱して一直線に下へ。着地と同時に肉の千世付近から入り組んだ高架下を剃で移動。一旦身を隠す。クソ。空中を封じられたのは痛いどころか激痛だ。敵はオールマイト、相澤先生……だけじゃないんだろうな。スナイプ先生も居ると考えていいと思う。投射物は感知できてなかったけど、仮にあったとしたら剃で撒けていると考えていい。
……ていうか雄英の教職員全員の可能性を考えるべきだ。
もしそう仮定した時の最善策は当然まず相澤先生を消す事になる。
手札一つ丸々消されるわけだし。
「ここにいるな! 峰田少年! そこだ!」
「いいっ!?」
その声とともに真上の線路と高架が爆砕し、今一番見たくない金色の触覚を生やした筋肉ダルマがこんにちは。裏側にぴったり張り付いていた僕は見聞色で相澤先生の位置を探る暇もなく逃走を余儀なくされる。
「なんで!?」
「答えると思っているのか!」
オールマイトの甘いパンチをまた紙絵で躱し、月歩で上空へ退避。
「おおっと、そこは危ないぞ」
微かな風切り音、じゃない、悪意か。
避け――いやだめだこれは避けちゃダメな気がする!
「指銃、撥!」
3発迎撃。1個ハズレ。ていうか弾? かなんかわかんないけど速過ぎ。あー、知覚できてるのに体が動かない。修行不足なので甘んじて着弾、衝撃、起爆。榴弾か。ダメージはそこそこ。黒煙の中から慌てて退避。
剃を繰り返して着地地点から高速移動。秋葉原から離れて神田方面の路地に入る。
「フーッ……フーッ……」
クソ。まだ体も動く、知覚、知覚だ。相手の目的を――
「ヒーロー……いや、峰田少年。君の事はよく聞いているよ。その隠れ方の仕組みや活かし方もね」
もうこんな近くまで!?
「殺気……いや、存在感かな。その上げ下げが上手い。上手すぎる。君のお師匠様が厳しいのはよく知ってるよ。彼女に勝つために自然と忍者のような戦闘スタイルになったと言っていた。本気の逃げに入った君を捉えることはもう難しい、ともね」
……クソッ。お師匠め、人の秘密をべらべらと。
この隠れ方というか、このやり方は必要に迫られて身に付けたものだ……攻撃する時は殺意や存在感を全力に上げて、移動したり隠れたりするときは
ちなみにこの必要に迫られてというのは、師匠の着地狩り対策である。
「当然対策しているさ。見えているぞ!」
はぁ!?
何かがはじける音と同時にこちらへ何かが飛んでくる。十中八九オールマイトだろう。ヤバすぎる。普段からオールマイトの活躍は見てたけど絶望感がヤバい。てかなんで位置わかるんだよバーカバーカ!! お前が索敵能力獲得したら日本は安泰だな! クソが! 定番マッチアップかよ!
ビルの損害を避けるためにあえて河川沿いの通りに出てオールマイトを捕捉。
「む!?」
「嵐脚!」
「危なァッ!?」
渾身の嵐脚を空中で躱すオールマイトに瞠目したかったけど、本命は予めひともぎしておいた粘着玉で作ったこの手裏剣、合計4本だ。刺さってくださいお願いします! 本気で投げましたので!
「トワァッ!!」
「まあ避けるよねぇッ!!」
手裏剣に接続された髪の毛1本分の糸、それが4本。武装色の覇気を伝達させながら手裏剣を操作してオールマイトをぐるぐる巻きに――
「New Hampshire SMASH!!」
「嘘でしょ!?」
パンチの風圧で拘束を躱すとか脳筋すぎるだろ!!
……じゃなくて迎撃迎撃迎撃迎撃迎撃ッ!!
「一瞬の油断が命取りだ!」
「鉄塊!」
――空木+武装色硬化!!
ここは……いつもの水族館?
目の前に誰かいる。
目の前というか、目の前の水槽で誰かが泳いでいる。
いや、浮いている?
「よっわぁ~~」
「は?」
メスガキだ。
メスガキが目の前の……大きな水槽にぷかぷかと浮いている。
「いくらなんでも雑魚すぎw いくら3日くらいシコってないからって鈍り過ぎじゃない?」
「単芝生やすのやめない?」
これは夢だな。
オールマイトのつよつよヴィラン滅却パンチをまともに受けたのだ。意識の一つも飛ぶし、メスガキの幻覚を見ることもあるだろう。監視カメラの存在を恐れて3日もシコってない上に文学的猛毒とも揶揄される本を読みまくったのも理由の一つだと思う。
「なんかこういうノリ久しぶりw」
「お前いい加減にしとけよ」
調子が全く変わることなく僕をあざ笑うメスガキ。それに対し僕は水槽の前にある、はーちゃんとのいつかのお出かけで二人座ったベンチから文句を垂れるしかなかった。当然横を向いてもはーちゃんは居ないし、何故かメスガキの声は不思議と耳に心地いい。僕は多分病気だと思う。
「このままだと落第しちゃうよ?」
「いや……これちょっと難しくない? 雄英教師陣が何人いるかもわかんないし……」
「くすくすw 脳みそちっさすぎ~! ちっさいのは肝っ玉だけにしとけ♡」
「ちんちんちっさいとか言い出さないあたりお前本当に僕の頭の中の幻覚なんだな」
「流石に分が悪い♡」
僕のおちんちんは日ごろの訓練の
「でもこぉーんなガキですらわかることがわからないなんてなっさけないヒーローのタマゴでちゅね~♡ だから負けちゃうんだよ♡」
「は? まだ負けてないが?」
「じゃあ考えなよぉ♡」
メスガキは続ける。
「最低限誰が居るかはざこざこのスケベお兄さんでもわかるでしょ~♡」
「まあせっかく思考速度が加速してるっぽいし考えてみるか」
「その切り替えの早さは見習いたい♡」
まずオールマイト、あと相澤先生は確定として。あとは……最初の爆破を誰がやったかかな? 何かが風を切る音がいくつか聞こえたから多分どこかから投擲されたと思う。スナイプ先生かな。
……あとは。
「うぷぷw 思考力ぺらぺら♡ おにーさんのお財布みたい♡」
「なんだとぉ……」
今はキャッシュレス決済の時代だぞ。
「じゃあ聞くけどさ♡ なんで隠れた後にあの速度で見つかったの?♡」
……あ。
「いやいやw おにーさんの着地から気配消した剃ってマジで速いしどこ行ったかわかんないよ♡ 何回あのこわーいお師匠様に着地狩りされたと思ってんの♡ しかも市街地であれ捉えられるのはお師匠様でも無理♡ 多分感知系の個性持ちだけじゃない?」
「……ハウンドドッグ先生か」
"
「大穴であのまな板ちゃんだけど流石に試験で生徒は使わないでしょ♡」
「おい、次は本当に怒るぞ」
「ごめんなさい♡」
最低限、あの戦場には推定ハウンドドッグ先生、推定スナイプ先生、手加減してるオールマイト、相澤先生が居るって事か。これ無……いや。無理じゃない。無理じゃないけど、ちょっと厳しい。
「流石にクリアできない課題は出さないハズ♡」
「試験だもんね」
「じゃ、次何やろっか♡」
「決まってんじゃん」
「何ィッ!?」
接触のインパクトで気が飛びそうになったけど、空木と武装色硬化で馬鹿正直に受けるだけじゃなくて同時に紙絵を使う。硬さとしなやかさでヴィラン滅却パンチの芯をスカしてカウンターでオールマイトの目を狙った。
「おおっと!?」
オールマイトが慌てて頭を反らし、彼の右手はすでに僕の脇腹をかすめている。要は目の前が開けている。遮蔽物がない。彼を通り越して移動可能。この一瞬があればいい。この一瞬でいい。カンで設定した大体の距離をあてに見聞色の覇気を一瞬だけ広げる。
……。
「ワンちゃん♡」
「――ハウンドドッグ!! 逃げろォッ!!」
ビルを確認。ここは多分書店なので破壊不可能。そしてオールマイトの弱点は入り組んだ土地での機動力がない事。剃を駆使して標的に接近して、見つけた。裏路地から絶対に出さない。そしてお団子を触り、もげることを確認。
「あ~♡」
ああ、逃げないで!
「そ~♡」
逃げないでよぉ!
「ぼっ♡」
「……ガァッ!!」
ちょうど壁を背中にしてこっちを振り向いてくれたのでこれ幸いと突撃。見聞色に感あり、猶予はあと10秒。上腕の一撃が来る。もっと速いのをついさっき見た。全く以て遅すぎる。サシで僕に勝てると? 勝てると思われてるのか?
身を低くして右手の薙ぎ払いを避け、成人男性向けの手加減抜きボディブロー。
「スカート登校の申請却下理由教えてくださいブロー!!」
「コッ」
……。
で、理由は?
「……ヴォホッ、ガハッ……お前……」
何か言いたそうなので顎で促した。
「SNSでチラ見せ研究してただロォ……」
……。
彼の膝が落ちると同時に懐に入った。すかさず武装色硬化した右拳で腹、鳩尾、心臓に三連撃。そして上顎部より上に粘着球を被せ、そのまま少し飛び上がって。
「すいませんでしたァァアアアアアアアアッッッッ!!!!」
右の握り拳をそのままハンマーのように叩きつけた。会心の一撃。地面を揺らしてハウンドドッグ先生がノックアウト。ついでに腰につけていた無線機を毟ってからまた移動を開始する。
『こちらオールマイト。後を追っている』
『まだ開始から5分も経ってないぞ!』
『ハウンドドッグの信号が止まったままだ』
『次の砲撃はどうするの?』
『待てミッドナイト! 周波数を変――』
「全員豚箱行きだァ……ッ!」
通信機が位置情報を発してたら厄介なので破壊。1秒の猶予で再度剃。明神通りを横切って勝手知ったるジャンク通りに移動する。流石セメントス先生、細部まで再現してある。適当なビルの外階段の中に身を潜め、状況を整理。
「フーッ……フーッ……」
僕は今、援軍も呼べない状況で多数のヴィランが町を破壊している状況に出くわしている。援軍を呼べない理由は今は考えなくていい。他の都市でも同時に発生してるとかで納得しておく。
通信機の会話を少しでも傍受できたのは運がよかった。今この現場にいるヴィランはオールマイト、イレイザーヘッド、スナイプ、ミッドナイト、エクトプラズム。なるほど、これが雄英が用意する試練、期末試験の名に恥じない難易度だと思う。
ここまで整理して思わず乾いた笑いが出てきた。
オールマイトで実質的にパワーとスピードが×、
イレイザーヘッドで個性×、
砲撃で空中×、
ここ数日の粗食で調子×、
シコれてないから性欲×、
戦場が秋葉原なので市街地損壊×。
なんだこのクソすぎるガンメタ構成は! 僕を本気で狩りに来てるぞ。
一番ヤバいのは砲撃だ。
現状、雑に上空へ逃げたら個性を消されたうえで狙い撃ちにされる。えげつなさすぎ。流れ弾が町を破壊するから空中での迎撃は必須。でもその遠距離攻撃の元である粘着球が供給できないのが鬼すぎる。今のうちに残弾をもぎって懐に維持しておきたい。
……敵の鼻は潰した。
次は砲撃を止める。
僕は一息吐き、見聞色の覇気を周囲に巡らせた。時間がない。僕の次の行動は向こうもお見通しかもしれないし、砲撃を行ってる場所にオールマイトを呼び戻されたらほぼ詰みだ。薄く、広く、ノイズを極力取り除いて索敵を行う。そして両手でもぎまくって長ーいロープを形成。
……見つけた。
数は3人、秋葉原ダイビルの上! 隠れることはやめてロープをビルとビルの間に張り巡らせ、もぎもぎをさらに周囲に拡散して貼り付け。そのうち一つでジャンプ。次のもぎもぎの上でジャンプ、次のもぎもぎの上でジャンプ、次のもぎもぎの上でジャンプ……加速は十分だ。そして月歩と剃でロープに対して思いっきり本気の跳び蹴りを放ち――
――……覇気を練りこんだもぎもぎロープで僕自身を射出!!
あっという間に低いビルを置き去りにし、地上31階にある秋葉原ダイビルの屋上までかっとんでいく。初めてやったけど上手くいってよかったぜ。
「何っ!?」
屋上にはイレイザーヘッド、ミッドナイト、大型の砲台と思われるもの、そして。
「――……えっ」
砲台から伸びたケーブルと繋がってる何かの装置に両腕を嵌め込まれている驚いた顔のはーちゃんに、レールガンの横で照準器から目を反らして焦った顔のヤオモモ。
はーちゃんにヤオモモ?
え。
なんで。
「相澤先生!」
「!」
やべっ。砲台の回頭が想像以上に速い。レールガンが鋭い機械音を伴い、ごくごく至近距離で、咄嗟にしゃがんだ相澤先生の真上を通って僕に飛来する。
「なあ峰田。お前メタ読みしてただろ。砲撃がヒーロー的に一番ヤバいから壊すのはマスト。それは確かにそうなんだが、"""
手加減抜きの一撃が頬を掠めて。
「この砲台が明らかな釣りという事実に気付けない」
僕の後方はるか彼方まで消えていった。
「そして何より、敵は教師だけという思い込み。俺たち教師陣が作り上げたカリキュラムがお前という規格外を考慮できていないのは一個人として本当に申し訳なく思うが……今は棚上げさせてもらうよ」
そして回避行動を取った僕の腰回りに強い衝撃! 捕縛布か!? 雁字搦めにされてるから高度を維持できない!
「雄英は自由な校風が売り文句」
再度チャージが始まるレールキャノン。
「そしてそれは俺たち側もまた然り」
布を曳くイレイザーヘッド。
「生徒の如何は先生の自由」
下からはきっとオールマイトが来てる。
「挨拶が遅れたな。ようこそ……雄英高校ヒーロー科へ」
……ピィィイイイインチ!!!
よろしければ高評価や感想、よろしくお願いいたします。