よろしくお願いします。
短いです。
(お姉さん?)
STARRYへと向かう道中、後藤ひとりは一人の女性を見かけた。歩道脇に置かれたベンチに座り、手をつきぼうっと遠くを見つめている女性。横顔だけだったが、それが誰なのかはすぐに分かった。紫髪のサイドテールに眠たげな目、札のようなピアスに右手のタトゥー。間違えようもない。チケットノルマの時から何かとお世話になっている(している?)、廣井きくりその人であった。
(お姉さん、だよね?でも……)
しかし視線の先の彼女の様子は、記憶にあるものとはまるで違う。普段は常に酒を片手に酔い散らかしている筈だが、現在の彼女の頬に赤みはなく、ゆらゆらとふらついてもいない。それに服装も、黒のギャザーワンピースにジャケット、ハイヒールと、普段の尖った出で立ちと比べてかなりフォーマルなものであった。よく見ると薄く化粧もしている。
さらに極め付けは、
(酔っていないどころか、そもそもお酒を持っていない!!)
そう、酒を自身の命よりも大事と定義し、息を吸う代わりに酒を吸うような酒クズであるあのきくりがだ。ギターヒーローの動画の概要欄よりも信じ難い状況が、ひとりの眼前で現実に起こっていた。
(あ、頭でも打ってマトモになっちゃったのかな……)
ひとりはそんな失礼極まりないことを考えながら、流石に声を掛けようかと口を開く。
だがしかし、彼女がここですんなり声を掛けられるような人間だったら小中9年間を陰キャとして過ごしていない。彼女はいつまでも音を発する決心が付かず、酸欠の魚のように口をパクパクと開閉するだけに留まっている。後藤ひとりは今、哺乳類から魚類へと退化した。
▼ひとり(魚)のはねる。
▼しかし、なにもおこらない。
「あれ、ぼっちちゃん?」
きくりは、ひとりが立てるビチビチと気味の悪い水音で彼女の存在に気がついた。形態が変化している事については気にする素振りも無く(よくある事らしいので)、ベンチから立ち上がり跳ねるひとりの方へと真っ直ぐに歩いていく。その足取りからも、きくりが泥酔状態でないことが窺える。
「あっ、あのああの、お姉さん、だ、大丈夫ですか!?」
「うーん、それはこっちのセリフかな〜〜。大丈夫?」
「あっ、えっ、大丈夫です。」
「じゃあとりあえず人間に戻ってもらっていい?」
「あっはい。」
ベキベキと手足が生え、約5億年分の進化を経て人間へと戻るひとり。きくりはその様子を見て(ぼっちちゃんて本当にヤバい子だな〜〜)と改めて確信した。
「どうしてあんな事になっちゃってたのさ。」
「あっ、えっと、急に声を掛けて良いのか悩んじゃって。」
ひとりはオロオロと挙動不審になりなから、なんとも彼女らしい理由を告げた。その間きくりと目は一度も合わない。
「なるほどね。気にしなくてもいいのに。」
「す、すみません……。」
「いやいや謝らないでよ!!こっちが悪い事してる気になっちゃうじゃん!!」
そう言って、またひとりの謝罪が飛んで来そうだと思ったきくりは「それで、」と話題を変える。
「なんか用でもあった?」
「あっ、い、いえ、用というか、雰囲気がいつもと違っていたので、その、どうしたのかなと……。」
「ああ〜〜、確かに。化粧してるもんね!!」
「け、化粧もそうですけど、全然、酔ってる感じがなくて。」
「え、わかる?実はそうなんだよね。おにころ1パックしか呑んでないんだ〜〜。」
きくりは「凄いでしょ」と、目を細めカラカラと笑った。
呑んではいたようだが、それでも異常である事に変わりはない。ひとりは表情を曇らせながら、恐る恐る尋ねる。
「な、何かあったんですか?」
「今日はお墓参りに行ったんだよ。だからお酒もベースもお休み〜〜。」
確かにお墓参りなら、このフォーマルな出で立ちにも納得がいく。学内にカップ酒を持ち込むような彼女にも、最低限の礼節はあったらしい。
ひとりの中の彼女の評価が何段階か上がった。
「お墓参り、ですか。」
「そ。命日だから。」
きくりは、何でもないようにそう言った。声色こそ気にもしていないような様子だったが、彼女の瞳は確かに悲しみに彩られていた。今まで見せた事のない、彼女らしくない瞳だった。
こんな顔もできるんだと、ひとりは思ってしまう。
「大切な、方だったんですか?」
「うん、すごく。」
遠くを見つめながら、静かに呟くように言った。懐かしむように、愛しむように。
それきり、2人の間に沈黙が流れる。その沈黙が気まずいひとりは、自分の質問のせいで気を悪くさせてしまったのではと不安になりながらも、何か言わなければと必死に思考を巡らせる。
少し経ってから、きくりは再び口を開いた。
「少し長くなるけど、お姉さんの独り言に付き合ってよ。」
「あっ、はい。」
ひとりの肯定を受け取って、きくりは先程座っていたベンチにもう一度腰掛ける。ひとりも、間を開けて隣に座る。2人の距離はおよそギター一本分。きくりは(ぼっちちゃんらしいな)と苦笑しつつ、さりげなく距離を詰めながら話し始めた。
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