会津士魂令嬢、異世界を往く! ~ならぬものは、ならぬものです~   作:おゆ

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第二話 二人の王子

 

 

「……なかなか、話は噛み合わないものだな。ルクリエ嬢、貴女の友人思いは理解できた。それは良いことだろう。そしてユニークな発想力も別の場合であれば素晴らしかったかもしれない。だが、少なくともこの場では不要のものだ。話は打ち切らせてもらう」

「…………」

 

 ダメだ……

 やはりわたしの言葉は届かなかった。

 サルアール殿下の気持ちを変えるには至らず、そして王族の不興を買ったという事実だけが残る。めちゃくちゃ気が重い。

 

 

 もはやどうしようもなく、サルアール殿下がアデラ嬢を伴ってパーティー会場を出ていくのを見送るしか____

 

 

 

 しかしその時、別のところから声が掛かる!

 

「おいサルアール、まだ美味い料理と上等のワインが残ってるぞ。もう帰るのか?」

「え、あ、兄上ッ!」

 

 

 サルアール殿下が驚く!

 いや、わたしも驚き、声がする方向に視線を移す。

 するとそこにいたのは……

 このアモルド王国の第一王子、エルフィラン・アモルド殿下だった!

 

 高貴な血筋というだけではない。

 長身に細身の筋肉質、サラサラの白銀の髪、そして涼しくも鋭い水色の瞳、まごうことなき上等のイケメンだ!

 

 それだけなら幾多の令嬢が群がる優良物件だっただろう。

 

 だがしかし……エルフィラン殿下はつかみどころのない自由人として知られている。勝手に出歩き、その王族にあるまじき幾多の行動を側近にいくら諫められても治らない。これでは傍若無人とそしられても仕方がない。

 そして、どんなに令嬢たちが愛を告白してもサラリと躱し、深入りすることがないのだ。令嬢たちは常にけむに巻かれて終わるのだから、いつしか果敢にチャレンジする令嬢も少なくなった。

 

 見かけだけなら、髪をトパーズ色にするだけでそっくりになるサルアール殿下が、真面目な努力家として知られているのと好対照である。

 

 

 

「兄上! 確か辺境の軍事査察に行き、しばらく帰らないはずだったのでは……」

「いや行ってたさ。しかし今日という日は可愛い弟の中等部卒業パーティーだ。馬を乗り潰す勢いで急ぎ帰ってきたというわけだ」

「そんな……」

「冗談だよ冗談。俺は馬を大事にする。決して乗り潰したりするものか」

「兄上、そこではありません! 前触れもなしに王族が動くとは、周りが迷惑します! このパーティーも卒業生の他は招待客のみではありませんか」

「細かいところを気にし過ぎると大きなものが見えなくなるぞ。いや、済まん。押しかけてきたのは俺が悪いか。ただし謝罪などしやしない。なぜならサルアール、この場に限ってはお前の方が悪いと断言する。勝手な婚約破棄なんか許されるわけがないだろう」

「…………」

 

 エルフィラン殿下は眼光鋭くサルアール殿下を見つめる。

 特に険しい表情ではないが、それはいかなる時でも表情を崩さないという王族のたしなみのせいだ。今、間違いなくサルアール殿下を強く咎めている。

 

「もう一つ言っておく。そこのルクリエ嬢がせっかくアドバイスをくれたんだ。そのアデラ嬢の言っている虐めとやらが正しいのか調べた方がいいな。ついでにアデラ嬢の普段からの行跡も調査すべきだが、俺には最初から想像がつく」

「……他のことならともかく、アデラ嬢のことまであげつらうとは、兄上といえども聞き逃せません」

 

 サルアール殿下も負けてはいない。普段はやや地味で控え目なところのあるサルアール殿下、しかしそれは気が弱いということにはつながらない。今、あくまでも婚約破棄を撤回せず、強行するつもりのようだ。

 こうなると王子同士の言い争い、他の人間が立ち入ることはできず、千日手になる。

 この二人、権勢は互角なのだ。

 立場的にはむろん第一王子であるエルフィラン殿下の方が上であっても、今はまだ王国の後継者としての王太子に立てられているわけではない。将来の地位は流動的なままであり、むしろ王国内には第二王子のサルアール殿下を王太子に推す声の方が大きい。

 

 

「……まあいい。どうせ婚約破棄は大ごとだ。父上や宰相の了承がなければどうにもなるまい。サルアール、話はまた後でしよう。卒業パーティーをこれ以上白けさせるのも心苦しいからな」

「それには同意します。ただし兄上、話は変わらないでしょう。婚約破棄のことは既に宰相に伝えており、承認を受けていることも知って頂きますよう」

 

 会話はそこまでだった。

 そうなれば、やはりサルアール殿下とアデラ嬢はさっさと退席していく。

 

 

 

 

 すると皆の注目を浴びているのは……

 エルフィラン殿下は当たり前のこととして、ついでに…… わたしが悪目立ちしている!!

 最大の当事者であるハルスミン嬢はショックでめまいを起こし、既に医務室へ行っていたからだ。

 

 エルフィラン殿下はやれやれとばかりに一息入れ、次にわたしのことを思い出したのか、気を遣った言葉をかけてくる。

 

「ルクリエ嬢だったな。先ほどの行動は勇敢で、言う事も筋が通っていて、思わず聞き惚れてしまった。そのために少々口を挟むのを遅らせてしまい、本当に申し訳ない」

「いえ…… こちらこそ王族の婚姻に意見するなど、一介の子爵令嬢には分に過ぎた振る舞い、いたく反省しております」

「何が分に過ぎたものか。正しきことを凛として言ってのける、これこそ令嬢の鏡ではないか。そこに王族も子爵もあるまい」

 

 ああ、わたしは救われた気分になった!

 

 エルフィラン殿下は普段の気ままな行動がどうであれ、評判がどうであれ、性根は真っすぐのようだ。

 王族として言動が軽いとか、性格がひねくれているとかいう噂は当てにならない。あるいは、ひょっとしてそう見られるようにわざと演じているのか。

 

「そしてルクリエ嬢、王家からカストライズ子爵家へ何か咎め立てすることはない。俺が決してさせない。いや、本当なら礼をしなければならないところだ…… しかし今の時点でそこまで約束はできない。まことに心苦しいのだが」

「いえそんな、ありがとうございます。正直助かりました、殿下」

 

 エルフィラン殿下はサルアール殿下がカストライズ子爵家へ何か良からぬことをする可能性を考え、予防策を講じてくれた。

 実際のところ、サルアール殿下は先ほど脅しのようなことを言っていたが、元々悪い人間ではない。脅しが実行される可能性は限りなく低い…… しかし貴族社会というものは一筋縄ではいかないところなのだ。王家におもねり、忖度し、動く貴族は限りなく多い。上級貴族がそう動けばカストライズ子爵家はひとたまりもないだろう。

 そこをエルフィラン殿下が牽制してくれる。

 先ほどの言葉を多くの人が聞いているこの場で言ったのは、意味があるのだ。

 

「礼の代わりと言ったらなんだが、次回の王家のお茶会へ招待しよう。ルクリエ嬢はハルスミン嬢と近しいようだから二人で来るといい」

 

 それを最後の言葉にしてエルフィラン殿下も去って行った。

 

 

 すると…… 当然のことと言うべきか、令嬢たちの視線が突き刺さって痛い。

 

 令息たちは、単純に驚いているだけだ。エルフィラン殿下が誰かを誘ってお茶会など聞いたことがないせいである。しかし令嬢たちは違う! 嫉妬が加わって実に厄介なことになる。

 

 わたしとしては、その茶会を、王家とイケメン王子によしみを結べるチャンスとして喜ぶべきなんだろうが…… 正直なところ気が重いというのが本音である。

 ましてや、いかにイケメンであろうとわたしがエルフィラン殿下に下心を持つことはない。王家が恐れ多いというだけではなく、好みが最初から違うのだ。

 わたしはどちらかというと男らしい豪放磊落なタイプが好きである。

 

 

 敢えて言えば、会津の英雄、山川太蔵のような。

 

 

 

 

 

 

 閑話休題______

 

 

 会津藩にとって最後の戦い、鶴ヶ城(会津若松城)攻防戦において、英雄と見なされる者は数多い。

 佐川官兵衛、山本八重、中野竹子などはその代表である。

 

 中でもひときわ華やかなのは山川太蔵であろう。

 

 その生涯はまるで小説の主人公と見まごうばかりに奇想天外なことに満ち溢れている。武勲は枚挙に暇がなく、エピソードにも事欠かない。ついでに言えばかなりのイケメンであったことも知られている。

 

 ことに有名なのは鶴ヶ城入城戦、そこで空前絶後の離れ業をやって見せている。

 

 

 

 会津の地は山あいの里ではない。

 盆地、それも広大な盆地を成している。

 そんな盆地での攻防戦を行うなら、本来であれば防御側にとって絶対有利であり、侵攻ルートを限定して守ることができる。

 だが、この場合はむしろ不利に働いた。

 なぜなら盆地が広すぎて、つながる街道筋が多かったからである。盆地への突入を防ごうと思えば各街道筋全てを守備せざるを得ない。そして各街道筋は簡単に連絡できる距離でもなく、つまり守備している各隊は分断された状態に置かれてしまう。

 

 山川太蔵は藩士千名を任され、会津盆地の南側に位置する日光街道を守備していた。

 そこを攻める新政府軍の隊、指揮官は土佐藩の谷干城(たに・たてき)である。

 山川太蔵は新政府軍を引き付け、逆撃し、よく戦った。退きながらも決して突破を許さない。

 

 ところが、新政府軍の主力は白河街道を通り、東側から会津盆地に雪崩れ込んでしまった。

 こうなってしまうと日光街道の守備など戦略的に意味がない。しかもこの時、盆地の中心にある鶴ヶ城には藩主松平容保の他、老兵と女子供しかいないのだ。他は全て各所の街道防衛に出払っていたためである。

 

 一刻も早く鶴ヶ城に戻らねばならなかったのだが…… 新政府軍の進撃は早く、城を厳重な包囲網に閉じ込めてしまった。城外にいる会津藩の諸隊は連携も取れず、それぞれに遊撃を繰り返すばかりだったのだが、山川太蔵はあくまで入城を決意した。城内の窮乏が限界なのを見て取ったためである。

 尚、悲しいことに山川太蔵の妻・登勢は…… 城内に打ち込まれた新政府軍の砲弾に駈け寄り、濡れ雑巾で覆って冷やすことによって破裂の可能性を減らす、そんな途轍もなく勇気ある作業を率先して行い、最後は爆死している。

 

 とはいえ厳重な包囲網を抜いて入城するのはほとんど不可能だ。

 

 そこで山川太蔵は驚くべき奇策を打った!

 

 会津の秋祭り、そこで華やかに獅子舞(彼岸獅子)を踊るのが常である。

 山川は隊の先頭にその衣装をさせ、踊らせながら行軍、白昼堂々と入城を果たした。何という大胆な行動だろうか! 少しでも疑問に思われ、横から撃ちかけられればたちまち壊滅したに違いない。しかし、新政府軍の諸隊は何事かとあっけにとられ、目の前を通り過ぎる山川太蔵らを見逃してしまったのだ。むろん諸隊の中には谷干城もいた。

 人間心理の虚を突いた、そして薄氷を踏むような行動、どれだけの胆力が要るのか! いや、山川は自分の命のことなど毛筋にも考えていなかったのだろう。

 ともあれ痛快事である。

 

 

 

 時は移り、明治の代、廃藩置県の後に山川太蔵は東京へ出ていた。飢える旧会津藩士をなんとかしたいと思ったためである。

 それを知った谷干城は行動に出た。山川の元へ訪れ、新政府の陸軍へ士官するよう説得した。山川の尋常ではない指揮能力、胆力を熟知していた谷は、かつての敵でさえその才を惜しむ度量があった。

 

 しかし陸軍士官後、山川は長州閥により徹底的に疎まれ、閑職に回されてしまった。ところが情勢はまた変わる。不平士族の乱が相次ぐ中、その鎮圧のため、才を買われて再び前線指揮に出ている。

 

 

 

 そして最後に起こったのが西南戦争だ。

 

 明治十年、鹿児島を発った薩摩軍は破竹の勢いで北上し、直ぐに要衝である熊本鎮台を囲んだ。このとき熊本鎮台の総司令官という重職にあったのはもちろん谷干城である。

 

 一気に落城するかに思われた熊本鎮台はよく耐えた。

 

 世間一般的にやや誤解されているが、落城しなかった要因は熊本鎮台の堅固さだけではない。むろん、あの築城名人として知られる加藤清正が築いた城である。その合理的設計のため歩兵突撃を阻む能力は傑出しているが…… しかし近代的な銃砲撃戦に対応しているわけでもない。

 この時、熊本鎮台には十二門もの要塞砲が取り付けられていたのだ。

 その大火力を集中運用することで、砲を六門しか用意してこなかった薩摩軍を黙らせている。あまり知られていないが、この時熊本鎮台には、副参謀長としてあの児玉源太郎がいた。後年、日露戦争の分水嶺、二百三高地攻略戦において味方突撃中での巨砲による火力支援という斬新な戦法を提案し、見事成功させた児玉源太郎である。

 

 

 

 しかしながら、野戦を行えば薩摩軍は圧倒的に強く、新政府軍をあっさり蹴散らしてしまう。

 これには理由が存在する。

 

 薩摩軍兵たちが振るう白刃は「薩摩示現流」という。

 

 独特の激しい叫びと共に振り下ろされる白刃は例えようもないほど強く、何物も一刀両断する。

 その剛剣の恐ろしさに農民兵主体の新政府軍が立ち向かえるわけがない。当然震えおののき、逃げ惑うばかりになる。

 また薩摩軍の隊長たちは蛮勇ではなく、薩摩藩の伝統的に戦さ上手であり、示現流の威力を最大限に活かす戦術を駆使している。

 

 これもやや世間では誤解されているが、薩摩軍は資金や弾薬が無いのでやむなく白兵戦ばかり行ったわけではない。

 

 この時代、薩摩は日本随一の先端工業地帯なのである。

 

 特に最新鋭の後装式銃に使う弾丸は薩摩の工場でしか生産できていない。死命を制されたのはむしろ新政府の方である。

 事実西南戦争の後半、薩摩軍が熊本平野を失っても、なお西郷隆盛の側近である桐野利秋が「薩摩は二年は持ち堪えられる」と豪語したという。

 

 他に起こった「乱」がありていに言えば士族救済を訴えるための嘆願に過ぎないのに対し、西南「戦争」の薩摩軍は新政府に正面から挑み、打ち倒すことを目標にしている。規模も意味も違うのだ。薩摩という一地方でも中央に伍する実力があり、薩摩軍が最終的に三万を動員できたのもうなずける。

 

 

 ともあれ白兵戦で勝負できなければ薩摩軍を止めようがない。

 新政府側はこの事実に気付き、対策を考え、旧会津藩士を当てることを思い付いた。何とあの新政府重鎮の岩倉具視が直々に山川太蔵の弟に頭を下げ、出陣を要請したほどである。

 

 旧会津藩士を加えた新政府軍は何とか田原坂攻防戦に勝つことができた。薩摩軍が熊本から更に北進しようとする道を閉ざしたのである。

 ただしまだ熊本鎮台には届かず、その包囲網を解くことはできない。

 

 

 

 そこで新政府軍は別動隊を派遣し、海路を使い、熊本の南側である八代に上陸させた。薩摩軍の主力を避け、背面から熊本鎮台を救援するためである。この別動隊の方に山川太蔵がいた。

 当初、この別動隊は上陸して橋頭保を築いてもなお兵力の増強を続け、安心できる態勢にしてから救援を成し遂げるはずであった。

 

 しかし……熊本鎮台はもはや限界だった。物資は尽き、怪我人で溢れている。

 

 包囲をくぐり抜けてきた伝令により、山川は谷干城の窮状を知ってしまった。

 それで黙っていられるわけがない! わずかな手勢を率い、軍令に背いてまでも薩摩軍による包囲網に襲い掛かる。退路など欠片も考えない炎のような猛攻に、ついに包囲網は破れ、山川は入城を成し遂げる!

 

 その人生、困難な入城戦を二度までも成功させたのだ。

 

 負傷して伏せていた谷干城は山川による救援を知ると起き上がり、手を取って言葉を発することもなく、ひたすら涙したという。

 この二人の友情物語だけで何冊の本が書けるだろうか。

 尚、晩年になりこの二人は共に異例の軍出身貴族院議員になるのだが、そこでもやはり生涯の友として共闘していく。

 

 

 話は戻り、熊本鎮台解放後も戦いが終わったわけではない。薩摩軍は未だ士気軒昂、熊本支配を諦めていない。

 新政府軍別動隊はここで薩摩軍の陣営奪取の大作戦に出る。

 山川太蔵は先の軍令違反を咎められ、薩摩軍の中央突破を命じられる。これは敵前を渡河し、十に近い堡塁を抜き、薩摩軍の中枢に向かうというものだ。

 不可能である。

 簡単に言えば、山川は捨て石にされた。新政府軍側は山川を犠牲にして薩摩軍の隙を伺い、右翼あるいは左翼から突き崩す作戦を立てていた。

 

 だが、戦いが始まると……

 

 むろんあちこちで斬り結びが始まる。そして薩摩示現流が修羅の化身であろうとも、会津藩士は会津士魂が形を成して降り立つ武神である。一人で十三人の薩摩兵を斬り倒す猛者までいたと記録に残されている。

 それと山川の水際立った指揮能力が合わさり、ついに御船台の薩摩軍陣地を陥落させて見せたのだ。最も驚いたのは味方の新政府側の方である。

 

 

 この日の戦い、薩摩軍の死傷者が千に近いのに対し、新政府側はわずか四十四人と記録されている。

 まさに山川の面目躍如、完全なるワンサイド・ゲームであった。

 

 

 

 

 




 
 


むむむ、もはや小説の体を成してない気がしますが……

しかし幕末~明治のことを調べれば調べるほど驚くべきエピソードが出てくるんですよね
あの時代、まさに英雄たちが自分の信念のもとに生きた時代でした
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