いんしゅろっく!   作:タイラップ

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何を見てヨシ!って言ったんですか?


君はロックアウトを掛けない

 

 彼は売れないシンガーソングライターだった。公園や路上で書き溜めた詞を披露するものの聴衆の受けは芳しくなく、泣かず飛ばずの日々が続いていた。

 

 彼の書く詩や曲には光る物が有り、アコースティックギターの腕も決して悪くない。それでも彼が日の目を見る事が無かったのは、ひとえに彼の容姿が終わっていたからである。

 

 安定した高音域に耳触りの良い透き通るような声、悲恋に偏ってはいるが刺さる人には刺さる詞、俗に言う売れるコード進行やトレンドを取り入れた耳に残る曲、まるでピアノ奏者のような滑らかな運指から繰り出されるアルペジオやハンマリング……聴衆の心を鷲掴みにするだけの技量は十二分に備わっていたが、彼の顔面偏差値はあまりに低かったのだ。

 

 ルッキズムの敗北者である彼は、食い扶持を稼ぐ必要があった。路上で弾き語りをしているだけでは生きていけないのは自明の理……彼は高卒職歴なしでも採用してくれる町工場に就職した。従業員の数は少なく、事務のお姉さん以外は薄汚れたおっさんしかいないような職場だったが、ガサツながらも人情味に溢れる素晴らしい先輩しかいなかった。

 

 それなりに要領の良い彼は、顔が悪い事に目を瞑れば有能な部類だったので、次々と仕事を教え込まれた。彼が現場設備の保全作業を任されるようになるまで、それほど時間は掛からなかった。

 

 ある日、彼の現場でプレス機が故障した。全ての設備が化石レベルで古いので、ブレイクダウンメンテナンス*1など日常茶飯事だった。以前にも同様の設備異常を直した事があるので、彼はさっさと終わらせてしまおう……と、動力を落としてプレス機に入り込み、処置を始めた。

 

「え?」

 

 プレス機が動いていると認識できた時には、彼はぺちゃんこになっていた。人が入っているとも知らずに起動をかけてしまった彼の先輩は青ざめた顔で立ち尽くし、集まってきた周りの従業員達は騒然とし、唯一冷静だった彼の上司は震える声で救急車を呼んだ。しかし、その場に居た全ての人が、プレス機から出てきた彼の姿を見て、彼が助かる事など万が一にもありえない事を悟った。

 

 そして、当の彼は胸の内に強く刻みつけるのだった。

 

 

 来世があったらロックアウト*2は必ずしよう……と。

 

 

 

∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮

 

 

 

 後藤ひとりはぼっちだった。だが、今日は何かを変えられる気がした。封印していたバンドマン武装を解禁し、ギターを担いで登校した。そして、可能な限り『話しかけてオーラ』を放ち、その時が来るのを自分の席で座して待つ。ぼっちである原因がその受け身の姿勢である事に、ひとりはこの期に及んで気づいていなかった。

 

「…………」

 

 いつも以上に奇異の目で見られただけであった。何事もなく放課後を迎えてしまい、敗残兵のような顔とメンタルになったひとりはユラユラと覚束ない足取りで教室を出る。

 

「うぅ……こんなに私ギターやってます!って格好してるのに、全く話しかけられないなんて事ある?」

 

 社会不適合者としての素質しかない彼女を以てして、平均的女子高生の思考をトレースする事は困難を極めた。暗澹たる学校生活にお先真っ暗なひとりだったが、彼女の目はそれを見逃さなかった。

 

「あれ?あの子……ギター背負ってる!」

 

 青磁色のツーサイドアップを揺らしながら歩く女子生徒の肩には、ひとりと同じようにギターのソフトケースが背負われていた。希望を完全に失っていたひとりには、その女子生徒に後光が差して見えた。

 

 ついに見つけたギター仲間、逃がすわけにはいかない。一生一代の勇気を振り絞ったひとりは彼女を尾行する事にした。後藤ひとりという少女は、勇気を出したからと言って面識の無い相手に声をかけられるようなファッションぼっちではないのだ。

 

「え?今入っていったの、工芸室だよね……と言うか、今どうやって鍵開けたの?」

 

 とてもギターを担いで入るような教室ではないが、女子生徒はドアの鍵穴に針金のような物を差し込んでガチャガチャとさせると、あっさりと開錠して工芸室へ侵入してしまう。

 

「な、何をするんだろう……」

 

 ひとりはドアの窓からこっそりと中の様子を覗き見る。手慣れた手付きで工芸室に侵入する女子生徒はあまりにも不審であったが、バンドマン武装でそこに張り付くひとりも大概であった。

 

 女子生徒は肩に掛けていたソフトケースを机に下ろすと、収納していたギターを取り出す。Playtech ZD18、サウンドハウスの格安アコースティックギターだ。更に、女子生徒は手に提げていたスクールバッグを開くと、何やら中から包装物を次々と取り出していく。

 

「アリエクは届くのが遅すぎる!あと一ヶ月遅かったら紛争に持ち込んでたかも」

 

 鈴を転がすような声で悪態をつく女子生徒は、取り出した包装物を開封していく。中から出てくるのはナット、サドル、ブリッジピン、ペグ……いずれもアコースティックギターの構成部品だった。

 

「やっぱプラスチックより牛骨だよね。いつかは象牙も試してみたいけど……」

 

 女子生徒は淀みない動作でギターから弦を外すと、鞄から工具を取り出しナットやペグも外していく。

 

「わわ、部品交換してる。凄い、まるで楽器屋さんのリペアマンみたい……と言うかあの子、めちゃくちゃ可愛いんだけど!?」

 

 学校の工芸室でギターDIYをする謎の美少女と言う、そうそう出会(でくわ)す事のない構図にひとりは混乱しつつも見入ってしまう。何語を喋っているのかも分からない外国人がサバイバルをしたり廃車をレストアしたりする動画が、実は大好物であるひとりは思わず目を奪われていた。牛骨をひたすらヤスリで削る美少女の姿など、ひとりは無限に見ていられるのだ。

 

 弦を張ってサドルとナットの高さとナットの溝位置を確認した女子生徒は、牛骨を磨いて最終調整をしていく。納得のいく状態にできたのか、女子生徒はそのままチューニングをすると試奏を始めた。

 

"Hold on little girl

 Show me what he’s done to you

 Stand up little girl

 A broken heart can’t be that bad"

 

 滑らかなオルタネイトストロークで調律したばかりの弦を弾きながら、透き通るような美しい声で女子生徒が口ずさむ曲はアメリカのロックバンド『MR.BIG』の『TO BE WITH YOU』だった。

 

"先に君を見つけるのは僕なのに 君の側にはいつも誰かが居る

 先に君を好きになるのは僕なのに 君はいつも誰かのものになる

 幾度となく繰り返すこの痛みが 悦びに変わってしまいそうだ

 そうなる前に僕に教えてよ 正しい恋って奴を

 誰かに奪われる君を 美しいと思う前に"

 

 名曲を弾いていたはずの女子生徒だったが、なにやら聞いた事もない闇の深そうな詞を歌い始める。女子生徒はギターの弾き心地を確かめるように、スラムやスラップといった奏法を織り交ぜていく。そのドロドロとした歌詞とは裏腹に、卓越したリズム感のスラムとキレのあるスラップは、聴く者全てを虜にするかのような黒魔術が宿されているようだ。

 

 その練度の高さに、ひとりは無言で聴き入ってしまった。とてもではないが、あれだけの技量は中高生が一朝一夕で身につけられるような物ではなく、ここが路上であったならば沢山の人が足を止めていた事だろう。歌詞の酷さは考慮しないものとする。

 

「凄い……うちの学校にこんなにギターが上手な人がいたなんて。しかもあの美少女っぷりは間違いなく陽キャ……あああああ、総合戦闘力たった5の私じゃ太刀打ちできない……こんなにギターが上手くて可愛い子がいたんじゃ、私が見向きもされないのは必然でしかなかったんだ……うぅ、思い上がってごめんなさいいぃぃ……一生おしいれで大人しくします……」

 

 ぼっち脱却作戦の遂行能力を完全に失ったひとりは、もう見ていられないとばかりに踵を返そうとする。しかし、女子生徒がペグを緩めてせっかく張った弦を外し始めた事に気づき、慌てて覗きを再開した。

 

「あれ、凄く良い音だったのに……気に入らなかったのかな?」

 

 女子生徒は弦を外したギターをボール盤に逆さま状態でセットし、尻の部分にマスキングテープを貼り付ける。

 

「え、あれって穴開けるやつだよね……え?あああああああ!?」

 

 女子生徒はボール盤の電源を入れると、何の躊躇いもなくギターに穴を開け始めた。

 

「ニコアースブレンドは初めてだからなぁ、上手くいくかな……まあ失敗してもプレテクだしいっか。プリアンプはMixproを使うとして、シールドもそこそこの物を……ん?」

 

 何かをぶつぶつと呟きながら自分のギターに穴を開けていく女子生徒が、ひとりの目にはやべーやつにしか見えていなかった。ひとりの叫び声に反応した女子生徒は、ボール盤を止めてゆっくりと振り返る。女子生徒の美しく整った容姿が、更にひとりの恐怖を増幅させる。

 

「妖怪ギター穴開け美少女だ……!わ、私のギターもやられちゃう!」

 

 父の借り物であるギターに穴を開けられるわけにはいかない……未知との遭遇に恐怖の涙を滲ませたひとりはなんて日だ!と、今日と言う厄日を呪いながらその場から逃げ出した。

 

 ひとりが大事に抱えるギターはギブソンのレスポールカスタム……グロスブラックのボディに金色の構成部品が映えるそのギターは、ブラックビューティーの愛称で多くの著名ギタリスト達に愛されてきた高級ギターだ。

 

 そんな代物にこの女子生徒が穴を開ける訳などないし、そもそもエレキギターには最初からエンドピンが付いているので穿孔加工などする必要がないのだが、この美少女は大事なギターに穴を開けるやべーやつであると確信したひとりは、全速力で逃走を図るのだった。

 

 

*1
ぶっ壊れてからメンテナンスを行う事。復旧にアホほど時間がかかる事が大半なので、予防保全を心がけよう。ヨシ!

*2
他の人が設備や機械の電源を入れられないようにする為の鍵。ロックアウトヨシ!




年末年始明けもゼロ災でいこう、ヨシ!
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