他の花騎士達も活躍する予定ですので、幅広い方にお楽しみ頂ければと思います
(しょっぱなから春庭の治安がボロボロなのはツッコまないで……)
夜の帳が下りたロータスレイクの歓楽街。
治安の悪い街である。まともな社会で生きられない人間が我が物顔で闊歩している。麻薬の密売、殺人、レイプは、この街では日常茶飯事であった。
そんな街の闇の中に、
「ぎあぁぁぁぁ!」
つんざくような悲鳴がこだました。
「お……おぉ……!」
野次馬達の中心には、五人の人間の姿があった。一人は10歳に満たないくらいの幼い少女。もう一人はその少女よりも少し年上、10代中盤くらいに見える金髪の少女。そして後の三人は、背広姿にサングラスを掛けた強面の男達であった。明らかに堅気の人間ではない。
悲鳴を上げたのは、その男達の内の一人である。見ると、左脚が歪に変形していた。つま先が尻の方を向いている。膝から下が180度回転してしまっている。
「いでぇ……いでぇよぉ!!」
地面は濡れ、アンモニア臭が立ち込める。普段肩で風を切っているような男が、子供のように泣きじゃくり、小便まで漏らしていた。あまりにも惨めな光景であった。
「て、てめぇ……」
他二人の男は、金髪の少女を睨み、キラリと光るものを彼女に向けた。コンバットナイフであった。刃渡り15cm程度、人を殺すのに適した機動性と殺傷力を併せ持っている。
「ひっ!」
幼女の目に怯えの色が映る。
「やめろ。子供が恐がってるじゃないか。お前達の相手は、このスカシユリだけで充分だろう?」
「そうはいかねぇんだよ! 『
男はホラを吹いているわけではない。指定暴力団『金獅会』。彼らは一般市民に危害を加えることすら厭わない。虫でも殺すかのように人を殺す。殺した人間は、死体すら残らない。バラバラにされ、湖に沈められるからだ。
「元はと言えば、お前達がこの子を無理矢理ホテルに連れ込もうとしていたのが悪いんじゃないか」
「うるせぇ! この世はなぁ、暴力こそが正義なんだよっ!」
顔を真っ赤にして激昂した二人の男が、胸の前にナイフを構えて襲ってくる。
しかしスカシユリの顔色は変わることが無かった。ただ、力強い眼光で男達の一挙一動を観察している。
そして……。
「ぐぇぇ!!」
一人の男が悲鳴を上げた。倒れ込む男。と同時に、もう一方の男は……。
「あ……あが……」
叫びたくても叫べない状態になっていた。顎が外れ、口が開きっぱなしになってしまったのだ。
男達にも野次馬達にも、何が起こったのか理解出来るものはいなかった。あまりにもスカシユリの動きが速すぎたのだ。
スカシユリは、最初に悲鳴をあげた男の膝を関節蹴りで破壊。間髪置かず、もう片方の男にはハイキックを顎先にお見舞いした。一発で人体を破壊し得る、凄まじい切れ味と破壊力を持った技だった。
「怖い思いをしたな。もう大丈夫だぞ」
スカシユリは少女の方を振り向き、にっこりと笑みを浮かべた。先程三人の強面の男を倒した少女とは別人と思う程、親しみやすい笑みだった。
しかしその時、
「きゃぁっ!?」
悲鳴と共に、乾いた音が鳴り響いた。硝煙の臭いが漂い始め、野次馬は散り散りになっていく。ただ一人、黒い帽子を被った黒ずくめの男が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。その手元に、黒くおぞましい物体が見える。拳銃だ。先程の音は銃声だったのだ。
「姉ちゃん、うちの若いのが随分お世話になったみたいじゃねぇか」
「じ、銃はよせっ! 一般人にも当たるっ!」
その言葉が聞こえていないかのように、男はスカシユリに銃を向けてきた。スカシユリの額に冷たい汗が浮かぶ。
(わ、私一人ならともかく、この子や一般人を守りながら戦うのは……)
スカシユリの中に、微小ながら諦めの気持ちが浮かびそうになった、その時だった。
「ゴミが……」
硝煙の臭いの中に、異質な臭いが混じっていた。
言うなれば『獣の臭い』。山奥に君臨する獣の王、羆に近い臭いが、何故か歓楽街のど真ん中にその輪郭を露わにしていた。
その臭いの主は、銀色の長髪の女だった。
大きい。男よりも遥かに大きい。190cmは超えるであろう巨躯の持ち主だ。白いシャツにジーパンと簡素な服装だが、そのどちらも薄汚れている。生活の垢のようなものが、全身に染み付いているように感じた。
その女の大きな手が、男の右手首を鷲掴みにしていた。
「な、何すんじゃワレェ!」
そう威嚇するも、男は完全に怯えていた。
太かった。腕も胸板も脚も首も。全身のありとあらゆる部分が、シャツやズボンを突き破るような勢いで隆起している。人間というよりは、巨岩が突然そこに現れたような感覚を、男は味わっていた。
「ワレ、金獅会の人間にこんなことして、ただで済むと思……いぎ!」
「っ!?」
男の手首が、ペキッと音が立てた。女の太い指が食い込んでいる。
ペキ……ペキ……。
「いぎぁぁぁ!!」
完全に折れた。人間の骨が、まるで乾いた小枝のように簡単にへし折られてしまった。男は悲鳴を上げ、泣き叫び、小便を漏らした。そんな男を、巨体の女はただ無感情に見下ろしている。
「あ、あなたは……」
スカシユリが、巨体の女に恐る恐る近付く。近付いてみると、女の迫力を生々しく感じる。並の人間であれば、立っていることすらままならないだろう。
「私のことなどどうでもいい。花騎士さん、あなたも早くこの場所を離れた方がいい」
重く低い声だった。相対すれば恐ろしいが、敵意を持っていなければ、寧ろ安心すら感じさせる声だった。
「ヤー公ってのは面倒くさい生き物です。社会のダニの癖に、無駄にプライドが高く、蛇のようにしつこい。面倒なことが起こる前に、早くこの場を去ることです」
「そ……そういうものか……じゃあ、最後にあなたの名前を教えてくれないか!」
「……名前はもう捨てました。用がないのなら、私は行きます。では」
そう言って、女はスカシユリに背を向けた。鬼のように発達した背筋が、安定したリズムを刻みながら遠ざかっていく。その姿を、スカシユリは目に焼き付けたのだった。
────
「ということがあったのだ」
「それは災難でしたね~。でも、女の子を助けるなんてスカシユリさんらしいです」
移動型カジノ「パルファン・ノッテ」。そのスタッフルームで弁当を食べながら、スカシユリは桃色の髪の少女に、昨晩のいきさつを話していた。
「ふふ、私はヒーローを目指しているからな! 困っている人は放っておけないんだ! ……まぁ、昨日はある人に助けられてしまったが……」
「どんな人だったんですか?」
「銀色の髪で、身長は190cmくらいの大きな女性だった。ラバテラちゃん、何か知らないか?」
そうスカシユリに問われ、桃色の髪の花騎士、ラバテラは指を顎に当てて考え込んだ。
スカシユリとラバテラは、パルファン・ノッテで働く同僚であり、親友である。歳も近い二人は、自然と会話が弾み、自然と仲良くなった。今ではプライベートでもよく遊びに行くくらいの仲である。
「……そう言えば、昔ロータスレイクにいた、物凄く強い騎士団長の特徴が、さっきスカシユリさんが言ってた女性と同じです」
「なにっ? 騎士団長?」
「はい。なんでも、花騎士以上の戦闘力を誇り、単身で狩った極限級害虫は数知れないとか……」
「そんなバカな……でも、昨日の人のパワーを見ると、あながち誇張でもないような気がするな……」
「その人は『英雄』と呼ばれる程だったんですが……突然引退してしまったみたいで……」
「英雄!? それはつまり……ヒーローということか!」
突然椅子から立ち上がるスカシユリ。その大きな瞳は憧憬の気持ちで満ちている。ラバテラは一瞬驚いた顔をするが、すぐに笑顔に戻る。スカシユリの、ヒーローへの憧れを誰よりも理解し、応援しているのがラバテラだった。
「それで、そのヒーローの名前は何というんだ?」
「銀鈴さん……銀鈴団長です」
────
夕方。用心棒の仕事も終わり、スカシユリは廃れた商店街をふらついていた。
昨晩自分を助けてくれた銀鈴と再び会ってみたいが、宛はない。
『その銀鈴という人には、どこへ行けば会えるのだ?』
『もう5年も前に引退してますからね。一説には、山奥で仙人のように暮らしているとか』
昼間のラバテラとの会話を、スカシユリは頭の中で反復していた。
そもそも、会ってどうしようと言うのか。何も考えてはいない。ただ、出来るのなら、彼女に教えを請いたかった。英雄とは、ヒーローとは、自分の目指すべきものである。
強さへの憧憬。それがスカシユリの中で大きく燃え上がっていた。
「どこにいるのだ、銀鈴さん……」
その女の肉体はまるで巨岩だった。
丸太のような脚から放たれるローキックは、束ねたバット5本を小枝のようにへし折る。
グローブのような大きな手は、ジャガイモを軽々と握り潰してしまう。
何もかもが規格外の女だった。
名は銀鈴。単身で極限級害虫すら葬る実力を持つ、ロータスレイクの英雄と呼ばれた女団長。
その銀鈴は現在……。
「う……む……み、見えない……」
本屋で、グラビア雑誌の袋とじを覗き込んでいた。
「……こほん」
店主の老婆が一つ咳をするが、銀鈴は聞かなかったことにした。
「も、もう少しですが……」
「……」
店主が銀鈴のすぐそばまで近付いてくるが、それでも立ち読みを止めない。店主の額に、血管がフツフツと浮き上がってくる。
「……冷やかしなら出てかんかぁい!」
「ひぇっ! す、すみませ~ん!」
そうして、店主に追い出された先にいたのは……先日会った金髪の花騎士、スカシユリだった。
「……い、いたぁぁぁ!」
スカシユリの大声が、街中にこだましたのだった。
バディものみたいなイメージで書いていこうかと思います
基本的にはオムニバス形式です
ここまで読んで頂き、ありがとうございました