本気を出すときメガネを外す美少女【完結】   作:ササキアンヨ

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わーい


10、ハッピーエンドのための犠牲

 夜の刈園(かりその)区でラビは宇入(うしお)と対峙していた。愛しい恋人の温かい血液が彼女を濡らしている。銃で撃たれたとは言え、即死は難しい。苦しみの声を漏らす紋藤(もんどう)の首をラビは手に持っていた日本刀で斬り裂き、傍らにその体を置く。

 

 紋藤が偏執者(パラノイア)だと知らぬ者にとってはあまりにも果断な行動であったが、戦闘に慣れている者……例えば目の前の宇入換手(かえで)はそう不審だとは思わなかった。

 

 1対2の有利な状況ならばともかく、宇入の後ろには何者かも分からない部隊が並んでいるのである。捕縛された先に待っているのは死すら救いになる拷問かもしれないのだ。ゆえに非常に合理的な判断だと言えよう。

 

「謝って済む問題じゃねェが、そいつに当てるつもりはなかったと弁明しておく」

 

「……宇入警部。聞いていいかしら。なんでこんなことを? 私と紋藤さんは正式に認可された特務捜査課のメンバーよ。その相手を殺そうとするなんて許されない」

 

 と言いつつ、ラビは刈園区に来たばかりのときに任務で殺害した犀山(さいやま)のことを思い出していた。彼は特務捜査課を、使い物にならなくなったら殺される職場だと評していた。

 

 ラビは実際にそんな例を確認したことはないが、この状況では自身の判断こそ間違っていたのではないかと思い始めていた。

 

「特務捜査課は先ほど解体された」

 

「は?」

 

 返ってきたのは予想外の言葉。ぼろぼろのコートに身を包む宇入は淡々と続ける。彼が咥えている煙草の灰がポトリとアスファルトの地面に落ちる。

 

「罪を犯した偏執者(パラノイア)を排除するって言いながら、陰で猟奇殺人鬼を幇助していた組織だ。そんな組織は潰れて当然だろ? 特務捜査課は終わり、その任務は新しく作られた防衛省統合幕僚監部異能執行室が引き継ぐ。ラビや紋藤はそこのメンバーだとは認められていない。……てめェらはただの犯罪者だ」

 

 宇入は冷たく言い放つ。ラビは彼の言葉を咀嚼しながらも、あまりの展開に感情が追いついてこない。

 

天開(てんかい)終介(しゅうすけ)を助けて育てたのは最初から特務捜査課を廃すための大義名分を作るためだったってこと。けれど、犯罪者というのは? 私が犯罪者だと言うのならば、別班(べっぱん)の人間は全員犯罪者であるはずよ。それに紋藤さんに罪は無い」

 

「その基準なら別班だけじゃねェさ。異班(ことつはん)々班(おなじはん)も〆班も等しく罪に問われる。だからまァ、上としては直近の罪だけを糾していくらしい。半村ラビは犀山瞋恚地郎(しんいちろう)、野咲灯花(とうか)、天開終介を殺害。そして紋藤夢与(むよ)は野咲明花(あきか)を殺害した。あいにく、てめェらは犯罪者なんだよ」

 

 彼女が刈園区に来なければみな生きていたと言えるだろうか? いや、言えまい。

 

 ラビが投入されるより以前から天開は少女を殺し続けていたのだ。死者の中で明らかに非が無いのは野咲明花のみ。けれど、彼女は悪の偏執者(パラノイア)となった灯花の怒りをいつでも受ける環境にあった。

 

 紋藤夢与はそれに巻き込まれた被害者だ。

 

 いま、ラビが止めなければ天開は際限なく少女を殺し続けていたはずだ。……いや、このタイミングを見るに、もしかしたら上はラビが負けようともここで天開を始末する予定だったのかもしれない。

 

 上にとって、すべては茶番だった。ラビは怒りのあまり拳を握りしめている。

 

「それで宇入警部は意気揚々と犯罪者狩りってわけ? 銃器で武装した部下をゾロゾロと引き連れて、みっともない。……私を刈園高校に転入させたのはあなたでしょう。私たちに殺人鬼を倒させようとしたのもそう。酷いマッチポンプもあったものね」

 

「……そういうことになっちまうな。どれだけ憎んでもらっても構わねェよ。半村には俺を殺す権利がある。だが、俺はなにひとつ間違ったことはしちゃいないつもりだ。属す組織は変わろうともやることは変わらねェ。俺は俺の正義を貫くだけだ」

 

 宇入換手は見知らぬ者よりも部下を守りたいと言っていた。今回もそうであるのかもしれない。でも、その部下の中にはかつてラビもいたはずなのだ。結局、彼は守るべきはずの存在を切り捨てている。宇入の正義は今や自壊寸前だ。

 

 ならば。

 

「あなたは間違っている」

 

 と、指摘してやるのが元上司への敬意であるもラビは考えたのだ。メガネを外そうとして、自分がそもそもメガネをかけていなかったことに気付く。天開に勝ったあと、一息つくことすら出来ていない。それでも。

 

 ラビは日本刀を構える。刃には「押す力」「引く力」を込めた矢印が蛇のように巻き付く。

 

 それを見た宇入はぼろぼろのコートを後ろに脱ぎ捨て、スーツ姿を露わにした。海賊のような黒い眼帯も相まってかなりの威圧感がある。そして、鉄の義手を前にしてボクシングのようなポーズを取る。

 

「それがてめェの選択だな? 言っとくがてめェの後ろにもう国家権力は無い。俺のように狗となる覚悟さえあれば、今からでも投降してもいいんだぜ」

 

「そんなものは覚悟ではないわ。間違っているものを正しいのだと盲従し続けるのは思考を捨てた、ただの怠慢に過ぎない。あなたはもはや私の知っている“かえでちゃん”じゃない」

 

「……仕方ねェ。てめェを殺して、それで刈園区少女連続殺人事件は完結だ。俺たちのハッピーエンドのために犠牲になってくれや」

 

 その言葉が言い終わるか否かの刹那、アスファルトから成形された三角錐の棘がラビに向けて放出される。その攻撃を読んでいたラビはすべてを矢印ではたき落としながら前へ走る。

 

 宇入換手の異能は【風刺道(シニカル・ライセンス)】。自身の肌が触れた周囲の非生物を操作するという応用の効く異能である。対象は物体に限るという制限もあるが、街中で使う分には何の問題も無い。

 

 地面のアスファルト、塀のコンクリート、電信柱、鋼鉄製のマンホール、道を走る車、あらゆるところに武器が転がっている。遠距離から辺りのものを弾丸にするだけで、たいていの敵は殺すことが出来る。

 

 絶対的な力を誇る【裸針盤(ワイルド・コンパス)】の矢印より強度は落ちるが、問題になるのはその圧倒的な手数だ。もはやラビが戦っているのは宇入ではない。刈園区の走る道そのものだ。電信柱を折って高圧電流を放つ電線でラビの動きを止めることに成功する。

 

 ラビが一度に操ることの出来る矢印は最大15本。ひとつひとつの長さは最長3メートル。すべてをフルで使えば、宇入の攻撃でさえ防御し続けることが出来る。

 

 自身の周囲を渦巻く矢印に防御を任せ、少しずつラビは前に歩く。宇入に焦りは無い。彼女がどれだけ戦えるのか、それは彼が一番知っている。お互いに弱点は知り尽くしている。

 

 宇入換手の弱点。それは接近戦に弱いこと。服を硬化し、義手を剣のように鋭く変え、練り上げられた肉体から繰り出されるボクシングの技は一級品。だが、それは所詮はその程度。普通の犯罪者には有効かもしれないが、ラビの攻撃を防ぐほどの防御力は無い。

 

 また、何のカバーも無い場所、つまりは首であったり頭であったり。その箇所を強化することは出来ない。長らく剣技を鍛えていたラビならば、矢印を使わずとも彼に致命傷を与えるのは難しくない。

 

 だからこそ、宇入はそれを狙っていた。彼女が接近したときのための武装を用意していたのだ。懐に忍ばせているのは爆弾。通信で合図を部下たちに送れば、銃撃により引火してラビに大ダメージを与えることが出来るだろう。

 

 自身の信念が踏み躙られたことくらい宇入とて分かっている。表では気丈に振る舞いつつも、彼は絶望し、死のうとしていた。勝手に与えられた自衛官という立場には何の執着も無い。

 

 ラビを保護してからおよそ10年。彼女を守るために罪を犯し続ける半村キラの諦観したような目付きが嫌いだった。彼の妹もいずれそうなる。犀山が行方をくらました頃、ラビは別班を自身の死に場所として選んだ。

 

 上司として導いてきたのはラビを生かすためだったはずだ。何もかもを諦めてほしくなったはずだ。成果を上げること自体に期待して彼女を“育成枠”にねじ込んだわけじゃない。

 彼女に悪を支援してしまったという余計な十字架を負わせぬため。けれど、結局、ラビは3人もの命を奪うことになった。

 

 特務捜査課が潰されるということを知っていれば、こんな“選択”はしていなかった。元班長であった犀山は知っていたのだろう。だからこそ、逃げる道を選んだのだと思われる。ラビからの報告でその逃亡はずいぶんと彼の心を蝕んでいたことが分かる。

 

 彼は逃げるべきではなかった。

 

 そして今日、元特務捜査課課長にして現異能執行室室長の男に「半村ラビ」と「紋藤夢与」の抹殺を命じられた。宇入はそのとき自殺を……いや、心中を考えた。自分勝手な物言いで、利己的な想いだと理解している。それでも、宇入にとってラビとは娘のような存在であった。

 

 もし、ラビが生きたまま捕縛されるようなことがあれば、彼女の尊厳を守り続けるのは困難だ。だから殺す。ゆえにラビが紋藤の首を斬ったとき、まるで自分と同じ考えを彼女も有していると勘違いしてしまった。

 

 ラビを殺すことに夢中になり過ぎて気が付かなかった。攻撃によって巻き起こる粉塵の中から紋藤夢与の死体が消えていることに。

 

 不意に横から現れた紋藤の姿に驚きを隠せない宇入だったが、義手で腰の入ったストレートで彼女を思い切り殴り付ける。しかし、その際、彼女が宇入から奪ったものがあった。通信機器だ。あれが無いと部下に撃たせられない。

 

 紋藤に手を伸ばす。その瞬間。

 

 

「撃て♪」

 

 

 紋藤が耳に付けていたイヤホンから流れてきた声が通信機器が拾い、部下たちの鼓膜を大きく揺らした。何の躊躇も無く無数の弾丸が放たれる。目の前に同胞がいた隊員もいる。しかし、そんなことに構う余裕は無い。そして先ほど目の前にいたはずの紋藤はラビのところまで素早く撤退していた。駒田の【鯨因(リヴァイアサン)】によって。

 

 そしてその弾丸の群れは宇入の全身を貫く。それだけでも致命傷であるのに、懐にあった爆弾に引火し、とどめの爆発。彼は既に死亡していた。

 

「哀れ、ね」

 

 宇入へ向けて送られた言葉はそれだけだった。すると、後列にいたためにフレンドリーファイアを受けなかった隊員たちが銃器を構え、弾丸を放つ。だが、それがラビたちの元へ来ることはなく、空間が歪曲されたかのようにねじ曲がった。

 

 気がつくと目の前に黒いリムジンがある。後部座席の扉が開き、ラビと紋藤を中に招き入れる。ふたりが中に入ってしまえば、この中は城砦に等しい。また、隊員たちは当然リムジンを認識することすら出来ない。

 

 運転手を務める賊敷(ぞくじき)吸人(すいと)の【In主運転(テクニカル・ドライブ)】によるものだ。広めの空間で足を組んでいる女性がいた。栗色のセミロングヘアとギザギザの歯。隊員たちを操り、銃撃させたのは彼女で間違いないだろう。琴城(ことしろ)羽常(はつね)。タイミングから考えれば、ラビと紋藤を助けてくれたのだと分かる。けれど……警戒を露わにラビは彼女を睨む。

 

「おやおや、ずいぶんと警戒されているらしい。もちろん、それは当然のことなのだがね。だが、02との支援も合わせてアタシの【私は最凶♪(ウタイドリ)】でラビと少年は命を拾ったはずだ。もう少し感謝してもいいと思うよ。さぁ、出発したまえ。賊敷くん。目的地は知っているね?」

 

「了解でえええす!!!!」

 

 賊敷の叫びに耳を痛めそうになる。そこで初めて彼の横の席にもうひとり人物がいたことを紋藤は知った。燃えるような赤髪で毛先が内側に跳ねている女性だ。

 紋藤は彼女を別班の訓練場で見ている。彼女はラビを見て「ひぃえええ」と怯えていた。その存在を綺麗に無視したラビが羽常に質問する。

 

「02はどこにいるの?」

 

「駒田くんのことだね。これから向かうところで待たせているよ。彼の隠れ家に押し込み強盗のような真似をしたことは恥じたいところだけど、こっちも時間が無かったのでね。この車の行き先は特務捜査課の巣のひとつ、廃病院だ。別呑(べのむ)の人形とトラップがわんさか仕掛けれらた場所を攻略するのは洗練された特殊部隊でもいささか時間がかかるだろう。例え居場所がバレても時間稼ぎになる」

 

「……そう」

 

「廃病院にはこの状況を打破するのには必要な道具が置いてある。武器とかね。ああ……聞きたいことは分かるよ。おまえも異能執行室のメンバーに選ばれなかったのか?ってことだろう? 答えはノー。アタシと賊敷はオンリーワンの異能を持つ。そう簡単に変わりが見つかる人材でもないし」

 

「でも、羽常おねーさん。ラビさんの異能は強力ですよ。練度も高いですし、彼女だってオンリーワンだ」

 

「はははは……ラビの異能は確かに強力だが、代替手段ならいくらでも思い付く。強いだけの異能は、超遠距離からの狙撃には勝てない。銃器を揃えて訓練された部隊からの集中攻撃には勝てない。少年が思っているより、異能の価値は下がってきているんだ」

 

 小さな冷蔵庫から羽常はコーラを取り出した。シャンパンでも入っていそうな高級なグラスに黒い液体が注がれて炭酸の泡が弾ける。

 

「飲みたまえ。そして、メガネをかけなさい、ラビ。ここで戦う予定は無い。異能を常に発動させ続けるのは精神が保たない。……やはり、ラビはメガネを外しているときの方がアタシは好みだね」

 

 ラビはメガネをかけた。この世の美をすべて凝縮したかのようなオーラが溢れ出る。羽常おねーさんは分かっていない、と紋藤は頭の中で首を振っていた。

 

「それで、私たちはどうすればいいわけ?」

 

「難しいところではあるけど、状況を静観してくれるっていうのがこちらとしてはありがたいかな。いや。これでは伝わらないね。宇入がラビと少年のみを犯罪者とした。通常の警察が追えるものではないから、公開捜査などはされないだろう。それでも、普段通りの生活を送るのは無理だ。学校に通うのも家に帰るのもご遠慮いただきたい」

 

 日常は完全に崩壊してしまったようだ。羽常の発言に紋藤は顔を曇らせ、ラビもまた神妙な表情をする。

 

「……状況の複雑さには慣れているつもりだけどね。ところで、羽常と賊敷はどうして異能執行室を裏切ったの?」

 

 どうやらこのふたりは犯罪者扱いされているわけではないようだ。

 

 リムジンは家に突っ込み、赤信号の交差点を突っ切り、優雅な運転とはとても言えない。もし賊敷がハンドルを離せば一瞬で大事故となるだろう。

 車内は揺れに揺れており、紋藤は羽常に貰ったコーラの大半を溢してしまう。ラビと羽常は慣れているようで衝撃が車内に走る前に飲んでしまっている。

 

「アタシに関しては決まっているだろう。アタシはラビと生涯の友人でありたいと思っているからさ。ここぞとばかりに恩を売りたいというのは当然の心理だ。一夜でも構わないから(しとね)を共にしてくれると嬉しいのだがね」

 

「あいにく、私には紋藤さんがいるから却下」

 

 当然のようにラビは断る。

 けれど、そもそも羽常の言葉のどこからどこまでが本気なのか紋藤には分からない。

 

「だろうね。はは、分かっているとも。そして、賊敷だけど、これはアタシが勝手に持ち出した戦力さ。どうせ賊敷には特別な思想があるわけではないし、養うべき家族も居ない。何のしがらみも無しに引っ張り出せるわけさ」

 

「ヒャッホウ!!」

 

 賊敷が返事をするように叫ぶ。運転をしているときの彼は異能熱に完全にあてられており、まともなコミュニケーションも取れない。

 

 理屈で言えば、異能(フィリア)は発動すれば発動するほど異能熱(フィリアスタシス)の耐性を得る。ちゃんとした言語として発話出来るかどうかはさておき、どうやら賊敷は思考出来ないというわけではないようだ。

 

「……羽常は私たちを助けてくれたってことは分かったわ。ありがとう。それで、状況を静観しろとは言ったけど、そんな対処で間に合う状況なのかしら? 私には覚悟があるつもりよ」

 

 ラビは強く言い切った。その瞳は黒曜石のように澄んでいる。紋藤はメガネの似合う彼女の顔に改めて見惚れる。

 

「はは、覚悟ね。じゃあ、少年はどうだい? さっきも言った通り、キミはもう家族にも友人にも会えないわけだけど、さらに踏み込んだことは出来るかな? ラビと共に茨の道を歩く覚悟はあるかい」

 

「もちろんです。ラビさんと一緒に歩めるのであれば、そこに障害は無いのと同じ」

 

 栗色の髪を揺らし、羽常は「いいね」と愉快そうに笑う。どこか微笑ましげな表情を見せる彼女からは悪意は感じられない。

 

 ギザギザの歯を見せつけるように口を開いた彼女はそこで提案を告げる。追手を封じ、ふたりから罪を無くさせ、この事態の解決となる悪魔的な一手だ。

 

 

「では、キミたちには死んでもらう。ハッピーエンドのための犠牲にさ」

 

 




今回の敵
宇入換手(45)
異能
【風刺道】(シニカル・ライセンス)
肌で触れた非生物の物体を操る。

トリガー
煙草を吸うと異能を発動可能に。吸い切ると強制解除。
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