小さなセレモニーホールで
少女連続殺人事件の犯人が高校生である天開終介であり、彼が“自殺”したというニュースが日本全国を騒がせていた。そのセンセーショナルな事件のせいか、こちらの事件に対する世間の反応はあまりにも鈍い。
その亡骸には一切の外傷が無く、薬害や病の跡も無い。ふたりがなぜ死亡したのか、自殺なのか他殺なのか、現段階では不明である。
紋藤の母は娘の死の真相が解き明かされることを願って解剖を了承したにも関わらず、事態は何も進展しなかった。結果的に、警察への不信感を高めただけに終わった。
黒と白の幕が四方を囲む部屋に参列している人々からは彼女たちのあまりにも突然な訃報に悲しんでいる様子が見受けられた。
特に蝋坂
その様子を一般の目線からは異なる視線で見つめている者もいた。極度の肥満体であるため、一番後ろの特別な席に座っている02こと駒田
本来ならば同じところで死亡していたラビの葬儀も執り行われるはずであった。けれど、彼女の“姉”を名乗る栗色の髪をした女によって彼女の死体は速やかに回収され、その葬儀にクラスメイトたちが呼ばれることはなかった。
そのせいか葬儀が終わったあと、悲しむ場を奪われたクラスメイトたちは口々にラビの死を嘆いた。駒田はその様子を眺めつつも、人々の輪から外れたところで紋藤のために泣き続ける朱里と真衣に声をかけた。
「大丈夫か」
「そんなわけないでしょ」
「夢与ちゃんが死んじゃったなんて今だに信じられない……。どう考えてもおかしいよ」
「オレもそう思うよ」
「ねぇ、駒田。……あーしはさ、夢与ちゃんとラビちゃんが自殺したとは思えない。死ぬ理由なんて無いわけじゃん。連続殺人も盗撮も天開が犯人だった。そのことを見抜けなかったあーしが言えることじゃないけどさ、ふたりはもしかして天開に殺されたんじゃないの? それってさ……」
朱里は喉を引き絞るような声を出す。彼女が出そうとする結論を察したのか、真衣は唇を噛み締めるように閉じた。
「ふたりが“戦った”せいじゃないの」
駒田は黙るしかない。紋藤とラビは盗撮魔に対する抗戦運動をしていた。そのメンバーの中には朱里と真衣もおり、校内の女子生徒たちに声をかけて積極的に情報を集めた。
その情報の中には不審な様子であった天開の写真も含まれている。けして決定的な場面ではなかった。確かに目を爛々と輝かせながら怪しい様子で校舎を撮影していたが、盗撮していたとは言えない。その時点では盗撮魔と殺人鬼がイコールで結ばれていたわけではない。
それでも、自分たちの軽率な行動が紋藤とラビを殺す結果に繋がったのかもしれない。そのことに思い至った朱里は言い知れぬ痛みを覚えていた。
何も出来ない自身への無力感。友の浅慮な行いを咎めることなく動いてしまった幼い正義感。校内すべての女子生徒を巻き込んで盗撮魔に挑んだにも関わらず、最も大切なものを失ってしまったという強烈な敗北感。
「だとしたら、夢与ちゃんとラビちゃんは間違っていたの? あーしたちは戦わずに大人しく被害者で居続けた方が良かったってこと?」
「世間的にはそうなるのかもしれないな」
「…………やっぱり、そうだよね」
新たな涙を溜めた朱里の肩を駒田が掴む。その突然の行動に彼女は彼を見つめることしか出来ない。彼をブサイクだと普段は馬鹿にしている真衣でさえも、贅肉だらけの彼の横顔の中に炎のような熱さを感じる。
「だが、おまえたちは違うだろう。おまえたちは紋藤とラビが生前に灯していた意志を吹き消すつもりなのか? ふたりが成そうしていたことを無かったことにするのか? だとしたら、すぐにでも楽になるだろうさ。おまえたちは友の死で感じた痛みすら忘れてしまう。……それでいいのか?」
「……いやだ」「良くないよ」
朱里と真衣は同時に呟く。肩から手を離した駒田は静かに笑う。
「オレは命を危険に晒せと言いたいわけじゃない。紋藤やラビだってそうだろう。“戦う”っていうのはそういう意味じゃない。もしかしたら、それは愚かなことなのかもしれない。だけど、おまえたちは賢く生きたいのか? 違うだろ? 少なくともオレは紋藤とラビのように足掻いて生きていきたいぜ」
「うん……うん。そうだね。あーしは馬鹿だった。夢与ちゃんとラビちゃんと一緒に頑張ったこと、無駄にしたくないよ。……これからも頑張りたい」
「うちも。うちらは馬鹿だからさ、被害者で有り続けるなんていう賢い生き方なんて性に合ってない。ふたりの分まで“戦う”よ」
強い決意に満ちた朱里と真衣の瞳は目に見えぬ光を捉えたようであった。そして、おずおずと真衣は駒田の顔を見て自身の心を吐き出す。
「ごめんね、駒田。今までうちは、アンタのこと馬鹿にしてた。謝る」
「別に構いやしない。オレが太っている
「……アンタ、良い男だね」
その言葉に手で応え、駒田はセレモニーホールの廊下を歩く。ポケットから出した飴玉を転がせ、誰もいなくなったところで【
廃病院。特務捜査課がかつて根城としていた場所だ。ゴロゴロと転がっている死体を踏み越え、仲間たちが待っている区画に入る。
「やぁ、おかえり。駒田くん」
栗色の髪をしたギザ歯の女が出迎えてくれた。駒田はメガネを外し、彼女に渡す。これは別班が自身が得た視覚情報を仲間に共有するためのアイテムである。紋藤の葬儀の様子は本人である紋藤とラビが見ていたのであった。
自身の死を悼む家族と友人たちの映像で泣き出すことになってしまった紋藤だったが、帰って来た駒田に心の籠った「ありがとう」を告げた。
「あなたのスパイ活動のおかげで異能執行室を打倒するという決意が固まったわ」
壁にもたれたまま、メガネをかけてコンタクトも着けているラビ。艶のある漆黒のロングヘアに同じく真っ黒のセーラー服姿であり、服装に変わりは無い。
ただ、横には3本の日本刀が置いてある。普通なら逃亡中にはとても手に入らないような業物ばかりだ。
パイプ椅子に座り、「運転してええよおおお」と嘆く
「じゃあ、覚悟は決まったかな? このメンツで異能執行室に大ダメージを与える。出来れば、元特務捜査課課長にして現異能執行室室長を殺しておきたいところだね」
「誰かも分からないのに?」
「ははは、そうだね。アタシも知らないもん。犀山とかえでちゃんなら知っていたかもしれないけど」
そのとき、ラビが挙手。
「犀山を殺すときに言われたのよ。
ずいぶんと前から桜牙を疑っていたというラビに「早く言ってほしかったな」と駒田がこぼす。
「桜牙教官が、課長? 考えたことも無かったな。確かに有りうる。実力は高いし。その
「もちろんです!」
「右に同じ」
「では作戦開始だ!」
時は翻って。リムジンの中で会議の途中であった。
「では、キミたちには死んでもらう。ハッピーエンドのための犠牲にさ」
「どういうことですか!?」
「助手席に
助手席に座る別呑はこちらをチラチラ見ている。彼女の手元には少年向けの漫画雑誌があった。怯えながらも漫画を熱心に読んでいた。
「そういうこと。二人分の新たな戸籍も作っておいたよ。とりあえず福岡県に行くといい。そこのある町にラビと少年のための家を作っておいた。しばらくは落ち着いた暮らしをしておしいのだが、治安が悪いだけに安全面は少し心配だがね」
羽常の手回しの良さに紋藤は舌を巻いていたが、ラビは当然だという風に受け止めていた。10年の付き合いは伊達ではない。それに彼女の取った手段自体は別班ではありふれている。
死を偽装し、行方をくらますなんてことは犀山とてやっている。もっとも彼の場合は別呑の異能までは駆使しなかった。ありふれてはいるが、別呑を味方に付けていなければ使えない手段であることの裏返しだ。
「そんなことより、私は許せないの。紋藤さんが死ななければならないなんて。紋藤さんの日常はもう終わってしまった。そのケジメをせずして、このまま泣き寝入りなんて許せないわ。私は戦いたい」
ラビの力強い発言に紋藤は胸の高鳴りを覚えていた。愛する者が発した言葉だけの力ではない。“戦う”。それは朱里や真衣を巻き込んで天開を誘き寄せる作戦の中で彼女が言ったものでもある。
「ははは、ラビならそう言うと思っていたよ。別呑の
「私たちに下手に噛み付いたら手酷いことになるっていうことを刻み付けるのね」
「そういうこと。それが終われば、あとはラビと少年の2人旅となるわけだ。もちろん、作戦中にふたりが死亡すればそのハッピーエンドには辿り着くことは出来なくなるのだがね」
二杯目のコーラを飲みながらラビは神妙な顔をする。
ラビとしてはもはやそれはハッピーエンドとは言えない。バッドエンドとまではいかないのかもしれないが……。これから先、紋藤は家族や友人と喋ることが出来ない。
でも、生きていれば、その続きが見られるのだ。これから先に、朱里や真衣に匹敵する人と出会えるかもしれない。
これは希望だ。
実はここに並ぶ予定であった十数名の自衛官が羽常の
トラックで運び込まれる物資の中には大量の銃器が揃えらている。
桜牙が組織の発足を祝おうとしたとき、基地内のサイレンが鳴る。双眼鏡で遠くを見た桜牙は基地を取り囲む兵隊のような者たちを見た。彼らは異能執行室のことを知らない下っ端の自衛官たちであったはずだ。その自衛官たちは一様に土気色の顔をして「ア〜」と口から声ともつかぬ声をあげていた。明らかに普通ではない。
その事態を重く見た自衛官の命令によって基地内部から戦車が現れた。大きな弾丸は自衛官らを抉り飛ばす。しかし、彼らは数を減らすどころか増殖しているように見えた。
別呑歩による死者の群衆。これは死者を生き返らせているわけではない。正確に言うのならばこれは死者でもない。死者ひとりから作り出したデータを元に新たな死体人形だ。攻撃は元より防御なども不可能なため、危険度は高くない。元は肉の壁として運用するものだ。
だが、いかんせん数が多すぎる。一万を越える亡者の群れはついに正面を突破した。
その隙にオペレート室を破壊したのは駒田と羽常である。これで中にいる者たちは簡単に外へ助けに求めることが出来ない。また、やろうと思えば通信をジャックすることすら可能になるだろう。そのための作業をオペレーターの駒田が始める。
そして自衛隊の者たちを最も困らせているのが基地を縦横無尽に走りまくる全裸男であった。かつては刈園区の一部で恐れられていた“韋駄天台風”こと
ラビ、紋藤、羽常、別呑、によって全裸を見られた彼はもはや光よりも速く走ることすら可能。応戦する自衛隊員は彼にぶつかっただけで血の塊へと変わってゆく。銃器による攻撃もまるで通じない。彼の
粉塵の中からひとりの男性が出てくる。白い和装に赤い般若の面。桜牙総士である。彼と対峙するのはラビ、そして紋藤の役目だ。
「あなたたちの死体は別呑の
その自分勝手な発言にラビは怒りを覚える。メガネを外し、臨戦態勢に入りつつ桜牙を糾弾する。
「嘘をつくのはやめなさい。どうせ、何かのタイミングで追っ手を送るのは読めている。それならば、ここで私と紋藤さんを殺せば解決する話でしょう?」
桜牙は腰から日本刀と脇差を抜く。ラビでさえも1回しか見たことのない彼の本気であることは窺えた。紋藤は羽常に支給された新品のナイフを構え、ラビと共に挟撃出来るように歩く。
まずは矢印を伸ばし、桜牙の体を押し出そうとするラビ。しかし、矢印は途中で霧散してしまった。裏を取ろうと思っていた紋藤が慌てて後退する。
【
「これを言わないのはあまりにもアンフェアだ。言わせてもらうよ。僕の
戦いはまだ始まったばかりだ。
今回の味方
別呑歩(25)
異能
【仮者競争】(フェイク・レース)
他者のDNAを元にして死体人形を作り出す。立って歩かせることは可能だが、複雑な指令では動かない。
トリガー
飲酒。酔っ払っていると異能発動可能に。酔いが覚めると強制解除。