本気を出すときメガネを外す美少女【完結】   作:ササキアンヨ

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無から作ったエピソードいれまーす


6、彼女を取り巻く者

「Laーーーー」

 

 その歌声を思い出す。

 特に歌詞があるわけではない。けれど、その声には確かに感情が乗っていた。聞く者の心を落ち着かせ、宥め、不自由な肉体に走る熱を冷ませてくれた。

 

 少女にとって、すべての大人は敵であった。兄と自分がどれほどの暴力を受けようと誰も助けてくれなかった。助けるフリすらされた覚えがない。偽善ですらない徹底した無関心。

 

 不思議なことに少女は自分たちを直接傷付ける両親たちよりも彼らのことをより強く憎んだ。兄が両親を殺して初めて少女を認識した大人たちが大嫌いであった。

 

 保護された先で用意された小さな部屋で彼女は幾度も死を図った。

 シーツを細く丸めて首を吊ろうとした。窓ガラスを肩の骨で壊してその破片で太ももを刺して失血死を狙った。

 兄を殺人に犯させた自身に絶望し、その命を終えようと苦しみ抜く彼女を救ったのは隣の部屋から聞こえてきた歌声であった。

 

「Laーーーー」

 

 その頃、少女は度重なる自殺未遂により、手足を拘束されていた。歌声が耳障りであったとしても、耳を塞ぐ手段は無い。この未熟でたどたどしい旋律をずっと聞き続けなければならない。けれど、幸運なことにその歌声は綺麗だった。

 

 誰にも胸中を打ち明けず、死ぬことばかり考えては日々精神を摩耗させていく少女にとってその声は安らぎであった。慰めであった。娯しみであった。

 

「Laーーーー」

 

「ら、らーーーー♪」

 

 ある日のこと。少女は何の気なしに隣の部屋から聞こえてくる歌声と共に声を出してみた。

 

「……っ!……La〜〜〜〜!」

 

「ら〜〜〜〜♪」

 

 少女は生まれてこの方、音楽の授業などは受けたことがない。たまに前だけを通る家電量販店のBGMを覚えて家で歌って「うるさい」と父親にひどく殴りつけられてから、兄の前ですらそういう話題を避けてきた。

 けれど、自然と出た歌声は空気のように澄み渡り、むしろ聞こえてきたものより上手いかもしれない。

 

「Laー〜ー〜」

 

「らー〜ー〜♪」

 

 そうやって謎の歌声に追従すること十数分。パチパチと隣から拍手が聞こえた。それと共に初めて少女は隣の部屋の人間に話しかけられた。

 

「誰だか分からないけど、上手いね!」

 

「あ、ありがと……」

 

「ねぇねぇ、何か歌を知らない? きみみたいに上手い人だったら歌詞のある曲もいくつか知ってるんじゃない?」

 

「……ごめんなさい。知らないわ」

 

「そうかぁ。ここに来るくらいだもんね。きみはアタシみたいに地獄みたいなところで生きていたんでしょう。それなら仕方ないね」

 

「あなたも……“そう”なの?」

 

「うん。凄いでしょ」

 

「別にすごくないわ」

 

「いいや、凄いよ。だって、これまで死にたい思いをして来たのに今日まで生きてきたんだ。他の人よりも立派だよ。きみだってそうさ」

 

 そう言われて、少女は後ろめたい気持ちになった。恥ずかしく思った。これまでの自分は間違いだったのではないだろうかと初めて考えた。

 

「ねぇねぇ、きみの名前を教えてよ」

 

「私は……ラビ。半村ラビ」

 

「アタシは琴城(ことしろ)羽常(はつね)。気軽に下の名前で呼んでね。じゃあ、ラビ。もう一回歌おうよ」

 

「うん!」

 

 名前は誰かに呼ばれることで初めて意味を持つ。ラビは兄以外に初めて興味と好意を抱くと共に生への渇望を手にした。死にたくないと感じた。明日も羽常と共に歌えるのならば今日を生きていこうと思えたのであった。

 

 

 

 

 

 電気のついていない暗い部屋でラビは羽常の歌声を思い出す。エクレアのぬいぐるみをもにもにと揉みながら、天井を見上げた。後ろから声を押し殺した泣き声が聞こえる。

 紋藤(もんどう)は「死にたい」「死にたい」「死にたい」と繰り返し呟くが、自ら死を選ぶほどの元気すらないようだ。

 

 電子音が響き、彼女は02(ゼロツー)から今回の事件をどう隠蔽するか報告を受ける。

 ふたつの死体が出てしまった事件を覆い隠すのは一億総監視社会たる現代では不可能に近い。また、ラビは特務捜査課においてけして地位が高いわけではない。強権を振りかざして他の班を動かす……といった大技は出来ない。

 

 ゆえに今回は事件の発覚を遅らせることにした。野咲灯花(とうか)の父親に急な出張を入れて家に帰させなかった。その間にふたつの死体を風呂場で解体(と言っても血を抜くだけ)をラビが担当し、重量が減って49キログラム以下となった死体を02が瞬間移動で別の場所へ送った。

 

 灯花の異能(フィリア)は自身の血の匂いを嗅いだ者を操るというもの。けれど、異能(フィリア)が働くのは偏執者(パラノイア)が生きている間だけだ。死体となった彼女にこの世界へ干渉するすべは無い。

 

 幸いなことに灯花は自身が起こしてしまった事件のおかげで不登校であったし、彼女の母親は専業主婦だ。しばらくは誤魔化し続けられる。けれど、片方ならともかく両方が死亡しているため、行方不明とお茶を濁すのは難しい。

 

 灯花が母親を刺殺し、そのあと自殺した……というところが安牌なのだが、もし詳しく死体を調べられた場合、そうでないことが簡単に分かってしまう。

 ラビは自分が責められるのはともかく、何の罪も無い恋人を犠牲にしたくはなかった。

 

 恋人。紋藤夢与(むよ)は半村ラビの恋人だ。最初は別班(べっぱん)全体への協力者として育てるだけのつもりだった。

 02がリストアップした生徒の中で紋藤は最も責任感が強く、同時に劣等感に溢れていた。その精神を御するのは人心掌握のすべを鍛えられたラビであれば容易なことだった。

 

 だが、もはやそれだけではない。いや、間違いなくラビは紋藤に囚われていた。こちらが向けた擬似的な愛を彼女は本物の愛で返してくれる。肉体的接触を求める性欲はあるにしても、紋藤はラビの精神を重んじた。

 

 その彼女はいまラビがもたれるベッドに横たわっている。紋藤は灯花に操られ、人を殺した。幾度も幾度も死の感触をその柔らかな手に刻み込まれた。彼女に責任は無い。彼女は善意で行動し、偏執者(パラノイア)につけ込まれただけだ。

 

 けれど、紋藤はそうは考えないことは明白だった。一方的に悪意に蹂躙された身でありながら、自己に責任を見出す。

 そんな彼女にラビは知らず知らずのうちに幼いときの自らを重ねて、好ましく思ったのだ。ならば、いかなる慰めも紋藤に届きはしないと分かっていた。

 

「らーーー♪」

 

 だから、ラビは歌う。歌声が聞こえるということは隣に誰かがいるということ。悲しみに寄り添う恋人がいると感じさせたかった。

 言葉はいらない。ただ歌声に感情を乗せてゆく。

 

 圧倒的な歓喜で悲しみを塗り潰す。

 

「ら〜〜〜♪」

 

 奔流のような愛情で苦しみを押し流す。

 

「ら〜ー〜ー♪」

 

 歌詞があれば歌詞の意味で伝わってしまう。ラビが伝えたいのはそんなものではない。もっと漠然としている不明瞭で曖昧なものだ。

 

 そうやってラビは愛しい恋人のために歌い続けた。いつしか空は明るく、夜明けに近付いていた頃、布団をめくる音に振り向く。すると、真っ赤な目をした紋藤がラビを見つめていた。

 

「ラビさん、あたし」

 

「何かしら」

 

「今日のこと一生忘れない。灯花ちゃんのおばさんを殺してしまったことだけじゃなくて、ラビさんがあたしを強く想ってくれていること。心に刻んで生きていく。だから」

 

 未だ涙は枯れることはない。けれど、紋藤はもう「死にたい」とは言わないだろう。そんな確信と共にラビは彼女を見つめ返す。目は口ほどにものを言う。

 その先、ふたりは言葉を発することはなかった。抱擁とキス。そこから始まった彼女たちの“愛情表現”はその大いなる熱が収まるまで続けられたのであった。

 

 

 

 

 

 刈園高校の屋上付近の階段にて。朱里(あかり)は購買で買ったパンをもしゃもしゃと食べながら真衣の美脚をじろじろと見ていた。傷ひとつなく、輝きすら放っているのではないかと思えるほどに綺麗だ。触ってみたいと常々考えているのだが、紋藤のような勇気は無い。

 

「うちのクラスの男子どもにはくれてやりたくないなぁ」

 

 と呟くのがせいぜいだ。

 

「また言ってら。朱里は彼氏いるくせにうちは許されないってわけ?」

 

「それとこれとは話が別! あーしは真衣と夢与ちゃんには幸せな恋愛をしてほしいの」

 

「……夢与ちゃんさぁ、ラビちゃんに騙されて付き合わされてるわけじゃないよね? 今日はふたり揃って休んでるけど」

 

「大丈夫でしょ。最初は正直怪しかったけど、今はふたりとも互いのことを想ってるよ」

 

 恋愛弱者の真衣が不安そうに漏らした本音を恋愛巧者の朱里はバッサリと切り捨てる。確かにそう思うのは仕方ないだろう。

 ラビに一目惚れした紋藤ではあったが、どう考えても彼女の方から告白するほどの行動力があるとは到底思えなかった。

 

 そんなふたりが次の日には付き合っていて、教室でイチャイチャしていた。紋藤を知る者であれば有り得ないと目を丸くするのも仕方ない。実際、朱里も紋藤を弾除けに利用しているのだろうと考えていた。

 笑いながらも、ラビはどこか冷めた目をしているのは人間関係構築巧者として多くの恋愛相談を受けてきた彼女には手に取るように分かった。

 

 けれど、だからこそ、ラビが目に見えて紋藤に惚れてゆく様子も伝わってきた。紋藤夢与は朱里にとって自慢の友である。そんな彼女が初めて抱いたであろう愛を向けられて平気な人間がいるはずもない。

 

「それより」

 

 と朱里はその話を打ち切った。真衣に胸の内を明かすのは簡単だが、それはあまりにも野暮だった。本人が語るまでこちらは黙っていようと朱里は考えたのであった。

 

「何か面白い噂は無いの? 今朝の事件は置いといてね」

 

 真衣は刈園高校きっての情報通だ。どのルートから仕入れているのかは分からないが、ありとあらゆる物事を知っている。とは言え、所詮は噂なので信じるかどうかは別問題だが。

 

「あー。1年の無島(なきしま)亞里亞って子いるじゃん。青いメッシュ女子。めちゃくちゃチョーシ乗ってたみたいだけど、最近フラれたらしい。しかも、その相手ってのが駒田(こまだ)なんだよ! ウケる」

 

「へー。駒田に告白するとかセンスあるじゃん。一見さんにはあいつ、ただのデブだし」

 

「いやいや、センス無いでしょ……。朱里と夢与ちゃんは謎にあいつを評価してるよね。確かに性格と声はいいけど、見た目と素行が絶望的じゃん。授業中にポテチ食べるとかヤバイよ」

 

 駒田圧司(あつし)。クラス内で一番発言力を持った男子生徒だ。高校生活を送ることが出来るギリギリの肥満体をしており、常に何かを口にしている。徹底した節制でその自慢の美脚を保っている真衣からすれば、彼は侮蔑の対象なのだろう。

 

「あーしからすればそのストイックさは褒めてやるべきところだと思うけどね。駒田にとって食べることは苦痛なものに見える。それを毎日やってるんだから大したタマでしょ」

 

「分かっんねーわ、うちには。……てかさ、なんでその子を振ったのかな、駒田は。亞里亞はマジで美人だよ? ラビちゃんに匹敵するんじゃねーかとうちは評価してるし」

 

「人間、顔じゃないってことかも」

 

「あーなるほどね。朱里の彼氏もイケメンとは言いがたい顔してるしねー」

 

「んだとコラァ!!」

 

 ぶるんと朱里の“山”が吠える。「ごめんごめん」と謝るものの真衣は笑いを噛み殺し切れていない。朱里は彼氏の何とも言えない塩顔を思い出して「人間、顔じゃないもん……」と自分に言い聞かせるように呟いた。

 

「でもさ、それを言うなら天開(てんかい)先輩の方が不可解なんだよね。駒田とは比にならないくらい告白されてるのに誰とも付き合ってないし」

 

 5個目の菓子パンをもぐもぐ食べながら朱里は真衣に問いかける。真衣は梅干しを箸でつまみながら答えた。

 

「仕方ないんじゃね? 天開先輩と付き合ってみ? 刈園高校の女子の大半を敵に回すよ。天開先輩はめちゃくちゃ優しいって噂だから気遣ってくれてるのかも」

 

「謎は深まるばかりだなぁ。夢与ちゃんはどうおも……あ」

 

「あはは。今日は……いや、今日も夢与ちゃんはいないよ。最近、ラビちゃんとばかり昼ごはん食べてるもんね……。うちはさみしい」

 

「あーしも」

 

「…………てか、朱里は今朝の事件について何も気にならないわけ? うちらも当事者なわけじゃん」

 

「んなキモいやつのことなんてどうでもいいよ。どうせ、大した情報も無いでしょ?」

 

 今朝、バレー部の朝練を終えた女子生徒が更衣室でカメラを発見した。彼女の提言によってすべての更衣室が捜索されて、山のようにカメラが見つかったのだ。当然、学校側は警察に通報したが、真衣が内部情報を手に入れているわけがない。

 

「ふふ、うちは舐めない方がいいよ? 実はさあ、犀山(さいやま)が怪しいってマルタ先生が教頭に話してるの聞いた子がいるんだよね。絶対あのハゲが犯人だよ!」

 

「マジ? うっわ……なんか気持ち悪くなってきたわ。メロンパン吐きそう……」

 

「わわ!大丈夫!?」

 

 朱里の気分が悪くなった原因は大量の菓子パンである可能性が高かったが、真衣はそれに気付かずに友人の背中をさすった。

 

 

 

 

 

 彼女たちの死角にいた“彼”がふたりの会話を聞いていたことに気付く者はもちろんいない。

 

 別班から逃げるように行方をくらませた犀山がわざわざ危険を犯してでも更衣室にカメラを仕掛けるわけがない。けれど、犀山は生徒たちに苦々しい感情を持っていたのは確かであるし、疑われても仕方のない振る舞いであった。

 

 “彼”は自分が求めていた少女がここにいないことに落胆しつつ、その場から去る。

 盗撮の犯人であり、連続殺人犯である“彼”は体中を巡る確かな熱を感じていた。

 

「ハァハァハァハァ…………焦らすね」

 

 刈園高校にて。“彼”は底知れない悪意を蠢動させている。その牙はもはや他者からのコントロールを受けないほどにまで鋭く尖っていた。

 

 紋藤夢与を取り巻く環境の中にその悪意は潜んでいる。彼女がそれを知ることになるまで、そう時間はかからなかった。

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