本気を出すときメガネを外す美少女【完結】   作:ササキアンヨ

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気分的にはラストスパート


8、譲れないもの

  刈園(かりその)高校にて。未だ捕まらない猟奇殺人犯のことよりも、生徒たちの話題に登るのはやはり盗撮の犯人の話題であった。刈園高校の生徒が殺されていないというのも関係があるかもしれない。

 大量のカメラは既に警察が押収しており、その入手経路を調べればおのずと誰が犯人なのかは掴めるはずで、警察に尻尾を見せない狡猾な殺人鬼よりも簡単に捕まるのではないかと噂されている。

 

 沈んだ顔の女子生徒もおり、事態が沈静化するのを待つ動きもある。

 

 けれど、女子の大多数の意見はそうではなかった。殺人鬼は間違いなく死刑だ。けれど、盗撮魔は捕まっても数年で出所するだろう。自分たちの人生を脅かしておいて、のうのうとこの先も生きていく盗撮魔に対し、怒りを募らせていた。

 

 そして彼女たちを昂らせている人物がいる。3週間ほど前に刈園高校へやってきてそのカリスマを発揮している少女……半村ラビである。

 

 ラビは落ち込む女子生徒を慰めつつ、その心を巧みに操作する。自分たちの人生の損失に対し、盗撮魔の処分は軽くなりそうだともっともらしいことをそれらしい顔で言う。

 

 その傍らにいるのは彼女の恋人である紋藤(もんどう)夢与(むよ)、そして校内でも随一の発信力を誇る焚島(たくしま)真衣と男女ともに慕われて顔の広い蝋坂朱里(あかり)である。

 校内で行われたセンセーショナルな犯罪行為に対して及び腰であり、カウンセラーを派遣することにも反対意見を出した教師陣などもよりも、その4人の顔触れはよほど説得力のある組み合わせだったとも言える。

 

 彼女たちは言った。「戦え」と。相手を許さず憎み続けること。処分が軽ければそれに異を唱えること。そして。

 

 もし、被害者が少なければ、そのほとんどは泣き寝入りしたかもしれない。人を恨むのには多大なエネルギーが必要だ。

 だが、カメラは校内すべての女子更衣室で見つかっている。つまり、刈園高校すべての女子生徒が被害者であり、盗撮魔を共に弾劾する仲間がそれだけいるということに他ならない。数の力は偉大である。

 

 そんな抗戦運動が始まって3日。ラビたちのスマートフォンが引っ切りなしに鳴っている。動きの無い警察に痺れを切らせた生徒も中にはいたようだ。

 結果的にラビたちの元には多くの情報が寄せられることになった。噂話に慣れている真衣と朱里が精査し、特に確度の高い情報をラビと紋藤がチェックする。

 

 ラビたちはなぜそんな行動を起こしたのか? それは非常にシンプルな理論。ずばり盗撮魔イコール殺人鬼。

 

 被害の多さに比べて警察に動きが鈍いのは特務捜査課が犯人を支援しているからそうなっているのではないか。さらに犯人が偏執者であるということはそのトリガーに盗撮が必要な行動だったのではないか。と、考えたのである。

 

 警察内部の情報を抜き取って報告したのは02(ゼロツー)であるが、その考えに至ったのはラビだった。そして、別班(べっぱん)が信用出来ない以上、情報網はイチから作り出さなければならないラビたちにとって、盗撮魔の正体を知ることは殺人鬼の撃破にも繋がるのだ。

 

 もちろん真衣と朱里はそれらを知らない。被害者の代表として立ち上がったラビと紋藤に協力しているだけだ。ふたりは紋藤の中にある確かな正義感を信じていたし、ラビの「戦え」という意見にいたく感心していた。

 

「ねぇねぇ、これ怪しくない?」

 

 真衣がそんな声を上げる。これまで寄せられてきた情報の中でもモノが違う……と判断した結果である。緊迫感のある声にいちはやく反応した朱里と紋藤が彼女のLINEに寄せられた画像を見た。

 

 それはある男子生徒がたまたま写りこんでいたものであった。メインの女子生徒から少し離れたところでスマートフォンを校舎に向かって構えているのが見える。ひどく興奮しているのか、その顔はいつもの彼を知る真衣と朱里からすれば歪んでみえた。

 

 ラビはその写真を確認し、保存する。別班で長らく偏執者(パラノイア)を相手にしてきた彼女は彼こそが犯人であると確信した。けれど、そのことは真衣と朱里には話さず、夕方になったことを理由にその場を解散する旨を告げる。

 

「真衣と朱里も気を付けて帰ってね」

 

「もちろん。男子に送って行ってもらう予定だし! ラビは夢与ちゃんをしっかり守るんだよ? 夢与ちゃんもラビちゃんを守ってね?」

 

「分かってるってば。じゃあ、また明日」

 

 真衣と朱里はこの3日間、部活に出ていなかったため、帰る前に挨拶をしてくると言って離れた。ラビと紋藤は彼女たちに感謝しつつ、玄関へ向かう。放課後とは言え、玄関にはそれなりの生徒がおり、それぞれが雑談に耽っていた。

 

「よう、今から帰りか?」

 

 ふたりに声をかけたのは肥満体の男子生徒、駒田圧司(あつし)であった。クラスメイトとしてそれなりの親交がある紋藤は彼が手をあげたのに合わせてハイタッチ。

 実を言うと彼はふたりの協力者のひとりであった。駒田が収集した情報を得るため、ラビは紋藤と別れる。

 手を振りつつ離れていく紋藤に駒田は視線を送り続けていた。

 

 

 

 

 

「ハァハァ……ハァハァ……ハァハァ……」

 

 少年は興奮に喘ぐ。彼が熱心に見つめるスマートフォンの先には少女がひとり。金に染まったセミロングの髪で刈園高校の制服であるブレザーの上から短めのコートを身に付けた彼女は人気のない道を歩いている。

 

 無防備な姿だ。隙のある見た目だ。刈園区という少年の狩場にいながら、自分の命が儚いものであると自覚していない顔。

 

 その顔が恐怖に彩られ、苦痛に満ちたものへと変貌する様子をスマートフォンの上から見る行為は異能を発動するためのトリガーとしてだけではなく、人とは違う能力を持っているという絶対者としての自負の現れでもあった。その優越感は最初の殺人に手を染める前から少年が感じていた隔たりを肯定してくれた気がした。

 

 ゆえに彼は少女を殺す。

 彼が絶対者として君臨しつつも、表では普通の人間のフリをしつつ他者と交流するため。

 厳しい社会を何のストレスも無く生き抜いていくため。

 少女の死を鑑賞し蒐集し最後には棄却し忘却し、その人生そのものを嘲笑するため。

 快楽のため。

 

 ただただ自身の利己的な欲望を自覚していないわけではない。彼は彼の振る舞いが巨悪だと分かっている。であるからこそ、普段は清廉潔白な振る舞いをしているのだから。

 

「やぁ」

 

 少年は少女に短く声をかける。ひとり夜道を歩く紋藤夢与に。その爽やかな声は。整った顔立ちは。誰からも称賛される人気はこのためにあるのだと信じている。今からこの少女を痛めつけて殺すのだ。笑いを噛み殺しつつも油断していた。

 

 だからこそ、空気を裂く音に反応出来たのは奇跡と言って良いかもしれない。

 

 紋藤の脇腹を斬るために発生させた斬閃が彼女が最小限の動きで振るった漆黒の刃を()()()()受け止めていた。何が起こったのか一瞬、判断を付けられずにいた彼の後方で塀を蹴る音が響く。

 黒いセーラー服を着た美少女、既にメガネを外している半村ラビが日本刀でこちらの腕を……いや、スマートフォンを破壊しようと大きく振りかぶっていた。

 

「なるほど」

 

 一秒以下の世界で少年の周りを風の如き刃が渦巻く。その刃に突っ込む形となったラビだったが、刃に引き裂かれる寸前、足に蛇のような矢印が巻きついて彼女の体を強く後ろに引っ張る。少年を前後に挟み、ラビと紋藤は彼を強く睨む。

 

「待ち構えていたのか、俺を。紋藤は演技が上手いな。素知らぬフリをしていたわけだ……そして半村ラビ。話だけは聞いていた。おまえは別班におけるもうひとりの“育成枠”。つまりは訓練された偏執者(パラノイア)。いつかおまえとは勢力争いをしなきゃならないとは思っていたが、ここで済ませられるなんてラッキーだ」

 

「どうしてこんなことを。天開(てんかい)先輩!」

 

 盗撮魔にして殺人鬼は天開終介であったのだ。彼はツイストパーマのかかったやや茶髪の美少年である。身長も高く、性格も成績も家柄も運動神経も良い完璧な存在だったはずだ。

 

「どうして? そんな下らない質問はよせ。ここで俺が深い理由を話せば見逃してくれるのか? いや、そうじゃないだろう?」

 

 天開は劣勢に置かれているはずだ。なのに、余裕を崩すこともなく、余裕たっぷりにスマートフォンを掲げている。まるで、目の前で起きていることが現実ではないと言いたげに。

 予想を裏切るその態度に紋藤は視線を引き寄せられていた。

 

「なるほどな。ここ最近派手に動いていただろ。何のつもりかと思っていたが、そうか。盗撮カメラを暴かれて俺が焦れると思ったんだな。これは紋藤に注目を集めて俺を誘い込むための罠だったわけだ。もし、紋藤ではなく、半村を狙っていたら、紋藤の素人くさいナイフじゃなくてその矢印で殺されていた」

 

 それは彼が買い被り過ぎなのかもしれない。けれど、実際、狙われているのがラビであったなら、もっと事態は簡単に片付いたと言えよう。

 

「それは無いでしょう? これまでの被害者の顔と紋藤さんの顔は系列が似てるから」

 

 そうはならなかった理由をラビは導き出していた。犯人の嗜好をプロファイリングした結果である。天開は意外そうに目を細める。

 

「よく分かってるじゃないか。俺は美女顔は苦手でね。幼さの残るかわいい女の子が俺の獲物だ。……ところでひとつ分からないことがある。半村は俺の後方から機会を疑っていたわけだが、奇襲のタイミングがあまりにもバッチリ過ぎた。紋藤と半村が同時に仕掛けるという連携をするには俺の位置が問題になるだろう」

 

 天開の言葉は呟くように語られ、無人の街並みに染み込むように聞こえる。まるでテレビに喋りかけているみたいな遠さだった。

 

「別班があなたを支援しているのは理解していた。それならば、サポートメンバーとして琴城羽常(はつね)がいることは分かるでしょう。つまり、羽常の手で周囲一帯がゴーストタウン化したらそこで襲うのだと簡単に推理出来る。偏執者(パラノイア)である私には【私は最凶♪(ウタイドリ)】は効果が薄いもの」

 

「なるほどね」

 

 天開はそれで納得したようだが、ラビにはまだ確認すべきことがある。

 

「そしてあなたのトリガーはスマートフォン越しあるいはカメラ越しにものを見ること。即ち……窃視。あなたのスマートフォンを破壊すればこちらの勝ちね」

 

「出来るかな?」

 

 天開は斬閃を複数展開する。作り出された紫色の刃は三日月の形をしていた。相手の攻撃が見えるのであれば、対処は難しくない。問題になるのは強度。

 

 斬閃がラビと紋藤に殺到する。紋藤は後ろに下がって躱しつつも距離を取りすぎない。離れ過ぎれば【裸針盤(ワイルド・コンパス)】の射程から出てしまうからだ。

 ラビは矢印を這わせ、斬閃と交わる。その強度は互角と言えた。

 

 これは驚くべきことである。ラビの【裸針盤(ワイルド・コンパス)】から生み出される矢印は力の概念そのものと言っていい。例え100倍の身体能力を持っていようが、その体を一ミリの隙間無く締め付ければ、無意味なほど。異能の中で頭ひとつ抜けているのは矢印の性質によるものだろう。

 

 ならば。ここで改めてラビは合点がいった。相手の異能(フィリア)と自分の異能(フィリア)は本質的には同じモノなのだ。効果の差異こそあれど、あの斬閃もまた力そのもの。斬るという概念だ。ならば、弱点も同じではないだろうか。

 

 まだ確信は持てない。それにどれほどの鍛錬を積んできたかは分からないが、この奇襲にあっさり対応したのを見るとかなり戦い慣れていることが分かる。

 

 一旦、ラビは紋藤を下がらせることにした。紋藤は走り角を曲がる。2対1という優勢は崩れたものの、天開ですらも紋藤が逃げたとは思っていない。今度はどこから奇襲をかけて来るのかをラビと戦いながら、注意しておかなければならない。

 

 一呼吸置いて日本刀で切りかかる。迎えうつ斬閃は4つ。日本刀の周りに矢印を纏わせているため、斬閃を弾くことが出来る。

 けれど、ジリジリと天開は下がってゆく。間合いを詰めること自体は簡単だが、まだ敵の攻撃を見切れていない。

 

 天開の顔に焦りは無い。本気の殺し合いなど初めてであるはずだが、その貫禄はかなりのものであった。攻撃の圧力はだんだんと増してゆく。斬閃の数は8、9、10と増える。だが、そのぶん小さくなっているのが窺えた。

 ラビは矢印を発射し、迎撃。11、12、13。

 

「分かってきたぜ。おまえの矢印、個数制限があるようだな。あぁ、分かってるさ。俺のもそうだって言いたいんだろ。因果なもんだな。……俺がここまで追い込まれるとは意外だった」

 

 自信満々に言い切る天開に対し、妙な違和感を覚えつつもラビは観察を忘れない。

 12、13、14。ここだ!

 すべての斬閃を撃ち切ったタイミング、ラビは通信で紋藤に指示を送る。天開の後方上空に02の空間移動によって紋藤は現れていた。初めて02と言葉を交わしたとき、紋藤の体重は52キログラムであった。けれど、いまは体が絞られ49キログラムになっている。努力の成果はここにも出ているのだ。

 

 紋藤の足に巻き付いた矢印が天開へのルートを導く。完全なる死角。矢印が巻き付いた黒曜石のようなナイフが天開の首を切ろうとする寸前。天開の全身から毒液のようなものが迸った。

 

 ナイフが溶けてそして紋藤は跪いてしまう。顔と腕を焼く毒の強烈な痛みに意識を保てない。ラビが彼女の元へ矢印を走らせる前に、再び現れたひとつめの斬閃が紋藤を深く切り裂いた。ギリギリで両断は免れたようだ。

 

 

 けれど……それはどう見ても致命傷。

 

 

「紋藤さん!!!」

 

「ハァハァ……ちょっと危なかったな。けど、驚いてくれて良かったよ。俺はただの偏執者(パラノイア)じゃない。別班の“育成枠”になれるほどだぜ? そんじょそこらの偏執者(パラノイア)より優れた点があるからこそ選ばれたのさ」

 

「まさか、二重偏執者(ダブルパラノイア)なの!?」

 

 声を震わせるラビの言葉に天開は頷く。二重偏執者(ダブルパラノイア)とはその名の通り、2つの異能(フィリア)、2つのトリガーを併せ持つ存在のことだ。ラビは教本でしかその存在を知らない。

 

 目の前にいるのは伝説の存在だと言えよう。

 

 しかし、そんなことが些事に見えるほど、紋藤は重傷を負っていた。あれで助かるのだろうか。ラビは紋藤の元へ走りたかった。だけど、彼女が負った傷を無駄にするわけにはいかない。

 

『紋藤はオレが回収する。おまえは戦闘に専念しろ!』

 

 その通信とほぼ同じく戦場にはひとり肥満体の少年がいた。

 02こと駒田圧司であった。彼の【鯨因(リヴァイアサン)】は触れたものを空間移動させる力だ。基本的には50キログラム以下のモノでなければならないが、自身を移動するときは別である。

 

 突如現れた駒田に「男と死体には興味ないよ。さっさとどっか行ってくれ」と天開は言い放つ。駒田は彼をギロリと睨みつけ、瀕死の彼女を連れていずこかへ消えた。

 

「さて分かったか? 俺の【致命の掌(デス・チェイス)】と【獣涎香(アンバーグリス)】の強さがよ。もう邪魔者は入らなさそうだし、せっかくだから刻むか。俺の好みの女ではないが、これはこれで良い経験だ。興奮してきたぜ」

 

「下衆が」

 

「その下衆に負けそうになってるおまえは何なんだ? 第一、おまえは俺を殺そうとしているんだろう? ならば殺人鬼とどう違う?」

 

 ラビが初めて殺したのは犀山瞋恚地郎(しんいちろう)であった。その次に殺したのは野咲灯花(とうか)。そしてこれから天開終介を殺す。それらはけして任務のためだけではない。愛しき恋人、紋藤のためでもあった。少なくとも自身の欲望を満たすためのものではなかった。

 

「あなたは哀れな人よ。罪を背負わず抱え込まず。悲しまず怒らず喜ばず、空っぽの人生ね」

 

「何を言っているのやら……」

 

 天開は理解に苦しむといった顔つきをしている。彼はこれからラビを殺す。気に入らない顔をしているから、顔を寸刻みにしていこうかと考える。

 そのときの歓喜たるや! 死んでしまいそのオモチャがもう動かなくなったときの悲嘆たるや! 少女が無駄な抵抗を続け暴言を吐かれたときの憤怒たるや!

 

「半村には想像出来ないんだね。まぁ、どうせここで死ぬんだ。せっかくだから、本気の殺し合いと行こうか。斬閃と猛毒のフルコース、とくとご堪能あれ!」

 

 ラビは意味の無いイフを考える。もし、自分たちが本当の警察官であれば、現行逮捕も可能であり、手元には銃もある。そうであれば、誰の犠牲も出さずに解決出来た事件がいくらあっただろう。

 

 泣き言は言わない。それが別班の半村ラビ警部補としての自負であった。譲れない自負と邪悪な自負がぶつかり合う。

 夕暮れから夜に変化しようとしていた。

 




次も読んでいただけると嬉しいです!

今回の敵
天開終介(18)
異能
【致命の掌】(デス・チェイス)
紫色の斬撃を発する。斬撃は「斬る」という概念そのものである。
一度に出せる数に限りがあるようだ。また、多く出すとそのぶんサイズが小さくなる。

トリガー
窃視。何かを“覗き”見ているとき異能を発動可能に。戦闘時にはカメラを通して世界を見ることで発動させている。

【獣涎香】(アンバーグリス)
相手を溶かすほどの毒液を体から発する。

トリガー
???
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