『すぅー…すぅー…』zzz
「すぅー…すぅー…」zzz
もぞもぞ
もぞもぞ
『ううん………すぅー…すぅー…』zzz
もぞもぞ
『うん……?』
エアグルーヴが目を覚ますにはまだ、いささか早い時間
朝日が差し込み眩しい視界に愛する夫の姿はない
『春翔さん……?』
トイレにでも行ったのだろう
そう思って再び目を閉じると…
『ん?』
腹部になにやら温かい塊
心当たりがある
撫で回すとしっぽもウマ耳もない
結翔か
しかしながら、服を着ていないようだ
まだ自分で着替えが出来る年ではないのだが…
着せてやろうと布団を捲ると……
『!?』
驚いた
2点
1つは、ベッドのなかに結翔のパジャマがなかったこと。代わりに夫が昨晩着ていたパジャマがボタンの閉じたままであった
もう1つは、
カラダ中に無数の傷痕があったこと
結翔は私と春翔さんの大切な愛おしい息子だ
当然、私も彼も子どもたちに手をあげたことなどない
そして、私はその傷痕に見覚えがあった
よく、似ている
ほぼ同一人物だ
ただ、光に透かせてみればよく分かる
息子の髪は私に似てほんのりグレーがかっている。そして、目も青みがあるのだ
しかし目の前の幼子にその特徴は見られない
『春翔さん……なのか…?』
目の前の子どもが夫なのではないか
とんでもない暴論なのは承知のうえだ
でもそれなら全て説明がつくのだ
パジャマも傷痕も、なにも、喋らずにいることも
『春翔さん……いや…春翔、くん……?』
なぜだか緊張しながら彼の名を呼べば
その子はびっくりしたように、でもおどおどと私を見上げて目を開けた
綺麗な目は震えていて、その奥には怯えが見えていた
年ごろは結翔と同じくらいか、それより少し幼い
その頃の彼は………
「わっ……」
気がついたら抱き締めていた
驚いたのか、ウマ娘にしか聞こえないような、小さな声をあげたが関係ない
次第に目が熱を帯びてくる
『っ!春翔さん……!痛かったよな……辛いんだよな…!』
『大丈夫…大丈夫だ……私が守ってみせるからな…』ナデナデ
都合の良い解釈
きっと、別世界の彼が私に会いに、助けを求めに来てくれたんだと
それでもいい
救ってあげたい、助けてあげたい…愛して、あげたい
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幸いにも今日明日は休日で、妹夫妻に子どもたちを預かってもらうことができた
以前から、自分達に子どもが生まれたときのために面倒を見させて欲しいと言われていたので丁度よいタイミングだったのかもしれない
いつまでも裸で居させるわけにもいかないと、取り急ぎ息子の服を着せてみるがブカブカだ
『細いな……』
普段から子どもと接しているし、幼少の時制からウマ娘として力の制御はしているものの、少し間違えただけでポキッと簡単に折れてしまいそうなカラダだった
腹部も、全体的に子どもらしいむちむちボディの息子と比較するまでもなく骨が浮き彫りになり、生きているのが不思議なくらいだ
どうにかしてやりたいが、どうにも出来ない
なんせ私は医療の心得なんてものは無ければ、保険証や身分証のない彼を病院に連れていってやることも出来ない
下手すれば息子への虐待を疑われて多方面に迷惑をかけることになる
夫が突然若返ったなんて誰にも信じてもらえないだろう
『カラダ、痛くないか?』
恐がらせないように優しい口調で、目線も合わせて話しかける
彼の反応は
「……」
返事どころか首をふることもしない
ただびくびくと怯えるだけ
先ほど急に抱き締めたのが良くなかったのだろうか………申し訳ない
『春翔くん……いや、』
『はるくん?』
幼少の彼はなんと呼ばれていたのだろうか
きっと自分の名前くらいは認知していると思うが、彼を虐待する両親と同じように呼んでは更に恐がらせてしまうかもしれない
そう考えてエアグルーヴは普段ではまずしない、くん呼びを試してみた
『はるくん、お腹減っているだろう?朝ごはんを食べよう』
もちろんノーリアクションだ
手を繋いでリビングに行こうとしたが動く気配がない
仕方なく抱っこで連れていくことにした
が、
正直様子を見ている限り、食べてくれる自信はなかった
とにかく冷蔵庫にあったヨーグルトやゼリーなども並べて見せるが一向に口を開かない
白米やお味噌汁、サラダなんかについては言うまでもないだろう
無理に食べさせて喉をつまらせてはいけないため、口元までスプーンを持っていったり、右手にスプーンを握らせたり……
いくつか作り置きしてある彼の好物を並べても食べる気配がなかった
『はるくん、一口だけ、ちょっとだけでいいから食べてみないか?』
「……」
返事は返ってこないが、不安そうに回りを見る彼の目が一瞬、止まった
その視線の先にあったのはパン
なんの変哲もないロールパンだ
『これが気になるのか?』
『食べていいぞ』
目の前に出されたパンに視線は釘付けになり、私の言葉にもピクリと反応を示した
そして何度か私の顔とパンとを見比べて逡巡した後、震える小さな手でパンを掴みかぶりついた
「!」モグモグ ゴックン
一口噛んで飲み込むと、驚いた顔でパンを見つめる
感触を確かめるように細い指でつまんで、またびっくり
ひとくち、ふたくち…
美味しそうに頬張るが、このままでは喉につまらせてしまうかもしれない
『はるくん、これも飲んでごらん』
迷う仕草は見せたものの喉は渇いていたようでプラスチックのコップに半分ほど入っていたオレンジジュースをごくごくと飲み干した
きっと話しかけてもまだ返事はくれない
反応を見るに、まだジュースは飲みたいのだろうと、今度は8割ほど注いでやる
そのついでにジャムとスプーンも持っていく
『ほら、これも付けて食べてごらん』
彼が次に口をつけるであろう部分にイチゴジャムを乗せてやれば、小さなお口を目一杯開けてパクリ
陰りのある瞳がきらきら輝いて、表情も明るくなった
イチゴだけでなくマーマレードやブルーベリーのジャムも試したりしていたらパン1つをペロリと平らげてしまった
もっと食べさせてやりたい気持ちはあるが急にたくさん食べてはお腹を壊してしまうかもしれない
それに、パンは最後の1個のだ
そんなにパンが好きだったのだろうか、今度は(あるかは分からないが)尋ねてみよう
さっきよりは心を開いてくれたであろう彼の手を引いて洗面所に向かう
歯ブラシをするためだ
ストックの子供用歯ブラシを水で濡らして口を開けさせる
痛くないように優しく優しく磨いて口をゆすがせようとしたのだが、
「……」ゴクン
飲んじゃった
磨いていて思ったのだが(思ったと言うより確信した)ちゃんとした歯磨きの経験がないようだった
歯みがき粉をつけないで正解だったな
迂闊に外に出す訳にはいかないので子どもたちが良く見ている番組やぬいぐるみ遊び(私から一方的な)をしていれば、時間が経つのは速いものだった
昼食や夕食(パンはなかったのでおにぎりを食べてくれた)はもちろん済ませ、残すは入浴と睡眠
服を脱がして浴室に連れていくと私の手を振りほどこうとすごい抵抗を見せた
『はるくん?どうした?』
放っておいては風邪を引いてしまうし、私以外がいない中で目を離すのも心配なため少々強引に抱き上げ入浴をした
シャワーを嫌がる姿はシップを連想させた
ちゃんといいこにしているだろうか
タオルでしっかり拭き、ドライヤーを済ませるとうとうと船を漕いでいたためベッドに入り今日は就寝
頭を胸に抱え、背中をとんとんしてやればすぐに眠りについた
『とりあえずはなんとかなったな……』
普段自分の子どもたちをみているときとは違う緊張感で私も疲れていた
すると…
「うぅ……ごめ、なさい………まま、ごめん……なさい……」グズグズ
『!』
聞き覚えのない声
一瞬、自分をママと呼んだのかと勘違いしそうになったが、違う
『大丈夫、大丈夫だからな……』
彼を抱き締めていると急な眠気に襲われて私も意識を手放した
翌朝、彼は元の姿に戻り変な夢を見たと楽しそうに話してくれた
パンは好きじゃないらしい