たとえば、ヘアアレンジ
たとえば、結婚後に名前を書くとき
たとえば、良いデザインの服を見つけたとき
たとえば、食の細い彼女を気遣う男性を見かけたとき
たとえば、長い髪を耳にかける仕草をしているのを彼が見ていたとき
たとえば、ドラマでペットボトルが固くて開けられない女性に可愛いと言うシーンがあったとき
たとえば、
たとえば……
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『はぁ…』
考えても仕方がない
どうしようもないくらいに事実なんだから
私は自分がウマ娘であることを後悔したことなど一度もない…それどころか誇りに思っている
偉大な母の元で産まれ育ったことも、彼と共に歴史に残る蹄跡を刻んできたことも、道中で素晴らしい友人達に巡りあえたことも
それでも時々考えてしまう
いや、羨ましく思ってしまう
もし、私がヒトだったなら…
もっとオシャレが出来たのだろうか
今のような大人びた服装だけでなく、当時の年頃らしい可愛らしい服装
フリフリのワンピースを着て、待ち合わせをして、彼とデート
流行りのラブコメ映画を見て、空調が当たらないようにと席を交換して、上着を羽織らせてくれたり
感情移入して感想を言い合いながら、彼の半分の量のサラダやパスタを食べる
それでもまだ多くて、彼に少しだけ食べて貰う
食べるときに髪が邪魔にならないようにと耳にかける仕草にどぎまぎしてくれるのだろうか
ショッピングモールで買い物をして、たくさん歩き回ったら休むことを提案してくれる
私より先にお手洗いを済ませて、買ったジュースのペットボトルをあらかじめ開けておいてくれる
彼は、今よりも私を愛してくれたのだろうか
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「ウマ娘だから」ヒトよりも力は強いし、沢山食べる
「ウマ娘だから」体力も体の丈夫さも比べ物にならない
「ウマ娘だから」ヒトとは違う耳やしっぽの存在で、ヘアスタイルやファッションには制限がある
「ウマ娘だから」プールや温泉施設なんかはしっぽが湯船に入るからと利用を断るところだってある
「ウマ娘だから」アミューズメント施設や動物との触れあいにも制限
「ウマ娘だから」独占欲の強さから夫婦の中ではペットを飼う決断をするのも少数派
「ウマ娘だから」体温もヒトより2-5℃ほど高いから室温の調整も大変
「ウマ娘だから」春には発情期が来てしまう
「ウマ娘だから」その癖、愛するヒトとの子を産むのには膨大な苦労を伴う
それもこれも「ウマ娘だから」
私がヒトだったなら、そんな困難も制限もないのだろうか
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『はぁ…』
「エア?どした、さっきからタメ息ついて?」
『ああ、いや、何でもない。取り留めもないことだ』
『話すのも恥ずかしいくらいに、しょうもない事だ』
「えー?気になるなあ」
「どうでもいいことなら話してくれてもいいでしょ?ね、教えて?」
『…もしも、』
『もしもの、話だ』
「うん」
『もしも、私がウマ娘ではなかったら』
『ヒトの娘だったなら、と』
「んー?なんで?良いじゃんウマ娘」
『男性からしたら私たちのような健啖家で力も強い生物より、か弱く可愛らしいヒトの娘の方が可愛げがあるのだろう?』
『だから、もし私がヒトだったならと下らない妄想をな』
『ふっ…やめだ……やはり恥ずかしい、こんな下らない話』
「うん、下らないね」
『!』
下らない、と先にそう表現したのは私だ
こんな年にもなって、未だに素直に感情を出せない
だが、ショックだった
真剣に悩んでいたから
もっとも、彼はそんなことは知らないだろうが
「だってその場合さ、俺たち結婚どころか出会ってすらないんじゃない?」
「仮に結婚までこぎ着けてもマイやシップ、ショパンには会えないと思うぞ」
『…それは、そう、だな』
『それは望めない』
「俺はエアのウマ耳もしっぽも、綺麗な髪も、美しい走りも、沢山食べるところも、力持ちなところも、愛情深いところも、俺の子どもを産み育てたいと言ってくれたところも、全部」
「全部含めて大好きだぞ」ギュッ
『!』
「ウマ娘だから」彼と出会えた
「ウマ娘だから」彼を救えた
「ウマ娘だから」彼に可愛いと言って貰える
「ウマ娘だから」彼と結ばれた
「ウマ娘だから」愛する子ども達に恵まれた
「ウマ娘だから」母と同じように子ども達を導いていける
「ウマ娘だから」こんなにも愛おしいと思える
「ウマ娘だから」こんなにも愛されている
「ウマ娘だから」私は、私でいられる
これも、「ウマ娘だから」
名字を共に出来なくても、オシャレに制限があっても、どんな困難があろうとも
私はウマ娘で、幸せだ