「大丈夫だよエア」
『しかし…もう2日もすぎているんだぞ?』
『いくらなんでもおかしいだろう…』
子どもたちが寝静まったあと、夫婦の寝室…ベッドの上でお腹の大きなウマ娘はなにやら不安げな表情を浮かべていた
「きっと、この子はちょっとのんびり屋さんなんだ…エアが不安がったら赤ちゃんに伝わっちゃうぞ?」
『アドマイヤの時も結翔の時もちゃんと予定日には陣痛がきたのに…』
彼女の不安の種は出産予定日を過ぎているにも関わらず分娩どころか陣痛の気配すらこないことらしい
「とにかく安静にして休もう…出産には体力がいるだろう?」
『…あぁ』
「おやすみ」チュッ
『おやすみなさい…』
不安と不満を露にしながらも布団に身を包む
もしも赤ちゃんに何かあったら
もしも無事に産んであげられなかったら
もしかして何か良くないことをしてしまったのか
考えてはキリがない
のんびりとお気楽そうに自分を宥める夫にも少し嫌気が差していた
彼はお腹の子がどうなっても良いのか?
無事か否か気にならないのか?
まだ不安の収まらない私と対照に夫の寝息が聞こえる
『はぁ』
いくら不安が残るとはいえカラダは正直だ
出産に向けての気疲れに加え日中の家事や育児での疲労もたまっている私に眠らないなんて選択肢はなかった
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夢を見た
夢かも分からなかった
何かに…誰かに置いていかれるような気がして必死に地面を蹴る
蹴って
跳んで
また蹴って
でも
届かない
なぜ私は追うのか
奴は何なのか
何も分からなかった
睡眠時の特有の妙な温かさがこの時ばかりは気持ち悪かった
「はぁっ…はぁっ」
目が覚めると外はまだ暗い…眠ってから1時間と少しだった
まだ5月の中旬だというのに私の額や手のひらは脂汗で湿っていた
手もなぜか震えていて落ち着けない
幼少の時制に悪夢を見たときのようだ
普段は気にも止めない家電の音、起き上がるのにあわせて軋むベッドの悲鳴…夫の寝息でさえも妙に気になって仕方がない
寝よう
そう判断して掛け布団をつかんでいた右手をつくが
湿っている
手汗ではない
尻の辺りの違和感も認められてきた
ペタペタ
ペタペタ
自分の尻とベッドに触れてみるが、濡れていた
漏らしたか?この年で?どうして?
にしては尿の特有の香りはない
『!』
『春翔さん!起きて!起きてくれ!』
「んんっ…うぅ…なぁに?どした?」ウツラウツラ
眠っている夫を急いで叩き起こす
『起きてくれ!破水した!』
「!?」
その一言は彼を覚醒させるには充分な刺激だったようだ
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これまでの経験からまだ救急車を呼ぶには早いと判断して義実家に電話をかける
子どもたちを見ていて貰うためだ
プルルル プルルル
ピッ
お父様「…もしもし?」
「夜分遅くにすみませんお義父さん」
「実はついさっきエアが破水して…」
お父様「!わかった、すぐに向かう…病院か?」
「まだ家にいます」
ピッ
「エア、体調はどうだ?」
『体が辛いとかはないぞ』
「とにかく着替えようか」
「いまお義父さんに連絡したからもう少し家にいよう」
『ありがとう』
「うごけるか?」
『あぁ』
エアを着替えさせている間に水分補給栄養補給の準備をする
クルマに乗ることも考えて吸水シートも用意した
事前に準備しておいた出産グッズなどもそばに置いて、お義父さんたちが来たらすぐに家を出られるようにしてある
ピーンポーン
「!」
バタバタ
「はーい」
ガチャ
お母様「こんばんは。エアグルーヴは?」
「体調は大丈夫なようですが…」
お父様「とにかく病院につれていこう、私が運転しようか?」
「いえ、代わりに子どもたちを見てもらっても良いですか?まだ寝ているので」
お父様「あぁ、わかったうちの子たちも少し眠らせてやってもいいか?」
「もちろんです」
「エア、行こう」
『あぁ…』
エアを支えつつお義母さんと共にクルマへ乗り込む
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病院についてからが長かった
病院についてすぐに陣痛が始まったがそこから何時間もかかった
思ったように子宮口が開かずエアの顔色も思わしくなかった
汗をだらだらと流し青白い顔を苦痛に歪めて痛みに耐える
息も絶え絶え、ベッドの柵を掴む手も力なく震えてきていたときだった
女医「よし、分娩室に行きましょう!」
その声に反応してエアの耳がピクピクと動くもそれだけだった
「エア、水分補給してから行こう」
そう、伝えてウィダーインゼリーを飲ませる
吸う力もないようだったので少しずつ握って押し出す
女医「行きますよ!」
もう体に力が残っていたない妻を抱き抱えて車椅子に乗せる
分娩台に乗った妻に
「あとちょっと、もう少しだけ頑張ろう!」
そう声をかけて手を握り頭を撫でる
『あ、ぁ…』
『うっ!』
女医「痛みに合わせて息みますよー!!」
『ふうっっっ!!』
女医「もっと力いれて!!」
頑張る
頑張っている
だが力がない、体力が少しも残っていない
すでに限界を突破した状態で息み続けるが
赤ん坊の頭すら出てこない
だめだ
ははおやなんだ
産む
このこにあうんだ
このままじゃころしてしまう
長かった
永遠とすら感じられた
何も出来ず
頑張れ
頑張れ
もうちょっと
頑張れ
次第に静寂すら訪れようとしていた
その時だった
オギャー オギャー
無機質な部屋に生命の声が響いた
女医「おめでとうございます!とっても元気なウマ娘ちゃんですよ!」
『……やっと…あえたな…』
『よろしく…頼むぞ…ルーラーシップ…』