急に、
本当に急に
ふとした瞬間
不安になることがある
今の幸せを、妻の愛を疑う訳じゃない
でも
なんだか整理がつかなくって
おかしいだろって
思ってしまう
だってきっと、人の人生ってものは
幸せと不幸せとが半分半分で出来てて
死ぬときってのは、きっとその整合性がついたときなんだろうって
だから
だとしたら
おかしいだろって思ってしまう
だって俺は…
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生まれたときから
愛されたことは無かった
ビービー泣きやがってうるせぇガキだなぁ!
誰が好き好んでてめえのクソの世話なんかしてやるんだよ!
居るだけで迷惑なんだからせめて自分のことは自分でやれ
メシもフロも洗濯も全部てめえで済ませろ
穀潰し
アイツに顔似ててめっちゃ腹立つんだけど
ホントにサイアクだよね、何しに生まれてきたの?
あんたなんか産まなきゃよかった
タイミングミスって堕ろせなかっただけだし
産みたくもなかった
ほら、生まれて早々こんなことを言われるのだ
実の母に、産まなきゃ良かった
そんなことを言われるような人間なんだ
こんな暴言も、殴る蹴るの暴力も、タバコや熱湯での火傷も全部、日常茶飯事だった
それでもよかった
ひどいケガをすれば母が絆創膏を貼ってくれたから
きっと本当に死んでしまって警察沙汰になるのが嫌だったんだろうけど
それでもよかったんだ
そのときは俺を見てくれたから
触れてくれたから
さすがに母の彼氏にまで同等以上のことをされる理由はないと今でも思うが
母は俺を望んでいなかった
たまたま顔が好みだった男にヤリ捨てされて孕んで、やむにやまれず産むことになってしまっただけ
俺にはそもそも愛される資格がないのだ
俺はイレギュラーな存在
誰にも望まれず、憎まれ
ストレスの捌け口になるだけ
みんなが温かいお風呂や布団で眠ろうと、俺は玄関の冷たい床
みんながお母さんが作ってくれた美味しいご飯を食べている時だって、俺は夜中に親の食べ残しを探るかカビだらけのパン
みんなは望まれて産まれてきたから
だから愛される。最低でも親には。
それは俺にも同じだし、俺には当てはまらない
俺は望まれて産まれてきていないから
愛されない。親にすら。
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俺に暴力を振るう奴らがいなくなっても同じだった
俺は母の親戚だとかいう女のもとへ預けられた
いい人だった
見ず知らずの俺を仕事を掛け持ちして育ててくれるくらいに
本当に忙しくしていて、幼い頃はお惣菜
中学生になる頃にはお金をおいて仕事に行き、俺はそれで食事を賄っていた
しかしその人は亡くなった
過労だった
葬儀で知らないおじさんに胸ぐらを掴まれて言われた
おまえさえ、おまえさえいなければ彼女と結婚できたのに
なんでおまえなんかを彼女が育てなくちゃいけないんだ
お前なんていなければ良かったのに
親に似て最悪な奴だ
何よりショックだったのはその台詞だった
「親に似て最悪」
俺にとっては呪いのような言葉だった
最悪なのもいい、いなければ、産まれてこなければも聞き飽きた
親に似てる、俺が
俺は将来ああなるのか?
子どもに暴力を振るい暴言を吐き、酒とギャンブルに溺れて育児放棄
ああ、それはサイアクだ
否定できないかも
だって俺
死ぬほど頑張って育ててくれた人のこと何も知らないし
逆でも同じことなんだろうなって
愛せない俺は「いい人」にすら愛されない
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高校大学になっても変わらなかった
ドラマやマンガのようなレンアイなんて夢のまた夢
まあ、俺はそんなものにすら造詣がないが…
実際は顔目当てで寄ってきたセンパイと成り行きで付き合って、成り行きでキスして、成り行きでセックスして、成り行きで別れて
また別の女を抱いて、別れて
それの繰り返しだった
俺も親と同年代くらいになれば理解できるのかと思った
何も分からなかった、愛も恋も
ああ、でも、女はキライだって分かった
あんなに手間も金も時間もかかるうえにめんどくさい生き物なんて勘弁してほしい
ヤってるときだって無駄に甲高い声でギャーギャーと、穴だけのお人形の方がよっぽど可愛い
きっと、こんなことを思ってるから愛されないのだろう、うん、当然だ、可愛くない
こんなとこも「親に似てる」んだろうな
もう求めるのはやめよう、めんどくさい
[newpage]
就職先は俺からは想像もつかないほどお堅いとこだった
まあ、勉強は出来たから
それは救いだった
数少ない親友には「もう(女で)遊べないな」なんてからかわれたがそれでよかった
むしろそれが目的だった
生涯独身、自分のために金も時間も全部使う
それにはちょうどいい仕事だった
だが何かが変化した
時間がなくなったのだ
考える時間が
恋がどーの、とか愛とは何か、とか
そういうのを考える時間がなくなった
代わりにウマ娘のことを考えていた
鹿毛の、気が強くて走りも凄くて、責任感の強い、赤いアイシャドウに青い目をしたウマ娘
ずっと彼女のことを考えていた
次のトレーニングはどうしよう、とかレースのローテーションはどうしよう、とか
だから気がつかなかった
大丈夫か?
無理はするなよ
私と着いてこい
助かった
ありがとう
感謝するぞ
そんな暖かい言葉に
でも気づかざるを得なかった
あの味の前では
勝手に涙が出て、止まってくれなかった
弁当は冷めていたはずなのに、何か暖かくて
はじめての感覚で、それで、そこからはじめて彼女の言葉に気がついた
それはとても不器用で、不恰好で、なのに痛くない、不思議なものだった
だってだって、全部はじめてだった
気遣ってもらえたのも、感謝してもらえたのも
そしたら、なんか、こう、気持ちが押さえられなくなっていた
それで、口をついて出たんだ
好きだ、愛してるって
はじめてだった
そんな言葉を口に出したの
だって分かんなかったから「好き」も「愛してる」も俺は知らないはずなのに
[newpage]
この建物のナカには住人がいる
ただの人じゃない
「家族」だ
俺の家族
俺を愛していると言ってくれる女性と、そんな彼女と俺の子どもたち
信じられない
俺が「親」になったんだ
あんなに憎くて仕方なかった存在になった
自ら望んで
なあ、この箱のナカではどんな声が聞こえると思う?
怒声か?泣き声か?金切り声か?暴言か?
お父さん
お母さん
おはよう
いただきます
ありがとう
おいしいね
たのしいね
いっしょにやろう
いってきます
いってらっしゃい
気をつけてね
おかえり
ただいま
あそぼう
だいすき
おやすみなさい
愛してるよ
こんな言葉だ
俺の知らなかった言葉で溢れてる
こんなに丸くて暖かくて優しい音で包まれている
もちろん妻の怒声が響くこともある
子どもたちを思ってこそだ
泣き声が聞こえることもある
子どもたちが元気に育ってくれている証だ
愛せない俺はこの箱の全てを愛し、大切な存在に愛されてる
みんなと暖かいお風呂や布団に入り、みんなといっしょに手作りのご飯を囲っている
幸せだ
怖いほどに
幸せだ
今までの不幸せを帳消しにしてしまうほどの幸せだ
もし2つの帳尻が合うのなら、これはいつまで続く幸せなんだ?
[newpage]
『…あなた?どうしたんだ?』
「えあ…」ポロポロ
『どうして泣いて…』
「えあ、俺たちはいつまで一緒?いつまでみんなで一緒にいられるの?」
『…また悪い夢を見てしまったのだな……可哀想に………』ナデナデ
『一緒、というのがどこを指すかは分からないが』
『娘たちが仮に競争ウマ娘にならなかったとして、子どもたちが就職や結婚をするまでだろうか』
「それまではずっといっしょ?」
『おそらくな』ナデナデ
「エアは?」
『たわけ』
『覚えていないのか?結婚式で3女神様に誓っただろう』
『死が2人を別つまで、と』
「それは、いつ?」
『わからんさ』
「…」
『なんだ?てっきり来世でも探してくれるのかと思っていたが…私では不満か?』
「!」
「さがす!!探して、また結婚する!」
『ふふっ、それは気が早いだろう』ギュー
『ほら、明日も忙しいぞ』
『早く寝よう』ナデナデ
彼女の胸は彼女同様にどうしようもなく暖かくて、死ぬならばここで、と願ってしまうほどだ
俺の不安も苦しみも全てを包み込んでくれる暖かい人
そんな彼女に愛される俺は誰よりも幸せだ
俺がもっと不幸であったなら、この幸せはもっと長く続くのだろうか