麺娘~学園青春メンバトル~ 作:氷葉ォー
外の光だけでも明るい部屋の中、私は齧りつくようにテレビに映る画面を見つめる。一瞬たりとも見逃さないように、記憶へと焼きつけるように。
顔を画面に近づけ過ぎていて、普段なら母に見つかって叱られるのだろうが、
『国際メンバトルトーナメント特別戦──ッ!!歴史にない戦いが今ッ!!ここにッ!!行われようとしています──ッ!!』
『チャレンジャーはリングイネ選手。芯のある防御力、そして強烈なカウンター……そんな去年の国際メンバトルトーナメントを優勝したチャンピオンでさえも
『日本が誇るべきメンバトラーにして世界最強のメンバトラー!!国際大会を三連覇し史上初の殿堂入りとなった麺娘──ッ!!月見蕎麦選手の登場ですッ────!!!!』
何故ならその母は、
『ふふふ、待ちわびたぞリングイネ』
『こっちもだよ、月見蕎麦。テメーと対等というにはカップが二つ目程足りねーが──テメェさえ倒せれば数なんて関係ねぇ』
『間違いない。無論、私を倒せたらではあるがな』
『はっ、今のうちに好きなだけ強がってな。後に吠え面をかかせてやる』
世界最強という冠を被っても誰も否定できない程に強い母とそのライバルとして学生時代から競いあってきたリングイネ。
彼女の話は母から何度も聞いたし、実際に会って話すこともあった──緊張してあまり上手く話せなくて母に笑われたっけ。
『挑戦者が新たな伝説を作り上げるのか!?それとも伝説が更なる伝説として君臨するのか!?その答えはッ!!この試合の後に分かりますッ!!それでは特別戦開始です──ッ!!』
意識が逸れていたあいだに始まったメンバトルに私は慌てて意識を向ける。今から始まる試合こそが何一つ見逃してはいけないものなのだから。
──そして、その試合は十年少し経った今でも鮮明に思い出せるほど、歴史に残る一戦だった。
────第一番粉メンバトラー育成高等学校。
それは都内に三つ、地方に七つある国公立メンバトラー育成高校の一つ。
全国各地で開催される、エンターテイメントスポーツ『メンバトル』。そのメンバトルの選手を育成、そして指導する目的で建てられた、いわゆるトレーニングセンター学校だ。
何十年も前から存在する歴史のある学校で、私の母とリングイネさんの母校でもある。
当然、
その分、入学するのも一苦労な程に試験は難しくなっていて……それもあってか、この学校は有名メンバトラーになるための登竜門とすら言われる程になっている。
「……ねぇ、あれって」
「うん、やっぱりそうだよ」
「あれが学生で
そして、私こと月見蕎麦は今日からそんな学校の新入生ということになっていた。
そう、新入生。誰も私に近づかず遠目から覗いてくるばかりなのだが、新入生なのである。だから、私自身、恐れられる程の能力もなければ経歴もないわけで……私の立場は遠巻きにこちらを見る彼女らと同じである筈なのだ。
まあ、月見流派としてある程度訓練を受けてはいるが、それはそれ。他の流派の子だって同じように訓練は受けている筈だし、そもそもこの学校に入学している時点でかなりの実力者だ。
だから、そんなに私を恐れなくても良いのにな、なんてことを思ってしまうが、私を恐れる彼女らの気持ちは分かってしまう───だって、私は
"名"というのは、流派で一人しか名乗れない名前のことだ。そして名を持つ者は名持ちと呼ばれ、
一応、将来の実力を見込んで学生メンバトラーに"名"を授けることだってあるが、それだって既にかなりの実力者でなければあり得ないことであり、名持ちの学生メンバトルラーは全国という広い目で見ても年に数人居るか居ないかぐらいだ。
だから、既に"名"を持つ私を恐れる気持ちは分かるのだ────更に前の名持ちが未だ現役の
ともかく、私を恐れる彼女らの気持ちは分かるがそれはそれとして、私の実力は至って普通である。なんなら、今年はどうやら
だから、普通に仲良くしてくれれば良いのだが──と思いながら、チラッと横を見ると、見られた彼女らはさっと目を背けた。うん、分かっていたが悲しい。
「……はぁ」
「浮かない顔ですわね、月見蕎麦さん」
「あっ、フジッリさん。やっぱりそう見える?」
そんな風に嘆いている私に声をかけたのは同じ名持ちのフジッリさん。トマトソース仕立ての赤い髪がいくつもロールを巻いていて、低身長ではあるが周りの目を気にしない堂々とした振る舞いは威厳を感じさせる。
流派本家の子供同士、何度か会って手合わせをしたことがある彼女は本来の私を知っているのだから、
「ため息までついて何を今さら……
「でもこれじゃあ──って、ちょっと待って?今なんて言ったの???」
「何故ならこのクラスには私が居ます。
「いや、あのね?そもそも私は別に──」
「私からはそれだけですわ。では、ご機嫌よう」
勘違いを否定する暇もなくフジッリさんは私から去り、自分の席へと戻っていく。どうやら、フジッリさんは私を戦闘狂か何かだと思っていたらしい。ちょっとショックだ。
しかも、先程の会話がクラスメイトに聞かれていたみたいで周りから小さく「月見蕎麦さんからしたら私たちは実力不足なんだ……」「私、このクラスでやっていけるのかな」なんて声が聞こえてくる。心なしか先程よりも声が聞こえてくる距離が遠い気がしないでもない。
今すぐにでも入学前日に戻って"名"の授与をなんとか断れないかな、なんて現実逃避をして外を見ようと窓の方に目線を向けた、その時だった──
「……えっ?」
それは制服を着ている麺娘だった。
身長は平均程度の私より少し高いぐらいで、細いけれどどこかがっちりとした体格。ウェーブがかかった長い橙色の髪に白い目。そして、頭に肉味噌の飾りがついたチンゲン菜のカシューシャをつけていた。
ここは三階。そして、ベランダなんてものはない。それなのにその少女は何事もないように平気そうな顔をして、そこにいる。全体重を支えているであろう右腕は一切震えておらず、近づいて外を覗けば少女の足元に床でも見えるんじゃないかと疑ってしまう程だ。
そんな注目されている少女が次に取った行動は誰もの予測に反して、ただ口を開き小さな一言を溢しただけだった。
「……すまない、誰か窓を開けてくれないか?」
「あっ、困ってたの!?」
その後、すぐ窓を開けてその少女を救出し、右腕を辛そうに抱えるのを見て、結構ギリギリだったんだなと思うのはまた別の話である。
次話はいつになることでしょうね……