クズな自分を愛してくれたあなたへ   作:サラメンス

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5 兄妹

 今俺は恐怖を感じている。理由は言うまでもない。先ほどの女性が全ての原因だ。知らない人が何故か家の前におり、この大雨の中傘すら差さず、しかも俺の名前をどうやら知っているというのだ。スリーアウト。

 

俺の中で絶賛、話題沸騰中のその人物はシャワーに入っている。使い方などはまぁ、言わなくても何とかなるだろう。多分。浴室からは微かな水音が聞こえる。

 

服など諸々は濡れており当然着られるような状態ではない。良く知らない男の服を着るなど嫌だとは思うが、応急処置として俺のジャージとバスタオルを置いておいた。

 

訳アリではあるのだろうが、何はともあれ本人に事情を聞いてみないことにはさっぱりわからない。こういう暇な時間を普段は寝るか勉強をして時間を潰すのだが、赤の他人がいる状況でそんなことなんて出来るはずも無い。

 

言われた通りに水野にでもRINEしてみるか、そんなことを考えていた矢先だった。ガチャ。そんな音がした。この家には俺とあと一人しかいないのできっとシャワーが終わったのだろう。

 

程なくして、彼女はバスタオルを首に巻きながら俺の前に姿を現した。やはり、綺麗だ。肩までかかる程度の黒髪はまだ乾いていないのか、顔を隠してしまっているがそれでもよくわかる。

 

第一印象としてそう感じさせる要因は間違いなくその切れ長の目であろう。冷たさを感じさせる細目ではあったが、すらっとした鼻筋などの整ったその顔立ちとよく合っていた。濡れた髪がどこか妖艶さを演出している。まさしく、日本的な美人だとそう思った。

 

「まずはシャワーの方どうもありがとうございました。あの、お話をしたいのですが少々お時間よろしいでしょうか。」

 

「あっ、ごめん。色々聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 

一瞬見惚れていた。危ない。とりあえずこちらも立って会釈する。不審に思われなかっただろうか、そう思っていると彼女は迷いのない素早い動作で膝を床に付け、そうして頭を下げた。所謂土下座というやつだ。実際に見たのは初めてだ、じゃなくて。

 

「ちょっとちょっと、いきなり止めてよ。そんな事しないで」

 

目の前で急に起こった非現実に訳が分からなくなりながらも、どうにか肩を掴んで頭を上げさせる。仕方が無い状況とは言え身体に触れてみたが、思いの外身体は軽かった。大人っぽい顔立ちに反して意外と年齢は近いかもしれない、そう思った。

 

あたふたする俺をジッと見ていた彼女だったが、目線を上にして何かを考える様な仕草をした。ずっと身体を触るのも良くない気がしてきたので手を離した。すると今度は彼女は急に立ち上がって服を脱ごうとして、え?

 

「ダメダメダメ!」

 

「そうでしたか。てっきりいただいた服を汚そうとしたことかと思いました。土下座はしてはいけないのでしょうか」

 

結局離した手はすぐに付けることになった。いや、ほんとなんで?訳が分からない。

 

「とりあえず、ここに座って話をしよう。途中で脱いだり土下座とかしないで。マジで」

 

「わかりました。恐縮ですがお望みとあらば」

 

急いで座布団を探して敷いた。俺の言う事はどうやら聞いてくれるようなのでさっさと話し合いの場を作らなければ。聞きたいことは山ほどある。相変わらずの無表情で彼女は頷いた。

 

「まず、どうしてここで待っていたんですか。何か用でもありましたか?」

 

「私は母が亡くなり身寄りがなくなったのでここの家で引き取ってもらう事になりました。それが用事です」

 

「あー!それだったか。話は聞いてた」

 

昨日聞いた話だったので流石に覚えている。そうか、この人が。親を失う悲しみがどれほどのものかなんて俺には想像もつかないけど、筆舌に尽くしがたい様な辛さなのは間違いないだろう。

 

「そういう事ですので今日からどうぞよろしくお願いします。迷惑だけはかけないように致します」

 

そんなことを言う彼女は特に悲しそうな表情は見せずに淡々と話す。陰りも特段見えない。もしかして、あまりの辛さに耐えかねて感情が無くなってしまったとかそういう事なのだろうか。そんなの、あんまりじゃないか。俺に出来ることは何かないか。

 

ふと気が付いた。そういえば来るのって今日だっただろうか。話はあまり聞いてはいなかったが違ったと思う。

 

「ん?そういえば家には週末に来るっていうことじゃなかったっけ」

 

「最初はその予定でしたが、昨夜にこちらで引き取ることが決まって早々追い出されました。住所と簡単な家族構成などだけでも聞けたのは不幸中の幸いでしょうか」

 

「ということは傘を差してなかったのは」

 

怪しさ満点だと思っていたアレは自ら進んでしようとしていた結果では無いのだろう。降り始めたのは昼過ぎからなのでもしかして数時間は雨にずっと打たれていたのか。

 

「ご想像の通りです。急に追い出されたので特に準備も出来ていませんでした。最低限の荷物程度はトランクに入っています。今更ですが、持ち込んでもよろしかったでしょうか」

 

「勿論、良いよ。その、嫌だったら言わなくてもいいんだけど、その、大丈夫だった?そこでは酷い事とかされなかった?」

 

無神経だとは思うが聞かずにはいられなかった。初めて会った人との会話なのに、何となく自分と重ね合わせてしまう。他人事には思えなかった。

 

「幸か不幸か一緒に住んでいるだけの赤の他人といった感じでしたね。ここ数日は。私に出来ることは無いかと家主様に聞いたのですが、部屋にずっと入れられて特にすることもなく。会話も久々にさせていただきました」

 

「ごめん。変なこと聞いて。本当に無神経だった。大丈夫だよ。少なくとも俺は絶対歓迎するから」

 

この娘にもうこれ以上の不幸を背負わせる必要は無い。断言する。せめてこの家では。

 

聞けば聞くほど信じられない様な話が出るは出る。本当に現代日本で起こっていることなのだろうか。頭が痛くなる。

 

当然、知識として勝手にわかっていたつもりであった。自分とそう変わらないような年齢で自分以上にたくさんの苦労をして、それでも頑張っている人は世の中に沢山いる。そんな当たり前のことに今やっと気が付いた。

 

俺は諦めている。自分の境遇に対して勝手に悲観的になって腐っているだけの。でも、そんなことは彼女のような人間への冒涜だ。そう思った。自分の人生の何と薄っぺらい事か。死にたくなった。

 

「歓迎、ですか。とても嬉しいです。そういえばご両親はご不在でしょうか。挨拶もせずにあまつさえシャワーまで借りてしまったなんて、もしいらっしゃったら大変なご無礼ですよね。どうお詫びすればいいでしょうか。」

 

俺の前で始めて見せた感情らしい感情は狼狽であった。慌てながらも一つ一つ丁寧に言葉を選ぶ彼女を見て何となく、悲しいと思った。

 

「大丈夫だよ。そういえば名前とか聞いてなかったよね、教えてくれない?」

 

「すみません。本当に私は愚か者です。本来なら最初に言うはずの事でした。私、宮崎明莉(あかり)と申します。苗字は皆川になるかならないのかはわかりませんが、お気軽に明莉と呼んでいただければと思います。普段はおい、お前などと言われていましたね。そちらでも」

 

ペコリと頭を下げてくる。先ほど言ったからか土下座までは行ってはいない。これは成長なのだろうか。サラっとえげつないことが聞こえてきた。名前すら呼ばれていなかったのか。親戚の所にいたときはどこまで冷遇されていたのか。というか俺の態度の方が寧ろ失礼では無いだろうか。

 

明莉さんがそう言ったとは言え、一応年上であるのは間違いないと思う。立ち振る舞いなどで大人の落ち着きのようなものも感じる。呼び捨てはマズい気がする。

 

「いや、あのー。何と言いますか、俺の方こそ失礼じゃないかなーと。明莉さん、と呼びますね。俺のことはどうとでも呼んでも良いですから」

 

「あの、ですね。その僭越ながら申し上げさせていただきますと、私は数か月だけではありますが悟様より遅く産まれているはずです。要するに、妹です」

 

「え」

 

「そういう事ですので、私からは悟様とお呼びさせていただきたいと思います。いいですかね」

 

年下?え?嘘?なんか俺騙されているのだろうか。いや、そんなはずはない。この少ない会話だけでも彼女の人となりなどは少しは分かった気がする。そういう事をするような人には到底見えない。

 

でもなんか固いんだよなー。一応これからは家族になる予定なんだし、言われた通りなら俺が兄ってことなんだな。正直結構憧れる。一人っ子だったので兄弟姉妹に淡い希望を持っているのだ。

 

「じゃあさ、俺のことはお兄ちゃんって言ってほしいな。もし明莉が良ければ、だけど」

 

「それでしたら、好きに呼んでいいと言質をいただきましたので、我儘かもしれませんが、お兄様とお呼びさせても良いでしょうか。お兄ちゃんは、その近すぎると言いますか。私がそんなこと言ってはいけないというか」

 

「あ、はい。わかりました」

 

驚きで謎に敬語が出てしまった。あっさり軌道修正された。まぁ、兄に準ずる言葉だしいいか。

 

明莉は精一杯目尻を下げ、どこか媚びる様な微妙な笑顔を浮かべていた。

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